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◇GAME~Perfect Sense/Perfect Sphere~◆

********************************
このお話は、
Perfumeのアルバム『GAME』を1作の連続アニメと仮定して、

ポリリズム/マカロニ を、 1期OP/ED
セラミックガール/Puppy love を、 2期OP/ED

とし、その他の曲を1回分のストーリーと置いて作っています。
********************************

【1期】
OPテーマ/ポリリズム
EDテーマ/マカロニ
第1話 『plastic smile』
第2話 『GAME』
第3話 『Baby cruising Love』
第4話 『チョコレイト・ディスコ』

【2期】
OPテーマ/セラミックガール
EDテーマ/Puppy love
第5話 『Take me Take me』
第6話 『シークレットシークレット』
第7話 『Butterfly』
最終話 『Twinkle Snow Powdery Snow』

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――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第1話 『Plastic smile』


「それではーっ、Perfumeでした!」
大きな歓声に包まれながら、Perfumeはステージを後にした。

2506年も終わりに近づいた12月。
ワンマンライブを無事終えた3人は、幸福な疲労感とライブの興奮の名残をもてあましている。2501年に結成してから、東京進出、メジャーデビューと、時間はかかったけれど着実に前に進み続けて、今ではワンマンでチケットがソールド・アウトするようにもなった。
楽屋ではあ~ちゃんとのっちが、ひたすら「やばかった」と繰り返している。だが、かしゆかだけは、何やら物思い顔である。あ~ちゃんがそれに気付いた。
「どうしたん? 燃え尽きた?」
「かっしーげんきぃ」
のっちもペットボトルをあごに当てたまま、かしゆかの顔を覗き込んだ。
「うーん、なんか、視線を感じなかった?」
「歌っとるとき?」
のっちが問うと、かしゆかが頷いた。あ~ちゃんが笑いながら言う。
「……そりゃ、ライブじゃけんみんな見とるじゃろ! 視線だらけよ」
のっちも笑い出し、かしゆかも、つられて笑い出した。
(そうなんだけど、そうじゃなくて……なんか、あの視線、知ってるような?)

                              ☆

がくんっという衝撃がきて、目を開くと、そこは暗い車内だった。
左肩にかかる重みはあ~ちゃんの頭。さらにそのあ~ちゃんの肩によりかかって、のっちが眠っているのが見えた。
「ついたよ」
どこか安心する、マネージャー・もっさんの声に、かしゆかは、窓の外の景色が寮の前だと気付いた。あ~ちゃんとのっちを起こして車を降りる。すべすべしていて卵型の事務所の車は、誰の趣味なのか、黄色いスケルトンだ。アクセルをふかし地上10mくらいまで一気に上がると、姿を消した。

そのときふと、かしゆかは、さっきと同じ視線を感じた気がした。慌てて辺りを見回す。先に玄関ホールに入っていった2人が、「どうしたのーっ」と呼んでいる。
「うん、ちょっと先に行っとって」
暗い駐車場をもう一度見回すが、誰もいないようだ。そう思って、かしゆかが中へ入ろうとしたその時だった。
「もしもし、ゆかさんですね」
声がした方を振り返ると、若い男が立っていた。ひょろりと背が高くて、吹けば飛びそうなほど細いけれど、バンド系のおしゃれ青年だ。青白い以外に特徴はないが整った顔。
「ちょっとお話よろしいですか」
「……なんですか?」
いつもだったら、こんな夜遅くに男が尋ねて来て、相手にするような危ないことはしない。話を聞こうと思ったのには、わけがあった。……もちろん、好みのタイプだったからという理由ではない。
かしゆかにはこの男が、ロボットだとわかったからだ。

近年では人もロボットもほとんど区別がつかなくなった。それこそ、中を切り開いて見てみなければわからないほどだ。声だって、電子的にプログラムされたものではあるが、普通の人なら聞き分けられないほど肉声に近い。
だけど、Perfumeの3人は、いつのまにかそれを聞き分けられるようになっていた。
理由は彼女達のやっている音楽にある。Perfumeの歌声は、肉声をわざと加工して、電子音に近づけたものである。ロボットに施すのとは逆の作業をして生みだすその声を、歌い方に悩んだりしながら3年も聴きこむうちに、自然と、元々が肉声なのか電子音なのか、聞き分けられるようになったのだ。
ポイントは空気なのだが、単純に呼吸音というわけでもなくて、他人に説明するのは難しい。職人技に近いものだった。

ロボットに感情はない。したがって悪意もない。それに、ネットにつながっていて、ロボットに与えられたミッションが法・倫理的に許容されるものか即座に判断が下るようになっているので、人間に危害を及ぼす可能性はほぼゼロに等しい。
(それに、)
かしゆかは、思った。法規制が厳しいので、ロボットが日常生活で実際に利用されている場面は少ない。
(こんな珍しい、面白いことって、ちょっと無いよね……)
「ゆかさんにお勧めしたいお話があって来ました」
「オススメ?」
ロボットは言った。
「ゆかさんのペットに、心臓の手術を受けさせるお気持ちはないでしょうか」
かしゆかの顔色が変わった。
最近、一部のペット愛好家の間で流行中の、動物の手術がある。
心臓に機械を埋め込んで、寿命を100倍ほどまで延ばすことが出来るというものだ。さすがに人間への適応は許可されていない技術だが、動物に対しては法の網の外ということで2、3年前から流行りだした。しかし、問題視する声も多い。
たとえば、飼い主はほとんどの場合、自分の寿命に合わせて同じ頃に死ぬように設定する。ところが飼い主が早逝しまうことも当然ありうる。遺された、人間ほども長く生きる動物の引き取り手はなかなか見つからず、結局「環境センター」で処理されることも少なくないのだ。
「わたし、そんなことしないです」
かしゆかは言い放つと、玄関ホールに駆け込んだ。
(話なんか聞かなきゃよかった!)

寮の部屋でこっそり飼っているジャンガリアンハムスターのチョロちゃんとフーくんは、言葉は通じないけれど、かしゆかの大切な友達で、家族だった。
ハムスターの寿命はとても短いし、ずっと一緒にいたい気持ちももちろんある。けれど、大切に思うからこそ、かしゆかは、勝手に彼の命を左右してはいけないように思うのだ。
自分の部屋に帰って、ケージを覗き込むと、2匹はガサゴソと歩き回った。かしゆかがいない間はずっと寝ていることが多いのに、珍しい。
「今日ね、変な人に会っちゃったよ」
手をだすとよってきたチョロちゃんを、手のひらで包むと、鼻先が指の間からひくひくと出る。
(ああ、変な人、じゃなくて変なロボット、か……)

                             ☆

ところがその変なロボットは、次の日もやってきた。

かしゆかがその視線を感じたのは、授業が終わって、学校の正門を出たそのときだった。あ~ちゃんとのっちと、クラスの友達2人がおしゃべりに騒いでいる中、かしゆかは立ち止まり、振り返った。
「ゆかさん」
やっぱり、とかしゆかは思った。どこか見覚えのあるような眼差し。
「かしゆか、どうかした?」
振り向いたあ~ちゃんに、ちょっと先に行ってて、と頼むと、のっちと友達も気付いてロボットの方を見た。
「……だいじょうぶ?」
ただならぬ雰囲気を感じたのか、聞いてくるのに頷き返して、みんなを見送った。どうやらあ~ちゃんとのっちは彼が呼ぶ声は聞いていなかったらしい。ロボットだと気付いていないようだった。
「ゆかさん、こんにちは」
「前に、ライブに来てたでしょう」
唐突に切り出したかしゆかのことばに、ロボットは一瞬目を丸くした。
「ライブのとき、あなたと同じ視線を感じたんです」
「はい。見ました」
「……もしかして、あなたの持ち主さんは、Perfumeのファンの方なんですか?」
それだったら、いろいろと納得できる。まだ数台しか出回っていないロボットを自由に使っているなんて、何か特殊な立場の人で、きっとライブに直接自分で来ることが出来ないのだろう。
お金持ちすぎてきっと、ちょっと感覚がずれているのだ。かしゆかに、何かプレゼントをしたがっているのかもしれない。ちょうど今週間末が、かしゆかの誕生日だった。
ロボットがこくりと頷いた。
「だったら、迷惑ですって持ち主さんに伝えてください。チョロちゃんとフーくんは、ただのペットじゃなくて家族なんです。人間に対してしないことは、あの子たちにもしないんです」
それだけ言ってしまうと、かしゆかは背を向けて歩き出した。
と、背後で電子レンジみたいな、ピー、ピー、という音がした。
かしゆかが振り返ると同時に、今度はゴトッと、何かが地面に落ちる音。
見るとそれは、ロボットの右腕だった。
「きゃーー!!」
「あ、だいじょうぶです、すぐつけられますから」
「そういう問題じゃ……! と、とにかくこっち!」
学校なんて人の多い場所でロボットだとバレたら、大変な騒ぎになる。かしゆかは、ロボットを校舎裏の人気のない緑地にひっぱっていった。
「わあ、いいところですねえ。どんぐりが落ちてるかなあ」
ロボットらしからぬことを言っているのを、ベンチに座らせる。
「すぐつけられるって、どうやって?」
かしゆかが尋ねると、ロボットの首の左側に、小さな窓が、自動ドアのように開いた。そこから管がするすると伸びてくる。管の先にはドリルのようなものがついている。
あっけにとられて見ているかしゆかに、ロボットは、
「すみません、腕、持っててくれませんか?」
と、微笑んだ。

本当にあっという間に直してしまった腕を、何度かぐるぐると動かして調子を確かめているロボットを見ながら、かしゆかが口を開いた。
「あのね、」
「はい。なんですか?」
「あなたの持ち主さん、何か勘違いしてるんじゃないかって思う。自分が一緒にいたいからって、勝手に寿命をのばしたら、この先2人がどうなっちゃうかわからないもん。そんなことされても、私、うれしくないです。何か喜ばせようと思ってくれてるなら、これからもPerfumeのファンでいてくれるだけで十分うれしいです」
ロボットは、しばらく沈黙した。
「今以上に、何か、ゆかさんに幸せになってもらうことはできないでしょうか」
かしゆかは、ロボットの真剣な表情に驚いた。ロボットって、こんなにいろんな表情ができるものなのか。
「……じゃあ、ロボットさん、デートしよう」
「でーと?……デートですか?」
ロボットは一瞬意味がわからず検索したようだった。
「うん。上京してから、1回もデートなんてしたことなかったの。Perfumeがあるから、まともに恋愛とかしなかったから。でもロボットさんとなら恋愛とか、ないけえ、大丈夫じゃん?」
「はあ……」
「ゆかね、ロボットさんに会えたことはうれしいの。不思議なこととか、非日常みたいなこととか、何か起こらないかなっていつも思ってた。だから、ロボットさんとデートしたい!」
「そんなことで良いのでしたら」
「いいよ!プレゼントってそういうものなんだよ。びっくりさせてー、楽しませてくれたら最高!」
ロボットはしばらく、ぽかんとしているようだったけれど、それからにこっと微笑んだ。
「では、いつお迎えに行きましょうか」
「うーんと、今週の土曜日でいい? あと、お迎えじゃなくて、待ち合わせにしよ?」

                             ☆

それは、デートというより弾丸トラベルだった。かしゆかの、「どこに行こうか?」という問いに、ロボットはこう答えたのだ。
「私の行動範囲ですと、北海道まで5分を基本としていますが……」

ロボットの背に、巨大なリュックサックのように、扉のついた透明のカプセルが飛び出てきてかしゆかを驚かせた。言われるままにそこにかしゆかが入る。ちょうど顔の部分だけ丸窓になっていて外が見える。だけど、ロボットの
「じゃあ、行きますよ」
という声を最後に、窓の外は真っ白に、何も見えなくなった。

