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腐女らNight Live-Z 2010~Golden Expeience~

次の日が出張で5時起きというリスクにも負けず行ってきました。

だって!腐女子が!腐男塾が!好きだから!!
そして新メンバー&新入部員が気になりすぎたから…

いや…やっぱ724・腐男塾は、7人が良いですね。
7人で踊っている姿を見て、ウルウルきてしまいました。

そしてなんかパフォーマンスの完成度もすごい上がってた!
724のフーフーとかハニービーも良くなってたし、新メンバー瀬口かなちゃんを入れてのGO!FIGHTは本当にちょっと泣けた。
かなちゃん歌ったパートは歴代黄色メンバーが歌ってたところだけど、「あ、UFO飛んできた」とか「ここはどこ私はだあれ?」とかヲタ属性ミステリーのかなちゃんにぴったりの歌詞で、言い方も若干ミステリーっぽくなってたw
UFOでテンション上がってるwww

そして腐男塾の瀬斗光黄くん!ぎゃはあああイケメンすぐるwww!!
そして腐器の「黄銃キャリオン」でけえw
さらに光黄くんも入って新曲「無敵!夏休み」が…神曲きたこれ。フリは今までで最も激しいって言ってたけど、ほんと良いフリだと思いました。なんか思い出してもぐっとくる。2人ペアでやるところとかがすごい楽しそうで…

やっぱりね、パフォーマンスしてる本人が幸せそうだと、こっちもたまらなくなる。
一緒にいて、グループでいて、何かを作り出してることが、本当に幸せなんだろうな、と感じさせてくれました。

あと、やっぱりみんな発声が良いですよね、このグループは。
歌手をめざしてレッスンしてきてるような他のアイドルに比べて、音程の部分では劣っても、声の土台はすごくしっかりしてて、こんなに声が出るアイドルあんまりいないと思う。他のアキバ系アイドルのアニメ声と格が違うのはこの発声の良さじゃないかと。今回、さらにそれがレベルアップしたように思いました。


ところで、最近アイドル論の連載をしてて、AKBやモー娘といった王道アイドルをスルーしてることに、何か言及した方がいいのかなって気持ちもちょっとありまして…
けして嫌いなわけじゃないし、AKBとか見ててもあの子たちは本当に頑張ってて、素晴らしい子達なんだろうと思うんだけれど、なんだかつらいんですよね…

企画者側の大人たちが、彼女たちの本気を上から見て「面白がってる」ような感じをどうしても受けてしまうんですよ。メディアもそれを受けて、必死でやっているのを面白がる目線で映すような。かつてのモー娘のメンバー間のライバル関係とかも、そんな感じでしたね。AKBは互いに敵意より仲間意識が強い分、さらに残酷っていうか。
たしかに「本気」とか「必死」って視野が狭くなりやすいもので、そこを客観的に舵取りしてやっているつもりかもしれないけれど、メンバーが気絶するほどのショックを与えるようなことが、「お前たちのためだよ」と言い切れるほど、あんたらの判断力は確かなのか?そこまでしていいほどエライ能力持った人間なんているか?と。
どうして本気に本気で返すことができないのか。かっこ悪い大人が「別に自分たちはアイドルに夢中になってるわけじゃない、商品としか見てない」って照れ隠ししてるみたい。実際はもっといろんな大人の事情があるのかもしれないけどさ…

企画者がそうであるだけならまだしも、メディアもそれに動かされて彼女たちを本気で取り合わないような雰囲気があるから、そこに「アイドル」だけがなしえる可能性を企画者が自ら潰してるような感覚を受ける。
きっと彼女らの中にはそれも承知で、それでも這い上がろうと努力してる子も多いんだろうけれど、ちょっとライブDVDなんかを見るには、私には重過ぎるんです。
アイドルに本気だからこそ…って言ったらずるいかな。AKBヲタを否定するわけじゃないんですけど。むしろ本人たちに対してはたくさん応援してあげてほしいし。


前前回の腐女らナイトでジャジィはなわが「ほんとに腐男塾っていいでしょ?ねえ!?」みたいにちょっと素で(笑)客席に問いかけてたところがあって。
彼は本当にこのグループとメンバーを尊敬しつつ愛してるんだと思った。
新曲出るたびに、前よりももっといい曲になっていて、本気で取り組む人たちに本気で返し、さらにそこにもっといいものが生まれていく美しさを見る気がしています。それこそがアイドルのなしえる業なんだと思うんです。


(mixiへ転載)
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↓以下転載↓

=====『外泊』観て外泊しましょ!===== 

にちじ:4月30日(金)19じより 映画のあと、みんなでトーク
ばしょ:宮下公園(渋谷駅より徒歩5分)


上映:『外泊(Weabak)』
  キム・ミレ監督 韓国/2009年/73分/日本語字幕付/日本語字幕制作:FAV 連連影展

女は来い! ともだち連れて来い!

