アイドル探訪第3回。

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今までレビュー書いた女性アイドルに引けをとらない可愛さですねー(笑)

しかしこの「可愛さ」も質が変わってきたことを感じております。
これまで結びつかなかった、「可愛さ」と「音楽性」が、ちゃんとひとつになり始めて、よりセンスの良い可愛さになってきた気がするんですよ。


注)私、コラコラは気持ち悪いほどWaTのファンです。(但しウエンツ瑛士>>>小池徹平)



見る前 ……アルバムの感想

アレンジ良くなりすぎ。
……びびりましたよ。
今まで、本当に嫌だったんですよね。WaTのアレンジ。
『ボクラノLove Story』あたりからかな…。2人の曲作りがレベルアップするほどに、アレンジの悪さが際立つようになってきて。今時著作権フリーのBGMでもあのくらいのものあるし。
なんていうか、味がしないアレンジっていうか。

アルバム、『アイシテモ』の最初のギターからやばいかっこいい。
なんか、楽器弾いてる人の体温がわかるっていうか、「音楽」なんですよねちゃんと。作ってる人がみんな「感じて」作ってるのがわかるの。ヤッター!最高と思って音楽スタッフ陣の名前を見たら。


・鈴木Daichi秀行 (『アイシテモ』、『Smile』編曲)
ハロプロの楽曲や、YUI「FeelMySoul」「Tommorow's Way」などの編曲

・いしわたり淳治 (『AIR STYLE』、『シンクロ』作詞)
元SUPERCARのギタリスト。
チャットモンチー、9mm Parabellum Bulletのサウンドプロデューサー。
作詞ではSuperflyの「愛をこめて花束を」など。

・市川淳(『AIR STYLE』、『I'm Here』作曲)
柴崎コウ他の楽曲提供、アニメサウンドトラック(「レンタルマギカ」など)、CM音楽などの作曲。

・田中ユウスケ(『AIR STYLE』、『My Way』編曲・プロデュース)
YUKI、HALKALIのサウンドプロデュースを手がける。元気ロケッツ「Heavenly Star」の作曲。
CM音楽制作会社「Q.,Ltd」を共同で設立・運営している。

・島田昌典(『キミだけ』、『シンクロ』編曲・プロデュース)
aiko、真心ブラザーズなどのサウンド・プロデュースを手がける。
その他、いきものがかり、CHARA、YUKIなど多数アーティストの編曲。

・浅田信一(『Don't Stop The Music』作詞(小池との共作)、作曲、編曲)
ロックバンド『SMILE』の元ボーカル。
飯塚雅弓、Kinki Kids、CHEMISTORYなどの楽曲提供。


……まだ他にもすごい人いたりするんですけど、「もういいよ」という声が聞こえそうなので割愛。
最初、『キミだけ』のシングルリリースのとき、島田さんが編曲になってとても良かったので、これからはWaTのサウンドプロデュースはこの人の方向でいくのかなあ、と思ったら、アルバムではこんなそうそうたるメンバーをかき集めてきました。
これは、いろんな人と試してみて今後誰とやってくか探ってる感じなのかしら?


まあそんな良曲・良アレンジの中でも、私の中のベストワークスは、

『アイシテモ』『波音』
……です。
わざと選んだわけでなく、最終的に小池徹平作曲の2曲が残ったんですよ。

『アイシテモ』は、とにかく曲もギターもほんとにいい。いいとしか言えない。
ただちょっと楽器の音に対して声を大きく入れすぎなんじゃ?とバランスに首をかしげる。
『キミだけ』もそうなんだよね。やっぱりファンは音楽性よりも小池の「声」を求めてるってことを考慮して大きめにしてるのかな?

『波音』。これは地味に名曲。鍵盤中心の可愛い音もじわじわ効いてくる味がある。アレンジはキーボーディストの川端良征。
とくに2番サビの歌詞の、語感と音のマッチが絶妙だとおもう。
「なんだか二度と聞こえないような
ひとときのメロディ」
とても良い詞だし、一言も余らず音に言葉が入っていてなんともいえず美しい。


しかし、10曲中5曲が有名なプロ作曲家の仕事という中で、なんでそれらがベストと思えなかったか、と考えてみると、どうも、似た曲が多いんですよね
寄せ集めなら逆にバラバラになりそうなものだけれど、むしろ小池作曲のものの方が今までのイメージにない、いろんな曲調やジャンルに挑戦している感じ。

これやっぱり作曲家の方たちも、「小池徹平くん」をイメージして曲を書くからでしょうね。
そのせいで、アルバムを通して「なんか同じような曲が多いな」って思えてしまった。
やっぱり1つのアルバム作品というより、実験的な、「曲の寄せ集め」という感じが否めないです。

まあその中で『Don't Stop The Music』はちょっと異色だけれど。作詞を浅田氏と小池が共同で行ったから、その中で化学変化が起こった部分があるのかもしれません。浅田さん自身が作曲家というより、とてもロックなアーティストだからということもあるかもですが。

言っちゃなんだけど、『My Way』と『終わったはず』を抜いたほうが流れ的には上手い気がする。
8曲になっちゃうけど。『終わったはず』は小池作曲だけど、他の、方向性をしっかり定めた曲に比べて単に印象が薄いから;


まあでも、彼の声の進化はちょっとすごいと思います。
大人っぽくなったといいつつも、歌声は前より可愛くなったと思う。
しかし、それがしっかり「音楽性」に通じる「個性」として感じられるものになったというか。
たとえるなら、小沢健二とか、堂島孝平のような。
……堂島孝平は曲の感じも声もちょっと似すぎだけど……

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(2009/07/15)
小池徹平

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見た後 ……ライブの感想

元々個性的な声だったけれど、彼の声はしっかり小池徹平の「アイコン」の1つになった、と感じました。
しかし、まだ探り当てたばかりのもので、不安定さは否めない。
楽しみにしていた『波音』を音程外しまくってて、orzと思いました(笑)。

しかし、タイトルからそうだけれど、「いつもいるはずの相方がいない!」というのを強調しまくりますね。あんた1人の仕事の方が多いじゃないですか、とツッコミ入れたくなりますが、彼にとって「音楽」は基本ウエンツ瑛士と一緒にやるものなんでしょうね。
とくにそれを感じたのは、『ボクラノLove Story』をソロバージョンで披露したとき。
掛け合いの部分を、後半ではコーラスでカバーしていたけれど、最初だけは、何も入れずにブレイクにしてしまっていて。声も伸ばさず、ウエンツの声の入る部分がすっぽり空くように。
なんだか感動的でした。
というかライブ版アレンジの『ボクラブ』めちゃくちゃいい曲やがな……

あと、以前ウエンツが「音楽をやっているときの徹平は、まあ自由ですよね」みたいなことを言っていたんですが。
それが今回初めてわかった気がしました。
もともと自由に遊ぶように音楽をやっていたんだろうけれど、ライブでのその表現手段が今まではわからなかったのかな、と。ライブの遊び方がわかってきたというか。「あ、確かに自由だな」、と(笑)

そのせいかライブはすごく盛り上がって、オールスタンディングで会場の温度が上がるくらいの感じだったんだけど、
……どうも全体的に地味?っていうか……ローカルな盛り上がりという感じ?
たとえるなら歌の上手い声優のライブみたいな……
いや、別にそれをバカにしてるわけでなく、それはそれで体験するとハマっちゃうような楽しいものだと知ってるんだけど……
小池徹平でそれは良い。でも、WaTでそれはまずい。

やっぱり、小池徹平のソロっていうのは、WaTほどファンタジックではないんだな、とそこで気付いてしまう。
「アイドル」って私の中で「ファンタジー」オア「ジュブナイル」が原則なんですよ(笑)
物語の主人公みたいな、少年少女。
「WaT」はその要素がすごくあるのに、「小池徹平」ではやっぱり1人のタレントのコンサートになってしまうんだなあ、と。

あとやっぱりこのままソロで上手になり続けても堂島孝平になっちゃうだけだし(笑)
音楽性で比べたら負けるに決まってるからね、そんなん;

しかし、今回のライブを見て、やっと「音楽」の中での個性が固まってきたように思いました。
個性的で危なっかしい小池と安定感のあるウエンツで(歌の上手い下手のことじゃなくてね)うまくこれからハマってくのを期待しています。


あと、WaT『青春の輝き』のニューアレンジバージョンを作ってくれまじで(笑)
参考
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説明もなくいきなり、ボンと載せてしまったので、ちょっと書きます。


Perfume小説は、最初は遊び半分、自己満足のためだけに始めたものでした。それが、いつの間にかとても大事な作品になったので、ここに載せることにしました。
始めたきっかけは、『GAME』というアルバムが本当にコンセプト的に面白く、色々な解釈ができるCDで、その中で「2期制の連続アニメ番組」という解釈を思いついたのが、自分の中で盛り上がり、実現したくなったことです。


最初は、上に述べたまでのつもりでミクシィで書き始め、「これファン仲間のみなさんなら喜んでくれるかもなあ」、という気持ちでファン同士のコミュニティで宣伝して、読んでもらっていました。
今まで作品や表現を褒められることは仲間うちで多少あったけれど、作品を「喜んでもらえる」ということはなかなか無い経験だったので、思いがけずその感動を(ほぼ)初めて経験することになったのでした。


さて、ここからはとっても個人的な話になりますが、
4月から社会人デビューをして、初めて正社員として働き始めたのですが、そこがあまりにひどいブラック会社でして……まあ、最初のうちはそれを強く感じるようなことも少なかったのですが、6、7月頃になると激務薄給の現状が顕著になってきて、体調は崩すしで、ひどい状況になっていました。
会社に通うことがもう限界と感じることも多くなり、電車の中で学生を見ては羨んでしまっていました。

そんな中で、この一連の作品を書くことは、本当に楽しくて、これが自分の生きがいなんだと強く実感できました。休憩と称してトイレに携帯を持ち込み、隙を見ては書くというほど、これだけにただ夢中でした。

人は不本意な環境にあってはじめて自分の生きる糧を知ることがあるんだなあ、と思いました。
遊びで始めたはずのこの作品が、私は本当に小説を書くために生きてるんだ、ということを教えてくれました。


私が小説を書くということがどういうことなのか――自分自身の書きたいことと、ひとに向けて届けたいこと。
そういうことを、この作品を通して知ることができました。


9月からは新しい、環境の良い職場で小さいながら記事を書く仕事をできることになりました。
それでも、こうやって教えられた小説への思いをなくすことはないだろうな、と確信的に思っています。


しっかし……やっぱり、Perfumeと同じ時代に生きててよかった~^^

Perfume小説 ・ 『 GAME~Perfect Sence/Perfect Sphere 』を読む
◇GAME~Perfect Sense/Perfect Sphere~◆

********************************
このお話は、
Perfumeのアルバム『GAME』を1作の連続アニメと仮定して、

ポリリズム/マカロニ を、 1期OP/ED
セラミックガール/Puppy love を、 2期OP/ED

とし、その他の曲を1回分のストーリーと置いて作っています。
********************************

【1期】
OPテーマ/ポリリズム
EDテーマ/マカロニ
第1話 『plastic smile』
第2話 『GAME』
第3話 『Baby cruising Love』
第4話 『チョコレイト・ディスコ』

【2期】
OPテーマ/セラミックガール
EDテーマ/Puppy love
第5話 『Take me Take me』
第6話 『シークレットシークレット』
第7話 『Butterfly』
最終話 『Twinkle Snow Powdery Snow』



――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第1話 『Plastic smile』


「それではーっ、Perfumeでした!」
大きな歓声に包まれながら、Perfumeはステージを後にした。

2506年も終わりに近づいた12月。
ワンマンライブを無事終えた3人は、幸福な疲労感とライブの興奮の名残をもてあましている。2501年に結成してから、東京進出、メジャーデビューと、時間はかかったけれど着実に前に進み続けて、今ではワンマンでチケットがソールド・アウトするようにもなった。
楽屋ではあ~ちゃんとのっちが、ひたすら「やばかった」と繰り返している。だが、かしゆかだけは、何やら物思い顔である。あ~ちゃんがそれに気付いた。
「どうしたん? 燃え尽きた?」
「かっしーげんきぃ」
のっちもペットボトルをあごに当てたまま、かしゆかの顔を覗き込んだ。
「うーん、なんか、視線を感じなかった?」
「歌っとるとき?」
のっちが問うと、かしゆかが頷いた。あ~ちゃんが笑いながら言う。
「……そりゃ、ライブじゃけんみんな見とるじゃろ! 視線だらけよ」
のっちも笑い出し、かしゆかも、つられて笑い出した。
(そうなんだけど、そうじゃなくて……なんか、あの視線、知ってるような?)

                              ☆

がくんっという衝撃がきて、目を開くと、そこは暗い車内だった。
左肩にかかる重みはあ~ちゃんの頭。さらにそのあ~ちゃんの肩によりかかって、のっちが眠っているのが見えた。
「ついたよ」
どこか安心する、マネージャー・もっさんの声に、かしゆかは、窓の外の景色が寮の前だと気付いた。あ~ちゃんとのっちを起こして車を降りる。すべすべしていて卵型の事務所の車は、誰の趣味なのか、黄色いスケルトンだ。アクセルをふかし地上10mくらいまで一気に上がると、姿を消した。

そのときふと、かしゆかは、さっきと同じ視線を感じた気がした。慌てて辺りを見回す。先に玄関ホールに入っていった2人が、「どうしたのーっ」と呼んでいる。
「うん、ちょっと先に行っとって」
暗い駐車場をもう一度見回すが、誰もいないようだ。そう思って、かしゆかが中へ入ろうとしたその時だった。
「もしもし、ゆかさんですね」
声がした方を振り返ると、若い男が立っていた。ひょろりと背が高くて、吹けば飛びそうなほど細いけれど、バンド系のおしゃれ青年だ。青白い以外に特徴はないが整った顔。
「ちょっとお話よろしいですか」
「……なんですか?」
いつもだったら、こんな夜遅くに男が尋ねて来て、相手にするような危ないことはしない。話を聞こうと思ったのには、わけがあった。……もちろん、好みのタイプだったからという理由ではない。
かしゆかにはこの男が、ロボットだとわかったからだ。

近年では人もロボットもほとんど区別がつかなくなった。それこそ、中を切り開いて見てみなければわからないほどだ。声だって、電子的にプログラムされたものではあるが、普通の人なら聞き分けられないほど肉声に近い。
だけど、Perfumeの3人は、いつのまにかそれを聞き分けられるようになっていた。
理由は彼女達のやっている音楽にある。Perfumeの歌声は、肉声をわざと加工して、電子音に近づけたものである。ロボットに施すのとは逆の作業をして生みだすその声を、歌い方に悩んだりしながら3年も聴きこむうちに、自然と、元々が肉声なのか電子音なのか、聞き分けられるようになったのだ。
ポイントは空気なのだが、単純に呼吸音というわけでもなくて、他人に説明するのは難しい。職人技に近いものだった。

ロボットに感情はない。したがって悪意もない。それに、ネットにつながっていて、ロボットに与えられたミッションが法・倫理的に許容されるものか即座に判断が下るようになっているので、人間に危害を及ぼす可能性はほぼゼロに等しい。
(それに、)
かしゆかは、思った。法規制が厳しいので、ロボットが日常生活で実際に利用されている場面は少ない。
(こんな珍しい、面白いことって、ちょっと無いよね……)
「ゆかさんにお勧めしたいお話があって来ました」
「オススメ?」
ロボットは言った。
「ゆかさんのペットに、心臓の手術を受けさせるお気持ちはないでしょうか」
かしゆかの顔色が変わった。
最近、一部のペット愛好家の間で流行中の、動物の手術がある。
心臓に機械を埋め込んで、寿命を100倍ほどまで延ばすことが出来るというものだ。さすがに人間への適応は許可されていない技術だが、動物に対しては法の網の外ということで2、3年前から流行りだした。しかし、問題視する声も多い。
たとえば、飼い主はほとんどの場合、自分の寿命に合わせて同じ頃に死ぬように設定する。ところが飼い主が早逝しまうことも当然ありうる。遺された、人間ほども長く生きる動物の引き取り手はなかなか見つからず、結局「環境センター」で処理されることも少なくないのだ。
「わたし、そんなことしないです」
かしゆかは言い放つと、玄関ホールに駆け込んだ。
(話なんか聞かなきゃよかった!)

寮の部屋でこっそり飼っているジャンガリアンハムスターのチョロちゃんとフーくんは、言葉は通じないけれど、かしゆかの大切な友達で、家族だった。
ハムスターの寿命はとても短いし、ずっと一緒にいたい気持ちももちろんある。けれど、大切に思うからこそ、かしゆかは、勝手に彼の命を左右してはいけないように思うのだ。
自分の部屋に帰って、ケージを覗き込むと、2匹はガサゴソと歩き回った。かしゆかがいない間はずっと寝ていることが多いのに、珍しい。
「今日ね、変な人に会っちゃったよ」
手をだすとよってきたチョロちゃんを、手のひらで包むと、鼻先が指の間からひくひくと出る。
(ああ、変な人、じゃなくて変なロボット、か……)

                             ☆

ところがその変なロボットは、次の日もやってきた。

かしゆかがその視線を感じたのは、授業が終わって、学校の正門を出たそのときだった。あ~ちゃんとのっちと、クラスの友達2人がおしゃべりに騒いでいる中、かしゆかは立ち止まり、振り返った。
「ゆかさん」
やっぱり、とかしゆかは思った。どこか見覚えのあるような眼差し。
「かしゆか、どうかした?」
振り向いたあ~ちゃんに、ちょっと先に行ってて、と頼むと、のっちと友達も気付いてロボットの方を見た。
「……だいじょうぶ?」
ただならぬ雰囲気を感じたのか、聞いてくるのに頷き返して、みんなを見送った。どうやらあ~ちゃんとのっちは彼が呼ぶ声は聞いていなかったらしい。ロボットだと気付いていないようだった。
「ゆかさん、こんにちは」
「前に、ライブに来てたでしょう」
唐突に切り出したかしゆかのことばに、ロボットは一瞬目を丸くした。
「ライブのとき、あなたと同じ視線を感じたんです」
「はい。見ました」
「……もしかして、あなたの持ち主さんは、Perfumeのファンの方なんですか?」
それだったら、いろいろと納得できる。まだ数台しか出回っていないロボットを自由に使っているなんて、何か特殊な立場の人で、きっとライブに直接自分で来ることが出来ないのだろう。
お金持ちすぎてきっと、ちょっと感覚がずれているのだ。かしゆかに、何かプレゼントをしたがっているのかもしれない。ちょうど今週間末が、かしゆかの誕生日だった。
ロボットがこくりと頷いた。
「だったら、迷惑ですって持ち主さんに伝えてください。チョロちゃんとフーくんは、ただのペットじゃなくて家族なんです。人間に対してしないことは、あの子たちにもしないんです」
それだけ言ってしまうと、かしゆかは背を向けて歩き出した。
と、背後で電子レンジみたいな、ピー、ピー、という音がした。
かしゆかが振り返ると同時に、今度はゴトッと、何かが地面に落ちる音。
見るとそれは、ロボットの右腕だった。
「きゃーー!!」
「あ、だいじょうぶです、すぐつけられますから」
「そういう問題じゃ……! と、とにかくこっち!」
学校なんて人の多い場所でロボットだとバレたら、大変な騒ぎになる。かしゆかは、ロボットを校舎裏の人気のない緑地にひっぱっていった。
「わあ、いいところですねえ。どんぐりが落ちてるかなあ」
ロボットらしからぬことを言っているのを、ベンチに座らせる。
「すぐつけられるって、どうやって?」
かしゆかが尋ねると、ロボットの首の左側に、小さな窓が、自動ドアのように開いた。そこから管がするすると伸びてくる。管の先にはドリルのようなものがついている。
あっけにとられて見ているかしゆかに、ロボットは、
「すみません、腕、持っててくれませんか?」
と、微笑んだ。

本当にあっという間に直してしまった腕を、何度かぐるぐると動かして調子を確かめているロボットを見ながら、かしゆかが口を開いた。
「あのね、」
「はい。なんですか?」
「あなたの持ち主さん、何か勘違いしてるんじゃないかって思う。自分が一緒にいたいからって、勝手に寿命をのばしたら、この先2人がどうなっちゃうかわからないもん。そんなことされても、私、うれしくないです。何か喜ばせようと思ってくれてるなら、これからもPerfumeのファンでいてくれるだけで十分うれしいです」
ロボットは、しばらく沈黙した。
「今以上に、何か、ゆかさんに幸せになってもらうことはできないでしょうか」
かしゆかは、ロボットの真剣な表情に驚いた。ロボットって、こんなにいろんな表情ができるものなのか。
「……じゃあ、ロボットさん、デートしよう」
「でーと?……デートですか?」
ロボットは一瞬意味がわからず検索したようだった。
「うん。上京してから、1回もデートなんてしたことなかったの。Perfumeがあるから、まともに恋愛とかしなかったから。でもロボットさんとなら恋愛とか、ないけえ、大丈夫じゃん?」
「はあ……」
「ゆかね、ロボットさんに会えたことはうれしいの。不思議なこととか、非日常みたいなこととか、何か起こらないかなっていつも思ってた。だから、ロボットさんとデートしたい!」
「そんなことで良いのでしたら」
「いいよ!プレゼントってそういうものなんだよ。びっくりさせてー、楽しませてくれたら最高!」
ロボットはしばらく、ぽかんとしているようだったけれど、それからにこっと微笑んだ。
「では、いつお迎えに行きましょうか」
「うーんと、今週の土曜日でいい? あと、お迎えじゃなくて、待ち合わせにしよ?」

                             ☆

それは、デートというより弾丸トラベルだった。かしゆかの、「どこに行こうか?」という問いに、ロボットはこう答えたのだ。
「私の行動範囲ですと、北海道まで5分を基本としていますが……」

ロボットの背に、巨大なリュックサックのように、扉のついた透明のカプセルが飛び出てきてかしゆかを驚かせた。言われるままにそこにかしゆかが入る。ちょうど顔の部分だけ丸窓になっていて外が見える。だけど、ロボットの
「じゃあ、行きますよ」
という声を最後に、窓の外は真っ白に、何も見えなくなった。

それから、どれくらい経ったかわからない。いつのまにか、かしゆかはうとうと眠ってしまっていた。カプセルの中は狭いわりになぜか落ち着いて、意外と快適だった。
「着きましたよ」
ロボットの声に目を覚ますと、目の前は、灰色と白のマーブル模様だった。それが空だと気づいたとき、ロボットが言った。
「下を覗いて見てください」
そこには、雪をかぶった石造りの町並みと、広場には大きな白いもみの木が見えた。
「わあ……」
「もう少し近寄ってみましょうか」
旋回しながら、木のてっぺんに近い辺りまで下りて行く。町の人が誰も気づかないのが、不思議だ。ロボットには、姿を見えないようにすることなんかも可能なんだろうか。
木に積もった雪がキラキラと輝いて、まるで星を飾りつけたようだ。辺りは少し薄暗くなって、小さな家々にも明かりが灯り始めている。
「そろそろ、良い時間ですね」
「え?」
「一気に上がりますよ」
ロボットがそう言うと、超高層ビルの最上階までエレベーターで昇るような浮遊感が、かしゆかの体を包んだ。
「ほら、見てください」
あわてて下を覗きこむと、もみの木の広場を頂点にして、町の明かりが三角に広がっている。
「きゃあっ!これって、これって……」
歓声をあげるかしゆかに、ロボットが答えた。
「世界で一番大きなクリスマスツリーです」

元の待ち合わせ場所に戻ってきたとき、ちょうど3時を回ったところだった。
「こっちはまだこんな時間? ふしぎ!」
「まだ時間がありますね。今度はどこに行きましょうか」
そのとき、かしゆかの携帯が鳴った。見ると、「のっち」の表示だった。ロボットに断ってから、通話ボタンを押す。携帯の真上に、小さなのっちの顔が浮かび上がった。
『かしゆか今どこ? たった大変だよっ!!』
「どうしたの? のっち」
『かしゆかのハムスターがいないの! 今みんなで探してる!』
「えっ!! ケージにいないの!?」
『そう、早く帰ってきて~』
電話を切ると、ロボットが隣に立っていた。
「帰ってしまうんですか?」
「ごめんなさい! 寮ほんとはペット禁止だから、寮母さんに見つかる前に見つけてあげないと……!」
「大丈夫ですよ」
「本当にごめんなさい! 今日はありがとうございました、本当に楽しかったです」
かしゆかは深く頭を下げてから、駆け出した。
「ゆかさん! 待って……」
「行かなきゃいけないの!」
呼び止める声に、振り返ってそう叫ぶと、呆然とたたずむ姿が目の端に焼きついた。