それから、どれくらい経ったかわからない。いつのまにか、かしゆかはうとうと眠ってしまっていた。カプセルの中は狭いわりになぜか落ち着いて、意外と快適だった。
「着きましたよ」
ロボットの声に目を覚ますと、目の前は、灰色と白のマーブル模様だった。それが空だと気づいたとき、ロボットが言った。
「下を覗いて見てください」
そこには、雪をかぶった石造りの町並みと、広場には大きな白いもみの木が見えた。
「わあ……」
「もう少し近寄ってみましょうか」
旋回しながら、木のてっぺんに近い辺りまで下りて行く。町の人が誰も気づかないのが、不思議だ。ロボットには、姿を見えないようにすることなんかも可能なんだろうか。
木に積もった雪がキラキラと輝いて、まるで星を飾りつけたようだ。辺りは少し薄暗くなって、小さな家々にも明かりが灯り始めている。
「そろそろ、良い時間ですね」
「え?」
「一気に上がりますよ」
ロボットがそう言うと、超高層ビルの最上階までエレベーターで昇るような浮遊感が、かしゆかの体を包んだ。
「ほら、見てください」
あわてて下を覗きこむと、もみの木の広場を頂点にして、町の明かりが三角に広がっている。
「きゃあっ!これって、これって……」
歓声をあげるかしゆかに、ロボットが答えた。
「世界で一番大きなクリスマスツリーです」

元の待ち合わせ場所に戻ってきたとき、ちょうど3時を回ったところだった。
「こっちはまだこんな時間? ふしぎ!」
「まだ時間がありますね。今度はどこに行きましょうか」
そのとき、かしゆかの携帯が鳴った。見ると、「のっち」の表示だった。ロボットに断ってから、通話ボタンを押す。携帯の真上に、小さなのっちの顔が浮かび上がった。
『かしゆか今どこ? たった大変だよっ!!』
「どうしたの? のっち」
『かしゆかのハムスターがいないの! 今みんなで探してる!』
「えっ!! ケージにいないの!?」
『そう、早く帰ってきて~』
電話を切ると、ロボットが隣に立っていた。
「帰ってしまうんですか?」
「ごめんなさい! 寮ほんとはペット禁止だから、寮母さんに見つかる前に見つけてあげないと……!」
「大丈夫ですよ」
「本当にごめんなさい! 今日はありがとうございました、本当に楽しかったです」
かしゆかは深く頭を下げてから、駆け出した。
「ゆかさん! 待って……」
「行かなきゃいけないの!」
呼び止める声に、振り返ってそう叫ぶと、呆然とたたずむ姿が目の端に焼きついた。

                             ☆

寮生みんなで協力して探したのに、いくら探してもチョロちゃんとフーくんは見つからなかった。
とうとう、寮の外まで探しに行こうとして、かしゆかは、玄関口で、その姿を見つけた。
「ロボットさん……」
「ゆかさん……、ゆかさんは2匹に、帰ってきてほしいのですか?」
「帰ってきてほしい! 本当に大切なの」
「……でも、このままだったら、このままいたら、ずっと長く側で見守ってあげられるし、ゆかさんの夢をたくさん叶えてあげられるんです」
「え……なに? 何言ってるのかわからないよ」
「それでも、ハムスターの方がいいんですか」
「……私、2人に帰ってきてほしいよ……自分の夢は自分で叶えるもん。とにかくチョロちゃんとフーくんに帰ってきてほしいの!」
かしゆかがそう言うと、ロボットは、ゆっくりと微笑んだ。
「わかりました、大丈夫です。ゆかちゃんも僕たちも、この1年いい子にしていたから」
その微笑みの曇りのなさに似合わない、異常を告げる発信音が鳴った。
――あ、やっぱりこの人の目、私知ってる……

がごん。

落ちたのは、やはり右腕。かしゆかは拾い上げて、手渡そうとする。
「ロボットさん、腕が……」
ロボットは、微笑んだ顔のまま、微動だにしない。
「ロボットさん?」
その時だった。
「「かしゆか!」」
背後からあ~ちゃんとのっちが走ってきた。
「ハムスター、見つかったよー!」
「いつのまにかケージの中にいたの!」
「嘘!?」
かしゆかは2人を振り返った。たしかにさっき、中にはいないことをしっかり確かめたのに。
「ほんとにわっけわかんなくて!」
息を切らせてのっちが言う。
「誰かのいたずらかと思ったけど、そんなことする人いるわけないし、そんなんたぶん無理じゃろ……、って、かしゆか、何持ってるん?」
あ~ちゃんの問いに、かしゆかは、ロボットの右腕を持ったままだと気づいた。
「あ、これロボットさんの……」
振り返ったかしゆかは、そのまま言葉を止めた。
「ロボット? なんでロボット?」
「ロボットがここに来たの??」
そこにはもう彼の姿はなかった。

                             ☆

夕食のあとにあった、サプライズの誕生祝いに、浮き立った気持ちのまま、プレゼントを抱えてかしゆかは部屋へ帰ってきた。部屋の片隅に置かれている、ロボットの腕が目にとまる。
「なんだったんだろう、ロボットさん……」
あんな大事なものを置いていってしまって、大丈夫だろうか。次に会ったら腕をつけるのを手伝って、それからたくさんお礼を言おう。あんなに楽しいプレゼントだったのに、おざなりになってしまったから。
ふいに、あのどこか懐かしい視線を感じた。見回して、その視線の主を探す。……チョロちゃんとフーくんが、こちらを見つめていた。
――あ、そうか。あのロボットさんの視線は、2人が見つめてくる感じに、似てたんだ。
「えっ……まさか!?」
そういえば、あのロボットは最初から、2匹のことを知っていた。内緒で飼っているから寮生以外誰も知らないはずなのに。どうしてそのことに、今まで疑問を持たなかったんだろう。
「……チョロちゃん? フーくん?」
見つめる2匹に近づき、見つめ返しながら、呼んでみる。
4つの瞳と2つの瞳の放つ光線が、重なり合って、つながる。――
チョロちゃんが、かしゆかの方に近づき、鼻をひくひくさせた。フーくんは、千切った新聞紙の山の中に頭を突っ込む。
「まさか、そんなわけないよね。」
かしゆかは、2匹が遊ぶのを、優しく見下ろしていた。

                              ☆

2日後の、クリスマスの朝、かしゆかが目を覚ましてカーテンを開けると、目の前が白く輝いた。
「ホワイトクリスマスだ」
――ゆかが1年間いい子にしてたから、サンタさんからのプレゼントかな?
ロボットの言葉を思い出して、心でつぶやいてみながら、振り返る。
そこに置いてあったはずのロボットの腕が、どんぐりのたくさん入った袋に代わっていることにかしゆかが気づくのは、もう少し経ってからだった。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第1話 『Plastic smile』 終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第2話 『GAME』



「あーまた死んじゃった~」
のっちはあぐらのまま、ひっくり返った。テレビ画面には“GAME OVER”の文字が点滅している。この春から1人暮らしを始めた部屋のため新しく買ったテレビは、最近はほとんどこのゲームのためばかりに使われている。

のっちがやっているのは今大人気のRPG、『u(ユー)』だ。
ゲーマーの間ではやらない人はいないほどの人気作で、もちろんのっちも完全にハマっている。
主人公の〈u〉は、ヘルメットで素顔の半分が隠れていて、プレーヤーも彼の素性はわからない。国から与えられたコードネーム〈u〉を名乗り、犯罪者の逮捕を仕事としている。姿はまるで少年のように華奢だけど、数々の危険をくぐり抜けてきた凄腕だ。
このゲームを進めるポイントは、とにかくたくさん事件解決することである。そのたびにストーリーを進めるヒントがもらえる仕組みなのだ。しかも事件解決の方法は毎回違って、ミニゲームになっていたり、謎解きだったりと何十種類もある。マニアの間では事件コンプリートが流行るくらいだ。

さらに、のっちがこのゲームを好きな理由は、サブキャラの存在である。
RPGのパーティーにしては少ない2人の仲間だけれど、この2人がのっちは大好きなのだ。
1人は、魔法使いの〈エミー〉。爆弾のような広範囲の攻撃魔法と、回復魔法を主に得意とする。
彼女が言うには「魔導ローブ」というものを着ているのだが、どう見てもそれはボリュームたっぷりの黒いヒラヒラドレスである。
uがバイクに乗るときは、サイドカーにエミーを乗せるのだが、その時ローブのスカートがサイドカーからモコッと溢れ、風にばさばさはためくのが、のっちの最高のお気に入りだ。

もう1人の仲間は、〈パフ〉。
パフは銀色の毛のすばしこい小動物で、ふさふさの長いしっぽをしている。ドラゴンの血を受け継ぐ動物らしいが、見た目はほとんどフェネックにしか見えない。
いつもuの肩に乗っているが、実は人獣という種族で戦闘の時だけ人間の女の子に変身する。武器は弓矢と盾の呪文だ。
のっちのお気に入りは、彼女が動物から人間に変身するときくるっと回転して、長い銀色のサラサラヘアーがきらきらとなびくところである。

今のっちは、事件を5つ解決したところだ。ここへきてどうやら、uが犯罪者逮捕をしている裏には、大きな組織が別の目的を持って糸を引いているらしいことが見えてきた。これからストーリーがぐっと進みそうなところだ。
なのに、ここでなぜか、ぱったり事件に遭遇しなくなってしまった。
手がかりは、無くもない。断崖絶壁の谷間に隔てられて行けない、東の土地。バイクはある程度ジャンプが利くけれど、そこを越えようとすると、落っこちてゲームオーバーになってしまう。

「あっれー。やっぱりさっきの街になんかあったのかなあ?」
のっちは右手の人差し指をテレビ画面の下の方にかざした。指先の示す方向に画面が反応して、選択肢の記された小窓が開く。
「バイク」を選択すると、さらにその横にピコッと出てきた「のる」「メンテナンス」「カスタム」のうち、「のる」を指差した。

真っ黒なゴツいバイクに乗って駆けるときは、両手の握り拳をつき出し、腕をハンドルのように動かして操作する。まるで本当に乗っているかのような臨場感が得られる。
だが、目の前に広がった森の茂みを避けるのに、ハンドルを切ろうとすると、操作が利かなくなっていた。
「あれ? あれ?」
のっちはそのまま茂みにつっこんで、空に投げ出された。
「うわーっっ」

「u……u、起きて~」
のっちが目を開けたとき、そこにはあ~ちゃんの顔があった。
「あれ……? ここどこ? あ~ちゃん」
「あ~ちゃん? 何言ってるのよ」
跳ね起きると同時に、自分が倒れていたことに気づいた。辺りは、緑が生い茂る森の中だった。
「打ち所悪くておかしくなっちゃったんじゃないよね?」
のぞき込んでくるあ~ちゃんを見ると、その格好は、エミーそのものの、黒いヒラヒラドレスである。
「……あ~ちゃんなんでエミーのコスプレしとるん……?」
「だからぁ、『あ~ちゃん』て何よ。まさかほんとにおかしくなっちゃったの? u。」
「ユー……」
「そうよ、u。あなたの名前よ、わかる!?」
「……あたしがu!?」
のっちが叫ぶと同時に、うしろから口がふさがれた。
「ちょっと! 誰が聞いてるかわからないんだから、『あたし』なんて叫ぶのやめてよu」
「、、、むー、んむー!?」
口から手が離されて、その手の主を振り返る。銀髪のサラサラヘアーの、かしゆかがそこにいた。
「uが女の子だってことは、3人だけの秘密でしょ。わかってるよね、u」
「お、……女の子」
(uって女の子だったんだ……ってそこじゃなくて)
「あの……かしゆか……?」
「uったらやっぱり変! この人はー、パフでしょ!」
うしろからあ~ちゃんの顔をしたエミーが注意してくる。
(まさか、本当にゲームの中に入っちゃったわけないよね……ドッキリとか……! でも、さっきまで、のっちはゲームをやってたのに?)
「あぶない!」
かしゆかと全く変わらないパフの声が叫んだ。
バイクがぶつかった衝撃で折れた木の枝が、重さに耐え切れず落ちようとしていた。それが目の端に映ったかと思うと、瞬間のっちの目の前に、銀色の髪がきれいな扇形を描いて広がる。パフの唱える盾の呪文が森に響いた。