 映画『外泊(Weabak)』は、超大型スーパーマーケット「ホームエバー」ではたらく非正規・正規労働者の女性たちが、レジ前や売り場に毛布を敷いて泊まり込みのストを行なった510日間を記録したドキュメンタリー。各地で上映され話題を呼んでいます。
 ナイキ公園化に向け渋谷区が工事強行を予告、「公園はみんなのものだ!」と駆けつけたいろんなひとが入れ替わり立ち替わりスクウォットしてる宮下公園で上映会やっちゃいます。みんなで『外泊』観てトークしましょ!

※  お茶は出しません
※ ごはん持ち寄り
※ 子守りアリ
※ ノートテイクなど必要な方、ご連絡ください☆  anarchy.hole☆gmail.com (☆を半角@に直してください)

※ 宮下公園は駐車場の2F &陸橋もあるおもろい公園。真ん中にある陸橋の下あたり、線路沿いに(タワーレコードの横の道)、車いすのひとや大荷物のひとも使えるゆるやかスロープあり。会場は原宿側になります
  地図はコチラ→http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=ja&msa=0&ll=35.662544,139.701869&spn=0.0016,0.002406&z=19&brcurrent=3,0x60188ca7e6feed6b:0x1c215a26cc656288,1,0x60188ca7708bff2d:0xd910777563a5f6d9&msid=110825572646189041298.000484ce08fce15098dac

※  テントに泊まれます。持って来られる方はぜひテントを持ってきてください
※ 雨が降ったら・・・5月1日(土)19じから に変更

企画:穴あきの会ーANARCHY 協力:FAV


↑転載終わり↑



最近宮下公園アツイらしいから(参照http://www.youtube.com/watch?v=mxtTx0z-2mQ&feature=fvw  ←面白いよこれ。)行ってみたかったんだけど、今回初めて足を踏み入れます。

女は来い!…か…男性不可かな…??
イエスという男イエスという男
(2004/06)
田川 建三

商品詳細を見る


これはなかなか面白かった!
聖書興味ある人はぜひ。でも聖書じたいを読んでからですね…これから先に入ると大変なことに(笑)

田川建三ってこの人クリスチャンなんですね。完全に「人間イエス」論だし、原始キリスト教会と聖書を思い切り批判してるし、不思議な感覚をやっぱり抱くなあ。といっても私も読んでほとんど同意できると思ったんですがw
しかし、むしろ元々信者じゃない人がこれを読んでイエスを好きになるっていうことはありそう。
ていうのもこれ、すごい男前なイエスだ(笑)反体制でシンプルに現実を捉えてて、でも楽天家でお酒大好き(笑)なにこの伊達男!w

ちょっと断定的に言い過ぎてて逆に疑わしくなるところも、ちらほら。
イエスとはどういう男だった、みたいなのを非常にリアルに描くんだけど、自分だって「古代人イエス」って言ってるのに人格の部分までそんな断定できるのか…?
とか、原始キリスト教会の意図をそんなに断定できるかなあ。歴史の専門的なことを何も知らない私が言うのもなんだけど、意図的に隠蔽されて、古代から今の世までその意図どおりに伝わってるっていうのが逆に不思議っていうか。
歪められたってとこは同じにしろ、それはどこかで方向性が食い違って、ていうかもっと別の歪みがどんどん入ったっておかしくない気がして。古代に志向されたある意図が、現代にまで完成されてるって、もうそこまで来たらイエスの意思と違ったとしてもそれってむしろイエスよりすごいんじゃね?とか。

しかし田川氏の労働論はとてもいい。
シンプルでまっとうな感覚がしっかり根にある。本当に今日食べるもんが無い人の前で一体何を語るのか、といいますか。
労働についてがとくに光るけど、やっぱりこの時代を「現実」として掴もうとしているところがエライんだと思う。田川氏自身の他の研究者への批判を見る限りでは、その点で他は、古代の歴史を「物語」のようにとらえてしまってるみたい。人間がそこに生きてたんだっていう感覚を田川氏は常に基本に置いている。


あと、集団心理が「奇跡」を生み出す仕組みについては、おそらく田川氏自身が思っているよりも面白かった。
…田川氏はそれが明快に説明のつくことのように割り切っているんだけど、私はそれ、本当に奇跡が起こるよりよっぽど不気味で超自然的なイメージを持った。
なので、いろんな時代や場所で「奇跡」が生まれた事例とそのからくりの推測が出るたび、面白くてふるふるしました。