                             ☆

寮生みんなで協力して探したのに、いくら探してもチョロちゃんとフーくんは見つからなかった。
とうとう、寮の外まで探しに行こうとして、かしゆかは、玄関口で、その姿を見つけた。
「ロボットさん……」
「ゆかさん……、ゆかさんは2匹に、帰ってきてほしいのですか?」
「帰ってきてほしい! 本当に大切なの」
「……でも、このままだったら、このままいたら、ずっと長く側で見守ってあげられるし、ゆかさんの夢をたくさん叶えてあげられるんです」
「え……なに? 何言ってるのかわからないよ」
「それでも、ハムスターの方がいいんですか」
「……私、2人に帰ってきてほしいよ……自分の夢は自分で叶えるもん。とにかくチョロちゃんとフーくんに帰ってきてほしいの!」
かしゆかがそう言うと、ロボットは、ゆっくりと微笑んだ。
「わかりました、大丈夫です。ゆかちゃんも僕たちも、この1年いい子にしていたから」
その微笑みの曇りのなさに似合わない、異常を告げる発信音が鳴った。
――あ、やっぱりこの人の目、私知ってる……

がごん。

落ちたのは、やはり右腕。かしゆかは拾い上げて、手渡そうとする。
「ロボットさん、腕が……」
ロボットは、微笑んだ顔のまま、微動だにしない。
「ロボットさん?」
その時だった。
「「かしゆか!」」
背後からあ~ちゃんとのっちが走ってきた。
「ハムスター、見つかったよー!」
「いつのまにかケージの中にいたの!」
「嘘!?」
かしゆかは2人を振り返った。たしかにさっき、中にはいないことをしっかり確かめたのに。
「ほんとにわっけわかんなくて!」
息を切らせてのっちが言う。
「誰かのいたずらかと思ったけど、そんなことする人いるわけないし、そんなんたぶん無理じゃろ……、って、かしゆか、何持ってるん?」
あ~ちゃんの問いに、かしゆかは、ロボットの右腕を持ったままだと気づいた。
「あ、これロボットさんの……」
振り返ったかしゆかは、そのまま言葉を止めた。
「ロボット? なんでロボット?」
「ロボットがここに来たの??」
そこにはもう彼の姿はなかった。

                             ☆

夕食のあとにあった、サプライズの誕生祝いに、浮き立った気持ちのまま、プレゼントを抱えてかしゆかは部屋へ帰ってきた。部屋の片隅に置かれている、ロボットの腕が目にとまる。
「なんだったんだろう、ロボットさん……」
あんな大事なものを置いていってしまって、大丈夫だろうか。次に会ったら腕をつけるのを手伝って、それからたくさんお礼を言おう。あんなに楽しいプレゼントだったのに、おざなりになってしまったから。
ふいに、あのどこか懐かしい視線を感じた。見回して、その視線の主を探す。……チョロちゃんとフーくんが、こちらを見つめていた。
――あ、そうか。あのロボットさんの視線は、2人が見つめてくる感じに、似てたんだ。
「えっ……まさか!?」
そういえば、あのロボットは最初から、2匹のことを知っていた。内緒で飼っているから寮生以外誰も知らないはずなのに。どうしてそのことに、今まで疑問を持たなかったんだろう。
「……チョロちゃん? フーくん?」
見つめる2匹に近づき、見つめ返しながら、呼んでみる。
4つの瞳と2つの瞳の放つ光線が、重なり合って、つながる。――
チョロちゃんが、かしゆかの方に近づき、鼻をひくひくさせた。フーくんは、千切った新聞紙の山の中に頭を突っ込む。
「まさか、そんなわけないよね。」
かしゆかは、2匹が遊ぶのを、優しく見下ろしていた。

                              ☆

2日後の、クリスマスの朝、かしゆかが目を覚ましてカーテンを開けると、目の前が白く輝いた。
「ホワイトクリスマスだ」
――ゆかが1年間いい子にしてたから、サンタさんからのプレゼントかな?
ロボットの言葉を思い出して、心でつぶやいてみながら、振り返る。
そこに置いてあったはずのロボットの腕が、どんぐりのたくさん入った袋に代わっていることにかしゆかが気づくのは、もう少し経ってからだった。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第1話 『Plastic smile』 終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第2話 『GAME』



「あーまた死んじゃった~」
のっちはあぐらのまま、ひっくり返った。テレビ画面には“GAME OVER”の文字が点滅している。この春から1人暮らしを始めた部屋のため新しく買ったテレビは、最近はほとんどこのゲームのためばかりに使われている。

のっちがやっているのは今大人気のRPG、『u(ユー)』だ。
ゲーマーの間ではやらない人はいないほどの人気作で、もちろんのっちも完全にハマっている。
主人公の〈u〉は、ヘルメットで素顔の半分が隠れていて、プレーヤーも彼の素性はわからない。国から与えられたコードネーム〈u〉を名乗り、犯罪者の逮捕を仕事としている。姿はまるで少年のように華奢だけど、数々の危険をくぐり抜けてきた凄腕だ。
このゲームを進めるポイントは、とにかくたくさん事件解決することである。そのたびにストーリーを進めるヒントがもらえる仕組みなのだ。しかも事件解決の方法は毎回違って、ミニゲームになっていたり、謎解きだったりと何十種類もある。マニアの間では事件コンプリートが流行るくらいだ。

さらに、のっちがこのゲームを好きな理由は、サブキャラの存在である。
RPGのパーティーにしては少ない2人の仲間だけれど、この2人がのっちは大好きなのだ。
1人は、魔法使いの〈エミー〉。爆弾のような広範囲の攻撃魔法と、回復魔法を主に得意とする。
彼女が言うには「魔導ローブ」というものを着ているのだが、どう見てもそれはボリュームたっぷりの黒いヒラヒラドレスである。
uがバイクに乗るときは、サイドカーにエミーを乗せるのだが、その時ローブのスカートがサイドカーからモコッと溢れ、風にばさばさはためくのが、のっちの最高のお気に入りだ。

もう1人の仲間は、〈パフ〉。
パフは銀色の毛のすばしこい小動物で、ふさふさの長いしっぽをしている。ドラゴンの血を受け継ぐ動物らしいが、見た目はほとんどフェネックにしか見えない。
いつもuの肩に乗っているが、実は人獣という種族で戦闘の時だけ人間の女の子に変身する。武器は弓矢と盾の呪文だ。
のっちのお気に入りは、彼女が動物から人間に変身するときくるっと回転して、長い銀色のサラサラヘアーがきらきらとなびくところである。

今のっちは、事件を5つ解決したところだ。ここへきてどうやら、uが犯罪者逮捕をしている裏には、大きな組織が別の目的を持って糸を引いているらしいことが見えてきた。これからストーリーがぐっと進みそうなところだ。
なのに、ここでなぜか、ぱったり事件に遭遇しなくなってしまった。
手がかりは、無くもない。断崖絶壁の谷間に隔てられて行けない、東の土地。バイクはある程度ジャンプが利くけれど、そこを越えようとすると、落っこちてゲームオーバーになってしまう。

「あっれー。やっぱりさっきの街になんかあったのかなあ?」
のっちは右手の人差し指をテレビ画面の下の方にかざした。指先の示す方向に画面が反応して、選択肢の記された小窓が開く。
「バイク」を選択すると、さらにその横にピコッと出てきた「のる」「メンテナンス」「カスタム」のうち、「のる」を指差した。

真っ黒なゴツいバイクに乗って駆けるときは、両手の握り拳をつき出し、腕をハンドルのように動かして操作する。まるで本当に乗っているかのような臨場感が得られる。
だが、目の前に広がった森の茂みを避けるのに、ハンドルを切ろうとすると、操作が利かなくなっていた。
「あれ? あれ?」
のっちはそのまま茂みにつっこんで、空に投げ出された。
「うわーっっ」

「u……u、起きて~」
のっちが目を開けたとき、そこにはあ~ちゃんの顔があった。
「あれ……? ここどこ? あ~ちゃん」
「あ~ちゃん? 何言ってるのよ」
跳ね起きると同時に、自分が倒れていたことに気づいた。辺りは、緑が生い茂る森の中だった。
「打ち所悪くておかしくなっちゃったんじゃないよね?」
のぞき込んでくるあ~ちゃんを見ると、その格好は、エミーそのものの、黒いヒラヒラドレスである。
「……あ~ちゃんなんでエミーのコスプレしとるん……?」
「だからぁ、『あ~ちゃん』て何よ。まさかほんとにおかしくなっちゃったの? u。」
「ユー……」
「そうよ、u。あなたの名前よ、わかる!?」
「……あたしがu!?」
のっちが叫ぶと同時に、うしろから口がふさがれた。
「ちょっと! 誰が聞いてるかわからないんだから、『あたし』なんて叫ぶのやめてよu」
「、、、むー、んむー!?」
口から手が離されて、その手の主を振り返る。銀髪のサラサラヘアーの、かしゆかがそこにいた。
「uが女の子だってことは、3人だけの秘密でしょ。わかってるよね、u」
「お、……女の子」
(uって女の子だったんだ……ってそこじゃなくて)
「あの……かしゆか……?」
「uったらやっぱり変! この人はー、パフでしょ!」
うしろからあ~ちゃんの顔をしたエミーが注意してくる。
(まさか、本当にゲームの中に入っちゃったわけないよね……ドッキリとか……! でも、さっきまで、のっちはゲームをやってたのに?)
「あぶない!」
かしゆかと全く変わらないパフの声が叫んだ。
バイクがぶつかった衝撃で折れた木の枝が、重さに耐え切れず落ちようとしていた。それが目の端に映ったかと思うと、瞬間のっちの目の前に、銀色の髪がきれいな扇形を描いて広がる。パフの唱える盾の呪文が森に響いた。

                              ★

(なんだったんだろーなー、昨日のあれ……)
とんとん、と肩を叩かれて振り向くと、かしゆかの人差し指がほっぺたにささった。
「今、超ぼーっとしとったよ~」
「うん、ぼーっとしとったあ」
すかさずあ~ちゃんからツッコミが入る。
「ぼーっとしとったらいけんじゃろ、今練習中よ」
3人の超音波みたいに高い笑い声がレッスン室に響いた。
今3人は、2507→2508年の、カウントダウンライブに向けてのダンスレッスン中だ。
今年の9月にリリースしたシングルが、初のヒットチャート10位以内ランクインという快挙を遂げて、今や3人は音楽業界で注目を置かれる存在となった。急にテレビ出演も増えて、なんだかまだ夢を見ているようだ。
年末に急遽カウントダウンライブも決定して、初めてのワンマンでの大きなステージに、戸惑いと期待がない交ぜになって、不思議な気持ちがする。
(こんな状態だから、白昼夢みたいの見ちゃったのかなあ)

ゲームの中でのっちは、uとして活動していた。2人と一緒に隣町に戻ったけれど何も見つからず、とりあえずセーブしてからバイクでもう一度断崖ジャンプを試みて、ゲームオーバーになった。
――そこで、のっちはテレビ画面の前に座る自分に気がついたのだ。
そのあとはなんだかもう、もう一度スタートする気にはなれず、寝てしまった。最初に普通にゲームオーバーした、そのあとの部分は、ずっと夢だったのかもしれない。だけど、なんであんな状態で急に夢を見るんだろう。
(結局何も進まなかったから、あれが本当だって証明するものは何もないし……)
舞台での立ち居地をバミる間少しの休憩を告げられて、3人はお茶とお菓子を囲んで座る。
「はい、あ~ん」
あ~ちゃんが、キノコの形のチョコレートをかしゆかにあげるフリで、自分の口に運んでいる。2人のキャーッという笑い声があがる。
「これのっちに似とるねえ」
かしゆかがのっちの顔の横にチョコを並べた。
「キノコカットです」
のっちがそう答えて、また笑い声が響く。周りのスタッフの太い笑い声も混じる。
(そうだ、キノコ……!)
のっちは唐突に思いついた。
ゲームの中に入っているとき、1つだけ変わったことがあった。隣町に行ったときに、話を聞いてみた宿のおばさんと仲良くなって、キノコを沢山もらったのだ。それがアイテムの中に加わっているはずだ。
のっちは、キノコをくれたおばさんの、リアルな手の温かさを思い出していた。

                              ★

「もう、これじゃキノコばっかりたまっちゃうね」
パフが肩をちょろちょろ駆け回りながら言う。
もう何度も同じゲームオーバーをして、同じところをぐるぐるしている。
誰に話しかけても同じ返事しかしないし、宿のおばさんはひたすら毎回キノコをくれる。
増え続けるキノコの数だけが唯一の変化といえるかもしれない。

あと、パフとエミーの2人だけは、本当にあ~ちゃんとかしゆかのように、いろんなことを言ってくる。
それ以外はまるで、自然現象まで同じ時間を繰り返しているようだ。

「やっぱり、崖を隔てた東の土地に行くことなんだよね、きっと」
そう頷くエミーをのっちことuは、まじまじ見つめてしまう。
「u、どうかした?」
「あ、いやいやなんどぇもぬぁいっ」
動揺で噛みまくると、2人がきゃははっと笑った。その声まで完全にあ~ちゃんとかしゆかそのものだ。
(のっちが元々エミーとパフお気に入りだったのは、あの2人に似てたからか~)
「も~またぼーっとしてー。最近変だよu」
背中からの声に振り向くと、いつのまにか人間の姿に戻ったパフに人差し指でほっぺを指された。その姿もまるっきり、ぱっつん黒髪をプラチナブロンドに色だけ変えたかしゆかである。
(しかし、これは似てるっていうか瓜二つすぎるよね……。やっぱり私の夢なのかなあ……でもちゃんとキノコは増えてるし……)
「こらぁ、まだぼんやりしてるぅ。uがそんなだと、いつまでも時間が止まったまんまだよ~」
「えっ……」
エミーの言葉にのっちは驚いて、思わず声をあげた。
――ゲームのキャラクターが、ゲームオーバーしてはセーブポイントへ巻き戻されるその繰り返しを把握してるなんて、そんなのアリなんだろうか。
エミーは一瞬、はっとした顔をした。
「……な、なんちて~。何言ってるんだろうね私ったら!」
「……ほんと~!エミーまでボケちゃって!」
乾いた笑いで流そうとする2人に、のっちは黙っていられなかった。
「ちょっ待って待って! なんで誤魔化そうとするの!? 2人は気付いてるの?」
エミーとパフは気まずそうに視線を交わし、やがてパフが口を開いた。
「……uはいいんだよ、プレーヤーだから。私たちはただのパーティーなのに……」
「たぶん、仲良くなりすぎちゃったのよ、私たち。プレーヤーとシンクロしちゃったんだ」
エミーが呟くように言う。
「プレーヤーって……どういうことかわかるの?2人とも?」
自分が作られたゲームの中にいることを、2人は知っているっていうんだろうか?
「ううん、私たちが知ってるのは、この世界で自由なのは、プレーヤーのuだけってこと」
「uのために、この世界はあるの」
……のっちは絶句した。
――uじゃない、私だ。
のっちの、ゲームへの気持ちが強すぎて、こんなことになったんだ。
「だから、あ~ちゃんとかしゆかなのかぁ……」
「ねえ前から言ってるそれ、一体誰なの?」
「あ、えっえーと、夢の中に出てきた子達!」
言ってからのっちは、あれ、これじゃあべこべだ、と思う。あっちが現実でこっちが夢で……

――いや、逆だった?

                              ★

――はちじ、はっぷん!

テレビから聞こえる声を、歯みがきしながら聞き流している。
今日は本番1ヶ月前のリハ。もうあんまり、ゲームするにも夜更かしはできないな……とのっちはぼんやり考えた。

いつも朝の占いは、おとめ座と山羊座とみずがめ座をチェックする。
昨日はかしゆかの山羊座4位が一番良くて、のっちのおとめ座が9位、あ~ちゃんのみずがめ座が10位と、あまりぱっとしなかった。
「今日は1位でお願いしますよ~」
ところが、
「あ、あれ?」
山羊座4位、おとめ座9位、みずがめ座10位……

ちょうどその時アナウンサーが、師走の始まりを告げた。
「まさか、こっちまで繰り返し……?」

                              ★

「繰り返しでも、怖くないよ。uを信じてるから」
エミーの言葉にuはぐっと頷く。
「でもやっぱり、どこかへ進まなきゃだよね。」
uが言うとちょっと離れたところで何かごそごそしていたパフが振り向いた。
「ね……キノコ食べない!?」
「え……?」
「キノコ……?」
唐突な誘いに2人が固まる。
「だって、どんどん貯まってくし、食べて気分転換した方が良いかもよっ」
「……よーし! バター焼きにしてあげよう!」
パフの言葉にすっかりのったエミーの魔法で、あっという間にきつね色のバター焼きが出来上がる。
「お~いしそう~! いっただっきまーす」
一番に口に運んだuは「ほいひい~」と叫んだあと、急に動かなくなった。
「……ゆ、u……?」
「まさか、毒じゃないよね?」
「……ち……力が沸いて来たー!!」
「えええっ!」
2人が驚いて見ている間に、uは立ち上がり、近くにあった木を引っこ抜いて頭の上に掲げてしまった。
「な、何してるのu!」
「わっわかんないよー! 力が有り余って何とか使わないとしょうがないんだよう」
「ま、まさか、このキノコのせい……?」
つぶやくパフの顔を、2人が思わずはっと見る。
「そうだ、そうに違いな……あ、あれ?」
uの表情が凍る。
「力が抜けてってる……みたい?」
「え……?」
2人の笑顔も凍る。
「uーー!!」

                              ★

点滅するGAME OVERの文字。
のっちは、画面の前に座る自分に気がついた。
「……あれ? リハの日なのに、なんで私ゲームなんかやってるの!?」
時計を見ると、12時30分だ。
「いかーん!! 大遅刻だああ、どうしよう」
だが、そのとき台所のすりガラスの向こうが目に映った。真っ暗だ。
「……まさか、夜の12時?」
携帯を開いて見ると、飛び出してくる立体画面に、12月1日と表示されている。ウェブカレンダーだから、くるうはずない。また、戻ってる。最初に入り込んだあの時に。
のっちはテレビ画面を見つめて、怖くなった。
――どうしよう。もう、やめたほうがいいのかも。
GAME OVERになると巻き戻されてしまうなら、ゲームじたいしなければいいのかもしれない。
――でも、あの2人は?
エミーと、パフ。2人は止まった時間の中に取り残されてしまう……?
エミーとパフがもともとあんな風だったのか、のっちの思い入れのせいで命が吹き込まれてしまったのか、本当のところはわからない。こうやってこっちに帰ってきてしまうと、2人が本当にいたのかどうかも曖昧になってくる。でも……
――怖くないよ。uを信じてるから
エミーは、そう言ったのだ。

                              ★

「もう一度、挑戦してみようか」
「でも、同じことしてたんじゃ、あの崖は越えられないってわかってるし……」
uの言葉に、肩に乗ったパフが唸る。
「実は、ひとつ考えてることがあるんだけど……」
その言葉にぱっと目を光らせる2人に、uは焦って言い訳するように、
「あ、いや、でもでも、もしかしたらできるかなーって思うだけで~……」
「いいのよそんなん!」
エミーが明るくさえぎった。
「今までだって、そうやって試してきたじゃない。どんどん試して、何度失敗しても、また次が思いつくことが大事じゃろ!」
感心して聞いていた2人は、最後の語尾に、ぴたっと固まった。
「……じゃろ? 何いきなりその言葉遣い!」
きゃっきゃと笑うパフだったが、uはまだ固まったままだった。
「ほんとだあ、どうしていきなりそんなこと言っちゃったんだろう? 私。……ま、いいか」
エミーも自分で不思議そうにしている。uはひとり、心臓が鳴るのを抑えられずにいた。
――あ~ちゃんに近づいてきてる……。
そういえば、こうやって繰り返している間、向こうの世界はどうなっているんだろう?
「それより、uの考えてることって何?」
パフに顔をのぞきこまれて、uははっと我に返る。
――そうだ、今はとにかく越えることだ。
「それが……キノコなんだ。」

u愛用のサイドカーつき、ごつい真っ黒なバイクにできるメニューは3つ、「のる」「メンテナンス」「カスタム」。
「カスタム」を選択すると、他でゲットしたパーツをバイクに組み入れることができる。そしてこの「カスタム」、バイクのパーツらしいものでなくても、ほぼ無制限に可能なのである。食べ物や衣服、がらくたみたいなものまで何でもくっつけられる。ただし、見た目はめちゃくちゃになるけれど。
「これ……は……」
そして、今3人の目の前には、「キノコバイク」が堂々たる存在感を放っている。
「……ださい……!」
後輪と座席の間あたりから、大きなキノコがしっぽのように、ファンシーな姿で突き出している。バイク自体がまったくファンシーでないので非常にアンバランスである。
「いやいや、ださいなんて言ったらいけんよ。このキノコ様にかかっとるんよ」
「エミー、またそのしゃべり方!」
「……あれ?」
uはまたどきっとしたけれど、気を取り直してバイクの調整を仕上げる。
キノコを食べたときのuのパワーアップの仕方は半端じゃなかった。ただし効果が切れるのも早かったけれど。でも、崖を飛び越える一瞬だったら、いけるんじゃないだろうか。
3人は最後にキノコに向かってぱんぱんと拍手を打って拝んでから、バイクに乗り込んだ。
「いっくよー!」
エンジン音が広い草地に鳴り響く。目の前には切り立った崖、その向こう10メートルくらい離れた先に、陸地が見える。
「いざ、東へ!」
uの声とともに、バイクはものすごいスピードで発進した。
「きゃーーー!!!」
3人の叫び声とバイクの轟音。崖ギリギリで慌てて前輪を浮かせる。思った以上に上向いて、重力にひっぱられそうになるのを感じた。
「きゃーーー!!!」
そして、不思議な浮遊感とともに、3人は音が完全になくなるのを感じた。
……だが、次に訪れる衝撃が、すべての音をよみがえらせた。
「わー!わー!わー!」
「なになになにどうなったのー!」
「ぎゃーー!」
呆然としたところから、いっきに我に返った瞬間、3人が同時にしゃべり出す。そして、同時に沈黙した。
「……着地してるーーー!!!」
目の前には、見たことのない広い大地。草木が少なく、乾いた土地だ。
「こ、これから、どうする?」
「行けるとこまで行っちゃわない?」
目を白黒させているuに、エミーは楽しげに告げる。
「ていうか、そうするしかないみたいよ。キノコたっぷり食べさせすぎたみたいで、まだ効果切れとらんみたい」
「あはは、ほうじゃ」
uは、気づいた。パフもまた、かしゆかに近づいてきている。でももう、それも当たり前のことにも思えてきた。
「よーし! とばすぞー!」
「もうとばしてるよー!」
高らかな笑い声が広い空にはねかえり、3人はどこまでも続く道なき道を疾走した。

たどり着いたのは、古いお城だった。
砂風にさらされて、城壁のあちこちが崩れ落ち、ほとんど廃墟だ。
「これは、いかにも……」
「ラスボスがいそうじゃね……」
すっかり広島弁が定着しているエミーとパフの会話を聞きながら、uは門へと歩き出した。
城の中も、あちこち崩れていた。もしかしたら、風化しただけじゃなくて、何かここで戦闘があったのかもしれない。でも今は、雑魚モンスター一匹と出てこない。
大広間の階段を上ると、その先にさらに階段があり、さらに上ると踊り場の先にまた階段。次々に上っていくうちに、どうやら3人は、塔の上に続く階段を進んでいるようだった。そして3人は、四方に大きなステンドグラスの窓を配した、丸い部屋に着いた。
「……ラスボス、いないね」
パフがぽつりとつぶやく。
部屋にはほとんど物がなく、ただ、中央に小さな、長い脚付きの水盆があるだけだ。
なんとなく近づいて見ると、水盆の中には、何かステンドグラスに似てきらきらした球体が沈んでいた。

「壊して」

それは、子供の声だった。突然聞こえたそれに、3人があたりを見回すと、誰もいなかったはずの部屋の奥に、窓を背に立つ、子供の姿があった。逆光で顔が見えない。パフが警戒して人間の姿をとった。