                              ★

(なんだったんだろーなー、昨日のあれ……)
とんとん、と肩を叩かれて振り向くと、かしゆかの人差し指がほっぺたにささった。
「今、超ぼーっとしとったよ~」
「うん、ぼーっとしとったあ」
すかさずあ~ちゃんからツッコミが入る。
「ぼーっとしとったらいけんじゃろ、今練習中よ」
3人の超音波みたいに高い笑い声がレッスン室に響いた。
今3人は、2507→2508年の、カウントダウンライブに向けてのダンスレッスン中だ。
今年の9月にリリースしたシングルが、初のヒットチャート10位以内ランクインという快挙を遂げて、今や3人は音楽業界で注目を置かれる存在となった。急にテレビ出演も増えて、なんだかまだ夢を見ているようだ。
年末に急遽カウントダウンライブも決定して、初めてのワンマンでの大きなステージに、戸惑いと期待がない交ぜになって、不思議な気持ちがする。
(こんな状態だから、白昼夢みたいの見ちゃったのかなあ)

ゲームの中でのっちは、uとして活動していた。2人と一緒に隣町に戻ったけれど何も見つからず、とりあえずセーブしてからバイクでもう一度断崖ジャンプを試みて、ゲームオーバーになった。
――そこで、のっちはテレビ画面の前に座る自分に気がついたのだ。
そのあとはなんだかもう、もう一度スタートする気にはなれず、寝てしまった。最初に普通にゲームオーバーした、そのあとの部分は、ずっと夢だったのかもしれない。だけど、なんであんな状態で急に夢を見るんだろう。
(結局何も進まなかったから、あれが本当だって証明するものは何もないし……)
舞台での立ち居地をバミる間少しの休憩を告げられて、3人はお茶とお菓子を囲んで座る。
「はい、あ~ん」
あ~ちゃんが、キノコの形のチョコレートをかしゆかにあげるフリで、自分の口に運んでいる。2人のキャーッという笑い声があがる。
「これのっちに似とるねえ」
かしゆかがのっちの顔の横にチョコを並べた。
「キノコカットです」
のっちがそう答えて、また笑い声が響く。周りのスタッフの太い笑い声も混じる。
(そうだ、キノコ……!)
のっちは唐突に思いついた。
ゲームの中に入っているとき、1つだけ変わったことがあった。隣町に行ったときに、話を聞いてみた宿のおばさんと仲良くなって、キノコを沢山もらったのだ。それがアイテムの中に加わっているはずだ。
のっちは、キノコをくれたおばさんの、リアルな手の温かさを思い出していた。

                              ★

「もう、これじゃキノコばっかりたまっちゃうね」
パフが肩をちょろちょろ駆け回りながら言う。
もう何度も同じゲームオーバーをして、同じところをぐるぐるしている。
誰に話しかけても同じ返事しかしないし、宿のおばさんはひたすら毎回キノコをくれる。
増え続けるキノコの数だけが唯一の変化といえるかもしれない。

あと、パフとエミーの2人だけは、本当にあ~ちゃんとかしゆかのように、いろんなことを言ってくる。
それ以外はまるで、自然現象まで同じ時間を繰り返しているようだ。

「やっぱり、崖を隔てた東の土地に行くことなんだよね、きっと」
そう頷くエミーをのっちことuは、まじまじ見つめてしまう。
「u、どうかした?」
「あ、いやいやなんどぇもぬぁいっ」
動揺で噛みまくると、2人がきゃははっと笑った。その声まで完全にあ~ちゃんとかしゆかそのものだ。
(のっちが元々エミーとパフお気に入りだったのは、あの2人に似てたからか~)
「も~またぼーっとしてー。最近変だよu」
背中からの声に振り向くと、いつのまにか人間の姿に戻ったパフに人差し指でほっぺを指された。その姿もまるっきり、ぱっつん黒髪をプラチナブロンドに色だけ変えたかしゆかである。
(しかし、これは似てるっていうか瓜二つすぎるよね……。やっぱり私の夢なのかなあ……でもちゃんとキノコは増えてるし……)
「こらぁ、まだぼんやりしてるぅ。uがそんなだと、いつまでも時間が止まったまんまだよ~」
「えっ……」
エミーの言葉にのっちは驚いて、思わず声をあげた。
――ゲームのキャラクターが、ゲームオーバーしてはセーブポイントへ巻き戻されるその繰り返しを把握してるなんて、そんなのアリなんだろうか。
エミーは一瞬、はっとした顔をした。
「……な、なんちて~。何言ってるんだろうね私ったら!」
「……ほんと~!エミーまでボケちゃって!」
乾いた笑いで流そうとする2人に、のっちは黙っていられなかった。
「ちょっ待って待って! なんで誤魔化そうとするの!? 2人は気付いてるの?」
エミーとパフは気まずそうに視線を交わし、やがてパフが口を開いた。
「……uはいいんだよ、プレーヤーだから。私たちはただのパーティーなのに……」
「たぶん、仲良くなりすぎちゃったのよ、私たち。プレーヤーとシンクロしちゃったんだ」
エミーが呟くように言う。
「プレーヤーって……どういうことかわかるの?2人とも?」
自分が作られたゲームの中にいることを、2人は知っているっていうんだろうか?
「ううん、私たちが知ってるのは、この世界で自由なのは、プレーヤーのuだけってこと」
「uのために、この世界はあるの」
……のっちは絶句した。
――uじゃない、私だ。
のっちの、ゲームへの気持ちが強すぎて、こんなことになったんだ。
「だから、あ~ちゃんとかしゆかなのかぁ……」
「ねえ前から言ってるそれ、一体誰なの?」
「あ、えっえーと、夢の中に出てきた子達!」
言ってからのっちは、あれ、これじゃあべこべだ、と思う。あっちが現実でこっちが夢で……

――いや、逆だった?

                              ★

――はちじ、はっぷん!

テレビから聞こえる声を、歯みがきしながら聞き流している。
今日は本番1ヶ月前のリハ。もうあんまり、ゲームするにも夜更かしはできないな……とのっちはぼんやり考えた。

いつも朝の占いは、おとめ座と山羊座とみずがめ座をチェックする。
昨日はかしゆかの山羊座4位が一番良くて、のっちのおとめ座が9位、あ~ちゃんのみずがめ座が10位と、あまりぱっとしなかった。
「今日は1位でお願いしますよ~」
ところが、
「あ、あれ?」
山羊座4位、おとめ座9位、みずがめ座10位……

ちょうどその時アナウンサーが、師走の始まりを告げた。
「まさか、こっちまで繰り返し……?」

                              ★

「繰り返しでも、怖くないよ。uを信じてるから」
エミーの言葉にuはぐっと頷く。
「でもやっぱり、どこかへ進まなきゃだよね。」
uが言うとちょっと離れたところで何かごそごそしていたパフが振り向いた。
「ね……キノコ食べない!?」
「え……?」
「キノコ……?」
唐突な誘いに2人が固まる。
「だって、どんどん貯まってくし、食べて気分転換した方が良いかもよっ」
「……よーし! バター焼きにしてあげよう!」
パフの言葉にすっかりのったエミーの魔法で、あっという間にきつね色のバター焼きが出来上がる。
「お~いしそう~! いっただっきまーす」
一番に口に運んだuは「ほいひい~」と叫んだあと、急に動かなくなった。
「……ゆ、u……?」
「まさか、毒じゃないよね?」
「……ち……力が沸いて来たー!!」
「えええっ!」
2人が驚いて見ている間に、uは立ち上がり、近くにあった木を引っこ抜いて頭の上に掲げてしまった。
「な、何してるのu!」
「わっわかんないよー! 力が有り余って何とか使わないとしょうがないんだよう」
「ま、まさか、このキノコのせい……?」
つぶやくパフの顔を、2人が思わずはっと見る。
「そうだ、そうに違いな……あ、あれ?」
uの表情が凍る。
「力が抜けてってる……みたい?」
「え……?」
2人の笑顔も凍る。
「uーー!!」

                              ★

点滅するGAME OVERの文字。
のっちは、画面の前に座る自分に気がついた。
「……あれ? リハの日なのに、なんで私ゲームなんかやってるの!?」
時計を見ると、12時30分だ。
「いかーん!! 大遅刻だああ、どうしよう」
だが、そのとき台所のすりガラスの向こうが目に映った。真っ暗だ。
「……まさか、夜の12時?」
携帯を開いて見ると、飛び出してくる立体画面に、12月1日と表示されている。ウェブカレンダーだから、くるうはずない。また、戻ってる。最初に入り込んだあの時に。
のっちはテレビ画面を見つめて、怖くなった。
――どうしよう。もう、やめたほうがいいのかも。
GAME OVERになると巻き戻されてしまうなら、ゲームじたいしなければいいのかもしれない。
――でも、あの2人は?
エミーと、パフ。2人は止まった時間の中に取り残されてしまう……?
エミーとパフがもともとあんな風だったのか、のっちの思い入れのせいで命が吹き込まれてしまったのか、本当のところはわからない。こうやってこっちに帰ってきてしまうと、2人が本当にいたのかどうかも曖昧になってくる。でも……
――怖くないよ。uを信じてるから
エミーは、そう言ったのだ。

                              ★

「もう一度、挑戦してみようか」
「でも、同じことしてたんじゃ、あの崖は越えられないってわかってるし……」
uの言葉に、肩に乗ったパフが唸る。
「実は、ひとつ考えてることがあるんだけど……」
その言葉にぱっと目を光らせる2人に、uは焦って言い訳するように、
「あ、いや、でもでも、もしかしたらできるかなーって思うだけで~……」
「いいのよそんなん!」
エミーが明るくさえぎった。
「今までだって、そうやって試してきたじゃない。どんどん試して、何度失敗しても、また次が思いつくことが大事じゃろ!」
感心して聞いていた2人は、最後の語尾に、ぴたっと固まった。
「……じゃろ? 何いきなりその言葉遣い!」
きゃっきゃと笑うパフだったが、uはまだ固まったままだった。
「ほんとだあ、どうしていきなりそんなこと言っちゃったんだろう? 私。……ま、いいか」
エミーも自分で不思議そうにしている。uはひとり、心臓が鳴るのを抑えられずにいた。
――あ~ちゃんに近づいてきてる……。
そういえば、こうやって繰り返している間、向こうの世界はどうなっているんだろう?
「それより、uの考えてることって何?」
パフに顔をのぞきこまれて、uははっと我に返る。
――そうだ、今はとにかく越えることだ。
「それが……キノコなんだ。」

u愛用のサイドカーつき、ごつい真っ黒なバイクにできるメニューは3つ、「のる」「メンテナンス」「カスタム」。
「カスタム」を選択すると、他でゲットしたパーツをバイクに組み入れることができる。そしてこの「カスタム」、バイクのパーツらしいものでなくても、ほぼ無制限に可能なのである。食べ物や衣服、がらくたみたいなものまで何でもくっつけられる。ただし、見た目はめちゃくちゃになるけれど。
「これ……は……」
そして、今3人の目の前には、「キノコバイク」が堂々たる存在感を放っている。
「……ださい……!」
後輪と座席の間あたりから、大きなキノコがしっぽのように、ファンシーな姿で突き出している。バイク自体がまったくファンシーでないので非常にアンバランスである。
「いやいや、ださいなんて言ったらいけんよ。このキノコ様にかかっとるんよ」
「エミー、またそのしゃべり方!」
「……あれ?」
uはまたどきっとしたけれど、気を取り直してバイクの調整を仕上げる。
キノコを食べたときのuのパワーアップの仕方は半端じゃなかった。ただし効果が切れるのも早かったけれど。でも、崖を飛び越える一瞬だったら、いけるんじゃないだろうか。
3人は最後にキノコに向かってぱんぱんと拍手を打って拝んでから、バイクに乗り込んだ。
「いっくよー!」
エンジン音が広い草地に鳴り響く。目の前には切り立った崖、その向こう10メートルくらい離れた先に、陸地が見える。
「いざ、東へ!」
uの声とともに、バイクはものすごいスピードで発進した。
「きゃーーー!!!」
3人の叫び声とバイクの轟音。崖ギリギリで慌てて前輪を浮かせる。思った以上に上向いて、重力にひっぱられそうになるのを感じた。
「きゃーーー!!!」
そして、不思議な浮遊感とともに、3人は音が完全になくなるのを感じた。
……だが、次に訪れる衝撃が、すべての音をよみがえらせた。
「わー!わー!わー!」
「なになになにどうなったのー!」
「ぎゃーー!」
呆然としたところから、いっきに我に返った瞬間、3人が同時にしゃべり出す。そして、同時に沈黙した。
「……着地してるーーー!!!」
目の前には、見たことのない広い大地。草木が少なく、乾いた土地だ。
「こ、これから、どうする?」
「行けるとこまで行っちゃわない?」
目を白黒させているuに、エミーは楽しげに告げる。
「ていうか、そうするしかないみたいよ。キノコたっぷり食べさせすぎたみたいで、まだ効果切れとらんみたい」
「あはは、ほうじゃ」
uは、気づいた。パフもまた、かしゆかに近づいてきている。でももう、それも当たり前のことにも思えてきた。
「よーし! とばすぞー!」
「もうとばしてるよー!」
高らかな笑い声が広い空にはねかえり、3人はどこまでも続く道なき道を疾走した。

