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こりゃすげえや。

BiSが新作PVをyoutubeで発表しました。
曲はアルバム収録の、ライブでは、ありえないヘドバンパフォーマンスを披露する『パプリカ』。
PVの副題は「remember t.A.T.u.」。

PVといってもこれは、商業的なものとして扱うきちんとした作品じゃないのはすぐわかる。
たぶんネット動画として配信することだけを目的にしたものだ。

衣装も『BiS』のときのPV~アルバムジャケに使用しているのと同じものだし、スタジオにシンプルな道具とアイディアだけ持ち込んで一気に撮り上げた感じ。
しかしこれは、ライブで出会うことのない層に
《BiSっていうわけわからん人たちがここにいます!》
とアピールする自己紹介としては、最高の一撃だと思う。

いろんなジャンル、いろんな作品からのオマージュ・パロをそこかしこに匂わせる。
しかし肝心なのは、
《パクってるけどパクれてない?》
というところ。
ちょっとそれ間違っちゃってる!とツッコミたくなるところこそBiSの落とし穴。
そんなんが逆にパロディー的面白さになっちゃうなんて。

話題になってるプー・ルイとUKのディープキスも、ただ単にロックっぽいからやった!みたいな雰囲気バリバリで(←実際にはもっといろんな計算があるにせよ、そう見える)その間違って暴れた感じがすごくBiSらしい。

たぶん今後、百合キャラだったり、ゲイアイコン的なセクシーさを売りにする方向性は皆無だろう。

「あらまあ」って見てるはむちゃんとのんちゃんの可愛さもすごくいい。
BiSってめちゃくちゃやるけど、なんだかんだで可愛いグループだっていうのがわかるようになってる。

前々から雰囲気としてあった、姉2人と妹2人みたいな関係性もはっきりしてきた感じで好感。

1つ、大事なのは、この『パプリカ』という曲でヘッドバンキングし続けるという振り付けは、もともとBiSのメンバーたちが作ったものだ、ということ。
周りにいる、大人のオトコのスタッフが、自分好みに女の子たちにめちゃくちゃやらせているわけじゃない。
アイドル自身が、自分が「面白い」と思うことをやっていて、これだけ暴れているということが、BiSに対するあつい信頼の元になっている。

先日nerveのPVの公開撮影も行われたそうで、たぶんそれも商業ベースじゃないものなんじゃないかなあ。
せっかくアルバムにあんないい曲が13コも入ってるんだから、動画バンバン作って強すぎるジャブを打ちまくればいいと思う。

新曲で新PVをキメる頃にはBiSは大変なことになってるはず。
そのK.O.の瞬間まで、本当にこれは見逃しちゃいけない。

あまりに急激に巨大化しそうで、少し怖いな。
スポンサーサイト
性同一性障害のアーティストピュ~ぴるのドキュメンタリー。
http://www.p2001.com/index.html

そのコピー自体には引っ掛かるところがあるんだけど、予告を見て、ピュ~ぴるのアートパフォーマンスがあまりにきれいで泣きそうになったから、見に行こうと思った。

実際見た後も、よく知らないで見た人は「こういうのが性同一性障害か」と思うんだろうか、監督はそう思ってるんだろうか、とやはり引っ掛かる。
作品自体の問題というよりコピーの問題だ。

ピュ~ぴる自身、自分に関して、性同一性障害という名づけで安心しているわけではないように見えた。
でもそれが見えたということは、カメラの目線が先入観が少なく、ピュ~ぴるという人間を見ていたからじゃないかと思う。。
松永大司監督は、元々ピュ~ぴるの友人で、カメラを回し始めた時は映画を撮ったことがない、全くの素人だったそうだ。

もしかしたら、映画監督としてでなくピュ~ぴるの友人の視点で撮ることは、今だからこそできたのかもしれない。

1番最初に撮り始めた時の、監督とピュ~ぴるが並んで自分撮りしながら「顔似てない?」って見比べる、めちゃくちゃ他愛ないシーンが、この映画のスタンスをよく表している。

等身大のピュ~ぴるは恋に夢中になってる姿なんか見ると、普通のピュアな子だなあ、と思うんだけど、そういう感情がものすごい表現に昇華されていく様子が、鳥肌な気持ちよさ。


人間はこういうふうに生きられる、という希望を感じた。
どうにもならないことを抱えながら、その気持ちが何かを創造していく。
みんなきっとそうなんじゃないかと思う。
「4.10 原発やめろデモ!!!!!!!!!」サイト

以下は署名と共に寄せた「賛同メッセージ」です。

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私が今まで使ってきた電気を生み出してたものが、こんなに大きな苦しみを生み出している。

二度と住んでいた場所に帰れない人を作ってしまった。
人の命を危険にさらしてしまった。
人の生きていく糧である仕事を奪ってしまった。
心に刺さる。
私はおそすぎた。

でももう、これ以上遅れるわけにはいかない。
そういうところまで来てしまったんだと、心に刻んで行動したい。

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原発がなくちゃ電気が足りなくて暮らしていけないように言う人もいるけれど、
実際計画停電があったり、節電のためにお店や公共機関が縮小運営な中で暮らしてみて、
「原発なしで、普通の生活をするのに足りない電気ってちょっとだけなんじゃないのか?」と思うわけです。

今は緊急対策としての節電だけど、時間をかけて、システムから見直す形でいろんな企業や設備の節電をすれば、
今ある電力でも、夏場でも、ものすごく足りないわけじゃないんじゃないか。

自然エネルギーは効率が悪くて使えないと言う人もいるけど、
それも嘘じゃないかな?と私は少し思っているけど、
あと少しの電力だったら、もし効率がちょっと悪くても、国や地域によっては主力エネルギー源として自然エネルギーを使っているところもあるんだし、いけるんじゃないの?と。

だって原発がなくて不便になったのが今の状態なの?
このくらいの不便に我慢できなくて、使い続けていた原発が今、福島の人たちを苦しめているの?
それがもう、本当に悪としか思えない。


不安を煽るな、というけれど、
実際にもう土地を奪われたり、生活を奪われたり、被害に遭っている人がいるのに
原発から離れたところに住んでいる自分たちは大丈夫だと、安心させてほしいなんて、むしがよすぎないか?
(同じように「東京も危ない」という言葉で強調するのもなんか違う、と思う)

東京や、日本全体の被害がどれくらいになるかわからないけれど、
今だって十分、あってはならない大変な被害、大変な犠牲が起こっているんだと、そのことに胸を痛める人が1人でも増えたら、と思う。
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