「その球は、向こうの世界。それを壊して、こっちを本当の世界にするの」

子供の手から放たれた、3本の光る剣のようなものが、空中をすーっと移動して、一人ひとりの元へ来た。3人は思わずそれを手にとる。剣の光が増した。

「もしかして、これがラスボスってこと?」
「……世界を壊すってことが?」
困惑するエミーとパフが、uを見る。uは、子供の方を見つめていた。
「……向こうの世界ってもしかして、あ~ちゃんやかしゆかや、のっちがいる世界なの……?」
子供は答えない。
「……どうしてその世界を壊さなきゃいけないの!?」
「u、決めるのはあなた」
「……え?」
「u、決めるのはあなた」
「何言ってるの?」
「u、決めるのはあなた」
子供は壊れた機械のように、もうその言葉しか繰り返さない。「u、決めるのはあなた」……

「u」
そのとき、エミーの声がuをとらえた。
「……私ね、uの言う、あ~ちゃんとかしゆかとのっちが、誰だかわかってきた気がするんよ」
「うん、私も」
パフもそう言ってうなづく。
「世界は、2つ以上あってもおかしくないってことだよね」
「他の世界に別の私たちがいてもおかしくない。この世界も、向こうの世界も、本物でも偽者でもない」
2人が、uの顔を見つめて問う。
「そうじゃろ?」
「……そうじゃ、ね……!」

uは、光る剣を天へかざした。そこから伸びた光は、壁が緩やかに集中して円錐の頂点のようになっているその一点を、まっすぐにとらえる。
エミーとパフも、それに従った。3人の光が、天井の頂点を指すと、そこから光の柱が水盆に落ちた。
「……また、夢で会おうね」
「夢の外でも、会おうね」
 2人の言葉に、uは、
「新しい世界でも、きっと、3人だよね」

そして3人は、いっしょに、光の柱の中へ入っていった。

                              ★

THE END

廃墟の画面を背景に、その6文字が、のっちの目にまぶしく映った。
まだ眠ってるみたいなのっちの脳みそを揺り起こすように、携帯の着信音が鳴る。開くと、メール着信を示す絵文字が、携帯の上に浮かんでいる。それに触れると、飛び出してきたあ~ちゃんの顔とかしゆかの顔。

2つの画面は、同時に「明日のリハがんばろうね!」と告げた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第2話『GAME』終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第3話 『Baby cruising Love』




それは、小さい頃住んでいた広島の家の、庭の情景だった。土の上に、ぺたんと座り込んでいる。左腕の中に、誕生日にもらったピンク色のうさぎのぬいぐるみ。たしか、「う~ちゃん」と名前をつけていた。
「あやちゃーん?」
うしろからお母さんの声が聞こえる。
「あら! あやちゃんダメでしょ。あやちゃんもうさぎさんも泥んこよ」
駆けてきたお母さんに抱きあげて立たされ、膝についた土を払われる。
――その感触。
手から滑り落ちたぬいぐるみの手触り。
春だったんだろうか、日ざしが背中にあたる、暖かさ。

……それらの中で、何かひとつ、小さな忘れ物をしているような……

                              ☆

ぱちっと目を開けると、すぐにうーんと伸びをしながら、あ~ちゃんはベッドから起き上がった。
――あれ、そういえば、珍しく夢を見た気がする。
「……なんだっけ?」

「へえ! あ~ちゃん夢見るんだあ」
「そりゃ私だってたまには夢見るよ~」
「でも中身全然覚えてないんよね?」
「そう~。せっかく久々の夢だったのにい……」
3人は今、テレビ局の控え室にいた。
2507年にヒット歌手の仲間入りを果たしたPerfumeは、その屈託なくあけすけなトークも受けて、いまやテレビにも引っ張りだこである。
2508年の4月からは、レギュラー番組も持つことになり、今日はその収録日だった。
「……う~んそれとももしかして、ほんまは夢見なかったんじゃろか?」
「え……」
「それじゃ今までの話は一体……」
2人が固まったところでちょうどスタッフが、スタンバイの声をかけに来た。

                              ☆

午後に大学に直行して、授業が終わったのはもう夕方だった。
最寄りの駅から家まで歩く頃には、もう辺りはうす暗い。神社のそばを通る道は、小高く土手のようになった境内の周りに、古木が生い茂っている。夜はちょっといやなかんじだ。
あ~ちゃんは、わざと鼻歌を口ずさみながら通り抜けようとした。
「♪前歯をなくしたうさぎは~耳も背中もうなだれて~♪」
そのとき、斜め上の木々のあたりから、ごそっと音がした。
「……だか~らもうすこし笑ってないで~♪」
ちらっとそっちを見ながら、ちょっと声を大きくする。歩みは止めない。
「たま~にきつく叱ってみせて~♪」
「うわあああああ!!」
「きゃーーー!!」
ずざざざあっという音、そして叫び声とともに、土手から何かがあ~ちゃんの頭上に落下してきた。あ~ちゃんはとっさにそれを飛んでよける。
何か四角い、1メートル四方くらいの箱と、それより小さい、ぼろ布みたいな……
と思った瞬間、そのぼろ布がむくりと起き上がった。
「み……水を……」
そう一言呟いて、それは、その場にばたりと倒れ伏した。
おそるおそる近づいて、その姿を確かめた瞬間、あ~ちゃんの記憶に、突然昨日の夢がよみがえる。
「……う~ちゃん?」


初めて「宇宙人」が地球に上陸したのは、100年ほど前のことらしい。あ~ちゃんにとっては、おばあちゃんさえ生まれていない頃の、歴史の教科書の中の出来事だ。
彼らは、明らかに科学技術を尽くした船で降り立ち、透き通る紫の肌こそは見慣れないものだが、二足歩行で、衣服をまとっていたという。
地球的な価値から見ても文化水準の高さが一目でわかり、地球は彼らを受け入れることとした。それから、地球の星間交易の歴史が始まったのである。
初めに降り立った宇宙人の言葉は、今や歴史上の名言のひとつである。
「こんな辺境に人が住んでいたとは……奇跡の発見だ」
たしかに地球は、隔離状態の辺境だったようだ。最初の宇宙人の飛来からしばらくすると、情報を聞きつけた様々な星から交易を求める宇宙人たちがやってきたのだ。

とはいえ、交易といっても商取引としては互いにたいしてメリットがないのが現実で、今では研究や観光目的の行き来がほとんどである。
あ~ちゃんたちが宇宙人を目にするのは、ツアー旅行客がぞろぞろ秋葉原や浅草を歩いているところか、大学の客員教授といったところだ。
……だから、こんなふうに、宇宙人を家に招く日がくるとは、想像したこともなかった。

「……あのぉ~……」
「! 申し訳ない。あまりにも空腹だったもので」
「あ、いいです、食べちゃってください」
「それでは遠慮なく」
目の前で宇宙人が、がつがつとラザニアを食べている。
といっても、その姿はどう見ても、うさぎのぬいぐるみである。
――なんだか、う~ちゃんにすっごく似てる気がするんだけど……でも、う~ちゃんの姿もちゃんと覚えてないからなあ……

宇宙人は、ルーベライン星の者だと名乗った。あ~ちゃんの聞いたことのない星の名前だ。
宇宙で遭難し、地球の町中に墜落してしまったらしい。
とりあえず、ぼろぼろで行き倒れているのをほっとくわけにもいかず、あ~ちゃんは彼を家に連れ帰って、水と、お湯かけて3秒の即席ラザニアでとりあえずもてなしたのだった。

「本当に助かった。礼を言わせていただく。ありがとう」
かしこまって頭を下げるうさぎのぬいぐるみに、あ~ちゃんも、
「どういたしまして」
とていねいに返す。
「必ずこのお礼はさせていただく」
「いえいえ、お礼だなんて…それより、気になることがあるんですが」
「なんだね」
あ~ちゃんは、態度大きいなあ、と思いながら切り出す。
「あなた、密航者ではないんですか?」
うさぎの動きがぴたりと止まった。
「……」
「えっ! 密航者なんですかー!」
「こ、声が大きいぞ!」
「だめですよ。密航しちゃあ」
「いや、事故だったんだが……このままでは密航者扱いということに……なってしまうな……」
「事故?」
うさぎが顔を上げた。
「私は、調査団の一員として、船で太陽系レイルウェイに乗っていたんだ」

太陽系レイルウェイとは、太陽系を一周する用に作られた鉄道のようなもので、あ~ちゃんのお父さんやお母さんが、子供の頃にできたものだ。
そのライン上に乗ってしまえば、船の動力を用いなくてもベルトコンベアのように流してくれて、各星を巡れる。
地球周辺は宇宙人たちにとっては最近まで未開の地だったので、今でもたくさんの研究者が訪れる。太陽系レイルウェイはそんな彼らの調査ツアー専用列車のようなものだ。

「我らの星は歴史の古い小星で、科学分野においては他星に大きく遅れをとっている……まあ地球ほどではないが」
ずいぶんはっきり言うなあ、とあ~ちゃんはちょっとひいた。けれど、宇宙人はいろいろ感覚とか習慣が違うと聞いているので、そういうもんかと流しておくことにする。
「豊富な農作物のおかげで星は富んでいたが、近頃では他星の科学農法作物との競争も激しくなった。科学の発達は我々の必須の命題なのだ。私は、その使命感に燃えていた。そして今回我々は、他星との差をうめるべく、人類未到の星雲の調査に踏みこむ計画を立てた。私は、そこへ派遣される小型船のパイロットに任命されたのだ」
「小型船?」
「……ああ。知らないのか? レイルウェイの通っていない場所には、小型船でしか進入できない決まりなんだ。それも3機までだ」
「へー……」
あ~ちゃんが知らないのも無理はない。地球の研究や技術は全くというほど他星に追いついていなくて、レイルウェイ外の場所を調査するようなことはまだないのだ。だからそんな規定も、ニュースにすらならない。あ~ちゃんのような女子大生で知っていたら、ちょっとしたオタクだ。
「3機が飛び立つことになっていた。だが……直前になって、星雲への経路に強力な磁場が見つかったのだ」
磁場が宇宙飛行に危険なことは、あ~ちゃんも知っていた。その危険回避の意味もあって、レイルウェイは作られたのだ。
「乗組員の多くは計画の中止を訴えたが、私ともう1人のパイロット、そして近しい何人かが決行を主張した」
「えーっ、どうして?」
「今後磁場を超えて先へ進むことを考えるなら、近くまで行って調査しておくべきだろうという考えだった。もしかしたら、そこで良い経路が見つかってすぐにでも星雲にたどり着けるかも知れない。……しかし本当のところは、パイロットの意地や虚勢が大きかったのだ……彼女は、それに気付いていた……」
「彼女……って?」
「3人目のパイロット。……そして、私の恋人だ」
あ~ちゃんはその言葉に、目を丸くした。この、偉そうな口調のピンクのうさぎは、恋人がいるらしい。
「……彼女さんもうさぎさんなんじゃろか」
「は? “うさぎさん”?」
「あ、えーとうさぎさん、知らないですか? ピョンピョン」
うさぎはいぶかしげに眉をひそめるだけである。
「……あ、すいません話続けてください」
うさぎは、ふん、とため息を一つついてから、話を再開した。
「彼女こそ、理解してくれると私は思い込んでいた。だから、中止派の意見に賛同すると言った彼女の気持ちが、私はわからなかった。裏切られたと思った。我々が周りの反対を押し切り出発を決めたとき、彼女は、私と共に行くと言ったのだ。だが、私は彼女が来ることを許さなかった」
あ~ちゃんはうさぎの丸い目が後悔に翳るのを見つめた。
「磁場の影響が、観測していたより40時間早く現れて、我々は操作を失った。もう1人のパイロットの船が軌道を遠く離れて飛ばされていくのを見た。おそらく彼は助からなかっただろう……。私はかろうじて、あの林に不時着し、助かった」
そう言うと、うさぎはうつむいた。その手が震えているのにあ~ちゃんは気付いた。
「……もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。……いや、予想はできたはずだ。私は思い上がって油断していたんだ」
(もう会えないって……? 助かったんだから、星に帰ったらまた会えるでしょ?)
あ~ちゃんは思ったけれど、なんとなく今のうさぎに声をかけられなかった。
「……いや、いや、いいんだ。つまらない話を聞かせて悪かった。水と食料、大変助かった。私は船へ帰るよ」
「もう平気なんですか?」
「ああ、体力さえ回復すれば大丈夫だ。船を置いてきてしまったことも気がかりだしな」
うさぎはもう一度礼を言うと、あ~ちゃんの家を後にした。背を向けたまま手を振る姿がうさぎなのに気障だった。

                              ☆

――もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。
なんだろう、この言葉。何か思い出しそうな……
――油断していたんだ
ずっと昔の、小さい頃……

「ねえねえ、あ~ちゃん、う~ちゃん遠くへ行きたいな」
そう、う~ちゃんが初めて、突然喋り出したとき、そんなことを言ったんだった……。
「う~ちゃんおしゃべりできるの?」
「あ~ちゃんが好きになってくれたから、しゃべれるようになったの」
「そうなんじゃ~」
「ねえねえ、わたし遠くへ行きたい」
「ダメだよ、あ~ちゃん小さいから遠くへ行けない」
「じゃあ、ひとりで行くね」
「ダメ! あ~ちゃんと一緒にいるの!」
あ~ちゃんはそれから、片時もう~ちゃんを離さないようになった。ご飯を食べるときも、寝るときも。そうしなきゃ、う~ちゃんがどこかへ行ってしまうと思ったから。
それでもう~ちゃんは時々、「大草原に立って、地平線に夕日が沈むのをみたい」とか、「陸地が全く見えない海の真ん中にボートひとつで浮かびたい」とか、あ~ちゃんのわからないことを言った。でもそれも、あ~ちゃんが離さずにいさえすれば、ひとりで遠くへ行ってしまうことはないと思っていた。
……それなのに、家族で動物園へ行くあの日、置いていってしまったのだ。ちょっとくらい、大丈夫だと思ったから。
「絶対絶対、ここから動いちゃだめだからね」
あ~ちゃんはクローゼットにう~ちゃんを入れた。
「ここ、暗くてやだよ」
「今日だけ。ここから出ちゃだめだよ」
「あ~ちゃんやっぱり、置いていっちゃうんだね。置いていかれたくなかったから、遠くへ行ってしまいたかったの」
う~ちゃんの言うことはよくわからなかったけれど、諦めたようなその顔を見ていると、なんだかあ~ちゃんは、悲しいような腹立たしいような気持ちになって、ばたんと扉を閉めた。
「なんでそんなこと言うの! もう、う~ちゃんなんか知らない!」
泣いているあ~ちゃんをお母さんが抱っこであやした。
動物園で遊んでいるうちに涙はすっかり乾いてしまった。――そして、帰ってきたとき、う~ちゃんがいなくなっていた。

目が覚めた時、あ~ちゃんは頬に流れるつめたい涙に気付いた。
――こんどの夢は、ちゃんと覚えてるや。
あ~ちゃんは不思議な心地で涙をぬぐった。

その日は久しぶりに仕事も学校もお休みで、あ~ちゃんは、あのうさぎ宇宙人に会いに行くことにした。
――まだあの神社にいるかわからんけど……
地球人だったらちょっと空気読めないタイプだけど、こんな天気のいい日に、遠い星の話を聞きながら境内でお弁当を食べるには、素敵な相手だと思う。
お重に、ラザニアみたいな即席じゃなくてちゃんと作った手料理をつめた。
お弁当を手に白い帽子をかぶって出かけたら、ピクニック気分でうきうきしてくる。

                              ☆

うさぎは、雑木林の中で、じっと空を見つめていた。
その隣には、昨夜うさぎと一緒に落ちてきた四角い箱がある。暗い中ではわからなかったけれど、それはきれいなパールピンク色をしている。
「うさぎさーん!」
あ~ちゃんが声をかけると、うさぎはすぐにこちらを向いた。
「……その、うさぎというのはやめてもらえないか」
「あ、そういえばお名前聞いてなかったですねえ」
うさぎが自分の名前を名乗った。けれど、あ~ちゃんはぽっかり口を開けて固まった。
「……うぱっんっ…ぐるゅ……?」
「ああ、これは地球人には発音できない音だったかな」
「あっじゃあ、う~ちゃんって呼んでいいですか?」
「……「うさぎ」でいい……」
うさぎはため息まじりに言った。
「私のことは、あ~ちゃんって呼んでください」
「あ~ちゃん、か。地球人は不思議な名前をしているな。」
どっちが、と思ったのは口には出さず、あ~ちゃんはうふふっと笑った。
「それではあ~ちゃん、こいつで月に行かないか?」
うさぎはピンクの箱をぽんと叩いて言った。
「えっ月!?」
「お礼は必ずすると言っただろう?」

ピンクの箱は、うさぎが何かをなぞるように触れると、側面の壁が完全に消え、天井が上がって、ツーシートの座席が現れた。2人が乗り込むと、壁がまた覆う。目の前には外を映し出したモニター。うさぎのハンドル操作でふわりと浮かぶと、モニターは座標軸と点滅するポイントに切り替わる。点はぐんぐん地球を離れて月の方角へ飛んでいくようだ。
月の地下都市は、地球人の憧れの保養地である。そしてすべての宇宙人のオアシスでもある。
どの星の人間も、月では星籍も国籍も失って、月の法律のもと平等に扱われる。
昔、自星が消滅して放浪する民が、太陽系まで流れてきた。彼らは地下に住む種族で、その地下開発の技術を公共の利益に還元することを条件に、まだ所有者の決まっていなかった月への移住を認められたのだ。そうしてできたこの月の地下リゾートは、老人たちは余生をここで送りたがり、若者たちは一度でいいから遊びに行きたいと憧れる、理想の地となっている。

あ~ちゃんは、ふと、思ったことを聞いてみた。
「うさぎさん、もしかして、月に永住しちゃおうとか思ってませんか?」
するとうさぎは、はは、と自嘲っぽく笑った。
「だっ、だめですよ~! ちゃんとおうちの星に帰って彼女さんと仲直りせにゃあ」
「星に帰っても、私を待っている者は誰もいないさ」
「そんなこと……」
言いかけたあ~ちゃんをうさぎの手が制した。
「いや。本当に、待つ者は誰もいないのさ。……浦島太郎になってしまったからね」
あ~ちゃんはちょっと驚いた。
「えっ? 浦島太郎、宇宙人さんでも知ってるんですか」
するとうさぎは一瞬不思議そうな顔をしたが、ふいに納得したように、
「……ああ、そうかあれは、元は地球の神話だったな」
(……神話……? だったかな?)
「浦島太郎は、船乗りの間では宇宙中で有名だよ。まるで自分のことのようだと」
「自分のこと?」
「光速を超えた速さで飛ぶため、飛行中の時間は、地上の時間より遅く進む。私のルーベライン星から地球までは、船に乗る我々にとっては1ヶ月ほどだが、地上の時間にして15年にあたる」
「15年!」
「どこの星でも、多かれ少なかれ船乗りは浦島太郎になるんだ。星に帰り着く頃には30年は過ぎているな」
あっけにとられるあ~ちゃんをちらりとうさぎは見やる。
白い月面はもう目の前だった。地下へのエントランスの丸い屋根が遠くに小さく見えかけている。
「それでも、彼女と共にいたから、孤独ではなかった。しかし、もうそれも失った。私が磁場に巻き込まれ漂流している間に、計画どおりなら母船はもう帰路へついたはずだ。次の調査団が来るのは1年後……私が星へ帰り着く時は、ルーベラインでの何年後だろうか。元々寿命も長くて50年の種族だ。彼女はもう生きてはいまい。」
と、その時うさぎの瞳が止まった。そしてかたかたと震えだす。
「うさぎさん!? どうしたの」
ハンドルから手が離れて船が大きく傾いた。あ~ちゃんはとっさにそのハンドルを取る。
「君には……わからないのか……この音が……」
あ~ちゃんは本格的に運転席に乗り移った。うさぎは助手席で耳を押さえてうずくまりながら、驚いてあ~ちゃんを見る。
「う、運転できるのか?」
「なんとなく、わかる! 待ってて! マッハで月まで飛ばすから!」

エントランスの丸屋根に船が触れると、きゅーっと吸い込まれて、直後着陸した場所はもう地下施設の中だった。色々な形をした無数の小型船が、規則正しく並んでいる。
到着と同時に船の壁面が開き、あ~ちゃんはすぐに叫んだ。
「病人です! 助けて!」

                              ☆

「強い音波を大きな耳がキャッチしてしまったんでしょう。安静にしていれば、もう大丈夫ですよ」
ミルキーホワイトの髪と顔をした、初老の女医さんが言う。肌の色からしてムーンスン人かもしれない。
「それにしても、またルーベライン人ねえ……月のまわりにはルーベライン人しか感知できない音波があるのかしら」
2人は顔を見合せた。
「……またルーベライン人って……?」
「何日か前にもね、あなたとよく似たルーベラインの女性が、月のそばで音波にやられて墜落したのよ。幸い腕を骨折しただけだったけど、まだここに入院してるわ」
うさぎがベッドから飛び上がった。
「彼女だ……!」
「ちょっとあなた! まだ安静にしていなきゃ!」
女医さんが止めるのにもかまわずうさぎは走り出す。あ~ちゃんは慌ててそのあとを追った。
病室を出ると、透明のチューブのような、空中に伸びる廊下の突き当たりで、エレベーターに乗るうさぎの姿が見えた。
「うさぎさん!」
筒型の乗り物が音もなく下へ降りていく。あ~ちゃんはエレベーターに駆け寄って、うさぎが去った直後そこに現れた、同じ筒型の箱に乗り込む。
エレベーターも廊下と同じく、透明のチューブのような管の中を、箱が流れていくようになっている。チューブの外には遠く地上に、プールやテニスコートや、美しい人工の森が見えた。
(地上っていっても、地下の中の、空と地面なんよねえ……)
不思議な気持ちでそれらを眺めていると、やがて落下は止まり、チューブの前面が開いた。
目の前はどこまでも続く広い草原だった。さっき見えていた地上の風景とも違う。
(ここ……どこだろ……?)
ふと、遠くの緑にまじって、ピンク色が揺れたように見えた。
「うさぎさん?」
あ~ちゃんの呼び掛けにそれは振り向き、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
(やっぱりうさぎさんだ)
あ~ちゃんも同じように歩み寄った。
「うさぎさーん!」
「……あ~ちゃん……? あ~ちゃんなの?」
その声は、うさぎのものではなかった。
「あ~ちゃんだよね?……わたしよ、う~ちゃんよ」
――あ~ちゃんは、石になったみたいにぴたりと立ち止まった。
ピンク色のうさぎは、右腕を包帯で吊っていた。ふわりと飛ぶように駆け寄って、左手であ~ちゃんの手を取った。さっきまで一緒にいたうさぎ宇宙人より少し小さいけれど、その姿はそっくりだ。
「……あ~ちゃん……?」
あ~ちゃんは、声が出なかった。
「あ~ちゃん、あのね。う~ちゃん、本当はずっとあ~ちゃんと一緒にいたかった。でも、遠くへ行きたいなんていつも言っていたから、きっと罰があたったの。あ~ちゃんの家にいたはずなのに、いつの間にか、遠い遠い、どこか知らない星に来ていたの。そこには、う~ちゃんとそっくりな人たちがたくさんいた。でもわたし、どうしてもあ~ちゃんにもう一度会いたくて、調査団に入って地球に来たの。地球では会えなかったけど、まさかこんなところで会えるなんて…! ここで彼を待っていたから……」
「……本当に、う~ちゃん?」
「あ~ちゃんったら、もう忘れちゃったの? ……ちょっと見ないうちに、なんだか大人っぽくなったね。背も高くなった……」
「15年だよ」
「え?」
「う~ちゃんが航海している間に、15年経ったの。わたしもう、19歳なの」
「あっ……」
う~ちゃんは思い出したように、呆然とあ~ちゃんの顔を見つめた。
そのとき、ピピピッという音が2人の頭上で鳴った。見上げると、クレーンゲームのような形のロボットが浮遊している。
「ルーベライン人の聴覚と月周辺の超音波について、調査がありますので、ご同行願います」
ロボットが機械的な声で言う。
「でも……」
う~ちゃんが、あ~ちゃんを見る。
「ご同行を拒否する場合は公務執行妨害となりますが」
「そんな……!」
「いいよ、行ってきなよ! 話はまたあとでいいから」
あ~ちゃんがそう言うと、う~ちゃんは黙ってうつむいた。
「同意いただけたとみなしました」
ロボットのクレーンのような部分から透明のカプセルが降りてきて、う~ちゃんの体を包むと、ロボットごと一瞬で消えてしまった。