たどり着いたのは、古いお城だった。
砂風にさらされて、城壁のあちこちが崩れ落ち、ほとんど廃墟だ。
「これは、いかにも……」
「ラスボスがいそうじゃね……」
すっかり広島弁が定着しているエミーとパフの会話を聞きながら、uは門へと歩き出した。
城の中も、あちこち崩れていた。もしかしたら、風化しただけじゃなくて、何かここで戦闘があったのかもしれない。でも今は、雑魚モンスター一匹と出てこない。
大広間の階段を上ると、その先にさらに階段があり、さらに上ると踊り場の先にまた階段。次々に上っていくうちに、どうやら3人は、塔の上に続く階段を進んでいるようだった。そして3人は、四方に大きなステンドグラスの窓を配した、丸い部屋に着いた。
「……ラスボス、いないね」
パフがぽつりとつぶやく。
部屋にはほとんど物がなく、ただ、中央に小さな、長い脚付きの水盆があるだけだ。
なんとなく近づいて見ると、水盆の中には、何かステンドグラスに似てきらきらした球体が沈んでいた。

「壊して」

それは、子供の声だった。突然聞こえたそれに、3人があたりを見回すと、誰もいなかったはずの部屋の奥に、窓を背に立つ、子供の姿があった。逆光で顔が見えない。パフが警戒して人間の姿をとった。

「その球は、向こうの世界。それを壊して、こっちを本当の世界にするの」

子供の手から放たれた、3本の光る剣のようなものが、空中をすーっと移動して、一人ひとりの元へ来た。3人は思わずそれを手にとる。剣の光が増した。

「もしかして、これがラスボスってこと?」
「……世界を壊すってことが?」
困惑するエミーとパフが、uを見る。uは、子供の方を見つめていた。
「……向こうの世界ってもしかして、あ~ちゃんやかしゆかや、のっちがいる世界なの……?」
子供は答えない。
「……どうしてその世界を壊さなきゃいけないの!?」
「u、決めるのはあなた」
「……え?」
「u、決めるのはあなた」
「何言ってるの?」
「u、決めるのはあなた」
子供は壊れた機械のように、もうその言葉しか繰り返さない。「u、決めるのはあなた」……

「u」
そのとき、エミーの声がuをとらえた。
「……私ね、uの言う、あ~ちゃんとかしゆかとのっちが、誰だかわかってきた気がするんよ」
「うん、私も」
パフもそう言ってうなづく。
「世界は、2つ以上あってもおかしくないってことだよね」
「他の世界に別の私たちがいてもおかしくない。この世界も、向こうの世界も、本物でも偽者でもない」
2人が、uの顔を見つめて問う。
「そうじゃろ?」
「……そうじゃ、ね……!」

uは、光る剣を天へかざした。そこから伸びた光は、壁が緩やかに集中して円錐の頂点のようになっているその一点を、まっすぐにとらえる。
エミーとパフも、それに従った。3人の光が、天井の頂点を指すと、そこから光の柱が水盆に落ちた。
「……また、夢で会おうね」
「夢の外でも、会おうね」
 2人の言葉に、uは、
「新しい世界でも、きっと、3人だよね」

そして3人は、いっしょに、光の柱の中へ入っていった。

                              ★

THE END

廃墟の画面を背景に、その6文字が、のっちの目にまぶしく映った。
まだ眠ってるみたいなのっちの脳みそを揺り起こすように、携帯の着信音が鳴る。開くと、メール着信を示す絵文字が、携帯の上に浮かんでいる。それに触れると、飛び出してきたあ~ちゃんの顔とかしゆかの顔。

2つの画面は、同時に「明日のリハがんばろうね!」と告げた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第2話『GAME』終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第3話 『Baby cruising Love』




それは、小さい頃住んでいた広島の家の、庭の情景だった。土の上に、ぺたんと座り込んでいる。左腕の中に、誕生日にもらったピンク色のうさぎのぬいぐるみ。たしか、「う~ちゃん」と名前をつけていた。
「あやちゃーん?」
うしろからお母さんの声が聞こえる。
「あら! あやちゃんダメでしょ。あやちゃんもうさぎさんも泥んこよ」
駆けてきたお母さんに抱きあげて立たされ、膝についた土を払われる。
――その感触。
手から滑り落ちたぬいぐるみの手触り。
春だったんだろうか、日ざしが背中にあたる、暖かさ。

……それらの中で、何かひとつ、小さな忘れ物をしているような……

                              ☆

ぱちっと目を開けると、すぐにうーんと伸びをしながら、あ~ちゃんはベッドから起き上がった。
――あれ、そういえば、珍しく夢を見た気がする。
「……なんだっけ?」

「へえ! あ~ちゃん夢見るんだあ」
「そりゃ私だってたまには夢見るよ~」
「でも中身全然覚えてないんよね?」
「そう~。せっかく久々の夢だったのにい……」
3人は今、テレビ局の控え室にいた。
2507年にヒット歌手の仲間入りを果たしたPerfumeは、その屈託なくあけすけなトークも受けて、いまやテレビにも引っ張りだこである。
2508年の4月からは、レギュラー番組も持つことになり、今日はその収録日だった。
「……う~んそれとももしかして、ほんまは夢見なかったんじゃろか?」
「え……」
「それじゃ今までの話は一体……」
2人が固まったところでちょうどスタッフが、スタンバイの声をかけに来た。

                              ☆

午後に大学に直行して、授業が終わったのはもう夕方だった。
最寄りの駅から家まで歩く頃には、もう辺りはうす暗い。神社のそばを通る道は、小高く土手のようになった境内の周りに、古木が生い茂っている。夜はちょっといやなかんじだ。
あ~ちゃんは、わざと鼻歌を口ずさみながら通り抜けようとした。
「♪前歯をなくしたうさぎは~耳も背中もうなだれて~♪」
そのとき、斜め上の木々のあたりから、ごそっと音がした。
「……だか~らもうすこし笑ってないで~♪」
ちらっとそっちを見ながら、ちょっと声を大きくする。歩みは止めない。
「たま~にきつく叱ってみせて~♪」
「うわあああああ!!」
「きゃーーー!!」
ずざざざあっという音、そして叫び声とともに、土手から何かがあ~ちゃんの頭上に落下してきた。あ~ちゃんはとっさにそれを飛んでよける。
何か四角い、1メートル四方くらいの箱と、それより小さい、ぼろ布みたいな……
と思った瞬間、そのぼろ布がむくりと起き上がった。
「み……水を……」
そう一言呟いて、それは、その場にばたりと倒れ伏した。
おそるおそる近づいて、その姿を確かめた瞬間、あ~ちゃんの記憶に、突然昨日の夢がよみがえる。
「……う~ちゃん?」


初めて「宇宙人」が地球に上陸したのは、100年ほど前のことらしい。あ~ちゃんにとっては、おばあちゃんさえ生まれていない頃の、歴史の教科書の中の出来事だ。
彼らは、明らかに科学技術を尽くした船で降り立ち、透き通る紫の肌こそは見慣れないものだが、二足歩行で、衣服をまとっていたという。
地球的な価値から見ても文化水準の高さが一目でわかり、地球は彼らを受け入れることとした。それから、地球の星間交易の歴史が始まったのである。
初めに降り立った宇宙人の言葉は、今や歴史上の名言のひとつである。
「こんな辺境に人が住んでいたとは……奇跡の発見だ」
たしかに地球は、隔離状態の辺境だったようだ。最初の宇宙人の飛来からしばらくすると、情報を聞きつけた様々な星から交易を求める宇宙人たちがやってきたのだ。

とはいえ、交易といっても商取引としては互いにたいしてメリットがないのが現実で、今では研究や観光目的の行き来がほとんどである。
あ~ちゃんたちが宇宙人を目にするのは、ツアー旅行客がぞろぞろ秋葉原や浅草を歩いているところか、大学の客員教授といったところだ。
……だから、こんなふうに、宇宙人を家に招く日がくるとは、想像したこともなかった。

「……あのぉ~……」
「! 申し訳ない。あまりにも空腹だったもので」
「あ、いいです、食べちゃってください」
「それでは遠慮なく」
目の前で宇宙人が、がつがつとラザニアを食べている。
といっても、その姿はどう見ても、うさぎのぬいぐるみである。
――なんだか、う~ちゃんにすっごく似てる気がするんだけど……でも、う~ちゃんの姿もちゃんと覚えてないからなあ……

宇宙人は、ルーベライン星の者だと名乗った。あ~ちゃんの聞いたことのない星の名前だ。
宇宙で遭難し、地球の町中に墜落してしまったらしい。
とりあえず、ぼろぼろで行き倒れているのをほっとくわけにもいかず、あ~ちゃんは彼を家に連れ帰って、水と、お湯かけて3秒の即席ラザニアでとりあえずもてなしたのだった。

「本当に助かった。礼を言わせていただく。ありがとう」
かしこまって頭を下げるうさぎのぬいぐるみに、あ~ちゃんも、
「どういたしまして」
とていねいに返す。
「必ずこのお礼はさせていただく」
「いえいえ、お礼だなんて…それより、気になることがあるんですが」
「なんだね」
あ~ちゃんは、態度大きいなあ、と思いながら切り出す。
「あなた、密航者ではないんですか?」
うさぎの動きがぴたりと止まった。
「……」
「えっ! 密航者なんですかー!」
「こ、声が大きいぞ!」
「だめですよ。密航しちゃあ」
「いや、事故だったんだが……このままでは密航者扱いということに……なってしまうな……」
「事故?」
うさぎが顔を上げた。
「私は、調査団の一員として、船で太陽系レイルウェイに乗っていたんだ」

太陽系レイルウェイとは、太陽系を一周する用に作られた鉄道のようなもので、あ~ちゃんのお父さんやお母さんが、子供の頃にできたものだ。
そのライン上に乗ってしまえば、船の動力を用いなくてもベルトコンベアのように流してくれて、各星を巡れる。
地球周辺は宇宙人たちにとっては最近まで未開の地だったので、今でもたくさんの研究者が訪れる。太陽系レイルウェイはそんな彼らの調査ツアー専用列車のようなものだ。

