愛のひだりがわ (新潮文庫)愛のひだりがわ (新潮文庫)
(2006/07)
筒井 康隆

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愛のひだりがわ、思っていたより、重くて、読んでいてけっこう傷ついた。

これからきっともっと色んな人と出会って別れていくんだろうな。
再会もあるかもしれないし、一生会わない人もいるかもしれない。

私は自分で思っているよりずっと何も知らない。
無力なのは知っている。
これまで何人の友達を助けたいと思って、それなのにあまりにも、完全に、私は無力だったことか。だから恋人がほしかったんだ。
私は人間になりたかった。




たくさんの出会いと別れを繰り返して、もしかしたら一生一人なのかもしれない。ひだりがわに居てくれるパートナーは旅の途中で、現れては去っていく、そんな運命の、人間もいるものなのかもしれない。





そんなことを考えながら。私の物語は遅々として進みません。
私から生まれた物語が今はもういくつか存在して、生んでしまった人物たちが完成させろとにらんでいます。

私はこれからどうやって暮らしていくんだろう。生きていくんだろう。

私が気になっている何人かの友達は、どんな風に生きていくんだろう。
私は本当に無力なんだろうか。私によって何かが変わることはないんだろうか。

人を相手にしていることで、意図していることが遂げられることはほとんどない気がする。
自分にとってほんの些細な、意味のわからないようなことが相手にとって嬉しいことだったり、傷つくことだったりする。
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また静かな日常に戻った。そんな心地。ここ数日、大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』に心を支配されていたから。
感想はまたこんど。




今毛布は、私の足首に絡まっている。
昔は全身すっぽりそれにくるまれていた。
私はそれがないと立っていられないから、安心しつつ、暑苦しいなと思ってる。

今本当は、他の人の毛布がほしくて、私もずっと取ってあった自分の毛布をその人にあげたくて、でもそのためにはこの足首の毛布から抜け出さなければならない。
歩けなければ、その人の毛布を取りにいけない。私の毛布をかけてあげられない。


友達が困っているとき、私は毛布を持っているのに、ハンカチしか差し出せなかった。
私に毛布をあげる権利がなかったから。
いつか、いつか誰かに自分の毛布をあげたくて仕方なかった。


足首に絡まる2つの毛布から、私は自分で選んで抜け出す。
本当は全身くるまれていたいときに、無理やりそこから放り出される人も、たくさんいる。
私のような人を幸せだという人もいるけれど、結局誰だって毛布のない寒さを味わうことになる。
そういう時は小さなハンカチを少しずつ分けてもらって張り合わせて、寒さをしのぐしかない。

たとえ毛布を与え合う人が見つかっても、人がくれる毛布は、ずれたり形やサイズが合わなかったり、やっぱりその時にも人は寒さを味わうだろう。


毛布とハンカチじゃ全然違うと思ってしまうけれど、結局それは程度の違いなんだと思う。

自分を完全に暖める毛布なんて、きっとこの世にはない。
今朝ふと気付いたので、忘れないうちに、と思って。

どんな良い作家の面白い小説よりも、私にとっては、私の小説が一番面白いんだと。

for youに詩を投稿してたときは、自分より良い詩を書く人はいっぱいいて、それで別によかった。くやしくもなかった。

小説を書くようになってからだ。こんなふうに思うようになったのは。


今まで書いたものの中には、「あれはちゃんと面白い作品になってたんだろうか」と思ってるのもあって、そういう作品はやっぱり、私自身にとっても一番面白いといえない。


客観的に面白いかどうかなんてわからないけど、結局こういうことなんだろうな。

ひとから見たらどうか知らないけど、私から見たら。

ただしそれは、ただの面白いではだめだ。


私から見たら、どんな作家の作品よりも、一番面白い。