あ~ちゃんはそれからもう、う~ちゃんとも、うさぎとも会うことはなかった。
急いで病室に帰ったあ~ちゃんを待っていたのは、うさぎからの手紙だった。調査には数日かかるので、先に小型船で地球に帰っていてほしい、自分は彼女と一緒ならどこでも暮らせるから、心配しないでほしい、と書かれていた。

                              ☆

まん丸い、昼の月が空に浮かんでいる。
「あ~ちゃん、何見とるん?」
「うーん、月。」
「月かあ」
一緒になってぼんやりと月を見るのっち。少し遅れて車を降りたかしゆかは、2人して空を見ている光景にびくっと後ずさった。
「……早く中はいろーよ」
「「はーい」」
3人は、重大発表があると呼ばれて、久々に事務所を訪れていた。中へ入って待っていると、マネージャーのもっさんや、顔見知りのスタッフたちが集まってきた。
その頃には3人とも、周りの様子がいつもと違うのに気がついていた。短い前置きのあと、とうとうそれが、告げられた。
「……アルバム『GAME』、ウィークリー1位が決定しました!」
その言葉に、かしゆかは叫び、のっちはあんぐり口を開け、あ~ちゃんは呆然とした。そして、やがて3人の目に涙がにじんだ。ひとしきりの混乱と歓声と涙のあと、部屋には3人だけが残された。3人きりで噛み締めたい気持ちを、周囲も汲んだのだろう。
「……なんじゃろうね、もう、わけがわからない……」
「でも、お母さんたち、よろこぶねえ……」
「うわあ……1位だってえ~……」
こつこつ、とノックの音がして、もっさんがひょこっと顔を出した。
「ごめんちょっと…、あ~ちゃんに月からファンレターが来てたよ」
その言葉にかしゆかとのっちの方が先に反応した。
「えー! 月から!?」
「宇宙人ファン第一号かな??」


あ~ちゃんが手に取ったその封筒には、「いつもテレビで楽しく見ています」という短い言葉の書かれた、いまどき珍しい手書きのメッセージカード。
そして、ピンクのうさぎが2人よりそって微笑んでいる写真が添えられていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第3話『Baby cruising Love』終


――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第4話 『チョコレイト・ディスコ』





「非音声言語?」
見つめるあ~ちゃんとのっちに、かしゆかは、そう、と頷き返した。

木曜日の昼休みはいつも、大学のそばにある、地下の喫茶店に3人集合する。
ちょうど3人とも午後の授業がない日なので、仕事がないと誰からともなく集まろうか、ということになり、そのうちこの喫茶店が待ち合わせ場所になった。
構内で3人でいるとどうしても目立ってしまうけれど、一時代前の風情をそのまま残したようなこの店は、あまり学生が来ないのでちょうどいいのだ。近頃は、年末に初の紅白出演を遂げたことで一気に知名度がアップし、その分学校での注目度も格段に上がってしまったようだった。
「かしゆか、非音声言語講義なんてとってたの?」
「ううん、単位はとってない。ちょっと面白そうだったから見に行ってみただけなんだけど……」
そういえば先週かしゆかは、用事があると言って先に店を出たのだった。
「でもそれって、地球人はしゃべれんやつじゃろ?」
あ~ちゃんが問う。
「普通はしゃべれんけど、原理を勉強すれば翻訳装置で会話できるよ」
「えっ! 翻訳装置って勉強しなきゃ使えないの?」
のっちが目を丸くして言う。
「うんそう! 暗号解読みたいなのを自分でやるんよ! 超難しいの」
「ふえ~。かしゆかって難しいこと好きだよねえ」
のっちがため息まじりに言った。
「だって、もしかしてもしかしたら、潜在能力があってしゃべれるようになるかもしれんのよ? それに…」
「それに?」
2人がかしゆかの言葉を待って見つめる。
「…いひひ♪」

                              ★

約100年前、地球に最初に上陸した宇宙人であるガーネン星人は、音声言語を持たない種族だった。
もちろん地球の戸惑いは大きかったけれど、すでにガーネンでは他星と交流するための音声変換の技術が開発されていたため、コミュニケーションに支障はなかったそうだ。
彼らの「非音声言語」と呼ばれる伝達手段は、地球的理解でいうテレパシーみたいなもののようだ。ただ、いわく、気持ちが直接伝わるものではなく、「言語」であるとのことである。
ガーネン星人の他にもいくつかこの言語を操る種族がいる。地球でもその言語を学ぼうとする人はいたが、どうやら先天的な能力が必要らしく、ほとんどの地球人には話せないということが研究によってわかっている。まれに地球人の中にも、非音声言語の能力者がいるらしいが、その多くはESPや霊感があったりするそうだ。

「人が言語を理解する仕組みは、音声にしろ非音声にしろ、未だはっきりとした答えは明らかにされていません。
これに関する研究は、ガーネン星とアメジン星が約2000前に共同して行ったのが最初と言われています。音声言語と非音声言語の種族が互いに歩み寄った歴史的な出来事です。その研究から生まれたのが、現在使われている翻訳装置です。言語認識の仕組みを仮定的に簡易化し、数値データとして表すもので、おおまかな伝えたい内容はこれで伝達することができますが、あくまで仮定の理論を用いている、ということに注意が必要です。
さて、地球では500年ほど前にノーム・チョムスキーが我々の研究にかなり近い視点の言語学を展開しています。これについて地球の発展の遅さと捉える向きもありますが、非音声言語の存在すら知らない種族がここまで切り込んだ視点で言語学を展開していたことは、むしろ驚くべきことだと、私は思います」
そのときゴーンという、終業の鐘が鳴った。
「あら! もう終わりの時間ですか。では来週は、非音声言語学とチョムスキー理論の比較に入ります。ごきげんよう」

あ~ちゃんとのっちのぽかーんとした顔の前で、かしゆかが手をふった。
「2人とも魂ぬけてる?」
「いっや~難しかった!」
あ~ちゃんが言い放つとのっちはむうーとうなった。かしゆかはきゃはは、と笑うと、
「でもさ、あの先生、素敵じゃない?」
「素敵ー!」
3人はさっきまで壇上で話していた女性を見た。学生と変わらないくらい若く見える彼女は、青紫の透き通った肌をしていて、髪と瞳は青くつややかに輝いている。
地球人には見慣れない風貌にも関わらず、明らかに美人で、笑顔が魅力的だ。
「ロイス先生、だっけ?」
「そう、ガーネン人なの」
「ええ、言葉ペラペラなのに~」
その時はっと、のっちは周りの様子に気がついた。はしゃぐあ~ちゃんの肩に手をかける。
「可愛いよね~まだ若いんだよ、25歳だって!」
「ねえねえ、話しかけてみてもいいと思う?」
「……それは……今度にした方がいいかも……」
のっちの言葉に2人も我に返ると、いつの間にか、講堂中の注目が3人に集まっていた。
「そ……そうじゃね」
「とりあえず出よっか」
そそくさと教室を出て、3人は一息つく。
「あのー……」
ああ、つかまった! と、3人は一瞬目をつぶった。
おそるおそる振り替えると、眼鏡をかけた、背の高い男の子だった。
「……もし、ロイス先生とお話したいんだったら、研究室に遊びに来ませんか?」
「……えっ?」

                              ★

「まあいらっしゃい! 来てくれて嬉しいわ」
まだ2年生の3人は、教授の部屋に入るのも初めてで、そわそわしている。笑顔で歓迎してくれたロイスは、思ったよりも小柄で線が細く、高校生くらいにも見える。
「あなたたちの曲、私よく聴いているのよ」
「ええー! ほんとですか!」
「地球の音楽は大好きよ。音楽だけは地球が最も多種多様に発展しているのだから、地球人って面白いわ。」
「あのう、いいですか」
のっちが挙手する。
「ガーネン星にも音楽ってあるんですか?」
のっちの質問に、かしゆかとあ~ちゃんも興味津々でロイスを見る。
「ええ、あるわよ。ただガーネン人の耳は、音程やリズムはある程度分かるのだけれど、発音がほとんど聞き分けられないの。地球の歌に意味の込められた歌詞が乗っているとは知らないで、曲を聞いているガーネン人もいまだに多いのよ」
3人は感心しきりで、ほお~とため息をつく。
「あの、じゃあなぜ先生は、そんなに日本語がしゃべれるんですか?」
今度はかしゆかが聞く。
「地球人の中にまれに非音声言語ができる人がいるように、私も小さい頃から先天的に発音を聞き取ることができたの」
「わあ、それで言語学を?」
「まあね。4歳のとき、母が地球の歌謡曲を歌うのを聞いて、歌詞が違うって指摘したんですって。それからはずっと言語学の英才教育よ。でも、おかげで大好きな地球の音楽の歌詞の意味がわかるようになったし、こうやって地球にも来られたわ」
「ほわ~天才少女じゃねぇ~」
あ~ちゃんが呟くとロイスは目を輝かせた。
「そうそれ! 〈方言〉というのよね? 今のは言い切りの「だ」が「じゃ」に置き換えられたパターン!?」
身を乗り出したロイスにあ~ちゃんは面食らって答えにつまる。
「あはは、すみません。先生は今方言の研究中なんですよ」
それまで側で黙って聞いていた、さっきの彼がフォローを入れた。青年は、ロイスゼミの院生らしい。ロイスは恥ずかしそうにちょっと下を向いて、なごやかな笑いが部屋を包んだ。そんな仕草をすると、若い容姿に輪をかけて少女のように見える。
「来週からここには入れなくなるけれど、終わったらぜひまた遊びに来てね」
「終わったらって、何が?」
のっちの問いに、ロイスは笑顔をで首をかしげながら言った。
「試験」
「あっ……!」
3人が同時に固まる。
「……君たち、まさか忘れてたの?」
院生の彼がおかしそうに言う。
「あ、いえ、年末ごろまで覚えてたんですけど……っ」
かしゆかが慌てて言うけれど、あまりフォローにはなっていない。しかし、年末年始のテレビ出演ラッシュ前に、早めに試験勉強を始めていたのは本当なのだ。仕事がやっとひと段落したところだったので、ほっとしたついでに3人とも、試験のことがすっかり頭から飛んでいた。
「あらまあ」
そう言いながら、ロイスは楽しそうに笑っている。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
かしゆかが時計を見て気がついた。
「すみません、私たちこれから仕事なんです」
「あらそうなの? ひきとめちゃったかしら」
3人は口々に、いえそんな、と手をぱたぱたさせる。その様子がおかしいのか、ロイスはまたくすくす笑った。
「私もちょうどデータバンクに用事があるから、そこまでご一緒しましょ」
そう言うと立ち上がって、小さな本を手に取ると、3人と共に部屋を出た。紙に限りなく近い画面にインク文字に近い形でデータを表示できる「文庫本」である。ネット上でもデータの出入力は可能なのだが、「図書館」のデータバンクに行くと専門的なデータ検索のオペレーションが優れていて、希少な研究資料も見つけやすくなっている。
「あ、先生、外寒いですよ。コート着ていってください」
青年が明るい水色のコートを持って出てきた。
「ちょっと行ってくるだけよ。それ目立つんだもの」
「そんなこと言って、また風邪ひきますよ」
彼は言うと、それをロイスの肩に羽織らせる。ロイスは渋々腕を通した。青い髪と肌のロイスにそれは、確かに目立ちそうだけどよく似合っている。
あ~ちゃんがこっそりのっちとかしゆかにささやく。
「ねえ、この2人って……」
2人もにっこり頷く。
図書館につくまでも、3人とロイスの会話はさらに弾んだ。
「コートは教授たちが歓迎のプレゼントってくれたの。私まだ、地球の冬の寒さに慣れなくって。でもちょっと人目を引きすぎるのよね……」
「ガーネンはあったかいんですか?」
「ええ。地球でいうと夏と春しかない感じね。夏はものすごく暑いの……懐かしいわ」
「いつまでこっちに住む予定なんですか?」
「ずっとよ」
のっちとかしゆかは、顔に疑問符を浮かべてロイスを見た。あ~ちゃんだけ、はっと何かに気がついた。
「……ずっと、帰らないの」

                              ★

「あ、あった! ガーネン星。直径約4千km、総人口4億3000万人……地球よりだいぶ小さい星じゃねえ」
休憩室の机に置かれたあ~ちゃんの携帯から光が空中に広がり、ウェブブラウザが映し出されている。検索結果のトップに出たタイトルをあ~ちゃんが指で触れると、くるくる回る惑星の立体イメージに切り替わった。
「どうどう?」
「なんて?」
2人が両肩に寄りかかってくるのをそのままにして、あ~ちゃんは画面を2度ほどタッチした。
「えっとねえ……地球までの距離は70pa。間の航行には、一般的に船上にして1ヵ月、地上にして8年を要する……」
「8年!?」
のっちが叫ぶ。
「じゃあ、ロイス先生がたった2ヵ月行って帰ってする間に、先生のお父さんお母さんたちは16年先に進んどるってこと?」
かしゆかの問いに、あ~ちゃんはこくりとうなずいた。
「しかもここ見て。……ガーネン星人の平均寿命は、68.7歳。延命手術は法によって禁じられている」
ここ数年で、地球の平均寿命は80歳以上をキープするようになった。日本では100歳を越える。しかしそれには、2年前に人間にも許可されるようになった延命手術によって、百数十年以上生きる人がごく少数出てきたために平均値が引き伸ばされた側面がある。被施術者を除けば、70代半ばくらいが地球全体の平均値だろうといわれている。
「えーっと……それじゃあ、帰ったとしても家族とまた会えるかわからんってこと?」
のっちがしょんぼり呟いた。
「それでロイス先生はずっと地球にいることにしたんじゃねえ……」
15歳の頃に、歌手デビューのため親元を離れて広島から上京して来た3人は、自分だったらと、重ねて考えずにいられない。同時に、彼女の決意がわかるような気もした。大切な人たちと別れても、手に入れたい夢というのは、あるのだ。
「それじゃったら、余計ロイス先生には彼とうまくいってもらわなきゃでしょう!」
あ~ちゃんが宣言するように言った。
「地球で恋人作って、いつかは家族も作って、地球で十分幸せになるんよ!」
「よーし、そう来たら、ロイス先生の恋を応援しちゃう~?」
のっちがにやりと2人を見る。
「応援、しちゃお!」
かしゆかが出した手に2人の手が重なった。
「がんばるぞ! おー!×3」

3人の作戦は、試験後に実行に移されることになった。試験の終わるのは1月末。2月に入ればちょうどバレンタインがある。それまでにロイスと彼自身のモチベーションを上げさせ、14日にはムードあるイベントをPerfumeが用意して、最高の告白シチュエーションをプレゼントしようというのである。
――問題はそのイベントだ。
「……ライブでどうでしょう」
のっちが神妙な顔で言う。
「あっ、ライブは出会いの場……」
かしゆかが呟いた。するとあ~ちゃんがふいに、人差し指をつき出した。
「どうせなら、ライブよりディスコイベントにしない? バレンタインに、好きな人を踊りに誘えるイベントをやるの」
「それだ!」
のっちがあ~ちゃんの人差し指に自分の人差し指をぴっと合わせた。
実は少し前から、音楽を通じて知り合った友達のクラブ系ミュージシャンらに、ミックスやスクラッチのやり方を教わって練習していた。もしかしてこれは、ステージ初披露のチャンスかもしれない。
「……まさに、名付けて」
3人の顔が同じように輝く。
「……チョコレイト・ディスコ!」

                              ★

「や、やだ! 何言ってるの!」
ロイスは立ち上がって叫んだ。3人がいつも合流する喫茶店である。
「私が、呉くんと? まさか! まさか!」
3人はあの青年の名前が「クレくん」というのを初めて知った。
「まさかっていう割には、過剰反応じゃないですか?」
かしゆかが鋭くつっこむと、青紫色の頬を赤紫に染めて、ぺたりと座った。
「だってだって、私、見た目こんなんよ。地球の人から見たら、変でしょ」
「そんなことない。とっても素敵!」
あ~ちゃんが確信を持って言う。
「地球人から見たって美人ですよう」
のっちも付け加えた。
「ねえ、先生自身は、どうなんですか? 呉さんのこと好き?」
かしゆかが問う。
「わたしは……」
うつむくロイスに、3人の視線が集まる。
「だって…彼、最近彼女ができたみたいだもの」
「ウソ!?」
3人は目を丸くした。
「ほっほんとよ。いつも一緒にいる女の子がいるの」
「呉さんが彼女だって言ったんですか?」
のっちが問うとロイスは少し目をそらした。
「……わからない……ゼミの子じゃないみたいだし、遠くにいるのを見ていただけだから……」
「ロイス先生、彼のこと遠くから見てたんですね」
かしゆかが言うと、ロイスは「あっ」と口に手を当てた。と、突然あ~ちゃんがきっとロイスを見つめた。
「彼女がいるからって、諦める理由になりますか!」
「あっあ~ちゃん唐突じゃねえ」
かしゆかが一応ツッコミを入れる。
「バレンタインっていうのはねえ、彼女がいる人にも告白していい日なんですよ!」
「そうなの!?」
驚くロイスを見ながら、のっちとかしゆかは心の中で「そうだっけ……」と呟く。
「そうよ! じゃから、バレンタインまでに、先生に宿題。告白の仕方を考えてくること!」

                              ★

ディスコ会場に選んだアリーナ教室の使用許可は意外にもすぐに出た。アリーナ教室は受講希望者が多すぎる授業のために使われる、3千人収容のホールで、ここでスポーツ競技が行われることもある。
この巨大な教室ができたのは20年ほど前のことだ。その頃、大学の募集定員制廃止によって、どこの大学でも基準を満たすレポートを書いた学生は人数に限りなく受け入れられるようになったのだ。
冬休み中の2月は、レポートを書き終えた高校生たちがどこの大学に提出するか決めるため、学校見学に来る。
学校としては、優秀な学生にやはり入ってきてほしい。そのPRの一環としてPerfumeのイベントを認めてくれたのだった。
ただし、条件として、Perfumeの名前は一切出さないこと。出演もしないこと。芸能人の生徒を宣伝に使ったとなると問題だし、会場の混乱を考えると危険との判断だった。DJは、他の誰かに頼まなくてはならない。

「あーっ! ワクワクしてきたぁ!」
のっちが叫んだ。いつもの喫茶店だ。
「もうあと10日よ。ポスター作ってえ、メール回してえ、機材手配してえ」
「じゃあ、打ち合わせはこれくらいにして、ロイス先生に会いに行きますかー」
あ~ちゃんの言葉で3人は店をあとにした。
外に出ると、ぴゅうっと木枯らしが吹きつける。
「さむ~」
3人肩を寄せあったその時、かしゆかが何かに気がついた。
「ねえ…あれ、呉くんじゃない?」

2人の視線がかしゆかの指差す先へと集まる。
人で賑わう広い歩道を隔てた向こう側、大学の学生がよく利用する安くておしゃれなカフェチェーンの窓際の席に、その横顔があった。
向かいには、少し冷たい感じのするきれいな若い女性が座っている。
「あっ店から出てくる!」
店を出た2人は、学校と反対方向へ歩き出した。
「後つけよう!」
「ええ!?」
「おー!」
あ~ちゃんの言葉に、かしゆかはとまどいつつ、のっちはノリノリで従う。
どうやら呉くんとその人は、駅へ向かっているようだ。
「ねえ、もしかして今チャンスよ」
かしゆかが言った。
「さりげなく話しかけてさ、彼女かどうか聞いてみたらいいんじゃん?」
「そっか!」
「じゃあのっち聞いてくるね!」
2人が何か言うより早く、のっちは飛び出した。
「ちょ、ちょっとのっち!」
「待って!」
2人は焦る。のっちはこういう時、どうもまずいのだ。その背中を追って2人が駆けていくと、気づいて振り向いた呉くんに、のっちが人差し指を突きつけるところだった。
「あなた! どっちが好きなんですか! はっきり言いなさい!」
一体かしゆかの話を聞いていたのか、さりげなさの欠片もない。
「ちょっとのっち~!!」
「何言っちょるのあんたは~!」
追いついた2人がのっちを抑え込む。
「あれ? なんか間違ったか?」
「……えーっと君たち……?」
見ると、呉くんが顔に疑問符をいっぱい浮かべて半笑いしている。ふいに呉くんの隣に立っていた女性が口を開いた。
「では、私はここで失礼いたします」
……その声を聞いた瞬間、3人に違和感が走る。かしゆかはこの違和感に、覚えがあった。

                              ★

「じゃあ、やっぱりあの人ロボットなんですか!?」
3人とテーブルひとつ挟んだ向こうで、呉くんは苦笑した。
「よくわかったね? 僕なんか全然人間と区別つかないよ」
「私たち、声を聞けばわかるんです」
呉くんは、「さすがミュージシャン……」などと呟いている。ここは、呉くんの馴染みの定食屋だそうだ。安くてうまいので、呉くんが学部生の頃ここは大学生の溜まり場だったそうだが、安いチェーン店がたくさん表通りにできたため、最近では院生や教授たちくらいしかいないという。
「でも一体、ロボットさんと何をしとったんですか?」
あ~ちゃんが口をへの字に結んで首をかしげる。
「……実は、あのロボットは、能力開発局の職員なんだ」
「能力開発局ってあの、政府が非音声言語能力者を探して、育成するっていう?」
かしゆかが言うと、小さく頷く。
「えっ! じゃあ呉さん非音声言語のっりょくさゃ……なんですか?」
長い言葉が苦手なのっちが、噛みながら尋ねると、くしゃっと笑い泣きのように顔を歪ませた。
「いや、僕は違ったんだ。全く……的外れな期待だったよ!」
ハハハ、と笑う乾いた声は、なんだかわからないが、かわいそうだ。
「……ロイス先生が、独り言を言うときがあるんだ。ガーネン語でね。その言葉が届くってわけではないんだけど……、なんとなくわかるときがあったんだ。ああ、今しゃべってる、ってだけ。彼女に聞いたら確かに独り言を言ってたって驚いてね。それで開発局に問い合わせてテストを受けてみたのさ。……まあ、結果、ただの勘違いだってわかったんだけどね」
そう言って呉くんは笑う。
3人は、顔を見合わせた。
「……ロイス先生の様子を見てて、しゃべってるってわかったんですか?」
「……ああ、うん。」
「ガーネン語、しゃべれるようになりたかったんですか」
「……まあ……研究の幅も広がるしね」
「……」
3人は黙っている。
「……あと、まあ、彼女に母国語で会話できる相手がいたら、心細くないだろうとも……まあ」
「あーっもうはっきり言いんさい! ガーネン語しゃべってロイス先生にアピールしたかったんじゃろ!」
あ~ちゃんがキレた。
「あっアピールだなんてそんな、彼女は教授なんだし、学者として雲の上の人なわけで」
「でも好きなんでしょう!?」
のっちがツッコむ。
「だから、能力がなくて、そんなに落ち込むんでしょ」
かしゆかも畳み掛けた。
「お、落ち込んでないさ、全く、気にしてなんか……」
呉くんの言葉はフェードアウトして、首をうなだれた。
「まったく~男のくせにしょうがないなあ」
のっちが頬を膨らませる。
「……ディスコ・パーティーのお知らせメールが届きませんでした?」
かしゆかが不意をつくように言って、呉くんは「へ?」と顔を上げた。
「バレンタインのパーティーに、ロイス先生誘っちゃえばいいじゃないですか」
のっちが「そーだそーだ!」と同調する。
「早くしないと、あんな素敵な美人、他の男にとられちゃいますよ!」
「えええ……!」
呉くんは情けない声をあげた。あ~ちゃんが、その目をじっと見据えた。
「ロイス先生に心細い思いさせたくないなら、頑張りんさいよ。自分のこと好きでいてくれる人が1人でもいると、めっちゃ心強いんですよ」
「……そうかなあ……脈、あるかな」
「それとこれとは別じゃ!」
あ~ちゃんが即答すると、呉くんがまた情けない悲鳴をあげた。