「我らの星は歴史の古い小星で、科学分野においては他星に大きく遅れをとっている……まあ地球ほどではないが」
ずいぶんはっきり言うなあ、とあ~ちゃんはちょっとひいた。けれど、宇宙人はいろいろ感覚とか習慣が違うと聞いているので、そういうもんかと流しておくことにする。
「豊富な農作物のおかげで星は富んでいたが、近頃では他星の科学農法作物との競争も激しくなった。科学の発達は我々の必須の命題なのだ。私は、その使命感に燃えていた。そして今回我々は、他星との差をうめるべく、人類未到の星雲の調査に踏みこむ計画を立てた。私は、そこへ派遣される小型船のパイロットに任命されたのだ」
「小型船?」
「……ああ。知らないのか? レイルウェイの通っていない場所には、小型船でしか進入できない決まりなんだ。それも3機までだ」
「へー……」
あ~ちゃんが知らないのも無理はない。地球の研究や技術は全くというほど他星に追いついていなくて、レイルウェイ外の場所を調査するようなことはまだないのだ。だからそんな規定も、ニュースにすらならない。あ~ちゃんのような女子大生で知っていたら、ちょっとしたオタクだ。
「3機が飛び立つことになっていた。だが……直前になって、星雲への経路に強力な磁場が見つかったのだ」
磁場が宇宙飛行に危険なことは、あ~ちゃんも知っていた。その危険回避の意味もあって、レイルウェイは作られたのだ。
「乗組員の多くは計画の中止を訴えたが、私ともう1人のパイロット、そして近しい何人かが決行を主張した」
「えーっ、どうして?」
「今後磁場を超えて先へ進むことを考えるなら、近くまで行って調査しておくべきだろうという考えだった。もしかしたら、そこで良い経路が見つかってすぐにでも星雲にたどり着けるかも知れない。……しかし本当のところは、パイロットの意地や虚勢が大きかったのだ……彼女は、それに気付いていた……」
「彼女……って?」
「3人目のパイロット。……そして、私の恋人だ」
あ~ちゃんはその言葉に、目を丸くした。この、偉そうな口調のピンクのうさぎは、恋人がいるらしい。
「……彼女さんもうさぎさんなんじゃろか」
「は? “うさぎさん”?」
「あ、えーとうさぎさん、知らないですか? ピョンピョン」
うさぎはいぶかしげに眉をひそめるだけである。
「……あ、すいません話続けてください」
うさぎは、ふん、とため息を一つついてから、話を再開した。
「彼女こそ、理解してくれると私は思い込んでいた。だから、中止派の意見に賛同すると言った彼女の気持ちが、私はわからなかった。裏切られたと思った。我々が周りの反対を押し切り出発を決めたとき、彼女は、私と共に行くと言ったのだ。だが、私は彼女が来ることを許さなかった」
あ~ちゃんはうさぎの丸い目が後悔に翳るのを見つめた。
「磁場の影響が、観測していたより40時間早く現れて、我々は操作を失った。もう1人のパイロットの船が軌道を遠く離れて飛ばされていくのを見た。おそらく彼は助からなかっただろう……。私はかろうじて、あの林に不時着し、助かった」
そう言うと、うさぎはうつむいた。その手が震えているのにあ~ちゃんは気付いた。
「……もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。……いや、予想はできたはずだ。私は思い上がって油断していたんだ」
(もう会えないって……? 助かったんだから、星に帰ったらまた会えるでしょ?)
あ~ちゃんは思ったけれど、なんとなく今のうさぎに声をかけられなかった。
「……いや、いや、いいんだ。つまらない話を聞かせて悪かった。水と食料、大変助かった。私は船へ帰るよ」
「もう平気なんですか?」
「ああ、体力さえ回復すれば大丈夫だ。船を置いてきてしまったことも気がかりだしな」
うさぎはもう一度礼を言うと、あ~ちゃんの家を後にした。背を向けたまま手を振る姿がうさぎなのに気障だった。

                              ☆

――もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。
なんだろう、この言葉。何か思い出しそうな……
――油断していたんだ
ずっと昔の、小さい頃……

「ねえねえ、あ~ちゃん、う~ちゃん遠くへ行きたいな」
そう、う~ちゃんが初めて、突然喋り出したとき、そんなことを言ったんだった……。
「う~ちゃんおしゃべりできるの?」
「あ~ちゃんが好きになってくれたから、しゃべれるようになったの」
「そうなんじゃ~」
「ねえねえ、わたし遠くへ行きたい」
「ダメだよ、あ~ちゃん小さいから遠くへ行けない」
「じゃあ、ひとりで行くね」
「ダメ! あ~ちゃんと一緒にいるの!」
あ~ちゃんはそれから、片時もう~ちゃんを離さないようになった。ご飯を食べるときも、寝るときも。そうしなきゃ、う~ちゃんがどこかへ行ってしまうと思ったから。
それでもう~ちゃんは時々、「大草原に立って、地平線に夕日が沈むのをみたい」とか、「陸地が全く見えない海の真ん中にボートひとつで浮かびたい」とか、あ~ちゃんのわからないことを言った。でもそれも、あ~ちゃんが離さずにいさえすれば、ひとりで遠くへ行ってしまうことはないと思っていた。
……それなのに、家族で動物園へ行くあの日、置いていってしまったのだ。ちょっとくらい、大丈夫だと思ったから。
「絶対絶対、ここから動いちゃだめだからね」
あ~ちゃんはクローゼットにう~ちゃんを入れた。
「ここ、暗くてやだよ」
「今日だけ。ここから出ちゃだめだよ」
「あ~ちゃんやっぱり、置いていっちゃうんだね。置いていかれたくなかったから、遠くへ行ってしまいたかったの」
う~ちゃんの言うことはよくわからなかったけれど、諦めたようなその顔を見ていると、なんだかあ~ちゃんは、悲しいような腹立たしいような気持ちになって、ばたんと扉を閉めた。
「なんでそんなこと言うの! もう、う~ちゃんなんか知らない!」
泣いているあ~ちゃんをお母さんが抱っこであやした。
動物園で遊んでいるうちに涙はすっかり乾いてしまった。――そして、帰ってきたとき、う~ちゃんがいなくなっていた。

目が覚めた時、あ~ちゃんは頬に流れるつめたい涙に気付いた。
――こんどの夢は、ちゃんと覚えてるや。
あ~ちゃんは不思議な心地で涙をぬぐった。

その日は久しぶりに仕事も学校もお休みで、あ~ちゃんは、あのうさぎ宇宙人に会いに行くことにした。
――まだあの神社にいるかわからんけど……
地球人だったらちょっと空気読めないタイプだけど、こんな天気のいい日に、遠い星の話を聞きながら境内でお弁当を食べるには、素敵な相手だと思う。
お重に、ラザニアみたいな即席じゃなくてちゃんと作った手料理をつめた。
お弁当を手に白い帽子をかぶって出かけたら、ピクニック気分でうきうきしてくる。

                              ☆

うさぎは、雑木林の中で、じっと空を見つめていた。
その隣には、昨夜うさぎと一緒に落ちてきた四角い箱がある。暗い中ではわからなかったけれど、それはきれいなパールピンク色をしている。
「うさぎさーん!」
あ~ちゃんが声をかけると、うさぎはすぐにこちらを向いた。
「……その、うさぎというのはやめてもらえないか」
「あ、そういえばお名前聞いてなかったですねえ」
うさぎが自分の名前を名乗った。けれど、あ~ちゃんはぽっかり口を開けて固まった。
「……うぱっんっ…ぐるゅ……?」
「ああ、これは地球人には発音できない音だったかな」
「あっじゃあ、う~ちゃんって呼んでいいですか?」
「……「うさぎ」でいい……」
うさぎはため息まじりに言った。
「私のことは、あ~ちゃんって呼んでください」
「あ~ちゃん、か。地球人は不思議な名前をしているな。」
どっちが、と思ったのは口には出さず、あ~ちゃんはうふふっと笑った。
「それではあ~ちゃん、こいつで月に行かないか?」
うさぎはピンクの箱をぽんと叩いて言った。
「えっ月!?」
「お礼は必ずすると言っただろう?」

ピンクの箱は、うさぎが何かをなぞるように触れると、側面の壁が完全に消え、天井が上がって、ツーシートの座席が現れた。2人が乗り込むと、壁がまた覆う。目の前には外を映し出したモニター。うさぎのハンドル操作でふわりと浮かぶと、モニターは座標軸と点滅するポイントに切り替わる。点はぐんぐん地球を離れて月の方角へ飛んでいくようだ。
月の地下都市は、地球人の憧れの保養地である。そしてすべての宇宙人のオアシスでもある。
どの星の人間も、月では星籍も国籍も失って、月の法律のもと平等に扱われる。
昔、自星が消滅して放浪する民が、太陽系まで流れてきた。彼らは地下に住む種族で、その地下開発の技術を公共の利益に還元することを条件に、まだ所有者の決まっていなかった月への移住を認められたのだ。そうしてできたこの月の地下リゾートは、老人たちは余生をここで送りたがり、若者たちは一度でいいから遊びに行きたいと憧れる、理想の地となっている。

あ~ちゃんは、ふと、思ったことを聞いてみた。
「うさぎさん、もしかして、月に永住しちゃおうとか思ってませんか?」
するとうさぎは、はは、と自嘲っぽく笑った。
「だっ、だめですよ~! ちゃんとおうちの星に帰って彼女さんと仲直りせにゃあ」
「星に帰っても、私を待っている者は誰もいないさ」
「そんなこと……」
言いかけたあ~ちゃんをうさぎの手が制した。
「いや。本当に、待つ者は誰もいないのさ。……浦島太郎になってしまったからね」
あ~ちゃんはちょっと驚いた。
「えっ? 浦島太郎、宇宙人さんでも知ってるんですか」
するとうさぎは一瞬不思議そうな顔をしたが、ふいに納得したように、
「……ああ、そうかあれは、元は地球の神話だったな」
(……神話……? だったかな?)
「浦島太郎は、船乗りの間では宇宙中で有名だよ。まるで自分のことのようだと」
「自分のこと?」
「光速を超えた速さで飛ぶため、飛行中の時間は、地上の時間より遅く進む。私のルーベライン星から地球までは、船に乗る我々にとっては1ヶ月ほどだが、地上の時間にして15年にあたる」
「15年!」
「どこの星でも、多かれ少なかれ船乗りは浦島太郎になるんだ。星に帰り着く頃には30年は過ぎているな」
あっけにとられるあ~ちゃんをちらりとうさぎは見やる。
白い月面はもう目の前だった。地下へのエントランスの丸い屋根が遠くに小さく見えかけている。
「それでも、彼女と共にいたから、孤独ではなかった。しかし、もうそれも失った。私が磁場に巻き込まれ漂流している間に、計画どおりなら母船はもう帰路へついたはずだ。次の調査団が来るのは1年後……私が星へ帰り着く時は、ルーベラインでの何年後だろうか。元々寿命も長くて50年の種族だ。彼女はもう生きてはいまい。」
と、その時うさぎの瞳が止まった。そしてかたかたと震えだす。
「うさぎさん!? どうしたの」
ハンドルから手が離れて船が大きく傾いた。あ~ちゃんはとっさにそのハンドルを取る。
「君には……わからないのか……この音が……」
あ~ちゃんは本格的に運転席に乗り移った。うさぎは助手席で耳を押さえてうずくまりながら、驚いてあ~ちゃんを見る。
「う、運転できるのか?」
「なんとなく、わかる! 待ってて! マッハで月まで飛ばすから!」

エントランスの丸屋根に船が触れると、きゅーっと吸い込まれて、直後着陸した場所はもう地下施設の中だった。色々な形をした無数の小型船が、規則正しく並んでいる。
到着と同時に船の壁面が開き、あ~ちゃんはすぐに叫んだ。
「病人です! 助けて!」