そうそう、前にテレビ番組で、ある女の子の狐憑きを霊能者のおばさんが祓ってたんですよ。でも、そのやり方がちょっと驚いたんです。
その女の子の部屋に2人で入って、テレビカメラも2人以外の人はみな部屋の外で待機。漏れ聞こえてくる声は、女の子の、…ちょっと女の子が普通に出す声ではない怒号と、霊能者の落ち着いた声。話の内容はよく覚えてないんだけど、霊能者が諭したり相槌打ったりしてるうちに、女の子の声もだんだん落ち着いてきて、数時間くらいかけたんだったか、霊能者が部屋から出ると女の子は元の普通の子に戻っている。
まあそれがヤラセかどうかは私は知らないけど(よく「これこれは全部ヤラセ」とか教えてくれる人いるけど、なんでみんなそんなに芸能界に詳しいん?どっから情報が入ってくるの?というかどこから入った情報に信憑性があると捉えてるの??)
ヤラセだとしても、そういう方法論がどっかに資料としてあったのか、むしろテレビスタッフの意識の中に、「その方法はリアリティーがある」という感覚が根付いていたのか。
なんにせよ、私はそれを見て、「なんだ?狐憑きってただの精神的錯乱じゃないか?」と思ったわけです。

私は、霊…っていうものを幅広い意味で捉えた場合、それに対して人より敏感な感覚を持っている人はいるだろうと思うし、人によってはそれがなんらかの視覚的な要素として現れてもいいんじゃないかな、とも思っているんですが、そういう人にとって、精神的な錯乱や病理とかと、悪霊が憑いてるみたいなことって実は区別がないんじゃないか?と。
これ突き詰めてくと、自分と他人の境界がどこにあるのかみたいな話になりそう;「病」なら自分の内的なもので、「悪霊」なら自分の外側から何かが攻撃しているような状態で…
そしたら、集団心理から「奇跡」が生まれるっていうのも、実際に我々が「奇跡として信憑性がある」と捉えるものと、そんなに大きな意味の差があるのか…

まあ、この辺は語りだしたらどんどん脱線していきそうなので、ここらでやめてオーケンでも読みます。

とりあえずおすすめですよ!この本。別の研究者に対して糞味噌に毒舌なのも、かなり見ものですwww


(mixiへ転載)
行ってみて、いろいろ考えたことや勉強になったことをもうちょい書いとこうと思います。


1つは、栗田さんと、例の外泊イベントを教えてくれた素敵な女性と3人でしゃべっているときに、ふいに自分の中から出てきて、もうその場でまとまってもないのに言ってみてしまったこと。
(これ、あとからすごく不思議だと思った。前々から考えていたわけでもないんだけど、種は自分の中にあってお2人との会話で芽吹いたような。)

雇用や労働の問題のとどのつまりは貧困であって、そこに女性っていう問題は未だに複雑な絡まり方をしてる。
ていうか簡単な話、仕事関係で困ってる人が女性にすごい多い。
まあそこは余談なんだけど、このもろもろの問題を扱う「活動」として、一方では言論で訴えたりアートで訴えたりしてるところと、一方で困ってる人が集まって料理を作ったり体操したりして話そう、とか(炊き出しもそうかもしれないけど)そういうところ、二分されてしまってる感じがして。
インテリくさかったりアーティスティックなところに参加しにくいと思う人もいるだろうし、料理とかそういうところで、傷の舐めあいのようなゆるくて創造性のない場を想像してひく人もいると思う。

でも実際、料理とか生活に則したことってすごく創造性のあることで、アート的な楽しさもあるし、もちろん「言葉」は根底にあるし、そこで区別してしまわないまま何かできないのかなあ、と。

そのことを話したら、一緒に話してた人からは、活動の中でも男性がどんどん前で発言して、女性が「家事的なことの担当」になってしまうような感じがあるっていう話が出て。
「生活とアートを区別しない何か」を求めたいっていう私の望みは、もしかしたら「クィアの感覚」を求めるっていうことにもつながるのかもしれないな、と。

ほんでそういうこと、何かやりたいです。なんだろー、何かやれないかしら。うずうず。


2つめは、映画「まんこ独り語り」、やっぱこれっしょ。
http://kansai-qff.org/2007/sakuhin/15manko.html
途中で「映画見よー」とかいってパソでDVD見たんですが、ヴァギナ・モノローグ日本版パロディーをやってみよってな話だそうで。
イヴ・エンスラー著『ヴァギナ・モノローグ』
映画にはFtMとかMtFとか「FtMやめました」とか、いろんな性の人たちが出てくる。
名前のわりにそんなに衝撃的な内容ではなく、ていうかむしろ「なんでその言葉にそんなに抵抗感があるんだろう?」「そんなに衝撃的になっちゃうんだろう?」みたいな話につっ込んでみてる映画でした。
出てきた助産師さんの話が超面白かった。どこまでを「膣」「まんこ」ととらえてるかというのが、昔は外性器だったけれど今はだんだん内性器になってる気がする。そのうち口から出るかもと思うけど、今はまだ口までいってないようだ、と。……つまり、内臓を下から辿っていったら口までいくでしょっていう…内臓やん完全に!(笑)
いや、でも「まんこ」も内臓っちゃ内臓か…

そんで今この映画のこと調べようとしてたらこんなん見つけた。
http://rupan4th.sugoihp.com/t-rupan-transmanko.htm
うーん、かなり面白い。
映画もこれに近い話がいっぱい出てきたけど、この人はだれ?映画とは関係あるのかしら??どうやら映画の監督が以前作った「トランスがわかりません!」って本には関わってるらしい。監督本人?