                              ★

とうとう、バレンタイン前日。
3人はいつもの喫茶店にロイスを呼び出した。
「……それ、なんですか……」
「……これは……私の気持ち……」
4人の目の前には、レポート用紙のような、薄いパネルディスプレイが置かれている。
そしてそこに、大量の数字の羅列が映る。
「たとえばね、」
ロイスが言って、それを見つめる。3人もつられてそれを見る。数字が、別の新しい羅列に切り替わった。しばしの沈黙のあと、のっちがパネルを見つめたまま言う。
「……さっぱりわかりません。」
ロイスはあら、と顔をあげた。
「非音声言語にも、地球の書物のような記録媒体があるの。でも、それで記録されるものは地球人には感知できないの。
これは、その記録媒体と翻訳装置を組み合わせたもので、私の書いたことが即座に数値データに変換されるし、保存もできるのよ」
「ロイス先生……」
かしゆかがぷるぷるしている。
「……まさかこれで告白するつもりでは……」
「そうなの! 数値換算のプログラムを組むのが大変だったわ。いまだに頭が数字でいっぱいよ!」
ロイスは微笑む。3人の額に汗が浮かぶ。
「……数値を読むのって、呉さんはすぐにできるんですか?」
「そうね、彼はとっても優秀だから、1週間くらいで日本語訳できるんじゃないかしら」
3人は絶句する。せっかくバレンタインに告白するのに、相手にそれが伝わるのはただの2月21日である。
3人の様子に、さすがにロイスも気付いた。
「……あの、私、何か違ったかしら。……できる限り自分の言葉で伝えたいって思ったんだけど……」
しょんぼりするロイスに、あ~ちゃんが口を開いた。
「……うん、まあ、いいと思う! 素敵なバレンタインプレゼントよ!」
2人が目であ~ちゃんに、「いいの!?」と訴えている。あ~ちゃんも目で頷く。のっちがあごにこぶしを当てて、うなった。
「うーん、まあ確かに、こんな心も手間もかけたプレゼント、なかなかもらえないかも?」
「これも、先生らしいかもね」
かしゆかもロイスに笑顔を向けた。ロイスも笑顔になる。と、不意に入り口付近の客が、わっ、という声をあげた。4人も思わずそちらに目を向ける。
巨大な虫のようなものが羽ばたいている……と思ったらそれは、銀色の球体に薄い羽が4枚ついた小型ロボットだった。それは、まっすぐロイスのところまで近づいてきた。
「次回の定例調査が決まりました。今からご同行願います」
「今から……なんですか?」
「はい」
ロイスの顔が曇った。状況が飲み込めずにロボットとロイスを交互に見つめている3人に、ロイスはパネルを手に取って、差し出した。
「……ごめんなさい。明日、私は行けないわ。代わりにこれを……」
「ま、待って待って。どういうこと?」
あ~ちゃんが慌てる。
「ときどきこういう調査で、政府の方に行かなきゃならないの。地球には私の他に、音声言語をしゃべるガーネン人はいないから……」
「明日までかかるんですか?」
ロイスは静かに首を振ると、
「2週間帰れないわ」
と告げた。

                              ★

アリーナの中央に特設DJブースが組まれ、その周りにはもうすでに人が集まっていた。開演は5時。今はその10分前だ。会場には、呉くんの姿もあった。手には白い封筒を手にしていた。
「会場に来いっていったって……こんなに広い場所のどこで待ち合わせるんだ?」
呉くんは呟いた。封筒は今日届いたもので、中のカードには「ディスコ会場でロイス先生から預かっているものを渡します」とあった。差出人はPと書かれている。どう考えてもPerfumeのしわざである。
(結局、ロイス先生は政府の仕事で、ここに誘うのも無しになっちゃったしなあ……)

突然、ドオン……ッという重低音が鳴り響いた。
暗くなったホールで、DJブースだけが明るい光を放っている。そこに、シューーッという音とともに、地下から作業員のような白いつなぎを着た3人組が現れた。3人とも頭のてっぺんにニョキニョキしたお団子を結い、真っ黒いスノーゴーグルのようなものをつけている。
シューッという音はフェードで大きくなり、3人がターンテーブルについたところブレイクとともに弾けた。『ポリリズム』だ。会場全体が曲とともに揺れる。呉くんもすぐにその波に飲まれた。

「すごい! みんなめっちゃノリいい!」
お団子の1人が、あとの2人にこそっとささやく。
「ハンパない~」
「最高!」
2人も答える。……もちろんこの3人、Perfumeである。バレないように変装して、DJをやってしまうことにしたのだ。

Perfumeの曲の他にもメジャーからマイナー、古いものから最新のものまで様々な曲が重なったりカットインしたりしてつながっていく。時には大胆なスクラッチが観客を沸かせる。
1時間くらいしたところで、音がいったん、完全にやんだ。客がざわつく。
「よおし、いくよ……」
3人が目を見交わした。教室の天井がゆっくりと、真ん中から開いて、星空が現れた。途端に湧き上がる歓声。月明かりが差し込んで、会場の中が少し明るくなる。3人は隅々まで満足そうな表情の観客の顔を見て、思わず手を握り締め合った。
「……でも、この教室こんなに広かったっけ?」
「……うん、2万人くらいに見えるような?」
「うーん、まー、そんなことはどうでもいいっしょ!」
次の曲からは、少しスローなナンバーが中心となった。会場のあちこちで、いい雰囲気でゆったり踊るカップルの姿が見られる。
しばらくしたところで、3人が卓の前に出てきた。3人とも、片手に小さなキラキラするボールのようなものを持っている。そしてそれを、空にかざした。ボールから放たれた3本の光が結ばれたところで大きなスクリーンになる。そこに、不思議な数字の羅列が映し出された。
「なんだろう、あれ?」
「なんかかっこいい演出だね」
少しざわめく人の声が聞こえる。中にはそれが、非音声言語の翻訳装置によって吐き出される数値データだとわかる人もいるだろうが、即座にそれを読むことは誰にもできない。
だが、呉くんだけが違った。
「……言葉が……伝わったよ。ロイス……」
そう呟いた瞬間、スクリーンの真ん中から、何か青い蝶のようなものがこぼれ落ちた。驚きの声が会場を包む。
「何今の!?」
「鳥? ちょうちょ?」
「なんか天使みたいだったよ!」
呉くんの腕の中にしっかりキャッチされたその人は、ゆっくりと目を開いた。
「いっくよーーーー!!!」
あ~ちゃんの声とともに、観客の注意がブースに戻る。
『チョコレイト・ディスコ』のぴかぴかしたイントロが会場を支配していった。

                              ★

ケーキに立てたローソクの火を、あ~ちゃんは一気に吹き消した。
「わー! おめでとー!」
「ハッピバースデー!」
2月15日、今日はあ~ちゃんの20歳の誕生日である。
「も~こんなん用意してるって知らんかったあー……」
あ~ちゃんは、もうすでに泣きそうである。かしゆか、のっちと、なじみのスタッフ陣とであ~ちゃんには内緒で企画したサプライズだった。ウソの仕事を知らせて呼び出したけれど、今日は本当は完全オフだ。
ひとしきりの盛り上がりのあと、ファンクラブ用のカメラも切って、親しい人たちだけのまったりパーティーとなった。
のっちがふいに、「あ」と声を上げる。
「そういえば、昨日さ……、ロイス先生が降ってきたように見えたんだけど……」
「あ、ゆかも見たー!」
「ね! なんじゃろね、あれ? だってロイス先生は政府の施設にいるんでしょ?」
「昨日? 何かあったの?」
スタッフの1人に聞かれて、3人は慌てて「いえいえいえ……」と首を振った。イベントのことは、事務所やスタッフたちには内緒なのだ。絶対怒られるから。
「昨日っていえばさ、変なニュースが出てるの、知ってる?」
3人の焦りにはとくに気づかなかったようで、彼は話を変えた。
「すごい大規模のディスコイベントがあったらしいんだけど、参加した人たちは、いつの間にか会場にいたって言ってて、どこで誰が開催したのか全くわからないんだってさ。お団子の女の子3人組がDJやってたらしいんだけど……」
3人はぎょっとした。
「あ、私それ、参加しました!」
女性スタッフの1人が手をあげた。
「ほ、ほんとに!?」
のっちが声を裏返らせる。
「本当に、いつの間にかあそこにいたんですよ! 楽しかったな~」
「ほ、ほんとに!?」
かしゆかも叫ぶ。
「……しかもちょっと気になってた人と偶然会場で会っちゃって、仲良くなれちゃったんですよお」
「ほ、ほんとに!?」
あ~ちゃんが乗り出したところで、
「何、3人とも同じリアクションして」
と、みんなから笑われた。
「女の子3人組DJだったから、実はPerfumeなんじゃないか、なんて噂もあるんだよ。そんなわけないけどね~」

――Perfumeは、黙ってお互いの顔を見つめ合っていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第4話『チョコレイト・ディスコ』終


――(セラミックガール)恋をしたいから
  (say love me girl)テレパシー信じて
  (セラミックガール)この気持ちだけは
  (It's brave new world)作り物じゃないでしょ――


第5話 『Take me Take me』





「キノコの図鑑……なんで文学コーナーにあるんだろ」
かしゆかは呟くと、なんとなくそのアイコンをタッチした。

かしゆかは学校の図書館にいた。
データバンクから本に移す小説を探すためだ。小説なんてネットで簡単に探せるので、わざわざここに来る必要もないけれど、データの棚に囲まれて読みたい本を探し回るのが、かしゆかは好きだった。

クリックしたキノコの図鑑は、何も反応がない。
「あれ……やっぱりエラーかな?」
すぐ側に表示されている「エラー報告」のボックスにアイコンをドラッグしようとしたそのとき、何か指に弾けるような感覚が走った。
「きゃっ」
アイコンから何かが飛び出したように見えて、かしゆかはそれを目で追った。
……キノコが逃亡しようと必死で跳ねていた。しかし手足がないので、どうにも前に進めないようだ。
かしゆかはとっさにそれを両手で掴んだ。ちょうどうさぎやなんかの小動物くらいの大きさだ。
「はなせ~」
「うわ、しゃべった!」
「失礼な! しゃべりくらいするわ!」
くるっと手の中のキノコを裏返すと、ちゃんと目と口がついていた。
「……これはどうも」
「どうもじゃない! はなさんか! エラー処理なんてされてたまるか!」
「いやもうエラーとかいう次元じゃないような……」
「何? では見逃してくれるか」
「……でも、見逃すって言ったってあなた、どうするの? データから出てきちゃって、行くとこあるの?」
「お前が連れていってくれんか」
「どこへ?」
「東の地じゃ」
「……さっぱり意味が……わからないっ」
「わしは東の地で、永遠の命を手に入れるー!!」
興奮したキノコは手から飛び出し、跳ね回った。進む力はないのにジャンプ力だけは無駄にあるようだ。
と、キノコジャンプが書架の一角にぶつかった。棚が傾く。かしゆかの上に大量のデータが降り注いだ。

                              ●

かしゆかは、暗い森の中にいた。
「うへ……何……? これ……」
「どうやら本の物語の中に入り込んだようじゃい」
声のする方を見ると、キノコがまだ飛び跳ねていた。
「本の中?? だってデータの中に入り込んじゃうなんて、ありえん!」
「ここだ、さあ来い! 決闘だ!」
急に若い男の声が飛び込んできて、かしゆかとキノコは同時に振り向いた。
「来られないのか、やい、臆病者!」
声の主はすぐに見つかった。小柄で色の黒い少年が、一段と暗い木々の間に向かって呼びかけていた。声と姿が合っていない。
「あの……キミ、もしもし?」
「やい、おれの声についてこい!」
「もしもーし!」
かしゆかはその彼の目の前で、手をぱたぱたさせてみせるけれど、全く目に入っていないようだ。
「よーし、お次はもう一人の男の方だ」
少年は、急に子供の声でそう言うと、ぴょんと軽く跳ねただけで、1mほど先の木の枝に乗り移ってしまった。そのまま木から木へと飛び移って行ってしまおうとする。
「ま、待って、こんなとこに1人にしないで!」
「おい、1人じゃないだろ、私がいるんじゃぞ……」
キノコがぶつぶつ呟く。かしゆかは目で少年を追いかけたけれど速すぎて、すぐに見失ってしまう。
遠くで、また違う男の声で「ほら、臆病者、なぜ来ない?」という声が聞こえた。かしゆかはなんとなくそれが、あの男の子だと思った。もしそうじゃなくても、とりあえず今は人の声しか頼りがない。かしゆかはキノコを拾い上げると、歩き出した。
歩くほどに、闇は濃くなるように思えた。声もだんだん聞こえなくなった。
「なんかだんだん、暗すぎて何も見えなくなってきたよー……」
ところが突然、闇がぱっと途切れて、月明かりの差す開けた場所に出た。
2組の男女が、広場の隅と隅に1組ずつ分かれて横たわっている。なんだか死んでいるみたい、とかしゆかは思った。と、さっきの少年がかしゆかの頭上から跳んで現れた。4人の顔の目の辺りにそれぞれ、何かの草をすりつけている。
「あれ……?このシーンってもしかして……」
そのとき突風が吹きぬけて、かしゆかの髪を巻き上げ、木々の葉を勢いよく散らした。
「わあっ……!」

一瞬目を閉じたかしゆかが、ふたたび目を開けると、そこは森の中の開けた場所ではあるけれど、男女も少年もいなくなっていた。目の前には、コテージのような家が建っている。月の光は相変わらずうす闇を照らしている。
「あれっ? ここどこ?」
「また違う本に移ったようじゃな」
「ええー!」
家の門には表札がかかっていた。「N」とだけ書いてある。変だけど、誰か住んでいるのかもしれない。かしゆかはキノコを抱えたまま扉の前まで行って、ノックした。
しばらく間を置いて、扉がそろそろと開いた。こんな夜中に訪ねたから、不審に思っているのかもしれない。猟銃を抱えて静かに出てきたその姿を見て、かしゆかは声をあげた。
「のっち!」
「N」ってのっちのことだったの? と思っている間に、のっちは正面のかしゆかには目もくれず、「だれもいないなあ」と呟いてドアを閉めた。
「のっち、あたしのこと見えてない……?」
「どうやら物語の人物にわしらは見えんようだな」
「でものっちだった! それに、ノックの音は聞こえるの?」
「まあ、現実と物語が混ざることなんて、よくあることじゃ」
図鑑から出てきたキノコにそう言われると、信憑性があるんだかないんだかよくわからない。
「のっち! のっち!」
かしゆかはまたドアを叩いた。
のっちがまた恐る恐るといった様子で顔を出し、あたりを見回してドアを閉める。
「のっちったらぁ……ゆかだよー!」
かしゆかはさらに強く戸を叩いた。
「無駄じゃと思うがの……」
キノコが呟く。かしゆかは構わず、しばらくノックを続けた。のっちはもう出てくる様子がない。無視することに決めたんだろうか。
「お前さんもう、あきらめんか」
「だって他に何も手がかりがないじゃない……?」
2人はふーっとため息をついた。
「しょうがないか……ここはあきらめて、ちょっと歩いてみよう」
かしゆかはそう言うと、最後のダメ押しにトントンとやって、歩き出そうとした。
「はいってますよ」
中から、のっちの声がそう言った。
(の……のっち……! トイレじゃないんだから!)
かしゆがが思わず噴出しそうになったとき、目の前はいつの間にか暖炉のある室内に変わっていた。ベッドが置いてあるので、平屋で1室のみの家らしく、どうやらあのコテージの中のようだ。ベッドには、丸いショートヘアーの後ろ頭だけ枕に乗っているのが見えた。
「……『はいってますよ』って、そういうこと?」
かしゆかが呟いた瞬間、足元の床が突然消え去り落ちていくような感覚がして、目の前が真っ暗になった。

暗い部屋だった。中年か、初老に近いくらいの上品な身なりの男が、大きな机に手をついて立っていた。会社の中の、この男の仕事部屋のようだ。地位のある人なんだろう、社長かもしれない。しかし男は、ひどく疲れて悩ましい顔をしていた。
「愛する、ただひたすらに愛するということは、なんという行き詰まりだろう!」
彼は部屋の外の誰にも聞こえないくらいの低いかすれた声で、しかし吐き出すように言った。
「……要は彼らを永遠なるものにする……」
「永遠!」
キノコがかしゆかの手の中で飛び跳ねた。
「こやつ、いま『永遠』と言ったな!」
「う、うん、言ってたけど……」
そういえば、キノコは最初「永遠の命」がどうのとか言っていたんだっけ。
そのとき男が背を向けた反対側に、大きなスクリーンに映し出された、映像のようなものが現れた。何か遺跡の寺院のようなものだ。
「わあ、何これすごーい……」
かしゆかが見入っていると、背中からまた男の呟きが聞こえた。
「いかなる冷酷の、あるいはいかなる奇怪な愛の名において、古昔の民の指導者は、山上にあの寺院を築き上げるような苦役を負わせてまで、自らの永遠性を打立てる業を強いたのだろうか?」
「また言った! 『永遠』と言った!」
キノコは振り向こうとしたが、かしゆかはまだスクリーンを見つめていた。映像は少し変わって、遺跡の周りに古代の人々が集まり、にぎわっている。
と、急にまた映像が切り替わった。灰色と白が、右から左下へ流れている。その間から小さな飛行機の頭が現れた。これは、空の上だろうか。ずいぶん天候が悪い。
かしゆかは、その飛行機の操縦席に、まだ若い操縦士がいるのを見た。強く引き結んだ口元は、自分が生きて地上へ帰る難しさを覚悟しているようにも見える。その機体にさらに激しく雨が吹きつけた。
いつか、スクリーンと自分たちの立っている場所の境界は、判別できなくなっていた。
(あれは落とし穴だ……)
操縦士の心の声が、映画のように響いてきた。彼の目線の先を見ると、暴風雨の切れ目に、遠く小さな星が輝いているのが見えた。
(ああ……しかし……)
飛行機は、その星へと向かって高度をあげていく。
「あの飛行機は、東の地へ向かっている! あいつは『永遠の命』を得る気じゃ!」
キノコが急に叫んだ。
「……ちがう……ちがうよ、命なんかじゃなくてあれは……」
「待て、わしも行くぞ!」
キノコがかしゆかの手を飛び出した。かしゆかも、それを捕まえようとあわててジャンプした。

かしゆかは、列車の座席で目を覚ました。手の中にはちゃんとキノコがいた。ずいぶんレトロな列車だ。通路を隔てた反対側の座席で、小学生くらいの男の子が2人と、同じくらいの女の子が、立ち上がって窓の外を見ながら何か騒いでいる。窓には、赤い光が映っているのが見えた。
「お前さん、水を持ってないか……」
キノコがふいにかしゆかに言った。
「持ってないよ」
「喉が渇いて死にそうじゃ……。わしは湿ったところじゃなきゃ生きられんのだぞ」
「そんなこと言ったって……」
そのとき、女の子が話し始めた。
「蝎はいい虫よ。おとうさんこう言ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけど、とうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこう言ってお祈りしたというの。
ああ、わたしはいままで、いくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとらわれようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびだろうに。どうか神さま。私の心をごらんください。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、まことのみんなの幸いのために私のからだをおつかいください。って言ったというの。
そしたらいつかさそりはじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって燃えて、よるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるっておとうさんおっしゃったわ。ほんとうにあの火、それだわ。」
かしゆかはなるほど、と窓の向こうの赤い光をみた。それから、女の子の方をちらりと見ると、こちらを振り返った。かしゆかににっこりと微笑みかけたように見える、その顔に、驚いた。
「あ~ちゃん……?」
しかし、かしゆかが知っている、本当の小学生のときのあ~ちゃんとは違う。まるで今のあ~ちゃんがそのまま小さくなってしまったような顔をしている。
かしゆかが呆然としている間に、女の子と、彼女の連れらしい青年と小さい弟は、男の子2人に別れを告げて列車を降りるところだった。この駅で、ほとんどの人が降りるらしい。
「あ……あれは……もしや、『永遠』か……!?」
キノコが呟いて、その目線の先を追うと、列車を降りた人々が向かう先に、神々しい白いきものの人が彼らを出迎えるように手をのばしていた。女の子たちも、その人を目指して歩いていくのが見えた。
「あ~ちゃん、行っちゃだめ!」
かしゆかは思わず立ち上がった。追っていこうとするけれど、降りる人が多くて前へ進めない。
「ま、待て……あれは違う、『永遠』じゃないぞ……わしが求めたものではない……」
キノコが苦しげな息で言う。
「あ~ちゃん待って、死んだらいけん!」
かしゆかはやっとのことで列車を降りた。

足を下ろした先は、畳の上だった。ぜえぜえという息遣いが聞こえて、見ると、キノコはもう息も絶え絶えだった。
「み、水……」
なんだかこのままでは本当に、キノコは渇いて死んでしまいそうだ。そう思ったとき、
「もう死にます」
女の声がして、見ると、畳に敷かれた布団に髪の長い人が横たわっていた。だけど、枕もとの手前側には男が背中を丸めて彼女を覗き込んでいて、2人とも顔が見えなかった。
「そうかね、もう死ぬのかね」
「死にますとも」
2人はそんな、変な会話をしていた。
「死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね」
「でも、死ぬんですもの、仕方がないわ」
「じゃ、私の顔が見えるかい」
「見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんか」
そう言われると、男は枕から顔を離して腕を組んだ。女の顔が彼の肩越しに半分見えた。
「え……」
……女は、かしゆかの顔をしていた。
「ちょ、ちょっと待って、あたし死なないよ!」
2人はかしゆかを無視して、何か約束をしているようだ。「百年後」だとか、そんなことを言っている。
「待って待って、ゆかの顔して勝手に……」
女の目が、一瞬かしゆかを捉えた気がした。そしてぱちりと閉じる。その頬に一筋涙が流れた。
「水がっ……」
キノコが叫んで、かしゆかの手を飛び出した。
(ゆかが死んで、涙を流してるのに「水」だなんて!)
このキノコはなんてことを言うんだと、憤慨して捕まえようとした瞬間に、畳の上で足が滑った。

                              ●

尻餅をついたところは、柔らかい土の上だった。キノコはやっぱり手の中にいたけれど、ずいぶんしわしわしてきた気がする。
「大丈夫!? まだ生きてる?」
「み……水……」
こんな状態なのに、怒って悪かったかも、とかしゆかは少し思った。
『ゆかちゃん』
それは聞き覚えのあるようなないような、不思議な声だった。声のした方を見ると、池のほとりのような場所がある。
「池!」
水があるかもしれない。かしゆかはキノコを抱えてかけて行く。
「水をっ……」
かしゆかは絶句した。水が涸れた池のあとだった。
『ゆかちゃん』
また声がする。1メートルくらい先、涸れた池の中に、小さな動物がちょこちょこ動いていた。
「……ハムスター?」
『ゆかちゃん、わかる?』
『僕らだよわかる?』
「もしかしてチョロちゃんとフーくんなの?……」
昔飼っていたあの子たち……そこまで考えてかしゆかは、わからなくなる。彼らはどうしたんだっけ? 今も飼っているんだっけ? いないんだっけ?
『ゆかちゃんが東を目指すなんて変だね』
『変だよね』
『もうそんなのずっと前だよね』
『もうとっくにその先に辿り着いたのにね』
「ね、ハムちゃんたち……」
『永遠なんだよ』
『永遠なんだよ』
「永遠……?」
『百年後に約束したからだよ』
『逢おうって約束したからだよ』
「わからない……」
そのとき、2匹を拾い上げる手があった。かしゆかは、その姿を見て言葉を失う。それは、10歳くらいの頃のかしゆかだった。
「永遠なんて、いつもどこにでもあるんだよ、私のように。ハムちゃんたちのように。」
少女のかしゆかが言った。
「永遠に続くことを願う? 未来へ進むことを願う?」
かしゆかは答えられない。
「なんだって、思い通りにできるよ」
「だったら……水をくれ!」
キノコが突然叫んだ。
その途端、雨が目の前をカーテンのように遮った。何も見えなくなる。不思議と体は濡れず、冷たくなかった。
バケツの水がなくなったみたいに、雨がぴたりと止んだ。
キノコは水の溜まった池に飛び込む。ハムスターと少女は姿を消していた。池の水面に、月が映る。満月だ。キノコが泳ぐ波で、黄色い光が睡蓮の葉っぱに飛び散り、なんだか夢を見ているような風景だ。
「……は……。わしはなんということを……」
キノコが、突然我に返った。
「永遠を手に入れられるところじゃったのに、手に入れられたのはただの水! わしはなんということを!」
「ううん……」
かしゆかが言葉をはさんだ。
「永遠なんかより、すごくいいよ。こっちの方がいいよ……」
それより、ここはどこ? かしゆかは辺りを見回して、背後に木造の古い建物があるのを見つけた。
「キノコさん!」
振り返ると、キノコの姿がない。
「あれ? キノコさーん?」
かしゆかは、キノコの姿を探しながら、建物を回りこむ。その建物はどうやら神社のようだった。木々の間を抜けると、正面に出た。