                              ☆

「強い音波を大きな耳がキャッチしてしまったんでしょう。安静にしていれば、もう大丈夫ですよ」
ミルキーホワイトの髪と顔をした、初老の女医さんが言う。肌の色からしてムーンスン人かもしれない。
「それにしても、またルーベライン人ねえ……月のまわりにはルーベライン人しか感知できない音波があるのかしら」
2人は顔を見合せた。
「……またルーベライン人って……?」
「何日か前にもね、あなたとよく似たルーベラインの女性が、月のそばで音波にやられて墜落したのよ。幸い腕を骨折しただけだったけど、まだここに入院してるわ」
うさぎがベッドから飛び上がった。
「彼女だ……!」
「ちょっとあなた! まだ安静にしていなきゃ!」
女医さんが止めるのにもかまわずうさぎは走り出す。あ~ちゃんは慌ててそのあとを追った。
病室を出ると、透明のチューブのような、空中に伸びる廊下の突き当たりで、エレベーターに乗るうさぎの姿が見えた。
「うさぎさん!」
筒型の乗り物が音もなく下へ降りていく。あ~ちゃんはエレベーターに駆け寄って、うさぎが去った直後そこに現れた、同じ筒型の箱に乗り込む。
エレベーターも廊下と同じく、透明のチューブのような管の中を、箱が流れていくようになっている。チューブの外には遠く地上に、プールやテニスコートや、美しい人工の森が見えた。
(地上っていっても、地下の中の、空と地面なんよねえ……)
不思議な気持ちでそれらを眺めていると、やがて落下は止まり、チューブの前面が開いた。
目の前はどこまでも続く広い草原だった。さっき見えていた地上の風景とも違う。
(ここ……どこだろ……?)
ふと、遠くの緑にまじって、ピンク色が揺れたように見えた。
「うさぎさん?」
あ~ちゃんの呼び掛けにそれは振り向き、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
(やっぱりうさぎさんだ)
あ~ちゃんも同じように歩み寄った。
「うさぎさーん!」
「……あ~ちゃん……? あ~ちゃんなの?」
その声は、うさぎのものではなかった。
「あ~ちゃんだよね?……わたしよ、う~ちゃんよ」
――あ~ちゃんは、石になったみたいにぴたりと立ち止まった。
ピンク色のうさぎは、右腕を包帯で吊っていた。ふわりと飛ぶように駆け寄って、左手であ~ちゃんの手を取った。さっきまで一緒にいたうさぎ宇宙人より少し小さいけれど、その姿はそっくりだ。
「……あ~ちゃん……?」
あ~ちゃんは、声が出なかった。
「あ~ちゃん、あのね。う~ちゃん、本当はずっとあ~ちゃんと一緒にいたかった。でも、遠くへ行きたいなんていつも言っていたから、きっと罰があたったの。あ~ちゃんの家にいたはずなのに、いつの間にか、遠い遠い、どこか知らない星に来ていたの。そこには、う~ちゃんとそっくりな人たちがたくさんいた。でもわたし、どうしてもあ~ちゃんにもう一度会いたくて、調査団に入って地球に来たの。地球では会えなかったけど、まさかこんなところで会えるなんて…! ここで彼を待っていたから……」
「……本当に、う~ちゃん?」
「あ~ちゃんったら、もう忘れちゃったの? ……ちょっと見ないうちに、なんだか大人っぽくなったね。背も高くなった……」
「15年だよ」
「え?」
「う~ちゃんが航海している間に、15年経ったの。わたしもう、19歳なの」
「あっ……」
う~ちゃんは思い出したように、呆然とあ~ちゃんの顔を見つめた。
そのとき、ピピピッという音が2人の頭上で鳴った。見上げると、クレーンゲームのような形のロボットが浮遊している。
「ルーベライン人の聴覚と月周辺の超音波について、調査がありますので、ご同行願います」
ロボットが機械的な声で言う。
「でも……」
う~ちゃんが、あ~ちゃんを見る。
「ご同行を拒否する場合は公務執行妨害となりますが」
「そんな……!」
「いいよ、行ってきなよ! 話はまたあとでいいから」
あ~ちゃんがそう言うと、う~ちゃんは黙ってうつむいた。
「同意いただけたとみなしました」
ロボットのクレーンのような部分から透明のカプセルが降りてきて、う~ちゃんの体を包むと、ロボットごと一瞬で消えてしまった。

あ~ちゃんはそれからもう、う~ちゃんとも、うさぎとも会うことはなかった。
急いで病室に帰ったあ~ちゃんを待っていたのは、うさぎからの手紙だった。調査には数日かかるので、先に小型船で地球に帰っていてほしい、自分は彼女と一緒ならどこでも暮らせるから、心配しないでほしい、と書かれていた。

                              ☆

まん丸い、昼の月が空に浮かんでいる。
「あ~ちゃん、何見とるん?」
「うーん、月。」
「月かあ」
一緒になってぼんやりと月を見るのっち。少し遅れて車を降りたかしゆかは、2人して空を見ている光景にびくっと後ずさった。
「……早く中はいろーよ」
「「はーい」」
3人は、重大発表があると呼ばれて、久々に事務所を訪れていた。中へ入って待っていると、マネージャーのもっさんや、顔見知りのスタッフたちが集まってきた。
その頃には3人とも、周りの様子がいつもと違うのに気がついていた。短い前置きのあと、とうとうそれが、告げられた。
「……アルバム『GAME』、ウィークリー1位が決定しました!」
その言葉に、かしゆかは叫び、のっちはあんぐり口を開け、あ~ちゃんは呆然とした。そして、やがて3人の目に涙がにじんだ。ひとしきりの混乱と歓声と涙のあと、部屋には3人だけが残された。3人きりで噛み締めたい気持ちを、周囲も汲んだのだろう。
「……なんじゃろうね、もう、わけがわからない……」
「でも、お母さんたち、よろこぶねえ……」
「うわあ……1位だってえ~……」
こつこつ、とノックの音がして、もっさんがひょこっと顔を出した。
「ごめんちょっと…、あ~ちゃんに月からファンレターが来てたよ」
その言葉にかしゆかとのっちの方が先に反応した。
「えー! 月から!?」
「宇宙人ファン第一号かな??」


あ~ちゃんが手に取ったその封筒には、「いつもテレビで楽しく見ています」という短い言葉の書かれた、いまどき珍しい手書きのメッセージカード。
そして、ピンクのうさぎが2人よりそって微笑んでいる写真が添えられていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第3話『Baby cruising Love』終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第4話 『チョコレイト・ディスコ』





「非音声言語?」
見つめるあ~ちゃんとのっちに、かしゆかは、そう、と頷き返した。

木曜日の昼休みはいつも、大学のそばにある、地下の喫茶店に3人集合する。
ちょうど3人とも午後の授業がない日なので、仕事がないと誰からともなく集まろうか、ということになり、そのうちこの喫茶店が待ち合わせ場所になった。
構内で3人でいるとどうしても目立ってしまうけれど、一時代前の風情をそのまま残したようなこの店は、あまり学生が来ないのでちょうどいいのだ。近頃は、年末に初の紅白出演を遂げたことで一気に知名度がアップし、その分学校での注目度も格段に上がってしまったようだった。
「かしゆか、非音声言語講義なんてとってたの?」
「ううん、単位はとってない。ちょっと面白そうだったから見に行ってみただけなんだけど……」
そういえば先週かしゆかは、用事があると言って先に店を出たのだった。
「でもそれって、地球人はしゃべれんやつじゃろ?」
あ~ちゃんが問う。
「普通はしゃべれんけど、原理を勉強すれば翻訳装置で会話できるよ」
「えっ! 翻訳装置って勉強しなきゃ使えないの?」
のっちが目を丸くして言う。
「うんそう! 暗号解読みたいなのを自分でやるんよ! 超難しいの」
「ふえ~。かしゆかって難しいこと好きだよねえ」
のっちがため息まじりに言った。
「だって、もしかしてもしかしたら、潜在能力があってしゃべれるようになるかもしれんのよ? それに…」
「それに?」
2人がかしゆかの言葉を待って見つめる。
「…いひひ♪」

                              ★

約100年前、地球に最初に上陸した宇宙人であるガーネン星人は、音声言語を持たない種族だった。
もちろん地球の戸惑いは大きかったけれど、すでにガーネンでは他星と交流するための音声変換の技術が開発されていたため、コミュニケーションに支障はなかったそうだ。
彼らの「非音声言語」と呼ばれる伝達手段は、地球的理解でいうテレパシーみたいなもののようだ。ただ、いわく、気持ちが直接伝わるものではなく、「言語」であるとのことである。
ガーネン星人の他にもいくつかこの言語を操る種族がいる。地球でもその言語を学ぼうとする人はいたが、どうやら先天的な能力が必要らしく、ほとんどの地球人には話せないということが研究によってわかっている。まれに地球人の中にも、非音声言語の能力者がいるらしいが、その多くはESPや霊感があったりするそうだ。

「人が言語を理解する仕組みは、音声にしろ非音声にしろ、未だはっきりとした答えは明らかにされていません。
これに関する研究は、ガーネン星とアメジン星が約2000前に共同して行ったのが最初と言われています。音声言語と非音声言語の種族が互いに歩み寄った歴史的な出来事です。その研究から生まれたのが、現在使われている翻訳装置です。言語認識の仕組みを仮定的に簡易化し、数値データとして表すもので、おおまかな伝えたい内容はこれで伝達することができますが、あくまで仮定の理論を用いている、ということに注意が必要です。
さて、地球では500年ほど前にノーム・チョムスキーが我々の研究にかなり近い視点の言語学を展開しています。これについて地球の発展の遅さと捉える向きもありますが、非音声言語の存在すら知らない種族がここまで切り込んだ視点で言語学を展開していたことは、むしろ驚くべきことだと、私は思います」
そのときゴーンという、終業の鐘が鳴った。
「あら! もう終わりの時間ですか。では来週は、非音声言語学とチョムスキー理論の比較に入ります。ごきげんよう」

あ~ちゃんとのっちのぽかーんとした顔の前で、かしゆかが手をふった。
「2人とも魂ぬけてる?」
「いっや~難しかった!」
あ~ちゃんが言い放つとのっちはむうーとうなった。かしゆかはきゃはは、と笑うと、
「でもさ、あの先生、素敵じゃない?」
「素敵ー!」
3人はさっきまで壇上で話していた女性を見た。学生と変わらないくらい若く見える彼女は、青紫の透き通った肌をしていて、髪と瞳は青くつややかに輝いている。
地球人には見慣れない風貌にも関わらず、明らかに美人で、笑顔が魅力的だ。
「ロイス先生、だっけ?」
「そう、ガーネン人なの」
「ええ、言葉ペラペラなのに~」
その時はっと、のっちは周りの様子に気がついた。はしゃぐあ~ちゃんの肩に手をかける。
「可愛いよね~まだ若いんだよ、25歳だって!」
「ねえねえ、話しかけてみてもいいと思う?」
「……それは……今度にした方がいいかも……」
のっちの言葉に2人も我に返ると、いつの間にか、講堂中の注目が3人に集まっていた。
「そ……そうじゃね」
「とりあえず出よっか」
そそくさと教室を出て、3人は一息つく。
「あのー……」
ああ、つかまった! と、3人は一瞬目をつぶった。
おそるおそる振り替えると、眼鏡をかけた、背の高い男の子だった。
「……もし、ロイス先生とお話したいんだったら、研究室に遊びに来ませんか?」
「……えっ?」

