11/21、渋谷DUO、CHIX CHICKSワンマンライブ『Break up to make up』です!!

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(写真・川崎ハロウィンイベントより)

思っていた以上に、超~楽しかった!!

とくに印象に残ってるのは、ジャズCHIX『lullaby of birdland』のハーモニーが超キマってたこと…『ちょっとだけ』のダンスがとても良かったこと…『愛のふるえ』白鳥・岩城バージョンが新鮮でよかったこと…あと、白鳥リーダーのおもしろトーク(笑)。

そしてなにより、新メンバーのユンジンちゃん、韓国から来た18歳!
もうライブ中盤から参加して、日本語の歌詞もしっかり歌っておりました。
年齢が舞ちゃんと同い年なのも、身長・ルックスも、4人の誰ともかぶらない真っ直ぐで力強い歌声も、今のCXCに、本当に最適な子だと思います。

しかし、ひとつ気になるのは、韓国から来てまだ間もなく日本語も勉強中だそうで、ずっと日本でくじけず続けていけるかなあ、18歳で…っていうところが。
と、思っていたら、今日いろんな記事見て回ってたところ、どうやらCXCの事務所の先輩ユンナの妹らしいという噂が!

ユンナ・ほうき星(youtube)

日本語ペラペラでメジャーで活躍してるお姉ちゃんが日本にいるなら、かなり心強い!
ていうかCXCじたいのメジャー化の足がかりにもちょっと心強い!(笑)

メンバーの脱退もあって大変だった中、ようやく新メンバーを入れての再出発。
最後に一人ひとりメッセージを語るときには、リーダーりなちゃんが涙して語れなくなっちゃう場面も。照れ屋のりなちゃんらしく、後ろ向いて泣き顔を隠してました。

涙のとき以外も、歌っている間ずっと、メンバーみんなの目がキラキラしてて、ほんとに素敵な表情をしていて。良いグループだなあ、と思いました。

CHIX CHICKS『Break up to make up』・PV

思ったんだけど、アイドルの何が良いって、この可愛い若い子たちが、協力してひとつのものを作り上げるために、一生懸命みんなで練習して技術を磨いてやってるところなんだよね。
そういうレッスン中の一人ひとりは、公に見せてるアイドルの顔ではない、素の自分なわけで。
素の自分をつき合わせて何かをやってる連帯感があるっていうのが、「仲が良い」とかいうレベルじゃなく、なんかいいんだなあ、と。
全盛期のモー娘。なんて、今のモー娘。よりキツそうな子多くて性格合わなそうな雰囲気もあったけど、一つのものをみんなで作りあげてる連帯感はすごくあったなあ、と。


とは言っても、今のCXCはみんな性格の穏やかそうなおっとりした子たちで安心ですけどw
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アイドル探訪もう第6回。

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ニュー・ミニ・アルバムの発売イベントに行ってきました♪
しかし、スピンオフしてた「ちょっとだけ」のPV見てちょっとだけ(笑)不安がありました…

PVの一部(下の方にあります)

え?舞ちゃん完全メイン化?と。

いや、私の勝手な好みなのかもしれないけど、CXCはそういう方向性じゃなかったやん。
歌唱力高い子1人がメインはってるガールズグループだったらけっこう腐るほどあるじゃん(しかもそういうグループ微妙に売れないで終わるパターン多いし…)。
あとPVもBreak up to make upの方がお洒落で可愛かったかも(´-`;)
しかし、白鳥吏南ちゃんって実物とってもスタイル良くて美人なのに、PVやジャケだといつも損してる感じ;なんであのサラサラストレートヘアーをわざわざ巻いたのかナゾだよ。(ぐちぐち。)

で、実際ライブ見たら、もう一曲のオリジナル新曲「恋するサタデー・ナイト」もかなり舞ちゃんメインな曲だったんで内心ひやひやしてたら…

リーダー白鳥さん「重大発表があります!」


…え!?

新メンバー加入ですとーー!?(゜ロ゜;

ななな、なんですとおー!?



…となるとまた事情が違ってくるぞお。

そんでおうちに帰ってCD1枚通して聞いてみたら、舞ちゃん完全メインは6曲中2曲だったんで、そんなに方向転換したというわけでもなさそう。

というかむしろ、このミニアルバムって新メンバー入る前に、レコーディングした曲精算するために急遽作ったんじゃ?
何しろ「Ain't No Mountain High Enogh」、「Miracles」、「Break up to make up」、「さよならは言わないで」の4曲には、7月に病気療養のため脱退した松原緋子さんらしき声が入ってるんだよね。

それらの曲を片付けるにしても、1曲だけオリジナルであと3曲洋楽カバーじゃあれだからってことで、オリジナル2曲を手っ取り早く舞にほとんど歌わせてCD作っちゃえ!みたいな…?


まあ、憶測はとりあえず置いとくとして、新メンバーは21日のワンマンライブで初登場するそうです。

…それってもう普通に5人でステージに立っちゃうってこと?
それとも最後の方でちょこっと歌ったり?もしかしてお披露目だけで歌はなし?
はああー!気になります!