                              ●

お社の賽銭箱の前に立つ、その後ろ姿を見つけたとき、かしゆかは「あっ」と声をあげた。
そのおにぎり型のショートボブは、明らかに、あの人だ。

「のっち!」



第6話『シークレットシークレット』へ続く


――(セラミックガール)恋をしたいから
  (say love me girl)テレパシー信じて
  (セラミックガール)この気持ちだけは
  (It's brave new world)作り物じゃないでしょ――



第6話 『シークレットシークレット』





月が逃げる。のっちはそれを、走って追いかける。

そこは、秋葉原のようだった。狭い路地に、雑然と店先を飾るメカの部品が、去り続ける真ん丸い月の光を斜めに浴びて、きらきらとのっちの目に眩しい。
(あれ? なんでのっち、こんなことしてるんだっけ?)
「ゲームだよ」
言葉の聞こえた方向を見ると、店頭で新作ゲームのPR画面を眺める少年だった。
(あ、そうだ。ゲームだった。月を追いかけるゲーム……)
ゲームの中にゲームだなんて変なの、と、のっちが思ったその瞬間、月がビルに消えた。
そのビルを見上げると、月が、高い小さな窓の中に入っていた。窓に映っているんじゃない。ビルの中から、月がこちらを見下ろしているんだ。のっちはビルへ向かって駆け出した。
ビルの入り口はアルミサッシの引戸だった。自動ドアじゃないなんて、まるで歴史的建造物だ。のっちが戸をぐっと横に引くと、意外に軽く、がらっと開いた。

「……のっち!?」
目の前に、かしゆかが座っている。
「かしゆか!? ……って、ここどこ?」
この景色は、神社の境内だ。
ビルの、「外から中へ」入ろうとしていたはずなのに、これじゃまるで、お社の「中から外へ」出ようとしている格好だ。
「のっち、かしゆか!」
聞きなれたその声の方を見ると、鳥居の足元にあ~ちゃんが立っていた。
「どうしたん2人とも? こんなところで」
「あ、あ~ちゃんは?」
のっちがとっさに聞き返す。
「ここは、私の近所の神社さんよ」
「ええっ?」
そのとき、かしゆかが小さく「あっ」と声を上げた。
「のっち! 月!」
見ると、確かに月がお社の上に浮かんでいる。そしてすうっと移動を始めた。
「追いかけんと! のっち!」
あ~ちゃんが急かす。そうだ、月を追いかけるゲームだった。
かしゆかとあ~ちゃんが、のっちより先に走り出す。
「ま、待ってっ」
お社の左手の林の中へ入っていく2人を追って、のっちも駆け出す。
(アレ? でも、ゲームってことは、あ~ちゃんとかしゆかもゲームの中の人間ってこと?)
林の木々の、枝や葉っぱが月明かりに照らされて銀色に輝く。それはなぜか秋葉原のメカの部品たちにも似て、眩しくて前が見えないくらいだ。
のっちはとっさに目の前のかしゆかの腕に、つかまった。
ポコッという音がした。のっちの手には、ひじから下だけの腕……
「ひゃあああっ!」
だけどよく見ると、それはマネキンの腕だ。感触も固い。
「なんだあ、びっくりした。かしゆかの腕抜いちゃったかと……」
呟いたのっちは、一歩踏み出して立ち止まった。さっきのあ~ちゃんとかしゆかの格好をした、のっぺらぼうのマネキンが地面に転がっている。
「なんだ……これ。悪趣味……」
のっちは、先に行ったはずの2人を探そうと、林の奥へ目を凝らそうとして……目の前が一枚の扉で完全に閉ざされているのを見た。
「2人とも、この中へ入っちゃったのかなあ」
その扉は心なしかさっきのビルの入口に似ているようだった。
のっちは勢いにまかせるように、えいっとその戸を引いた。

「のっち!?」
目の前に、かしゆかが座っている。神社の境内だ。
「のっち! かしゆか!」
見ると鳥居の足元にあ~ちゃんが立っている。
ふいに、かしゆかが小さく「あっ」と声を上げた。
「のっち! 月!」
見ると、月がお社の上に浮かんでいる。そしてすうっと移動を始めた。
「追いかけんと! のっち!」
あ~ちゃんが急かす。そうだ、月を追いかけるゲームだった。
かしゆかとあ~ちゃんが、のっちより先に走り出す。
「ま、待ってっ」
お社の左手の林の中へ入っていく2人を追って、のっちも駆け出す。
のっちがとっさにかしゆかの腕に、つかまった。その腕がぽこっと抜ける。
「ひゃあああっ! ……って、なんだマネキンかあ、びっくりした。かしゆかの腕抜いちゃったかと……」
呟いたのっちは、一歩踏み出して立ち止まった。あ~ちゃんとかしゆかの格好をしたマネキンが転がっている。林の奥へ目を凝らすと、目の前が一枚の扉で完全に閉ざされているのが見えた。
のっちは、その戸を引いた。

「のっち!?」
目の前に、かしゆかが座っている。神社の境内だ。
「のっち! かしゆか!」
見ると鳥居の足元にあ~ちゃんが立っている。
ふいに、かしゆかが小さく「あっ」と声を上げた。
「のっち! 月!」
「追いかけんと! のっち!」
そうだ、月を追いかけるゲームだった。
2人がのっちより先に走り出す。
「ま、待ってっ」
のっちは2人の後を追おうとして……、そして、ぴたりと立ち止まった。
「待って……」
(……気のせい? さっきから同じとこぐるぐるしてるみたいな……。それに、2人が変……?)
のっちはよく2人についていけない時あるけれど、いつも2人とも、どっかで気づいて待っていてくれるのだ。
――それに、後ろから、何か聞こえる気がするのは……
(のっちを、呼んでる?)
「のっち!」
はっと振り返る。
泥んこの靴をはいた、かしゆかが境内に立っていた。
「……かしゆか……!? ……こっち、本物……?」
「何言ってるん。のっちどうしてこんなところにいるの?」
その時、木の生い茂る土手の方から、がさごそと音がした。
「ひっ、何?」
2人は慌てて駆け寄り手を取る。
けれど、茂みから出てきたのは、あ~ちゃんだった。
「あー、やっぱり2人の声が聞こえると思ったあ」
「あ~ちゃん! なんでそんなとこから!」
かしゆかのまっとうなツッコミが入る。あ~ちゃんは「えへへ、ちょっとね」と流して、逆に2人に尋ねた。
「2人こそ、どうしたんこんなとこで」
かしゆかがうーんと首を捻る。
「……どうしたん、かなあ……。小説みたいな、夢みたいな……」
「夢」という言葉が出た瞬間、3人は顔を見合わせた。
のっちが口を開いた。
「これってやっぱり、夢なのかなあ」
「……でも、そしたら誰の夢? 3人とも?」
かしゆかがそう言ってのっちを見つめると、あ~ちゃんが、首をかしげながら、
「ふーん? 夢? どんな夢なん?」
そう言って怪訝に2人を見た。

最初に、かしゆかが話した。キノコと一緒に小説の中を彷徨って、最後にここに来た経緯。キノコはどこかへいなくなってしまったこと。のっちも話す。月を追うゲームのこと、何かループにはまり込んでいた気がすること、そして、いつからなぜ、そんなゲームをやり始めたのかわからないこと。
そして、最後にあ~ちゃんだ。

「でも私、あんまり夢という感じがしないんよね。いつもとおんなじことをしていただけなの」
そう前置きをして、あ~ちゃんは言った。
「小型の宇宙船がそこの林に隠してあるんよ。それでちょっと遊びに行って、帰ってきたら2人がおって……」
「ちょ、ちょっと待って」
かしゆかがストップをかける。
「こ、小型宇宙船て……?」
「ああ、2人にはまだ言ってなかったっけ。うさぎさんから、もらったっていうかぁ、結果的にゆずられちゃったっていうかぁ……」
「う、うさぎさん……?」
呆然とおうむ返しするのっちに、あ~ちゃんは、
「そうよ! あれで月にも行けるよ。地上で追いかけるより行ってしまえばいいんよ!」
そう、目を輝かせて微笑んだ。

                              ○

「……あ~ちゃんっ! なんでこんなすごいこと今まで黙ってたの!?」
「えへへ~そんなにすごいかね~」
「すごいよっ! 運転できちゃうし!」
「まあこれは勘でなんとなくね」
「勘なの…?」
2人が一抹の不安を覚えた頃、正面のモニターの座標軸の端に、小窓が開いて月の姿が映し出された。
「あ……」
のっちはその映像に見入る。なんでこんなに追いかけてしまうんだろう。一体なんのゲームなんだろう。
「もうすぐ到着よ」
あ~ちゃんが優しい声で言った。小窓いっぱいに月面が広がって、座標軸は月のある一点を目指していた。
「あそこがエントランス……あれ?」
「どうしたの?あ~ちゃん」
かしゆかがあ~ちゃんの顔を覗きこむ。
「……こんなんだったっけ」
モニターにはもう月面だけが映っている。そこには、エントランスの代わりに、瓦礫の城のようなものが建っていた。

                              ○

「……どうする?」
「どうしようか……」
とりあえず月面に着陸してはみたものの、重力も酸素もないところにそのまま出ていくわけにはいかない。
そのとき、ひゅーっと音がして、3人はいっせいに振り返った。小型宇宙船の入口が、勝手に開き始めていた。
「ひゃぁー! なんで!?」
のっちが叫ぶ。
「このままだと外に投げ出されちゃうよ!」
「何もいじってないのにー!」
ところが、完全に開ききっても、船内には何の変化もなかった。
「……あれ?」
「なんで大丈夫なんだろう……」
「のっちちょっと、外に出て見てくるね!」
「えっ! ちょっとのっち大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ!」
入口をくぐって砂の上に一歩、また一歩と足をついた。大丈夫だ、息もできる。
のっちは月面に立ちつくした。暗い宇宙の、色のない地面に建つその城に、のっちは見覚えがあった。でもあれは、ゲームの中のことだったはず。……いや、今もゲームの中だったんだっけ……
「大丈夫だよ、2人とも ~」
のっちが振り返りながら呼ぶと、2人もおそるおそる出てきた。
「これ何のお城だろう?」
「中に入ってみた方がいいのかな……」
「……うん、行こう。入ろう」
のっちが言った。
あちこち崩れている城の中。まるでここで戦闘があったかのような形跡。大広間の階段を上ると、その先にさらに階段があり、さらに上ると踊り場の先にまた階段。城の中もやっぱり、のっちには覚えがあった。
(……ていうことはもしかして、塔の上まで行けば元の世界に戻れる……?)
狭い螺旋階段を上りきったところに、入口があって、この先にはあの部屋があるはずだ。
「きゃぁっ」
ふいにあ~ちゃんが足を滑らせたのか、悲鳴を上げて、のっちはあわててその腕を掴んだ。ところがその体は意外に軽くて、のっちは力を入れた分、後ろへ倒れそうになる。腕を掴んでいるはずのあ~ちゃんの方を見ると、そこにはのっぺらぼうの、マネキンの顔があった。
「えっまさかまた……」
倒れそうになったまま、もつれて部屋の中へ足が一歩、入る。
そしてもう一歩足をついた。

……大丈夫、息もできる。
のっちは月面に立ちつくした。城を見上げる。
「大丈夫だよ、2人とも ~」
2人がおそるおそる出てきた。
「行こう。入ろう」
のっちが言った。
見覚えのある城の中を、のっちを先頭に進む。
狭い螺旋階段を上ったところに、あの部屋があるはずだ。階段を上りきる寸前、のっちは急に、思った。
(……なんか、なんだこれ、すごいやな感じ!)
何かおかしい。なんだかわからないけど……
「……もう、こういうの、たくさんなんだよー!」
のっちは叫んだ。
と、その腕を誰かの手が両側から引っ張った。
(落ちる……!)
思った瞬間、のっちは宇宙船の座席の上でひっくり返っていた。
「……あれ?」
引っ張っていたのは、あ~ちゃんとかしゆかの手だ。
「だいじょぶじゃないよ! 1人で出てったら何があるかわからんよ!」
「か、かしゆか?」
「ほうよ! 出て行くなら3人でせーのじゃ」
「……こっから繰り返してたのか……」
のっちは思わず呟く。2人が首をかしげてのっちの顔を見た。
「うん、そーだね! せーので出よう」

3人一緒に踏み出した。息が出来ることを確かめる。砂の地面と、宇宙の闇にそびえたつ廃墟の城。さっきと同じだ。2人がすぐそばにいることだけ違う。
「ここ、本当に月なのかなあ。息できるし、立ってるし」
かしゆかがつぶやいている。
「やっぱり夢かねえ」
あ~ちゃんが城の方に目を向けつつ、答えた。3人が城を見つめる。
塔のてっぺんに、何かが輝いているのが見えた。あれは……
「月……?」
3人は顔を見合わせる。まさか。どうして月の上で月が出るんだろう。
しかし、それが少しゆらりと動いたとき、別の姿が見えてきた。
「……ヘルメット!?」
「……こども!?」
それはまさに、ヘルメットをかぶった子供が、塔の屋根に座っている姿だ。どこからか光が差して、てらてら黄色く反射するヘルメットが月のようだ。
子供は、屋根の上で立ち上がったかと思うと、3人の見ている前で突然消えた。
「……な、何っいまの……!」
『こっちだよ』
ふいにそんな声が聞こえた。子供の声だ。
「あ、あれっ!」
のっちが指差す。城の門へと、駆けていくさっきの子供の後姿が見えた。
「追いかけよう!」
のっちの声で、3人は駆け出した。

やっぱり城の中は、のっちの知っているのと同じだった。自然とのっちの足は、塔の最上階へ向かう。
「のっち、ここ来たことあるの!?」
かしゆかが驚いて問う。
「まあね! 夢かもしれないけど……」
「なんだか、夢の話ばっかりじゃね」
あ~ちゃんが走りながら言った。

                              ○

塔の最上階の部屋にのっちは1歩、また1歩と、足を踏み入れた。もうループはしない。そしてのっちの隣には、2人がいる。
足元に、コロコロと転がってくるものがあった。見るとそれは、ヘルメットだ。見覚えがある。これは、uの……
「拾ってくれる?」
声がした方を見上げると、10歳くらいの少女が立っていた。その顔を見て、3人は石のように動けなくなる。
「のっち……!?」
かしゆかの驚いた声が、のっちの耳にはなぜか遠くに聞こえた。――少女の顔は、幼いころののっちだった。
「ねえ、それ、拾ってくれる」
幼いのっちはこちらへ向かって歩いてきた。のっちはヘルメットを拾い上げると、すぐそばまで来た、もう一人の自分に手渡す。3人は、言葉が出なかった。今ののっちと過去ののっちが並んでいる。
「お帰り、3人とも」
ヘルメットを受け取った少女がにっこりと微笑む。
「……そんなに不思議なことじゃないでしょ? 時間や空間なんて、本当はどこにもないんだから」
「……それは……これが夢ってこと……?」
のっちがやっと口を開いた。
「逆だよ」
少女の手が、部屋の中央にある水盆を指差した。
水盆から、ガラスを散りばめたような銀色に光る球体が、天井へ向かって浮かび上がる。頂点までそれがたどりついた瞬間そこから光が水のように流れ落ちた。それとともに、城は、透きとおる乳白色に塗り変わっていく。
「今まで3人が生きて送ってきたすべてが、夢だったんだよ。これからが現実」
3人の服もいつの間にか、銀色のドレスに変わっていた。
「今までが夢ってどういうこと……!?」
のっちが問う。
「この城の外には、色んな夢や幻がごちゃ混ぜに渦巻いてる。その力を借りて、3人で“世界”を作ったんだよ。今まで3人は、その“世界”で遊んでいただけ」
少女は、天井の球体を指差した。のっちが口を開く。
「あれが、“世界”……?」
「そう。3人が作った3人のためだけの“世界”」
そう言って少女は、のっちそのものの無邪気な笑顔を浮かべた。
「でも……!私たち今まで、普通に頑張って生きてきたんよ!」
あ~ちゃんが叫んだ。
「なんでも思い通りになんていかなかった」
かしゆかが言う。
「そりゃそうだよ。なんでも思い通りになるゲームなんて誰もやらないでしょ」
「ゲーム……」
のっちが呟く。
「のっちはよくわかってるはずだよ。まだ“世界”のゲームで、あのまま遊んでいたくて、何度も同じシーンを繰り返してたじゃない」
「……あれは勝手に……っ」
「自分でやっていたの、気づかなかった?」
「……自分で……?わたしが……」
のっちは“世界”を見上げる。2人も、同じように見上げた。
3人の体がふわりと浮かび上がる。そのまま移動して、3人が水盆の周りを取り囲む形になった。
3人は操られるかのように、無意識のうちに右手を天井へと伸ばしていた。
それぞれの手のひらから光が放たれる。
それは“世界”を優しく包んだ。

                              ○

のっちが目を覚ますと、城の中は暗くなっていた。
球体が光を発しなくなったせいだ。
のっちは体を起こして辺りを見回す。部屋には銀色のドレスを着た、のっちと、すぐそばに眠っているあ~ちゃんとかしゆか。3人だけだった。
(……私たち、いつかここに帰ってくるって、きまっていたんだね……)

のっちは心で呟くと、また眠りについた。



第7話『Butterfly』へ続く


――(セラミックガール)恋をしたいから
  (say love me girl)テレパシー信じて
  (セラミックガール)この気持ちだけは
  (It's brave new world)作り物じゃないでしょ――


第七話 『Butterfly』





「次は、どんな曲?」
透明のホールのような塔の部屋に、新しい音楽が鳴り響く。
それは初めて聴く曲だけれど、3人は当然のように歌い、ダンスする。
「今度の曲もいい曲じゃね」
「もう一回いっとく?」
のっちに肩を叩かれ、あ~ちゃんははっと、とび上がった。
「あ……うん、じゃね」
「どうかした? あ~ちゃん」
「疲れたんなら、ちょっと休もっか」
「……」
あ~ちゃんは、天井の中央にぶら下がっている、銀色の球体を少し見上げたようだった。
「……ううん、ちょっとぼんやりしとっただけ」
そう言って、あ~ちゃんはにっこり笑う。
また新しい音楽が、流れ始めた。

この、陶器で出来たような城が、あの“世界”を守っていることを3人とも、もうよくわかっていた。
ここで3人が歌ったり踊ったり、しゃべったりすることから起こる空間のふるえが“世界”でおこる出来事、あらゆる存在、そしてその思いのすべてなのだと。
“世界”は、天井にぶら下がる球体の中にあって、朝と夜を繰り返している。それとともに、城の中も明るくなったり暗くなったりするから、そのことだけが“世界”と3人がつながっていることを感じさせた。

「あれ?」
あ~ちゃんが声をあげた。
かしゆかとのっちが振り返る。
「向こうの方に、青い服の女の子がいたみたいに見えたの……10歳くらいの」
「やだ、あ~ちゃん、ここには私たちしかいないはずだよ」
「見間違いじゃない?」
「そうね……」
あ~ちゃんはもう一度、銀色の球体に目をやった。

                              ●

「視線?」
あ~ちゃんはのっちに、「そう」と頷き返した。
「こうやって“世界”を見つめているとね、向こうからも見つめられとるように感じるのよ」
「ふえ~」
のっちはよくわからないような相槌を返して、自分も天井の“世界”を見上げる。
三角座りで2人見上げていると、ちょうど下の階から上がってきたかしゆかが、くすくす笑った。
「2人して何しちょるん」
「なんかあ~ちゃんがねー」
その時、あ~ちゃんが突然立ち上がった。
「やっぱりいた!」
そう言って駆け出す。
「あ~ちゃん!? 何がいたって?」
「青い服の女の子!」
あ~ちゃんは塔の階段を下っていく。慌てて2人もそれを追いかけた。

階段の踊り場に、あ~ちゃんの銀色ドレスがきらめくの見つけて、2人は駆け寄った。
「見失った~…」
「ねえあ~ちゃん、ほんとに女の子がいたの? 私見とらんよ」
「のっちも~」
「いたんだけど……フッてここで、消えちゃった……」
2人は目を丸くする。
「消えちゃった?お化けみたく?」
「うーん、お化けかなあ……フワッて浮かんだらサーンて消えちゃったの」
「え~」
2人は首をかしげる。
「あっ」
またあ~ちゃんが声を上げた。2人はあ~ちゃんの視線の先をたどる。
城の扉が少し開いて、隙間から光が差し込んでいた。
「……! たいへん!」
「ね、見たでしょう!?」
2人が「え?」とあ~ちゃんを振り返る。
「扉の隙間から、女の子が覗いてたの、わかったでしょ?」
2人は顔を見合わせた。
「女の子は……見なかったよ」
のっちの答えに、あ~ちゃんはかしゆかに視線を送る。けれど、かしゆかも困惑顔で首を横にふった。
「ほんとよ、ほんまにいたんて……」
あ~ちゃんはそう言って扉に駆け寄った。
「あ~ちゃんだめ!」
開こうとしたドアを、寸でのところで2人が押さえた。
「開けたらだめだよ……」
「外は、いろんな夢がめちゃくちゃに混ざってて、迷ったらもう戻れないかもしれないところなんよ」
2人に諭されて、あ~ちゃんはうつむいた。
「……わたし、戻りたいよ」
「だったら、外に出ちゃいけんよ」
かしゆかの言葉に、あ~ちゃんは首を横にふる。
「元の、大学生で、テクノポップユニットのPerfumeに、戻りたい」
あ~ちゃんが言うと、2人はいっそう困った顔になった。
「……そりゃそうだけど……」
「……戻れんけえね」
その言葉に、あ~ちゃんがぱっと顔を上げた。
「それ本当かな?」
その目は真剣で、何か凄みさえ感じさせる。2人は勢いにのまれて、あ~ちゃんの目を見つめ返した。
「夢の中に、現実のお城がぽつんと建ってるなんて、なんか変よ」
2人は顔を見合わせる。そういえば、そうかもしれないけれど……それが夢か現実か、どうやって見極めたらいいんだろうか。
「何が現実で何が嘘かなんて、もうあんまりどうでもいいの。でもあの世界で見てきた、意地悪な人も大好きな人も、みんな嘘っこのゲームだったなんて思いたくない」
「……でも……じゃったらどうするの?」
かしゆかが問う。
「……この扉を開ける。そんで、あの女の子を追いかけてみよう」
「だって、全然別の、知らない世界に行っちゃう可能性の方が高いんよ!」
「それでも立ち止まってるより、迷っている方がどこかに進めるじゃろ。あの子が現れたのは、何か始めにゃあいけんって合図みたいな気がする」
黙っていたのっちが、ふいに2人の腕に触れた。2人はのっちを見る。
「……いいよ行こう」
「のっち!」
2人が同時に叫んだ。
「だって今までだって、前もなんも見えないけど、あ~ちゃんのポジティブを信じてやって来たんだもん。ここでぼんやりしてるの、なんかPerfumeらしくないと思う」
かしゆかが不安気に問う。
「けど、はぐれたりせんかな」
「手をつないでよう」
のっちが2人の手を取った。
自然とあ~ちゃんとかしゆかも手をつないで、いつもの気合い入れの形になる。
「大丈夫よ」
「はぐれたりしないね」
「……行こう。」
3人一列になって手をつないだまま、あ~ちゃんのもう片方の手が、扉を押した。

爪先からまっすぐに落下していくのがわかる。
周りはしばらく真っ暗闇が続いて、それからちらほら、蛍のような、小さな灯りが眼下に広がり始めた。3人の手は、つないだままだった。

                              ●

いつの間にか、足の下に地面があることにあ~ちゃんは気づいた。
「のっち! かしゆか!」
2人は突然起こされたみたいに、はっと目の焦点を合わす。
「あれ? ここどこ!?」
「なんかぼーっとして、くらくらしてる……」
そこは、暗い建物の中だった。周りを見渡そうと振り返った3人は、「あっ」と声を上げた。大きなステンドグラスの窓が、天井の高い左右の壁を飾っている。そこから差し込む光に七色に照らされて、十字架のキリスト像が闇にぼんやり浮かんでいた。
「ここ、教会?」
そのとき背後の扉が開いて、3人はびくっと飛び退いた。初老の女性が怪訝そうに3人を見てから、十字を切って奥の席へと入っていった。
3人は顔を見合わせる。あ~ちゃんが、黙って女性が入って来た扉を押し開いた。