                              ★

「まあいらっしゃい! 来てくれて嬉しいわ」
まだ2年生の3人は、教授の部屋に入るのも初めてで、そわそわしている。笑顔で歓迎してくれたロイスは、思ったよりも小柄で線が細く、高校生くらいにも見える。
「あなたたちの曲、私よく聴いているのよ」
「ええー! ほんとですか!」
「地球の音楽は大好きよ。音楽だけは地球が最も多種多様に発展しているのだから、地球人って面白いわ。」
「あのう、いいですか」
のっちが挙手する。
「ガーネン星にも音楽ってあるんですか?」
のっちの質問に、かしゆかとあ~ちゃんも興味津々でロイスを見る。
「ええ、あるわよ。ただガーネン人の耳は、音程やリズムはある程度分かるのだけれど、発音がほとんど聞き分けられないの。地球の歌に意味の込められた歌詞が乗っているとは知らないで、曲を聞いているガーネン人もいまだに多いのよ」
3人は感心しきりで、ほお~とため息をつく。
「あの、じゃあなぜ先生は、そんなに日本語がしゃべれるんですか?」
今度はかしゆかが聞く。
「地球人の中にまれに非音声言語ができる人がいるように、私も小さい頃から先天的に発音を聞き取ることができたの」
「わあ、それで言語学を?」
「まあね。4歳のとき、母が地球の歌謡曲を歌うのを聞いて、歌詞が違うって指摘したんですって。それからはずっと言語学の英才教育よ。でも、おかげで大好きな地球の音楽の歌詞の意味がわかるようになったし、こうやって地球にも来られたわ」
「ほわ~天才少女じゃねぇ~」
あ~ちゃんが呟くとロイスは目を輝かせた。
「そうそれ! 〈方言〉というのよね? 今のは言い切りの「だ」が「じゃ」に置き換えられたパターン!?」
身を乗り出したロイスにあ~ちゃんは面食らって答えにつまる。
「あはは、すみません。先生は今方言の研究中なんですよ」
それまで側で黙って聞いていた、さっきの彼がフォローを入れた。青年は、ロイスゼミの院生らしい。ロイスは恥ずかしそうにちょっと下を向いて、なごやかな笑いが部屋を包んだ。そんな仕草をすると、若い容姿に輪をかけて少女のように見える。
「来週からここには入れなくなるけれど、終わったらぜひまた遊びに来てね」
「終わったらって、何が?」
のっちの問いに、ロイスは笑顔をで首をかしげながら言った。
「試験」
「あっ……!」
3人が同時に固まる。
「……君たち、まさか忘れてたの?」
院生の彼がおかしそうに言う。
「あ、いえ、年末ごろまで覚えてたんですけど……っ」
かしゆかが慌てて言うけれど、あまりフォローにはなっていない。しかし、年末年始のテレビ出演ラッシュ前に、早めに試験勉強を始めていたのは本当なのだ。仕事がやっとひと段落したところだったので、ほっとしたついでに3人とも、試験のことがすっかり頭から飛んでいた。
「あらまあ」
そう言いながら、ロイスは楽しそうに笑っている。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
かしゆかが時計を見て気がついた。
「すみません、私たちこれから仕事なんです」
「あらそうなの? ひきとめちゃったかしら」
3人は口々に、いえそんな、と手をぱたぱたさせる。その様子がおかしいのか、ロイスはまたくすくす笑った。
「私もちょうどデータバンクに用事があるから、そこまでご一緒しましょ」
そう言うと立ち上がって、小さな本を手に取ると、3人と共に部屋を出た。紙に限りなく近い画面にインク文字に近い形でデータを表示できる「文庫本」である。ネット上でもデータの出入力は可能なのだが、「図書館」のデータバンクに行くと専門的なデータ検索のオペレーションが優れていて、希少な研究資料も見つけやすくなっている。
「あ、先生、外寒いですよ。コート着ていってください」
青年が明るい水色のコートを持って出てきた。
「ちょっと行ってくるだけよ。それ目立つんだもの」
「そんなこと言って、また風邪ひきますよ」
彼は言うと、それをロイスの肩に羽織らせる。ロイスは渋々腕を通した。青い髪と肌のロイスにそれは、確かに目立ちそうだけどよく似合っている。
あ~ちゃんがこっそりのっちとかしゆかにささやく。
「ねえ、この2人って……」
2人もにっこり頷く。
図書館につくまでも、3人とロイスの会話はさらに弾んだ。
「コートは教授たちが歓迎のプレゼントってくれたの。私まだ、地球の冬の寒さに慣れなくって。でもちょっと人目を引きすぎるのよね……」
「ガーネンはあったかいんですか?」
「ええ。地球でいうと夏と春しかない感じね。夏はものすごく暑いの……懐かしいわ」
「いつまでこっちに住む予定なんですか?」
「ずっとよ」
のっちとかしゆかは、顔に疑問符を浮かべてロイスを見た。あ~ちゃんだけ、はっと何かに気がついた。
「……ずっと、帰らないの」

                              ★

「あ、あった! ガーネン星。直径約4千km、総人口4億3000万人……地球よりだいぶ小さい星じゃねえ」
休憩室の机に置かれたあ~ちゃんの携帯から光が空中に広がり、ウェブブラウザが映し出されている。検索結果のトップに出たタイトルをあ~ちゃんが指で触れると、くるくる回る惑星の立体イメージに切り替わった。
「どうどう?」
「なんて?」
2人が両肩に寄りかかってくるのをそのままにして、あ~ちゃんは画面を2度ほどタッチした。
「えっとねえ……地球までの距離は70pa。間の航行には、一般的に船上にして1ヵ月、地上にして8年を要する……」
「8年!?」
のっちが叫ぶ。
「じゃあ、ロイス先生がたった2ヵ月行って帰ってする間に、先生のお父さんお母さんたちは16年先に進んどるってこと?」
かしゆかの問いに、あ~ちゃんはこくりとうなずいた。
「しかもここ見て。……ガーネン星人の平均寿命は、68.7歳。延命手術は法によって禁じられている」
ここ数年で、地球の平均寿命は80歳以上をキープするようになった。日本では100歳を越える。しかしそれには、2年前に人間にも許可されるようになった延命手術によって、百数十年以上生きる人がごく少数出てきたために平均値が引き伸ばされた側面がある。被施術者を除けば、70代半ばくらいが地球全体の平均値だろうといわれている。
「えーっと……それじゃあ、帰ったとしても家族とまた会えるかわからんってこと?」
のっちがしょんぼり呟いた。
「それでロイス先生はずっと地球にいることにしたんじゃねえ……」
15歳の頃に、歌手デビューのため親元を離れて広島から上京して来た3人は、自分だったらと、重ねて考えずにいられない。同時に、彼女の決意がわかるような気もした。大切な人たちと別れても、手に入れたい夢というのは、あるのだ。
「それじゃったら、余計ロイス先生には彼とうまくいってもらわなきゃでしょう!」
あ~ちゃんが宣言するように言った。
「地球で恋人作って、いつかは家族も作って、地球で十分幸せになるんよ!」
「よーし、そう来たら、ロイス先生の恋を応援しちゃう~?」
のっちがにやりと2人を見る。
「応援、しちゃお!」
かしゆかが出した手に2人の手が重なった。
「がんばるぞ! おー!×3」

3人の作戦は、試験後に実行に移されることになった。試験の終わるのは1月末。2月に入ればちょうどバレンタインがある。それまでにロイスと彼自身のモチベーションを上げさせ、14日にはムードあるイベントをPerfumeが用意して、最高の告白シチュエーションをプレゼントしようというのである。
――問題はそのイベントだ。
「……ライブでどうでしょう」
のっちが神妙な顔で言う。
「あっ、ライブは出会いの場……」
かしゆかが呟いた。するとあ~ちゃんがふいに、人差し指をつき出した。
「どうせなら、ライブよりディスコイベントにしない? バレンタインに、好きな人を踊りに誘えるイベントをやるの」
「それだ!」
のっちがあ~ちゃんの人差し指に自分の人差し指をぴっと合わせた。
実は少し前から、音楽を通じて知り合った友達のクラブ系ミュージシャンらに、ミックスやスクラッチのやり方を教わって練習していた。もしかしてこれは、ステージ初披露のチャンスかもしれない。
「……まさに、名付けて」
3人の顔が同じように輝く。
「……チョコレイト・ディスコ!」

                              ★

「や、やだ! 何言ってるの!」
ロイスは立ち上がって叫んだ。3人がいつも合流する喫茶店である。
「私が、呉くんと? まさか! まさか!」
3人はあの青年の名前が「クレくん」というのを初めて知った。
「まさかっていう割には、過剰反応じゃないですか?」
かしゆかが鋭くつっこむと、青紫色の頬を赤紫に染めて、ぺたりと座った。
「だってだって、私、見た目こんなんよ。地球の人から見たら、変でしょ」
「そんなことない。とっても素敵!」
あ~ちゃんが確信を持って言う。
「地球人から見たって美人ですよう」
のっちも付け加えた。
「ねえ、先生自身は、どうなんですか? 呉さんのこと好き?」
かしゆかが問う。
「わたしは……」
うつむくロイスに、3人の視線が集まる。
「だって…彼、最近彼女ができたみたいだもの」
「ウソ!?」
3人は目を丸くした。
「ほっほんとよ。いつも一緒にいる女の子がいるの」
「呉さんが彼女だって言ったんですか?」
のっちが問うとロイスは少し目をそらした。
「……わからない……ゼミの子じゃないみたいだし、遠くにいるのを見ていただけだから……」
「ロイス先生、彼のこと遠くから見てたんですね」
かしゆかが言うと、ロイスは「あっ」と口に手を当てた。と、突然あ~ちゃんがきっとロイスを見つめた。
「彼女がいるからって、諦める理由になりますか!」
「あっあ~ちゃん唐突じゃねえ」
かしゆかが一応ツッコミを入れる。
「バレンタインっていうのはねえ、彼女がいる人にも告白していい日なんですよ!」
「そうなの!?」
驚くロイスを見ながら、のっちとかしゆかは心の中で「そうだっけ……」と呟く。
「そうよ! じゃから、バレンタインまでに、先生に宿題。告白の仕方を考えてくること!」

                              ★

ディスコ会場に選んだアリーナ教室の使用許可は意外にもすぐに出た。アリーナ教室は受講希望者が多すぎる授業のために使われる、3千人収容のホールで、ここでスポーツ競技が行われることもある。
この巨大な教室ができたのは20年ほど前のことだ。その頃、大学の募集定員制廃止によって、どこの大学でも基準を満たすレポートを書いた学生は人数に限りなく受け入れられるようになったのだ。
冬休み中の2月は、レポートを書き終えた高校生たちがどこの大学に提出するか決めるため、学校見学に来る。
学校としては、優秀な学生にやはり入ってきてほしい。そのPRの一環としてPerfumeのイベントを認めてくれたのだった。
ただし、条件として、Perfumeの名前は一切出さないこと。出演もしないこと。芸能人の生徒を宣伝に使ったとなると問題だし、会場の混乱を考えると危険との判断だった。DJは、他の誰かに頼まなくてはならない。

「あーっ! ワクワクしてきたぁ!」
のっちが叫んだ。いつもの喫茶店だ。
「もうあと10日よ。ポスター作ってえ、メール回してえ、機材手配してえ」
「じゃあ、打ち合わせはこれくらいにして、ロイス先生に会いに行きますかー」
あ~ちゃんの言葉で3人は店をあとにした。
外に出ると、ぴゅうっと木枯らしが吹きつける。
「さむ~」
3人肩を寄せあったその時、かしゆかが何かに気がついた。
「ねえ…あれ、呉くんじゃない?」

2人の視線がかしゆかの指差す先へと集まる。
人で賑わう広い歩道を隔てた向こう側、大学の学生がよく利用する安くておしゃれなカフェチェーンの窓際の席に、その横顔があった。
向かいには、少し冷たい感じのするきれいな若い女性が座っている。
「あっ店から出てくる!」
店を出た2人は、学校と反対方向へ歩き出した。
「後つけよう!」
「ええ!?」
「おー!」
あ~ちゃんの言葉に、かしゆかはとまどいつつ、のっちはノリノリで従う。
どうやら呉くんとその人は、駅へ向かっているようだ。
「ねえ、もしかして今チャンスよ」
かしゆかが言った。
「さりげなく話しかけてさ、彼女かどうか聞いてみたらいいんじゃん?」
「そっか!」
「じゃあのっち聞いてくるね!」
2人が何か言うより早く、のっちは飛び出した。
「ちょ、ちょっとのっち!」
「待って!」
2人は焦る。のっちはこういう時、どうもまずいのだ。その背中を追って2人が駆けていくと、気づいて振り向いた呉くんに、のっちが人差し指を突きつけるところだった。
「あなた! どっちが好きなんですか! はっきり言いなさい!」
一体かしゆかの話を聞いていたのか、さりげなさの欠片もない。
「ちょっとのっち~!!」
「何言っちょるのあんたは~!」
追いついた2人がのっちを抑え込む。
「あれ? なんか間違ったか?」
「……えーっと君たち……?」
見ると、呉くんが顔に疑問符をいっぱい浮かべて半笑いしている。ふいに呉くんの隣に立っていた女性が口を開いた。
「では、私はここで失礼いたします」
……その声を聞いた瞬間、3人に違和感が走る。かしゆかはこの違和感に、覚えがあった。