今度わたしらも文学フリマで「アブノーマル・ラブ」をテーマに本を出します。
私はぶっちゃけちゃうと、潜在的に男根所有願望のある女子を書いたつもりで、それって一体どういう願望なんだろっていうことを曖昧にぐちゃぐちゃと書いたつもりだったりしました。
性について考えるって言いながら頭でっかちなところでの議論しか、あまり今まで聞こえてこなくて、その辺の不満が今回の作品にもしや出たかもな、と映画を見た今なら思います。
結局この体で生きてて、この体で感じるわけだからなあ。コンプレックスも体の中にある。


3つめは、「カトリック」ってところに食いつかれちゃったこと。
それについて何を語れるわけでもないんですが…
私自身としてはけっこうどこへ飛び込んで行くにも、何も知らないまっさらな人として行ってるような感覚があって。でも相手がそうとらえるとは限らないんだな、と。もちろん誰に対しても先入観じたい持たない人も多くいるけどね。
まあその相手の人も意見を言おうとするとすごい早口でまくしたてちゃうから私は最後までその人の言わんとしていたことが半分もわからなかったんですが(笑)
がーっと食いつかれて自分もよくわからないことしか言えず、あとになって「ん?もしかしてこういうことが言いたかったのか?」なんて。最終的には知識不足をすごい説教されてたw
同時に「そうか私は外に出るとカトリック代表のように思われるんだ」というのが妙にショックだった。
「カトリックの人はどう考えてるのか」とか聞かれても、私信者だけど「カトリックの人」とかじゃないしー、とか思ってしまうw
でも自己紹介って言うと「カトリック新聞で栗田さんを取材して…」ってなるからなあ。そんなところで働いてるやつなんてもろカトリックなんだろうな。
私はカトリックのマイノイティーですと言いたい(笑)
でも新聞の人たちみんなわりにマイノリティーなタイプだから清志郎のこと書いた作文で私を雇ってくれたんだと思うんだけどねwww

まー勉強するとこはもちょっとちゃんと勉強するっす。
あたしまだ24歳なんでもっとやさしくしてください(←酷)やさしく冷笑してくださいwwwww


(mixiより転載)
昨日、有給を取ってあるところに遊びに行ってきました。

ここでも数回お話している、フリーターズフリー女性と貧困ネットワークをやってる栗田隆子さん、彼女がこのほどシェアハウスを始めることになって、そこのオープンパーティーにお呼ばれしました。
メールには「乙女ハウス」と書いてあって、一体どんなハウスなのか、どんなパーティーが繰り広げられるのか、さっぱり見当も付かずに出かけていきました。

着いてみると、そこは本当に「乙女ハウス」!
ペパーミントグリーンの外壁に、花咲き乱れるお庭。なんなんだこの可愛らしさw「乙女ハウス」という名も、この家があまりにファンシーなので冗談のようについてしまった名前なんだとか。別にダイシダンスを意識したわけじゃーないと(笑)
栗田さんのお出迎えを受けて中へ入ると、広めの居間に長い特設テーブルが置かれ、乙女たちがそこで料理を囲んでいました。そりゃまあいろんな年齢の乙女たちが(笑)

乙女の中にはこの家のオーナーさんもいらっしゃって、苦労して建てた家を手放さなきゃならなくなったときに、女性と貧困ネットに役立てないか相談したらこういうことになったんだと話してました。
今は栗田さん1人だけど、あと2人乙女が住めるそうです。
家賃が相当安くてびっくりした…でも札幌の1Rなんかこのくらいでもけっこう見つかるって話聞いたことあるな。向こう物価はそんなに安くないんだけどね。むしろ食べ物とか電車賃はちょっと高めな感じがした。
もっと安い家賃がスタンダードになることってないかなー。

今後は広い居間を利用して、いろんなイベントとかできないか考え中だそうです。
あそこでの集まりなら私もちょくちょく遊びに行きたいなー。非常に居心地よかったです!