それは、外国の町のようだった。3人は古い写真くらいでしか見たことがない雰囲気だ。ちょうど日が沈んだ頃だろうか。
黒い煙を吐き出す車が、人が歩くのと同じ高さのコンクリートの道を走っていて、空気が全体に灰色のような気がしてくる。けれど、広い庭にこじんまりとした家は、可愛い町並みだ。家の周りを色とりどりの電飾が取り囲んでいるのは、クリスマスが近いからだろうか。
3人は教会の外階段を降りて、道に立った。
その時3人のところへバイクが突っ込んできた。
「きゃっ」
階段の上に倒れるようにしてなんとか避けると、バイクから降りたおじさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫かいお嬢ちゃんたち!」
3人は起き上がる。なんともないようだ。
「大丈夫です」
「そりゃあよかった。すまんかったね。いつもはこんなことないんだが、お嬢ちゃんたちが全く見えなくて……俺も老眼かなあ。それにしても見かけない顔だね、どっからおいでだい」
よくしゃべるおじさんに少し面食らいながら、あ~ちゃんが答えた。
「私たち、人探しをしてるんです」
「何? そりゃ大変なこった」
本当はまず、ここはどこで一体いつの時代なのか知りたいのだけれど、そんなことを突然聞いたら怪しまれるに決まっている。
「青い服の、こんくらいの女の子なんですけど」
「う~ん、ローランドんちの末っ子はよく青いべべ着てるけど、ありゃまだ3つの赤ん坊だしな」
「3歳ですか! 可愛いでしょうね」
かしゆかがふいに口を挟んだ。
「いんや~、うちの孫なんかまだ1歳だからね。子供は小さいうちがうんと可愛いもんさ」
子供好きのあ~ちゃんが本気で話に食いつきそうになるより先に、すかさずかしゆかが、
「1歳ってことは、何年生まれ?」
2人はかしゆかをはっと見つめた。
「2008年だよ! 1000年代と2000年代だもんな、同じ人間とは思えんよ」
そう言っておじさんは豪快に笑った。3人は顔を見合わせた。
「ありがとうおじさん!」
3人が去ろうとすると、
「いやいや、待ちなお嬢ちゃんたち!」
あわてておじさんが呼びとめた。
「人探しなら集会所に行ってみたらいい。送ってってやるよ」
「いいんですか!」
「ああ、ぶっつけそうになったお詫びだよ。教会に届け物があるんでちょっと待っててくれ」
おじさんが袋を抱えて教会の中に入るのを見送ると、2人がかしゆかの肩をたたいた。
「かしゆか! グッジョブ!」
「でも聞いた? 500年前ってこと?」
「ひえ~! どうしよう!」
じたばたしているうちに、おじさんが戻ってきた。
「待たせたな、そこの荷台に乗りな」
バイクの横にくっついた荷台に3人が乗り込む。
「こんなに乗っちゃって容量オーバーじゃない?」
「なあに、いつもはお嬢ちゃんたちなんかよりずっと重いもん運んでるよ」
バイクは走り出した。風にはためくスカートを、荷台と自分たちの隙間にぐいっと突っ込む。途中通り抜ける大きな広場は、さすがに商店らしい大きな建物もあって、少し賑わっていた。中央には立派なクリスマスツリーが飾付けられている。
その時、あ~ちゃんは、ツリーの影に青い服の少女の姿を見た。
「……あ……!」
思わず立ち上がりそうになったあ~ちゃんを見つめて、少女は少し微笑んだようだった。そして、次の瞬間、バイクの前に躍り出た。
「うわあっ」
おじさんが叫んで、避けようとしたバイクが横倒しになる。
「……っきゃー!」
3人の乗った荷台は、バイクから外れて車道を勢いよく転がり、果物を積んだトラックの端にぶつかって、そのはずみで狭い路地へとふっ飛んだ。3人も荷台から投げ出される。うつぶせに倒れたまま、互いに顔を見合わせた。……3人とも無事だ。3人は立ち上がった。
路地をふさぐように、バラバラと果物が落ちる。その向こうで、おじさんが起き上がるのが見えた。どうやら、怪我はないようだ。
と、その瞬間あ~ちゃんは、自分のすぐ横をすり抜ける青いものに気がついた。急いで振り返る。
「待って……!」
2人もあ~ちゃんの呼びかけた先に目をやった。そこには、つきあたりの家から出てきた老人がいた。
「おじいさんその子捕まえてー!」
老人は目を丸くしてこちらを見た。その老人の横もすり抜けて、少女は彼が出てきたそのドアの中へ入った。
あ~ちゃんたちが老人のそばまで駆け寄る。
「あの、今家の中に女の子が入っていきましたよね?」
「うんあ~ちゃん、今のは私も見たよ!」
のっちが言うとかしゆかも頷いた。
「おじいさん、私たちあの子を探してたんです」
「女の子……?」
老人は3人を測るように見つめてから、すっと背を向けた。
「私には、青い蝶がまぎれこんだように見えたが……まあいい、入りなさい」

                              ●

本だらけの家だった。
3人にとっては本なんて中のデータを入れ替えるもので、大学の教授だって持っていて数冊といったところなので、こんなに大量の紙の冊子が集まっているを見るのは初めてである。
老人は黙って奥の部屋へさっさと行ってしまった。3人は奥へ入っていいのかわからず、本に埋もれて立っていた。しばらくすると、老人が戻ってきた。
「2階も見てみたが、女の子も蝶も見当たらなかったよ」
そういってから老人はすっと、大きくて薄い本を差し出した。
「私にはこんな蝶だったように見えたね」
表紙に鮮やかな青色の蝶が描かれている。金色がリボンのように散りばめられていて、そこだけ紙質が違うようだった。あ~ちゃんが思わず、その金色の部分に触れてみる。
「きれいですね……」
3人の時代の絵本は特殊なディスプレイに表示されて、もっとリアルに様々な色や形を表現できるものだった。でも、この紙の絵本には、それらにはない不思議な美しさがあった。
「気に入ったかね」
老人はそのまま絵本をあ~ちゃんに渡すと、ぎしぎし言う揺り椅子に座った。そしてこう言った。
「ところで、君たちの話している言葉は一体なんだ」
3人は突然の質問の意味がわからず、老人の顔を見る。
「英語ではない。しかし私は君たちの言葉を理解し当たり前のように会話している。テレパシーのような伝達方法を、脳の防衛本能が口頭の会話と錯覚させているのか?」
3人は答えられなかった。たしかに、外国人らしき人たちと普通に会話していたのに、そのことに今まで気づかないでいた。
でも、どうしてこの老人は、それがわかったんだろう。
「……どうやら、君たちにもわからないようだね」
「私たち、500年後の日本から来たんです」
あ~ちゃんが言って、2人は驚いてあ~ちゃんを見た。
「私たち元いた世界に戻りたいけど、方法がわからないんです。ヒントはあの女の子だけで……」
老人は眼鏡の縁の上からじっとあ~ちゃんの目を見つめる。あ~ちゃんも真剣な瞳で見つめ返した。すると老人は、ふっと笑ってそらした。
「未来からの来客か……これは私の夢かな?」
「え……あ、でも、これは私たちの夢のはずなんですよ?」
「……それでは私が未来人の夢に呼ばれたということか。しかしこの場合主語の変化に大きな意味はあるだろうか」
あれ? でも、夢には時間や空間が無いのだっけ? 3人も頭がごちゃごちゃしてわからなくなってくる。
「……あの、私、おじいさんなら、何かわかるかもしれないと思ったんだけど……」
「夢というのは、自分の思い通りになるとは限らないからね。しかし夢ならば、物理的要因よりも、君たちの心理的要因の方が影響を与えうるということは、あるかもしれない」
「……どういうことですか?」
「君たちが今いるのは、本当に2009年のアメリカ人の家か。君たちの夢ならば、もっと君たちにふさわしい場所にいるべきだろう」
「ふさわしい場所……」
視界が、ぼんやりしてくる。老人の顔が水の中のように、よく見えなくなる。
「その本は持っていくといい。唯一のヒントなんだろう」
老人がそう言った瞬間、目の前は水の泡のようなものに包まれて何も見えなくなった。

                              ●

あ~ちゃんは、草の上で目を覚ました。腕の中に蝶の表紙の絵本があった。
そこは、広い草原だった。遠くの方に地平線が見えている。すぐそばにかしゆかとのっちも眠っていた。2人を起こそうとして、あ~ちゃんは草の向こうに見覚えのある姿を、目に留めた。
「……う~ちゃん?」
う~ちゃんがいるっていうことは、ここは月なんだろうか。
近くに行こうと立ち上がって、そこであ~ちゃんはぴたりと動きを止めた。
――青い服の少女だった。少女はう~ちゃんに近づき、そっと抱き上げる。
「あなたは……」
少女はう~ちゃんを抱いて、こちらのすぐそばまで歩いてくる。あ~ちゃんはその顔を見て、はっと息を呑んだ。
「……やっとわかった?」
少女が微笑む。
「私はあなたよ」
その笑顔はたしかに、あ~ちゃんだった。
あ~ちゃんは黙ったまま少女を見つめ、それから少女の腕の中で動かないう~ちゃんを見つめた。
「……う~ちゃん、どうしたの?」
あ~ちゃんが問う。
「どうもしない。これは、しゃべり出す前の、ただのぬいぐるみだったう~ちゃん」
あ~ちゃんは時間がめちゃくちゃに混ざっている、と思った。目の前にいるのは、過去のあ~ちゃんと、それよりもっと過去のう~ちゃん。
「時間は最初から矛盾しているのよ」
あ~ちゃんの心を見透かすように少女のあ~ちゃんが言う。
「それは夢だから……?」
少女はうふふ、と笑った。あ~ちゃんの笑い方だ。
「夢と現実って、そんなに違うもの?」
「……どういうこと?」
「う~ちゃんの心は、あ~ちゃんの夢から生まれたけど、存在しているよ」
少女は近づき、う~ちゃんのふわふわの手を、あ~ちゃんの持っている絵本の表紙に重ねた。
「夢も現実も、『存在している』ということは同じでしょう」
う~ちゃんの手を、そこからそっと離した瞬間、表紙から青い蝶がふわりと舞い上がった。あ~ちゃんの目線は蝶を追う。
『たくさんの人の夢が混ざりあったら現実になるかな……』
そう言った少女の声にはっと振り返ると、あ~ちゃんの立つその場所には、もう草原はなく、少女もう~ちゃんもいない。
かしゆかとのっちがあ~ちゃんの足元で目を覚ました。
『ほら……3人の存在する場所は……』
声は頭上からした。そこには、青い蝶が一匹舞っている。蝶の羽から青い光の粉が3人の上に降り注ぐと、3人の服はキラキラ輝く、濃い青の衣装になった。
「3人の居場所……ライブ……!」
あ~ちゃんが声に出したその瞬間、目の前が眩しく輝く。スポットライトだ。

音楽と歓声が3人を包みこんだ。



最終話『Twinkle Snow Powdery Snow』へ続く


――(セラミックガール)恋をしたいから
  (say love me girl)テレパシー信じて
  (セラミックガール)この気持ちだけは
  (It's brave new world)作り物じゃないでしょ――


最終話 『Twinkle Snow Powdery Snow』






踊る、歌う。
一曲終わればまた次の曲が始まり、音楽は途切れることがない。
体は自然に動いて、不思議と疲れを全く感じなかった。
一瞬ごとに会場は膨張していくように感じた。
いや、錯覚ではない。どんどん大きくなっている。どんどん人が増えている。
なのに、客席の1人1人の顔ははっきり見えた。みんな知っている人たちだ。

――こうやって私たち、世界を作ったんだろうか。

そんな思いが3人の頭をよぎった。音楽はちょうど、3人が一点に向かって人差し指を伸ばしていく振りへ差し掛かったところだった。指が重なりあった瞬間、天井に輝く銀のミラーボールに、指先から赤い光が飛んだ。

                              ●

「神よ、今日も旅人たちをお守りください」
神殿の美しい女官たちが、声を揃えてそう言うと、集まった人々は皆深く頭を垂れた。
その時、女官の1人が突然ばったりと倒れる。神殿は騒然となった。
「皆、恐れることはありません!」
女官の1人が彼女に駆け寄りながら叫んだ。
「神の恵みが我々の上にあることの証が現れたのです!」
もう1人も叫ぶ。
「喜び、感謝しましょう!」
2人の言葉に、人々は歓喜に沸いた。

「…もー、また充電忘れたでしょう、のっち」
人々が去ったあとの神殿で、気を失っている女官の口に、1人が缶から何かの液体を流し込む。
「…ん~ありがと、あ~ちゃん」
液体を飲んだ彼女が起き上がって言った。
「人間みたく美味しいって感じれば忘れないんだけどねえ」
「だけど、そんな感覚があるから人間は愚かなのよ」
側で見守っていたもう1人が言う。
「かしゆかの言う通りよ。人間は大切だけど、私たちは人間より優れていて幸せなのよ」
あ~ちゃんと呼ばれた女官が続けて諭した。
「そうね。私たちは地上でもっとも優れた究極の集合知だもんね」
3人の目の中の黒がテレビを切ったように消失して、替わりにそこに数列が表示される。
「さあ、予言を告げましょう」
3人は祭壇の上に掲げられた、銀色に光を放つ球体を見上げた。

――これは、Perfume…?
――違う夢の中の私たち?
――また夢を見てるの?

集まった3つの視線から緑の光が放たれて、球体に飛び込んだ。

                              ●

1人の男が、ひざまづいて命乞いをしている。
「どうか命だけは……!」
「勘違いしないで」
彼のあごに長い銃のようなものを突きつけている、髪の長い女がそう言った。
「あなたに発言する権利はない」
隣で腕組みしているショートヘアの女も言う。と、その横で1人しゃがみこんでいた巻き毛の女が立ち上がった。
「おっけー! コイツの記憶はこれで全部よ」
その手の中の、小型アンプみたいな機械のコードがボタンでしゅるっと格納される。
「じゃあやるか!」
「ひぃ、お助けを…!」
髪の長い女が持つ銃が青白い光に包まれる。
「馬鹿ね。私たちは存在しないはずの存在」
「特殊調査部隊Perfume」
「姿はなく、微かに香るだけ。殺しだなんて跡の残る真似はしないのよ」
男が顔を上げた。
「それなら私の命は……!」
「記憶だけいただくわ」
音もなく男がその場に倒れる。
「きっちり40年分ね」

――ひゃー! かっこいいけど、これ私たち?
――これも別の世界のPerfumeってこと?
――違う夢の中には違うPerfumeがいるの?

「かしゆか、本部に報告」
「わかってるって」
巻き毛の女が何かボールのようなものを投げた。その銀色の球体に、銃から青い光が発射された。
「任務完了」
3人が声を揃えて言った。

                              ●

「じゃあ、かしゆかをデートに誘うってのはどうだ」
「無理に決まってんだろそんなもん!」
「賭けにならねーよ!」
カフェスタンドに不良少年たちが固まって話している。添加物たっぷりのホットドックと薄いコーヒーが味わえそうな、とにかく安いだけといった風情のこの店は少年たちの溜り場になっているようだ。
「じゃああ~ちゃんの尻を触る!」
「お前……のっちに殺されんぞ」
そう言って彼が取り出したタバコを、白い指がぱっと取り上げた。
「未成年の喫煙禁止!」
「あ……あ~ちゃん!」
オレンジのエプロンにミニスカートの制服をまとったウエイトレスが見下ろしていた。
同じ格好の別のウエイトレスが通りすがりに、
「吸うんならヨソの店にしてよ」
と言い放っていく。最初のウエイトレスも、タバコを手にしたまま彼女と一緒に奥へ入っていった。
少年たちはヒューと口笛で囃した。
「やっぱかしゆかはキツイなー」
「でもそのツンデレがいいんだよなあ~」
「確かになあ……って、のっち!?」
自分が相槌をうった相手を振り返って、少年の1人が驚く。
また別のウエイトレスだった。
「呼び捨てしない!」
のっちと呼ばれたウエイトレスは、少年の頭をお盆でパコンとやると、行ってしまった。
「のっちは相変わらずノリがよくわかんねえな……」
「……でも可愛いよな……」
そう言った彼の言葉に、少年たちは深く頷いた。

――今度の夢はウエイトレス?
――ねぇ、私たちどうしちゃったんだろう? 違う世界のPerfumeばかり見てる…
――私たち、どこにいるんだろう?

そう思ったとき、目の前に白いマグカップが置かれた。
「サービスよ」
見上げると、ウエイトレスのあ~ちゃんが微笑んでいた。
――うそっ私たち“ここ”にいるの?
カウンターのところから、のっちとかしゆかのウエイトレスも声をかける。
「外寒かったでしょう? 今日は冷えるね」
「見ない顔ね、どこから?」

マグカップを覗き込むと、ホットココアが湯気をたてていた。つやつやしたその飲み物の表面に、丸い灯りのようなものが反射で映っていた。赤と、緑と、青の灯りがくるくる絡み合って、虹色に光る球体になる。

――これは、“世界”…?

                              ●

気づくと3人は、闇の中に座って、虹色の球体を見つめていた。
「……帰るといいよ、あの“世界”に」
声のした方に、3人同時に視線を向ける。声の主は、銀色のドレスを着た10歳くらいのあ~ちゃんだった。
両隣には、同じドレス姿の、10歳くらいのかしゆかとのっちもいる。
「こうなるって分かってたよ」
「でも、おいてきぼりは寂しすぎたから」
3人は、幼い自分たちの言っていることがわからなかった。
「Perfumeはいつも新しい世界を生きてる」
「そのたびに過去の3人を過去の世界においていく」
「でも時々置いてきたものが懐かしくて、寂しくてたまらなくなる」
――それは……
3人は思った。それは、私たちがいつも感じている気持ち。
「本当は、いつかまた出会える日がくるって分かってるの」
「でも、寂しさがあんまり大きかったから」
「また一緒に遊べて楽しかったよ。これからはもう寂しくても平気」
幼い3人の姿が霧のように薄くなり、今にも消えそうになる。
「待って! あの、別の世界のPerfumeたちはなんだったの?」
かしゆかが消えかける姿に叫ぶ。
「私たちが過去の影なら、あなたたちは現在の影というだけのことだよ」
幼いかしゆかが答える。
「思い描いた世界は夢の影、実感する世界は現実の影」
「やっぱり、私たちが感じていることみんなゲームで、本当じゃないってこと?」
のっちが問いかける。
「何が夢で何が現実かなんて、誰にもわからないよ。大切なのは、「感じている」こと…温かさや、つらい別れや、大きな感動」
幼いのっちが言う。あ~ちゃんが、その言葉を反芻した。
「感じていること……本当のこと……」
「信じて、感じるの。夢を現実にするなんて、Perfumeには不可能なことじゃないでしょ?」
幼いあ~ちゃんの言葉がそう言ったとき、3つの銀色の影は完全に姿を消した。3人は思わず支えあうように、手をつないだ。
「……大丈夫。絶対大丈夫じゃけん。」

                              ●

3人は再びステージに立っていた。
こっそり、かしゆかが2人にささやく。
「夢みたいな景色……でも、夢じゃないんだね」
「これはもう、私たちには現実なんだ」
のっちが答えた。
「ほら、みんなの顔がよく見えるよ」
客席の人々の顔はPerfumeを見つめて輝いている。その上に、銀色の細かな粒がきらきらと舞い落ちてきた。皆自分の肩や手のひらに落ちたそれを見つめる。Perfumeの上にもそれは降ってきた。
「雪……?」
「でも、冷たくない……」
「見て、会場がこんなにキレイ……」
その瞬間、たった一瞬だけれど、全ての人が同じ気持ちになったという感覚が、会場を包んだ。

音楽が始まった。






Epilogue:『Puppy love』






いつもの喫茶店から出てきた3人は、ふとビルの壁の貼り紙に立ち止まった。
「迷い犬だって……見てこの写真」
かしゆかの指差した写真に2人は黄色い声をあげる。
「きゃあっブサイクちゃん!」
「可愛い~!」
垂れた耳に垂れたやる気なさそうな目尻、ぺちゃっとつぶれた上向きの鼻。ここまで来ると逆に愛嬌あって可愛く見える。
「見つかるといいね」
話しながら歩き始めた2人を、のっちが呼び止めた。
「ねえ……あれって……」
のっちの指差す先を見て、2人は「あっ」という声を押さえる。そこには、ベンチの下でべたっと寝ている、写真と同じ犬の姿があった。こちらに気づいたのか、片目を開けてチラッと一瞥すると、また閉じてしまった。
「うわっやる気なさそー!」
「でもこれならすぐ捕まえられそう」
「わんちゃーん、そのままね~」
3人はそっと犬に近づいた。
あ~ちゃんの手が今触れる、というところで、犬の目がかっと見開いた。犬は3人の手の間をすり抜けて駆け出していた。
「はっ……はやい!」
「どこいった!?」
キャンという鳴き声がして、振り向いた3人は唖然とした。まるで「鬼さんこちら」とでも言うかのようにキャンキャンとしっぽを振って見せる犬の姿。
「あ……あいつ~」
犬はくるっと向きを変えると、ダッシュした。
「こらっ待ちなさーい!」
3人も思わずダッシュで追いかける。けれど、当然犬の足の方が速く、角を曲がったところで見失った。
「あ~くやしい~、逃がしたぁ」
のっちの言葉にあ~ちゃんが笑う。
「ていうか完全におちょくられとったよね、私たち!」
「ワンコ遊んでほしかったのかなあ」
かしゆかの言葉に、2人も「そうじゃね~」と和みかけた時だった。
「あ!?」
かしゆかが声を上げた。視線の先を追うと、さっきの犬が、広場のベンチに座る男性の膝に乗ってくつろいでいる。
「あいつ~あんなところに!」
3人は駆け寄りながら呼び掛けた。
「すみませーん、その子捕まえといてくださいー」
ところが男性はピクリとも動かない。その間に、犬は3人に気づいて、彼の膝から飛び降りた。彼の座るベンチにたどり着く頃には、犬の姿は見えなくなっていた。
「あ~行っちゃった~」
その時、男性が初めて声を発した。
「あの……どうもすみません」
その声に3人は、はっと彼を見た。20代後半くらいの、なんとなく特徴の掴めない男。
「今、顔のシステム以外を動かせないようにロックがかかった状態でして……」
やっぱり、と3人は思った。この人、ロボットだ。
「なにしてるんですか?」
かしゆかが聞いた。ロボットは、少し困った笑顔を見せた。
「機密事項でして……それより、犬が交差点の角を北西に曲がっていきましたよ」
「はああっマジですか!」
「ありがとうございまーす!」
3人は駆け出した。
「あれ……?あのロボットさんって……」
「かしゆか、どうかした?」
「……ううん、たぶん気のせいかなあ」
(前に会ったあのロボットさんと似てる気がしたけど……なんでか顔思い出せないなあ……?)