                              ★

「じゃあ、やっぱりあの人ロボットなんですか!?」
3人とテーブルひとつ挟んだ向こうで、呉くんは苦笑した。
「よくわかったね? 僕なんか全然人間と区別つかないよ」
「私たち、声を聞けばわかるんです」
呉くんは、「さすがミュージシャン……」などと呟いている。ここは、呉くんの馴染みの定食屋だそうだ。安くてうまいので、呉くんが学部生の頃ここは大学生の溜まり場だったそうだが、安いチェーン店がたくさん表通りにできたため、最近では院生や教授たちくらいしかいないという。
「でも一体、ロボットさんと何をしとったんですか?」
あ~ちゃんが口をへの字に結んで首をかしげる。
「……実は、あのロボットは、能力開発局の職員なんだ」
「能力開発局ってあの、政府が非音声言語能力者を探して、育成するっていう?」
かしゆかが言うと、小さく頷く。
「えっ! じゃあ呉さん非音声言語のっりょくさゃ……なんですか?」
長い言葉が苦手なのっちが、噛みながら尋ねると、くしゃっと笑い泣きのように顔を歪ませた。
「いや、僕は違ったんだ。全く……的外れな期待だったよ!」
ハハハ、と笑う乾いた声は、なんだかわからないが、かわいそうだ。
「……ロイス先生が、独り言を言うときがあるんだ。ガーネン語でね。その言葉が届くってわけではないんだけど……、なんとなくわかるときがあったんだ。ああ、今しゃべってる、ってだけ。彼女に聞いたら確かに独り言を言ってたって驚いてね。それで開発局に問い合わせてテストを受けてみたのさ。……まあ、結果、ただの勘違いだってわかったんだけどね」
そう言って呉くんは笑う。
3人は、顔を見合わせた。
「……ロイス先生の様子を見てて、しゃべってるってわかったんですか?」
「……ああ、うん。」
「ガーネン語、しゃべれるようになりたかったんですか」
「……まあ……研究の幅も広がるしね」
「……」
3人は黙っている。
「……あと、まあ、彼女に母国語で会話できる相手がいたら、心細くないだろうとも……まあ」
「あーっもうはっきり言いんさい! ガーネン語しゃべってロイス先生にアピールしたかったんじゃろ!」
あ~ちゃんがキレた。
「あっアピールだなんてそんな、彼女は教授なんだし、学者として雲の上の人なわけで」
「でも好きなんでしょう!?」
のっちがツッコむ。
「だから、能力がなくて、そんなに落ち込むんでしょ」
かしゆかも畳み掛けた。
「お、落ち込んでないさ、全く、気にしてなんか……」
呉くんの言葉はフェードアウトして、首をうなだれた。
「まったく~男のくせにしょうがないなあ」
のっちが頬を膨らませる。
「……ディスコ・パーティーのお知らせメールが届きませんでした?」
かしゆかが不意をつくように言って、呉くんは「へ?」と顔を上げた。
「バレンタインのパーティーに、ロイス先生誘っちゃえばいいじゃないですか」
のっちが「そーだそーだ!」と同調する。
「早くしないと、あんな素敵な美人、他の男にとられちゃいますよ!」
「えええ……!」
呉くんは情けない声をあげた。あ~ちゃんが、その目をじっと見据えた。
「ロイス先生に心細い思いさせたくないなら、頑張りんさいよ。自分のこと好きでいてくれる人が1人でもいると、めっちゃ心強いんですよ」
「……そうかなあ……脈、あるかな」
「それとこれとは別じゃ!」
あ~ちゃんが即答すると、呉くんがまた情けない悲鳴をあげた。

                              ★

とうとう、バレンタイン前日。
3人はいつもの喫茶店にロイスを呼び出した。
「……それ、なんですか……」
「……これは……私の気持ち……」
4人の目の前には、レポート用紙のような、薄いパネルディスプレイが置かれている。
そしてそこに、大量の数字の羅列が映る。
「たとえばね、」
ロイスが言って、それを見つめる。3人もつられてそれを見る。数字が、別の新しい羅列に切り替わった。しばしの沈黙のあと、のっちがパネルを見つめたまま言う。
「……さっぱりわかりません。」
ロイスはあら、と顔をあげた。
「非音声言語にも、地球の書物のような記録媒体があるの。でも、それで記録されるものは地球人には感知できないの。
これは、その記録媒体と翻訳装置を組み合わせたもので、私の書いたことが即座に数値データに変換されるし、保存もできるのよ」
「ロイス先生……」
かしゆかがぷるぷるしている。
「……まさかこれで告白するつもりでは……」
「そうなの! 数値換算のプログラムを組むのが大変だったわ。いまだに頭が数字でいっぱいよ!」
ロイスは微笑む。3人の額に汗が浮かぶ。
「……数値を読むのって、呉さんはすぐにできるんですか?」
「そうね、彼はとっても優秀だから、1週間くらいで日本語訳できるんじゃないかしら」
3人は絶句する。せっかくバレンタインに告白するのに、相手にそれが伝わるのはただの2月21日である。
3人の様子に、さすがにロイスも気付いた。
「……あの、私、何か違ったかしら。……できる限り自分の言葉で伝えたいって思ったんだけど……」
しょんぼりするロイスに、あ~ちゃんが口を開いた。
「……うん、まあ、いいと思う! 素敵なバレンタインプレゼントよ!」
2人が目であ~ちゃんに、「いいの!?」と訴えている。あ~ちゃんも目で頷く。のっちがあごにこぶしを当てて、うなった。
「うーん、まあ確かに、こんな心も手間もかけたプレゼント、なかなかもらえないかも?」
「これも、先生らしいかもね」
かしゆかもロイスに笑顔を向けた。ロイスも笑顔になる。と、不意に入り口付近の客が、わっ、という声をあげた。4人も思わずそちらに目を向ける。
巨大な虫のようなものが羽ばたいている……と思ったらそれは、銀色の球体に薄い羽が4枚ついた小型ロボットだった。それは、まっすぐロイスのところまで近づいてきた。
「次回の定例調査が決まりました。今からご同行願います」
「今から……なんですか?」
「はい」
ロイスの顔が曇った。状況が飲み込めずにロボットとロイスを交互に見つめている3人に、ロイスはパネルを手に取って、差し出した。
「……ごめんなさい。明日、私は行けないわ。代わりにこれを……」
「ま、待って待って。どういうこと?」
あ~ちゃんが慌てる。
「ときどきこういう調査で、政府の方に行かなきゃならないの。地球には私の他に、音声言語をしゃべるガーネン人はいないから……」
「明日までかかるんですか?」
ロイスは静かに首を振ると、
「2週間帰れないわ」
と告げた。

                              ★

アリーナの中央に特設DJブースが組まれ、その周りにはもうすでに人が集まっていた。開演は5時。今はその10分前だ。会場には、呉くんの姿もあった。手には白い封筒を手にしていた。
「会場に来いっていったって……こんなに広い場所のどこで待ち合わせるんだ?」
呉くんは呟いた。封筒は今日届いたもので、中のカードには「ディスコ会場でロイス先生から預かっているものを渡します」とあった。差出人はPと書かれている。どう考えてもPerfumeのしわざである。
(結局、ロイス先生は政府の仕事で、ここに誘うのも無しになっちゃったしなあ……)

突然、ドオン……ッという重低音が鳴り響いた。
暗くなったホールで、DJブースだけが明るい光を放っている。そこに、シューーッという音とともに、地下から作業員のような白いつなぎを着た3人組が現れた。3人とも頭のてっぺんにニョキニョキしたお団子を結い、真っ黒いスノーゴーグルのようなものをつけている。
シューッという音はフェードで大きくなり、3人がターンテーブルについたところブレイクとともに弾けた。『ポリリズム』だ。会場全体が曲とともに揺れる。呉くんもすぐにその波に飲まれた。

「すごい! みんなめっちゃノリいい!」
お団子の1人が、あとの2人にこそっとささやく。
「ハンパない~」
「最高!」
2人も答える。……もちろんこの3人、Perfumeである。バレないように変装して、DJをやってしまうことにしたのだ。

Perfumeの曲の他にもメジャーからマイナー、古いものから最新のものまで様々な曲が重なったりカットインしたりしてつながっていく。時には大胆なスクラッチが観客を沸かせる。
1時間くらいしたところで、音がいったん、完全にやんだ。客がざわつく。
「よおし、いくよ……」
3人が目を見交わした。教室の天井がゆっくりと、真ん中から開いて、星空が現れた。途端に湧き上がる歓声。月明かりが差し込んで、会場の中が少し明るくなる。3人は隅々まで満足そうな表情の観客の顔を見て、思わず手を握り締め合った。
「……でも、この教室こんなに広かったっけ?」
「……うん、2万人くらいに見えるような?」
「うーん、まー、そんなことはどうでもいいっしょ!」
次の曲からは、少しスローなナンバーが中心となった。会場のあちこちで、いい雰囲気でゆったり踊るカップルの姿が見られる。
しばらくしたところで、3人が卓の前に出てきた。3人とも、片手に小さなキラキラするボールのようなものを持っている。そしてそれを、空にかざした。ボールから放たれた3本の光が結ばれたところで大きなスクリーンになる。そこに、不思議な数字の羅列が映し出された。
「なんだろう、あれ?」
「なんかかっこいい演出だね」
少しざわめく人の声が聞こえる。中にはそれが、非音声言語の翻訳装置によって吐き出される数値データだとわかる人もいるだろうが、即座にそれを読むことは誰にもできない。
だが、呉くんだけが違った。
「……言葉が……伝わったよ。ロイス……」
そう呟いた瞬間、スクリーンの真ん中から、何か青い蝶のようなものがこぼれ落ちた。驚きの声が会場を包む。
「何今の!?」
「鳥? ちょうちょ?」
「なんか天使みたいだったよ!」
呉くんの腕の中にしっかりキャッチされたその人は、ゆっくりと目を開いた。
「いっくよーーーー!!!」
あ~ちゃんの声とともに、観客の注意がブースに戻る。
『チョコレイト・ディスコ』のぴかぴかしたイントロが会場を支配していった。

                              ★

ケーキに立てたローソクの火を、あ~ちゃんは一気に吹き消した。
「わー! おめでとー!」
「ハッピバースデー!」
2月15日、今日はあ~ちゃんの20歳の誕生日である。
「も~こんなん用意してるって知らんかったあー……」
あ~ちゃんは、もうすでに泣きそうである。かしゆか、のっちと、なじみのスタッフ陣とであ~ちゃんには内緒で企画したサプライズだった。ウソの仕事を知らせて呼び出したけれど、今日は本当は完全オフだ。
ひとしきりの盛り上がりのあと、ファンクラブ用のカメラも切って、親しい人たちだけのまったりパーティーとなった。
のっちがふいに、「あ」と声を上げる。
「そういえば、昨日さ……、ロイス先生が降ってきたように見えたんだけど……」
「あ、ゆかも見たー!」
「ね! なんじゃろね、あれ? だってロイス先生は政府の施設にいるんでしょ?」
「昨日? 何かあったの?」
スタッフの1人に聞かれて、3人は慌てて「いえいえいえ……」と首を振った。イベントのことは、事務所やスタッフたちには内緒なのだ。絶対怒られるから。
「昨日っていえばさ、変なニュースが出てるの、知ってる?」
3人の焦りにはとくに気づかなかったようで、彼は話を変えた。
「すごい大規模のディスコイベントがあったらしいんだけど、参加した人たちは、いつの間にか会場にいたって言ってて、どこで誰が開催したのか全くわからないんだってさ。お団子の女の子3人組がDJやってたらしいんだけど……」
3人はぎょっとした。
「あ、私それ、参加しました!」
女性スタッフの1人が手をあげた。
「ほ、ほんとに!?」
のっちが声を裏返らせる。
「本当に、いつの間にかあそこにいたんですよ! 楽しかったな~」
「ほ、ほんとに!?」
かしゆかも叫ぶ。
「……しかもちょっと気になってた人と偶然会場で会っちゃって、仲良くなれちゃったんですよお」
「ほ、ほんとに!?」
あ~ちゃんが乗り出したところで、
「何、3人とも同じリアクションして」
と、みんなから笑われた。
「女の子3人組DJだったから、実はPerfumeなんじゃないか、なんて噂もあるんだよ。そんなわけないけどね~」

――Perfumeは、黙ってお互いの顔を見つめ合っていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第4話『チョコレイト・ディスコ』終
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