しかしまあ、いろんな人が集まってました。
これからあそこに行くとあんなにいろんな人と知り合えるのかも、っていうワクワク感もありました。
社会学をやっているお母さん学生とか、演劇とヨガやってる人とか、映画撮ってる人とか、劇場の学芸員やってる人とか、「パフォーマー」とか、女鷹匠の卵とか…
「運動」といっても教育関係や、女性の問題、労働、貧困さまざまだし、アプローチの仕方もそれぞれ違う。
目の前にいる元気なおばあちゃんが主婦戦線の国澤静子氏だとわかったときはびっくりしました。あと、夜になって雨宮処凛さんが登場したときもびびった。意外と普通の人っぽくて安心したけど(笑)

昼に集まって、3時で一応一次会は終了したんだけど、結局そのあと2次会にも居座ってずっとしゃべり続け、食べ続けてました。
なんだか気の合いそうな人も見つけて、イベントにも誘われたので今後付き合いが続くといいなあ、と願ってます。
イベントっていうのは、4/30に宮下公園(ナイキ化反対運動中)で外泊しながら「外泊」という映画を見る会だそうです。
映画「外泊」

そういえば、私も1人暮らし始めるとき、みんなが気軽に立ち寄ってくれるような家にしたかったんだよねー。
シェアは私は人と暮らすのが今のところ絶対無理だと思っているので考えられないけど、東京の方に自分の家があれば、知り合いが何か困ってたり悩んでるときとかに、
「じゃあうち来て焼肉でもやろうよ」
と言えるなあ、と、それが夢だったっていうか。
でもなかなか人が来てくれないwww(泣)

私もパーティーやろうかなあ。知ってる人みんな集めて。でも1対1でもなかなか都合がつかないのが現状…

栗田さん自身も乙女ハウスのこと書いてた。
http://www.jimmin.com/doc/1338.htm


(mixiより転載)
誰も待っていなかった第二弾でーす!
予告どおりのタイトルで参ります。



第二回「これぞコミックアイドル・中野腐女子シスターズ&腐男塾」



前回Perfumeでは、アイドルの本質と可能性を、
〈自分の個性や実力を主張するよりも、喜ばれる商品を提供する「職人気質」〉
っていうところで語らせてもらいました。
その中で「3人がPerfumeワールドを象徴するアイコンとして、自らを記号化することに何のためらいもないところ」がかっこいい!とも書いたんですが、今回はこの
「象徴するアイコン」「記号化」
っていうキーワードについて、さらに掘り下げたいと思います。


中野腐女子シスターズ・腐男塾にとって「象徴するアイコン」になること、自らを「記号化」することとは、自らを「コミック化」「キャラクター化」すること。

そういう意味で非常に本質的にアイドルらしいグループであり、特異な「アイドル性」(と造語しちゃっていいかな?)を持つグループだといえる。

ここらで彼らについて基本的なところを紹介しておくと、
「中野腐女子シスターズ」(以下724←数字化した略称)は、元々はインターネットテレビのバラエティ番組から生まれた「ヲタクアイドルユニット」。芸人のはなわ扮する「ジャジィはなわ」が、ヲタク趣味を持つアイドルを集めてグループとしてプロデュースする、という企画だった。
それぞれメンバーは、イメージカラーと「ヲタ属性」が決まっている。例えばリーダーの乾曜子は紫担当で、ヲタ属性はコスプレ(彼女は完全プライベートでコスプレ衣装を制作し写真集をコミケ販売する相当のマニア)。
さらに、1人1人あだ名が決まっていることも重要な点だと思う。このあだ名がどれもとてもキャッチーでいい。(例・乾曜子→よきゅーん、喜屋武ちあき→きゃんち)



さて、この時点でもそうとう面白いんだけど、もし腐男塾がなかったら、ただの寄せ集めの女の子たちの企画物で終わっていたかもしれない気がする…

「腐男塾」は、GyaO番組中の寸劇「腐ぞろいの林檎たち外伝 中野腐男子学園腐男塾」から生まれた。「腐男塾」という高校のクラブ活動の部員という設定。
まあおわかりかと思うが、男装して男キャラを演じているわけ。っていうと腐王(ファン)のみんなから怒られるかな!?724と腐男塾はあくまで「別人」なので(笑)…ちなみにライブMCやテレビ番組のトークでも、「別人」という設定を貫いています。
この腐男塾があまりにも盛り上がりすぎて、彼らは724よりも早くCDデビューを果たしてしまう。724の楽曲の初出は腐男塾のカップリングとして収録されるという形になった。



上の動画でもわかると思うけれど、単に男装というのではなくて、すごくアニメ・漫画的なキャラ付けがされた男の子たちになりきっている。
彼らの存在で、724そのもののコミック化もぐんと押し上げられたのではないかと思う。
そして、過去のライブ映像の動画なんかを見ると歴然とわかるんだけれど、コミック的であればあるほど完成度が高く、一種のカタルシスさえ感じさせるパフォーマンスになっていく。

実際、せりふを言ったりコミカルな歌い方をするなど、「コミック的パフォーマンス」では、AKBの選抜ユニットとかでやっているのに比べても完成度が全然違う。(AKBはやっぱりあの数じゃないとエネルギー不足という感じがしてしまう…すでにAKBというコンセンサスがあるから選抜も売れるけどね;)
いちおう参考
渡り廊下走り隊
ノースリーブス
1こめの歌詞なんかはけっこういいセンスだと思うんだけどね…