Perfumeはロボットに言われた通り、交差点の角を曲がった。
「う~ん、やっぱりもういないかあ……」
「見失ったねえ」
そのときのっちが、
「あ~……っ」
とゆっくり前を指差した。
「また……っ」
犬は、サングラスをかけて黒い服を着た、3人のセクシーな女の人たちにちやほやされて抱き上げられていた。彼女たちは公営駐車スペースに大きなバイクを止めて、その周りに寄りかかっている。
「すみませーん!」
「その子迷い犬なんです~」
彼女たちが「え、そうなの?」と犬の顔を見ようとした瞬間、犬はそれまでの大人しさが嘘のように足をばたつかせて暴れだした。
「あっわっ!」
腕から飛び出すと、華麗に着地してみせる。
思わずPerfumeが「すごーい……」と声をそろえると、犬はこちらを見て、ふんっと鼻をならした。
「な、生意気~っ」
3人が追いかけようとすると、犬はまた嬉しそうにキャンキャンと鳴いて、駆けていってしまう。
「ごめんなさい、離しちゃった!」
サングラスの美女が声をかける。
「いえいえ、ありがとうございました!」
3人は走りながらそう答えた。
「あれ? 今の人たちって……」
「何? のっち」
「ううん、いや、なんでもない」
(『u』の3人組みたいな格好だったなあ……まあ、偶然か……)


犬を追っていくと、道が終わって草地が広がる場所に出た。手前にぽつんと、白い巨大なUFOを逆さに置いたような形の建物がある。
「わあ、なにこれ~」
のっちが驚いて声を上げる。
「これ、宇宙開発研究所とちがう?この近くにあるって聞いたよ」
かしゆかが言う。あ~ちゃんは
「こんなん初めて見るわ~」
とため息混じりに呟いた。
3人が建物に見とれている間、犬は広い草地に喜んだようで、ものすごい勢いでひたすら輪を描いて走っている。
「……やっぱりあの子、遊びたかっただけなんかもねぇ」
あ~ちゃんがそう言ったとき、自分の方に注意が向いたことに気づいたのか、犬が立ち止まった。
「お? こっち見とるよ」
「来るかな?」
「いや~来んじゃろ~」
ところが犬は予想外にも、こちらへ走り寄って来た。
「わっわっ、ほんまに来たっ」
「オイデオイデ!」
今にも3人の手の中に飛び込むかと思ったその瞬間、犬は信じられないほどのドリフトで向きを変えると、建物の中に駆け込んで行った。
取り残された3人は呆然と立ちすくむ。
「犬……あなどりがたし」
「何を言ってるんのっち」
「それより、《関係者以外立ち入り禁止》って書いてあるよ。どうする?」
かしゆかが入り口横のプレートを指して言った。
「う~ん、忍び込んじゃう?」
のっちが腕を組んだ隣で、あ~ちゃんが、
「え~? こういう時はこれじゃろ」
と言って押したのは、建物の壁になぜか当たり前のようにくっついているインターホンだった。
  ピンポーン ……
間の抜けた音の後に、入口の前に女性の顔の映像が現れた。マネキンみたいな美女の外国人だ。
「お名前とご用件をお願いします」
「あの、私たちPerfumeと申しますが、迷い犬を追いかけていたら、こちらの建物の中に犬が入っていってしまいまして……」
すると女性はすぐに対応してくれた。
「あらあら! わかりました。すぐに探しますのでそのままちょっとそこでお待ち下さい」
しばらくすると、入口の扉がブーンと音をたてて後ろへ下がり、ぽっかり口を開けたそこからさっきの女性と同じような、作ったみたいな美形の外国人男性が出てきた。
「この犬で間違いないだろうか」
そう言って男性が差し出したのは、子犬くらいの銀色のボールだった。
(……あれ……なんだろう、これ、見覚えがある……)
「あの……私たち犬を探してるんですけど……」
あ~ちゃんが戸惑いながら言った。
「ああ、だからこれだろう、君たちの探し物は」
「え……?」
あ~ちゃんの腕の中に、男性からそれが渡された。その暖かさにはっとして、あ~ちゃんは慌てて腕の中を見る。
垂れ耳の、鼻の潰れた犬が、世界一ブサイクな天使の寝顔で眠っていた。
2人を見ると、のっちもかしゆかも呆然とあ~ちゃんの腕の中を見ている。
「あの……ありがとうございます、ロボットさん」
あ~ちゃんが言うと、彼は顔色を変えた。
「とんでもない。私はロボットではないぞ」
3人は顔を見合わせる。
「そうなんですか? 声を聞いててっきり……」
その言葉を聞いて、彼は「ほう」と漏らした。
「我々研究所の職員は、必ず自分の住む星以外の星を、ロボットを遠隔操作して調査するように決まっているのだよ。私も妻もここでは仮の姿のロボットだ。しかし、声でわかるとは驚いたな……」
「へえー! 宇宙人さんなんですか? どちらの星から?」
あ~ちゃんが聞くと、宇宙人は一瞬あ~ちゃんを懐かしそうに見た気がした。
「……それは、明かせない決まりなんだよ」
宇宙開発研究所を後にしながら、3人は飼い主に連絡することにした。
「さっきの貼り紙検索するね……あ、あったあった」
のっちが携帯で調べている横で、あ~ちゃんが難しい顔をしている。
「あ~ちゃんなんかした?」
「う~ん、さっきの人……」
(あの横柄な話しっぷりとか……)
「いや、まさかね!」
「……えっ何が?」
「なんもない~」
「ねぇねぇ2人とも~!」
のっちが袖を引っ張った。
「このアドレスってさあ……」
のっちがディスプレイを2人に見せる。
「……あれ?これって……!」


「ありがとう! まさかPerfumeが見つけてくれるなんて~!」
そう言って3人と1匹を出迎えたのは、青い髪と青い肌のロイスだ。
「この子ロイス先生のとこのわんちゃんだったんですね~」
「そうなの、まだ飼ったばかりでしつけ出来てなくて、すぐ走っていっちゃうのよ」
そう言いながら、ロイスはあ~ちゃんから犬を受け取って抱いた。
「あ、それより!」
かしゆかがぐるりと家の中を見回す。
「ここが新居なんですね!」
「素敵なおうちですね~」
あ~ちゃんが言う。
のっちが2階との吹き抜けを見て
「天井たか~」
とはしゃいだ。その時、玄関から「ただいま!」という大きな声が飛び込んできた。
「スフィアが見つかったって!?」
リビングに駆け込んで来たのは呉君だ。実は、今年の4月に2人はめでたく結婚したのだ。
3人は呉君の言葉に驚いた。
「この子、スフィアっていうんですか?」
スフィア―つまり「球体」だ……。あ~ちゃんが2人にこっそり尋ねる。
「ねぇのっち、かしゆか……なんか思い出さない?“銀色のスフィア”がさ……」
「そうそう、銀色の球体!なんかあったよそういうの!」
「……でも、なんだっけ……?」
う~ん、と首をかしげる3人の手を、スフィアが舐めてくる。
「あんたあ~今さら甘えて~!」
スフィアは嬉しそうに、しっぽを振った。

2510年の、夏の終わりのことだった。



――絶対的な信頼と 対照的な行動
   絶望的な運命が ある日恋に変わる
   一方的な表現のツンデレーション キミが
   好き わかりにくいね puppy love――


おわり
アイドル探訪第2回。

disco_jacket_lrg11.jpg

かのAira Mitsukiを初体験してまいりました。

いや~可愛いかった~!
安っぽい衣装にPerfume完パクリの振り付けだった頃に比べれば断然可愛くおしゃれになりましたね。顔はけっこう、ほっぺが丸くてイモ可愛いんだけど、それが妙に金髪カツラともマッチしておしゃれです。
曲も普通にいい曲ばっかりですね。なんか新しいアルバムは、作曲やゲストボーカルとかもそうそうたる顔ぶれのようです。


しかし、この路線で大ヒットは難しいだろうな~とは思ってしまう…
別に大ヒットしなくても、いい感じでこの路線を続けていってくれたらいいんだけど、所属事務所のデートピアではつい最近80_panも解散に追い込まれてしまったので、どのくらい売れ線を望まれているかが微妙なところ。

おりしもミュージックマガジン8月号でまたまたPerfumeの特集が組まれ、安田謙一氏が「ガールズグループ」について語っている。その中で引用されているのが、レコード・コレクターズ誌86年9月号より、長門芳郎、小西康陽の対談。

以下引用---

長門「一人でデビューさせるにはどうかという歌唱力やルックスが、3人なら様になるみたいなの、あったと思う。」
小西「たわいなさ。」
長門「たわいなさ、だよね。(後略)」

---

Airaもわりとこの「たわいなさ」に属するタイプなんですよね……むしろPerfumeよりそうなんじゃないかと。強く印象に残るものではないけれど、料理しやすいルックスと歌唱力。

あと、曲もちょっとかっこよすぎるんですよね。
あんな歌詞に英語が多くて日本語もほとんど聞き取れない歌、そうとう他の要素にパワーがないかぎりヒットしないよね。

正直、新しくもないし。
今までグウェン・ステファニーとか小西プロデュースのガールポップとかで築きあげられてきた、すでにある「おしゃれさ」なんですよ。とても可愛いし素敵なんだけど、目新しくはないし、野宮真貴より引力あるかっていったら答えは明らかで。

今後Airaが生き残る道は私にはちょっと探せません。誰か見つけてあげてください。サバサバしたいい子っぽかったんで。(笑)

Aira自身が生で電子楽器を奏でるというのはなかなか魅力的だったけれど、楽器に注意が行き過ぎちゃってポージングのおしゃれさが保ててなかったのはおしいところ。あれがもうちょっと様になれば、いい感じだと思うな。
一番様になってたのはパッド型の電子パーカッションかな。あの時はちゃんと前を見て歌えてた。ワンマンライブではちゃんとドラムセット型のやつでやるんだって。性格に合っているのか、女の子にしてはかなり思い切りよくバシバシ叩いていたのが良かった。
Aira Mitsuki公式サイトでもドラムを叩いてるPVがストリーミング中。
http://www.airamitsuki.com/top.html


もっと楽器を自分でがんがん扱うようになって、ミュージシャン然とした人になっていけば生き残りも望めるかもしれない・・・などと考えつつ。



そうそう、CHIX CHICKSは8月にニュー「シングルDVD」発売だそうですね!
それに伴うイベントもきっとあるだろうと、今から楽しみです。
50-1.jpg
ジャケットを見るに、おしゃれでかわいいけどどうやらもうテクノ路線ではなさそう?
私が見れなかった緋子さんは療養のため脱退してしまったそうで(一時的な体調不良じゃなかったんだね…)、ほんとに色々スリリングなグループです。
http://www.chixchicks.com/index.html
大学の卒業生企画で、電子書籍に参加させていただきました。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~hyperballade/

こちらから誰でも閲覧・ダウンロード可です。
わたくしは、『黒い種』という作品を書かせていただいてます。

3つ上の先輩の企画だったんで、他の作家陣はみなさん大先輩ばかりでアワアワしましたが、
参加させていただいてありがたかったです。
実力派ぞろいなので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
超不敬虔キリスト教徒な私でも、たまにゃあ福音書くらい読みます(笑)
まあだいたい打算があって読むんですが。

でもやっぱり、そのときそのときで考えてることに対する答えが必ずあるんだよね。
不思議です。

偏向報道について怒り狂っていたのは数日前のことですが、そういえば、キリストも言葉尻をとらえてわざと捻じ曲げた解釈でもって中傷されることの連続だったんですよね。
いわゆる「律法学者とファリサイ派の人たち」というやからですね。

紀元1世紀の昔からこういうことはあったわけだ。面白い。


そんな中ですごいのが、ここ。

マタイ13-14
『あなたがたは聞くには聞くが、全然悟らない。
見るには見るが、全然認めない。
この民の心は鈍くなり、
目は閉じてしまっている。
それは、彼らが、
目で見、
耳で聞き、
心で悟り、
わたしに立ち返り、
そして、わたしが彼らをいやすことのないためである。』



なんかこれ、メディアに関わるうえでの教訓という気がして。
そうだ、ぜんっぜん理解しない人っているんだわ。
そういう人にはもう言葉じゃどうにも通じないってことを、聖書はすでに書いてるんだよね。
目からウロコ。

そして、守るべきおきては、


マタイ19-18
「殺してはならない。
姦通してはならない。
盗んではならない。
偽証してはならい。
父母を敬え。
また、隣人を自分のように愛せよ」


「偽証してはならない」だけちょっと浮いてると思いません?
ここにこれが入るのかー、と。
偽のあかしをしてはいけないんですよ。うん、すごい。



しかし読んでいて感じたんですけどね。

私は「言葉」というものが「真理」だとか「心」だとかと別次元のもので、だからこそ「言葉」は外枠しか伝えることができない。
本当のことを伝えようとしたら、物語や詩という形で遠回りするほかないのだと、そう思っていたんですよ。

しかし、本当は「言葉」の方が「真理」そのもので、私たちの理解力がそこに追いつかないだけなのではないか?と。私たちはいつも「言葉」を間違って使っているのかもしれない、なんて。
なにしろ、人間が言葉を理解する論理的なしくみは、いまだに明らかにはなっていないのだからね。



さて、明日は決戦の木曜日ですわ。
ドキドキする。スリリングだ。
神様ヘルプと言いたいけれど、まあ、みこころのままに、くらいのスタンスで。
これってそれくらいの感じで生きたほうがいいよってことだと思ったりする。「みこころのままに」。
トライアングル(初回限定盤)トライアングル(初回限定盤)
(2009/07/08)
Perfume

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やっぱりコンセプトアルバムだよなあ、これは。
前回の『GAME』より明確に。

んなこといいつつ、きっとこれから聴き込むほどにもっといろんなこと言いたくなるんでしょうけど、取りあえず今思った、今言いたいことを、今書くんだコラー!意気込んでまいります!
Take off!(はずかしっ)


まず驚いたのは、シングル曲が全部、アルバムで通して聴いたら印象が全然変わったこと。
アレンジを変えた『edge』と『願い』はもちろんのこと、『Take off』とつながってる『love the world』にはじまり、『Dream Fighter』、クライマックスの『ワンルーム・ディスコ』にいたるまで。
正直テレビに出演して何度もやるシングル曲は、私のような全部チェックする気持ち悪い人(笑)にはちょっと聞き飽きた感もあったので、この新鮮さはうれしかった。

おそらくヤスタカさん、『GAME』で味を占めたんじゃなかろうか。
ここまで世間に出回りまくって、アルバムを買う人のほとんどがもうすでに知っている曲を、生まれ変わらせる面白さ。それは彼にとっても、『GAME』が初の経験だったのから。



で、その変わった印象のことなんですが、もう完全にアルバムのコンセプトに組み込まれていて、非リアルな人たちの架空の世界の歌に聞こえるようになった、と、まとめて言ってしまうとそうなります。

『GAME』のときも私は、アンドロイド・シスターズやDOOPEESに比較していたんですが、今回はよりその傾向が強くなったように思う。
3人がよりキャラクター化されている。
実在のPerfumeとは異相の、架空のPerfumeが曲の中にいる。

ザ・ベスト・オブ・ジ・アンドロイド・シスターズザ・ベスト・オブ・ジ・アンドロイド・シスターズ
(2004/11/10)
アンドロイド・シスターズ

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80年代にアメリカで大ヒットした、SF大河ラジオドラマ(ってなんだ?)『RUBY』の中で、とくに人気を博したキャラクター、サーカスの花形スター「アンドロイド・シスターズ」の登場シーンをまとめた音楽集。

  
DOOPEE TIMEDOOPEE TIME
(1995/10/20)
DOOPEES

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上のアンドロイド・シスターズにインスパイアされてヤン富田が作っちゃったロリポップ音楽劇。主人公のキャロライン・ノバックが、大人の声を加工した実在しない女の子だという事実は、多くの夢見るおっさんにショックを与えたとか与えないとか



たとえば冒頭、

『Take off』→『love the world』は、
アンドロイド・シスターズで言うところの「This is Angel.×2 We are the Android Sisters.」のくだりだなあ、と思う。

「どうやらこれから、お話が始まる(離陸)みたいです」というひそやかな期待感からはじめて、
「こういう世界の、こんな女の子たちです」という自己紹介。
『Take off』のせいでイメージはだいぶSFチックで機械的。そのうえでの『love the world』の歌詞は、ちょっと冷たそうで高飛車っぽいけど、本当はやさしくてキュートな女の子たちを印象付ける。
これがプロローグ。

で、『Dream Fighter』が本編のオープニングテーマだ。
となるともちろん『edge』から本編。

しかし、前作と違う点は、『GAME』はかなりわかりやすい2部構成だったんだけれど、今回は連続モノではなく一幕モノと捉えられそうな感じだ。
そのへんはやっぱり、前作より今作の方がアンドロイド~とかに似ている。

そして面白いのは、一幕終えるごとにエンディングテーマ?っていうよりカーテンコール?があること。落としどころっぽい曲が、うしろを支えてくれる感じがあるのだ。2個イチって言ったら変かもしれないけれど…

『edge』には、『NIGHT FLIGHT』
『Kiss and Music』には『Zero Gravity』
『I still love U』には『The best thing』

そんな感じでひとしきり、宇宙空間でクールでキュートな3人組が遊びまわったら、

『Speed of Sound』

3人はどこか遠くへ、帰っていってしまうようです。

そして大団円、『ワンルーム・ディスコ』

遠い空の向こうの「キミ」を思うけれど、その3人の姿はあかるい。気分はかるい。(笑)
で、ここで終わりで本当は良いはずなんだけど……

『願い』は旅路を振り返る感動のアンコール。
こういうサービスがとってもPerfumeらしいと思うんだよね、本当に。

そういえば『願い』は中田ヤスタカが代々木ライブで見て感動して急遽アルバムに入れることになったって風の噂で聞いたんですが、ほんとかな? 本当だったらすごいな。ソース求む。


しかしPerfumeの場合、これだけコンセプティブな内容でも、アンドロイド~やDOOPEESのようにセリフとか、説明的な歌詞とかいらないんですよね。
なぜかというと、Perfumeという女の子たちが実在するから。

やっぱり、容姿っていうのは大切なんですよね。それが良いか悪いかという話よりは、顔が有るか無いかの時点のことで。
顔は一種のアイコンで、存在するというひとつの目印なんだと思う。
アルバムの中に登場するのは架空のPerfumeでも、Perfumeって女の子たちは確実に存在するということ
が、説明不要のこの奇跡的状況を生み出しているんじゃないか。


ところでもう一つ気になることがあって、Japan Countdownの番組内でも言われていた、歌い方が明快になっているという話なんですが…

『Zero Gravity』にびっくりしたんですよ。
今まで、過剰なほどに抑え込んできた感情表現が、すごく気持ちいいバランスで入ってるんですよね。とくにこの曲の、あ~ちゃんの声と歌い方。

たぶんこれもう、無理に抑える必要がなくなったんだと思う。
今は、ヤスタカの音楽は彼女たちの体に自然に取り込まれて、自然な形で表現される
「不自然で過激な表現」が消えたので、もうわざわざ抑える必要もないってことだ。
ヤスタカも、今まではこういう複雑な音程の変化はとくにエフェクトをきかせていたのに、この曲ではほとんどあ~ちゃん自身の技術力にまかせている。


しかし、この表現豊かな歌唱と反比例するように、キャラクター化、記号化されて、彼女たち自身とはかけはなれていくアルバムの中の主人公"Perfume"。
歌い方が豊かになった一方で、誰の声だかわからないほど、ロボット的なエフェクト声になっている部分もある。

この反比例は、完成された作り物であるほど、作り手のヤスタカも表現者であるPerfumeも、クリエイティブになっているということを感じさせる。
同じJapan Countdownのインタビューで、「今回一番中田さんが人間っぽかった」とか、「指示がたくさん出た」、「よく笑ってた」、Perfumeとヤスタカの「やりとりが多かった」……といった話があった。
つまりPerfumeとヤスタカは、クリエイティブとして一緒に作品をつくっていくという、より人間的な関係に近づいてきたんじゃないだろうか。

いや、この2者だけじゃない。チームPerfume全体のことだ。
バラバラの方向からやってきた寄せ集めチームPerfumeが、ひとつの形に固まってきたために、今までで最も完成された「作り物の世界観」、「作り物の女の子」が出来上がった形だ。


よく一般に描かれるヤスタカ像として、音楽へのこだわりが第一で、人の声は音で遊ぶための材料、みたいなイメージがある。
しかしこの『⊿』……とくにアレンジバージョンの『edge』と『願い』を聴いていると、彼には、少なくともPerfumeにおいては、音楽的表現のこだわりよりも、もっと優先すべきこだわりがあるように思えてくる。
『edge』も『願い』も、どう聴いても、アルバムのコンセプトのためのアレンジを施されていると思う。
それは、1曲1曲の音楽的な面白さより、全体のストーリー的な面白さを最優先しているようだ。



これには、もしかしてPerfumeのライブパフォーマンスが大いに影響しているんじゃないかと、考えさせられてしまう。
だってアルバムで『edge』を聴いてから、初回版特典のDVDで、代々木ライブでの『edge』のステージパフォーマンスを見てみてほしい。どうも、このパフォーマンスにインスパイアされたとしか思えなくなってくるのだ。
というかアルバムを通してイメージされるアンドロイドのような架空のPerfumeは、ライブステージでのPerfumeから想起されたんじゃないか?なんて思えてもくる。
もうどっちが先でどっちが後かなんてわからないけど、ステージを作る「チームPerfume」と、音源を作る「チームPerfume」、そして核となる彼女たちPerfume、みんなが見ている方向がひとつに向かってこれが出来たってことなんじゃないだろうか。



(余談)
だからね、いい加減あ~ちゃんがアルバムに不満を持ってるなんてガセニュースを信じている人たち、ほんとどうにかしてほしいよ。
荒しならいいんだけど本気っぽいから怖いわ。

でももうそこまで判断力のない人はこれからのPerfumeにはどんどん置いていかれるだけなのかもね。
これからPerfumeがどう変わっていくかは本当にまだ誰にもわからないけれど……未来の話をすれば、もっと自由にいろんな遊び方ができるようにはなるだろうな、と思っているけれど。

いつまで、どこまでわくわくしていられるのか。どこまで求めちゃっていいのか。

ま、その辺は今はまだ置いておくとして、とりあえず、アルバム、みんな聴きましょ。
Perfume / 『⊿』

・・・何このアルバム超楽しいんだけど!どうしよう!
きゃあ!


・・・としかまだ言えないですよー(笑)


新しいストーリーはどうやらSFのようです。

会社の昼休みに、地元のタワレコで予約したことを激しく悔やみましたが、帰りに無事ふらげっといたしました。残業のバカー!


ひとついえることは、ヤスタカさん、妄想炸裂だと思います。
edge(⊿-mix)を聴いててとくに、そう感じました。


ああ、新しいストーリー、どうしよう。ストーリー考えずに、いられる?これ。わくわく。




有言実行じゃないですが、GAMEの方の小説を、⊿の1位獲得(と決め付けている)あたりに完成させて、mixiからこっちに移そうかと思っております。
遊びで始めたつもりが、自分でも予想外にすごい楽しくなってきちゃったり、Perfumeファン仲間さんたちにびっくりするぐらい楽しんでいただけたりしたので、恥をしのんで晒そうと思います(笑)

もー。最近Perfume関係と小説のこと考えてるとき以外生きてる気がしないね!
これでWaTが活動再開してくれたら生きがい増えるのに(笑)
ミーハーですみません。ジュブナイルのように美しい少年少女が好きなんだ!(きもい!)
「恋して音楽に深みを」=長官表彰で辻井さん-文化庁

7月6日17時12分配信 時事通信

 米国のバン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さん(20)が6日、文化庁で青木保長官から国際芸術部門の表彰を受けた。同部門の長官表彰は6人目。表彰後、「もっと人生経験を積んで、深みのある音楽をつくっていきたい。恋をしたり本を読んだり、積極的にしていきたい」と抱負を語った。
 辻井さんは「移動のときなど声を掛けてくださってうれしいが、優勝の重みも感じている。友達と気軽に食事に行けなくなった」と、生活が一変した様子を明かした。音楽で子どもたちに伝えたいことはと聞かれると、「楽しんで聴いたり、演奏したりしてもらいたい。同じ障害を持つ方たちに勇気を与えたい」と答えた。

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3年ほど前に辻井さんのコンサートに行って、2005ワルシャワ国際コンクールの演奏CDを買ったのが最近のじまんです(笑)

いやほんと、初めてテレビで見て知ったときはまだ彼が中学生のときだったし、コンサートのときも17歳とかで。
私の中では「少年ピアニストの辻井くん」だったので、「辻井さん(20)」っていうのに驚いちゃったりしました。

まあそんなことはどうでも良くて、この記事を見て、美しい音楽をやる人の言葉はやっぱり美しいな、と思ったって話です。


彼の演奏は、昔よりきっとすごく表現力は増しただろうけれど、ずっと変わらないのは、「少年らしい」ところだと思っています。
ピュアで頼もしい。
彼の闇の世界にはキラキラと無数の星が輝いているはずだ。


きれいごととか言うけれど、希望と勇気はやっぱり大切だと思う今日このごろ。
あまりの目の疲れに会社を欠勤した。
言ってしまおう。あんな会社、行きたくない。
長文書くから、テキスト領域広めで字が読みやすいのがいい…

でも私好みのかわいいのがいい…

と思って選んだらものすごく季節はずれのテンプレートになってたんで、探して新しいのにしました。

リキッドデザインではないけど、わりかし長文でも読みやすいんでないかと。
リキッドのかわいいテンプレもっと作ってくんないかなあ。