ていうか、何歳の子なのかがリアルに気になるわw
舞ちゃん(17歳)より年下ってことないよね…かんべんしてくださいよ、工藤さん23歳ですよ^^;
そうなると工藤真由ちゃんが卒業フラグ立つよ!(汗)そりゃ真由ちゃんアニソンと声優で1人でなんとかなりそうな気配あるけど…


まあ、なんだかまだいろいろわかんなくて、そわそわです。
もースリリングだわあ、この子たち。
それにしても白鳥さん歌うまくなったねえ…低音が心地よいです。アカペラだとベースしかやらせてもらえないけどねw

あまりにも普通すぎるブログ名で検索しにくすぎたので、変えてみました。

「さんぽ」から、

「どこへさんぽ・なにをさんぽ」に


「さんぽ」は数年前に自分が書いた、いろいろと思い出深い詩ですが、いつまでも過去をひきずるのもなあ、と思いますし、未来へつなげていけるものにしないとなあ、という意味をこめて。
まあ言うとりますけど思い付きですが(笑)
もう先月のことになってしまいますが、「フリーターズフリー」という団体で活動し、「女性と貧困ネットワーク」の呼びかけ人にもなっている、栗田隆子さんという方の講演を聞きにいかせてもらいました。

これはカトリック主催のイベントで(栗田さん自身もカトリック信者)、それゆえにタイトルは『信仰・労働そして社会』となっていたんですが。
これが、現在私自身が感じている、また私の同年代の友達の間でも常に感じる、労働に関する疑問とか、不安とか、いきどおりみたいなものを、ぴたりと捉えてくれていたんですよね。
ああ、やっぱり動いてる人は違うんだな、すごいな、と思ったけれど。


で、記録を取らせてもらってたんで、仕事のうえでは必要なかったんだけどほぼ全文書き起こしてみちゃったりして、文にしてみると、やっぱりかなり面白い。
これ、ちょっと私の友達の間とかで気になる人に読ませてみようかな、などと思っていたり。


まあそれで全文をここに載せちゃうのはさすがにまずいんだろうけれど、ちょっと「これは」というところを紹介させてもらいます。

***

安定した生活、自分の中のこうありたいと思う生活を歩むこと、そこで拠り所を見出すっていうことは普通の人がしている、普通にやっていることだと思う。
だけどむしろ、聖書においては不安定な生活を神は求めているようなところが多々ある。安定した生活、自分がこうあってほしいと思うものではないところに、常に呼ばれる。

本当に不安定であるということがそんなに、―不便であるが、悪いことなんだろうかと思ったことがあります。

私たちはともすれば「不便」なことを「悪」だと思い、「便利」なことを「善」だと思って、勘違いして生きているところがあるんじゃないか。
だからこそ、「フリーターは甘ったれている」だとか「自己責任だから仕方ないだろう」とか。
「自己責任」って言いたいのは、そういう生活を「悪」だと人々が思っているからなんじゃないか。貧しくて不便な生活を「悪」だと思ってる。そこは切り分けた方がいいんじゃないか。



私にとって労働というものが、怖いものだったんです。
使い捨てにされるか、正社員であっても過労死するまで働かされるか。そういう極端なイメージを労働というものに持っているところがあって。

労働が怖いという恐怖感が、わかるっていう人が、私ぐらいの世代にとても多かった。個々人の感情のレベルのように思えて、実は社会構造的な問題。

やっぱり、人の目も怖いし、働く場所、人間関係も、本当に些末なことで悩まされているけれど、フタを開けるとみんなそういう些末なことで悩まされている。そういう狭い世界で生きさせられている。電車で人身事故が週に三回くらいはあって、そういうときの人々の冷たい感じを見るだけでも、かなり生きていきたくない。自殺してなおこの視線で見られると思うと、なんかもうたまんない。
労働が怖いっていうかこの社会が怖いし、生きている人間が怖い。今の社会がどんな社会になってるか、私は自分の感情を通してちゃんと伝えなきゃいけないと思った。
同じような悩みを抱えてる人がいっぱいいて、それを無かったことにして、会社や家族の中で悩みや苦しみを伝えないで生きている。

***


前半の部分は、わたしは「そう、それだよ!」と叫びたくなったようなところで。

講演の後のほうでまた別のかたちでも栗田さんは言っているんですが、生活が不安定だったり、病気や何かで弱ったり、そういう「弱者」になる状況を、この社会は「悪」としていて、それは「必然」であることを認めていないと。

人間ってものは病気にもなるし、老いるし、妊娠中や子育てしているときは働いてお金を稼げなくなるし、働きづめなら体や心が弱る。
それは誰にでもありえることなのに、まるで恒常的な「強者」と「弱者」に社会が分断されているようなこの雰囲気というか。「勝ち組」「負け組」とかね?それが変動的なものだっていう認識がないから、こんな変なことになってんだなあ、と。
将来のことを考えて安定を目指すのも大事だけど、人生が人それぞれなように、生活の成り立たせ方だって人それぞれで、何がだめとかって、社会が決めるものかなあ、と確かに思うし。


で、後半は、私にとってはけっこう衝撃的でした。
こういう「活動家」みたいな人で、人の前で発言する人で、こんなネガティブな気持ちを言っちゃっていいんだ、肯定しちゃっていいんだ!って。
「生きていきたくない」、
と思った気持ちをはっきり言っちゃえる。
でも、それを言っていくことこそ彼女が大事だと思ってることなんだ、とわかって。

前々からね、思ってたんですよ。
人間って、労働でも心労でも、許容範囲を越えるとおかしくなるものなんだ。個人の弱さとかじゃなくて、人間ってものがそういうふうに、休まなきゃいけないように出来てるんだ。でも、日本の今の社会は十分な休息を取ることをほとんど許さない社会だなって。

だから、個人の弱さのせいにしちゃいけないんだ、これ本格的に。
何かおかしい、私の周りの人が責められなきゃいけないのはおかしい、っていう実感がたしかにあるもの。
たとえば「仕事がつらい」って言っても、言いながらもがんばって割り切って働いている人に対して、「つらいというのは甘えだ」とかいう雰囲気があるじゃない。なんなんだろうこれ。

なんかねえ、どうにかしなきゃいけない、はっきりさせなきゃいけないって、思い知らされた気がした講演でした。
とりあえず、プリントアウトして個人的な友人たちに配ってみるかな。

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