724・腐男塾に「自分の実力を見せたい」とか「他の子より目立ちたい」みたいなものは全く存在しないように見える。
というか、もうすでに「ヲタ属性」だったり腐男塾での設定だったりと、決まったキャラと立ち居地を与えられちゃってるので「他より目立つも何も」という感じである。
その設定の中で生きていることが、彼女たちにとっても幸せで安心できる状態なのかもしれない。そこでリアルな「自分自身」を主張する意味はなくなってしまう。
元々アニメ・漫画好きの彼女たちにとって、自身を「キャラクター化」…つまり「記号化」することは、とても楽しくて充実していることなんだと思う。


さて、なぜ「コミック化」されると完成度が高くなるのか。
そこには「世界観」ということが重要になってくる。

もともと「アイドル」っていう時点で実力を見せつけることは求められていない。その中で観衆はアイドルに何を求めているのか。
単に顔が可愛くてセックスアピールが優れているっていうところではないと思う。
人はそこに何かしらの「完成されたパフォーマンス」が見たくなる。そのときに、単に技術的に歌が上手い人よりも、実力じたいは拙くても「腐男塾ワールド」が形成されている彼らの方がいいっていうことも十分ありうると思う。独自の世界が「できあがっている」っていうことだから。

さらに、ここまで架空設定がしっかりできたお陰で、1人1人がすごーく覚えやすいのも特徴だと思う。
やっぱりダンスが拙いうえでは、人数がいた方がパフォーマンスもキマりやすくなるんだけれど、私の中で「6人の壁」と呼んでいるものがあって…ガールズグループは5人までと6人以上で1人1人の認識のしやすさが全く変わってしまうし、並んだときの印象も一気に「たくさんいる」感じがしてしまう。
かつてPerfumeの先輩グループBUZYというのがいて、ポルノが楽曲プロデュースを務めるなど事務所の力の入れ方も強く、ダンスも上手いしリードボーカルNAOの抜群の歌唱力も印象的だったんだけど…6人組だったんですよね。1人抜群の目立つ子がいる分よけい、その他に5人もいるのか…という感じがしてしまって。結局もう解散してしまっていないんだけど。

そんな中で、腐男塾は7人ですごく良い。(動画に出ている黄色の寛ちゃんは病気で卒業しましたが、次のライブから新メンバー瀬口かなちゃん加入が決定してまた7人になります!)
フォーメーションも決まるし、ほとんどアニメキャラを見ている感覚だから難なく覚えられるんですよ。
724もそのお陰で7人でいい感じになっているけど、もし腐男塾がなかったら女の子7人グループは正直厳しかったと思う。普通なら6人以上にするなら、かってのモー娘。や今のAKBのように、「え、そんなに!?」というくらい増やすしかないんだと思う。
そこの壁を越えられたのは、コミックキャラ化という飛び道具だったんだろうな、と。


さて、このほど、724もとうとうCDメジャーデビューを果たした。
しかし、当然724は腐男塾ほどにはコミック化されてはいないわけで、やっぱりパフォーマンスでも腐男塾よりは弱い印象がある。

でもここはどっちかに偏ってしまうより、互いに競争しあう関係が保たれるのが一番美しいと思う。
724が腐男塾に追いつく方法を考えることが、このユニットがさらに活躍していくための鍵だと思う。
それはつまり、724がどうやって724ワールドを形成し、コミック化を進めるかっていう挑戦だと思う。

私の個人的な見解では、SeraniPojiの「オチャメカン」の頃みたいな歌詞の曲歌えばいいんじゃないかな!?(雑な意見だな!)
でもシューパーガールとか、最後の方にEVEみたいなのも入れて724のアルバム作ったら最高だと思う!




さて次回は、キャンディーズとCHIX CHICKSを取り上げて、今回もちょっと触れたけど、「完成度の高いアイドルのパフォーマンスとは?」っていうところに言及してみたいと思います。
さらにその次は、原田知世とWaTで「性未分化の魅力」(フロル・ベルチェリ!)に触れてみようかと。


(mixiより転載)
アイドルレビューとしてじゃなく、曲について思ったことがいろいろあったのでいったん書いとこうかと。


まず、「ナチュラルに恋して」が最初にCM、着うた、PV配信と、メディアに流れ始めたわけですが。

何に一番ぐっと来たかって、タイトルですよね!(笑)

Natural Beauty BasicのCMで「ナチュラルに恋して」よ!?
これ、Perfumeの3人は「中田さんはこういうことしないと思ってたけど~」と話してますが、私は中田さんはこういうことするやつだと思ってた!(笑)
だって、ポリリズムだって「もっとがっつり『エコロジー』みたいな歌詞にしたかった」って言ってた人ですからね。

前どこかで読んだか聞いたかした覚えがあるんだけど、中田ヤスタカが音楽の仕事始めたのって、何かファッション関連の仕事をしてて、音楽が必要になってつけたみたいな内容のインタビューがあったと思うんだけど…(うろ覚え)

中田ヤスタカって人の、「音へのこだわりが強い」「天才肌」「芸術家」みたいなイメージが先行しちゃってる気がしてまして。
でも私が思うに、彼、「音」そのものよりも実は全体の「デザイン」とか「ストーリー」(文脈?)の方にこだわりというか、興味が強いんじゃないか、と。
どんな文脈で使われるかによって、音なんて平気で変えちゃうところがあると思うんですよね。それがアルバム⊿(トライアングル)の中の「edge」であり「願い」であったと。edgeなんか完全にライブパフォーマンスにインスパイアされて作り直したとしか思えなかった!

中田ヤスタカにとって、「音」は実は主役じゃないんじゃないかと。だからこそ、Perfumeの音楽プロデューサーとして彼は優れていて、「その時」の彼女たちに最も合うものをデザインできる。「音楽」至上主義の「芸術家」ではこんなことはできないよ。

まあでも、それは大衆性とかポップさにも結びついているもので、ある意味「ダサイ」ものと紙一重のところにある。
けっこう私、Perfumeって昔から「ダサイんだかかっこいいんだかわかんない」もののような気がするんですよ。
世の中の人が「おしゃれでかっこいい」と思うものを目指してるという気がしないんだよね。むしろアニメ的・ゲーム的であったり。そのへんのセンスがヤスタカと他のデザイン面のスタッフと、すごく同調できてるのがほんとに奇跡だと思うけれど。

ほんで、この♪ナチュラルに恋して~っていうまんまなサビが流れるナチュビのCM。
単なる先鋭的なかっこよさじゃない。音、デザイン、キャラクター、そして時流の紙一重のシンクロにしびれて、「なんだこれかっこいい!」って思うんだ。



で、やってくれたなあ、と思ってた矢先の両A面のお知らせ。

タイトルは「不自然なガール」。

…もー、策士すぎて開いた口がふさがらないっすよ。
ナチュラルの時点でそうとう「狙ってるなあ、ウププ」と思ってたのに、ここまで狙いを定めてこられると、ウププどころか爆笑もさらに通り越してポカーン(笑)
しかもさらにポカーンってなるほどキラーチューン(笑)

しかし、ここまでいい曲になったのは、きっと「ナチュラル⇔不自然」のイメージがヤスタカの中で絶妙にキマってたからじゃないかと思う。
彼自身が言っていた(らしいw)ように曲じたい「鬼キャッチー」なんだけど、一番キャッチーなのは「ナチュラル⇔不自然」っていう言葉の対比じゃないかと。
だってすでにファンの間じゃ流行語化している感さえある。

言葉がデザインを導き、デザインが音楽を導き、そしてその音楽が新しいデザインを導くような。
これってたぶんヤスタカ的には、かなり本領発揮な状況なんじゃなかろうか。

正直、ポリリズム以降しばらくなかったんじゃないかというくらい、「鬼キャッチー」だと思います。





…ところで、インストで聞くと「ナチュラル」と「不自然」が逆転して面白いです。

「不自然」は歌抜くと意外にストレートで陽のサウンドに聞こえるし、「ナチュラル」のメロ部分のリズムは殺す気かというくらいの不自然っぷり!
巷の噂では「不自然」の主人公と「ナチュラル」の主人公は同じ男の子に恋している三角関係(⊿トライアングル!)なんじゃないかという話もあるし、そうなると、実は「不自然」の方が内面はナチュラルで「ナチュラル」の方が内面は不自然なんだよ、という深読みもできたりなんか…するかも…ちょっと苦しい?(笑)

(mixiより転載)
不定期でなぜ「アイドル」なのかを論じていきたいと考え付きました。唐突に(笑)第一回目は、Perfumeで。



第一回「なぜPerfumeは素晴らしいのか」



この論題、今までどれだけ語られてきただろう。
雑誌で、ネットで、テレビでも。2007年のブレイクが始まった時からずっと、「Perfumeの魅力は何なのか」っていう議論がなされてきたと思う。

ブレイク直後には、楽曲にこだわった「テクノポップアイドル」が次々と現れ、楽曲そのものは本当に良い出来のグループもあったにも関わらず、Perfumeの人気に届く者は誰一人としていなかった。
この辺から一般メディアさえも、これはただ単に、「レベルの高いマニア向けの音楽とアイドルのコラボ」なんていう話ではない、と気付き始めた。
と、同時に彼女らの「ダンス」を褒める言葉が、大手メディアにも増え始めた。

しかし、「ダンスが異常にうまいアイドル」という話でも片付けられないことは、ファンだったら誰もが感じていると思う。
実際Perfume側からダンスの上手さを強調するような発言は、ほとんどない。
日本を代表するダンサー・振付師のMIKIKOを師匠として、プロのダンサーを良く知っている本人たちが「ダンスに自信がある」と言わないのは、「謙虚ですね」で済む話かもしれない。しかし、売り出す側からもDVDやライブの宣伝文句として、「驚異のダンス」みたいな言葉は出てきたためしがないと思う。
これは、意外と重要なことだと思う。

「Perfumeはアイドルかアーティスト」かっていう議論がいまだによく話されている。
私の場合、出来上がっている作品が「アイドル」であることは間違いないけれど、その作者が「アーティスト」、「芸術家」であるかといえば、どちらかというと「クリエイティブ集団」に近いと思っている。

上質であることが当たり前、しかし他より「優れている」、「勝っている」、「(世間で言う)個性的」であることよりも、愛され「喜ばれる商品」であることを目指す「職人の技」なのではないか、と。


そしてそれは、「アイドル」というものの本質であり、可能性であるように思う。


いつからか、日本社会は、メディアも企業もこぞって「実力」と「個性」を礼賛するようになった。
しかし、他と比べて「実力派」であり、他と比べて「個性的」であることを目指せば目指すほど、「実力派」という看板ばかりがずらりと並び、ただ色分けしただけの「個性」を競い合うような、そんな現状になっている気がする。

他に勝ることを目指すのは市場原理として当然のこと。
しかし、同じ土俵で相撲を取り続けるよりも、勝敗にこだわらず職人として人に喜ばれるものを作り続ける方が、むしろ勝利への道として可能性が大きい、ということもありえるのでは?
実際、成功した経営者の話なんかにそういうのが多いですよね。まあそこは私は詳しくないのでごにょごにょですが。でも、他と違う視点で、アウトサイドから食い込むっていうのはどんな場合も強いと思うのですよ。

そういう意味でPerfumeがスゴイのは、ブランディング。
Perfumeブランドというものは、ある部分はしっかりと確立していながら、進化と変化を怖れない強さを持っている。
「Perfumeはこうでなきゃならない」という基準は常に存在していて、そこを決して破らない。しかし以前Perfumeブランドだった、でも現在は「これもう破っても大丈夫じゃない?」っていうところには鋭く食い込んでいく。
さらに言うと何がすごいって、フロントに立つPerfume本人たちの発言を聞いてても、そのことをちゃんと自覚してるっていうところ。「アイドル」本人が自分たちのブランド戦略を理解してる。
たぶん、「Perfumeは立派にアーティストだ」と言いたがる人たちは、そういうかっこよさを彼女たちに感じているんだと思う。
「~で~なところがPerfumeブランドです」と明確化できないところが逆にブランドとして強い。なぜなら、ブランドとは最終的に受け取る側が決めるものだから。そこまで彼女らは、理解している。

「Perfumeブランド」は、ひとつの世界観といってもいいかもしれない。繰り広げられるパフォーマンスを受け取った、1人1人のイマジネーションの中に、Perfumeワールドが構築されていく。その全ての人の世界を破壊せず開拓するのは不可能で、すでに壊れてしまった(離れてしまった)ファンもいる。
しかし、Perfumeを作るクリエイターたちは、受け手のイマジネーションと交信したがっている。自分たちが世界を創造するのではなく、それぞれの世界の中で生きたがっている。
これこそが、他にはないPerfumeのかっこよさなんじゃないだろうか。


そして、さらにかっこいいのは、3人がPerfumeワールドを象徴するアイコンとして、自らを記号化することに何のためらいもないところだ。

女性アイドルグループに人々が求めるのは、基本的には、何人かの同じような女の子が踊ったり歌ったりしている姿なんだろうと思うけれど、その中で自分の「個性を見てほしい」「実力を見てほしい」という欲求が生まれてくるのは当然。かつてのモー娘。なんかにはそれがありありと表れていて、逆にそこを面白味とする戦略がウケた。
だから、今でもメディアやファンの間では3人はもっと自己主張したいのではないか、本当は歌いたいのではないかという邪推が入る。

でもたぶん、もうそんな次元ではないのだと思うんだ、3人は。
自分たちは求められるPerfumeでありさえすればいいという、ストイックさを感じる。
それは、自己主張よりもコミュニケーションの楽しみを知っているから。相手を喜ばせることを最上の喜びとする方法を知っているから。


だから、夢みたいに素晴らしいんです、Perfumeは。


SEVENTH HEAVEN@代々木第一体育館



さて第二回は、「中野腐女子シスターズ&腐男塾はなぜ素晴らしいか」でいこうと思います。
キャラクター化という一種の記号化と、今までのイロモノ系に足りなかったコメディエンヌの愛くるしさっていうあたりから語ろうかと。
ガールズグループで最も失敗しやすい6~9人がなぜ彼女らにはぴったりなのか、というところに結論が出るといいんだけど、これわかんないんだよなあ、実際私;;


(mixiより転載)
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