発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)
(2010/01/30)
星野仁彦

商品詳細を見る


ん?と思うところもあったけれど、おおむね分かりやすくてよかった。

ここに書いてあるのだと、私はDSM-ⅣのADHD基準では、〈不注意〉の項目はすべて当てはまるけれど、〈多動性〉はほとんど当てはまらない、という感じだった。
これだけちょっと多動性と呼べるかな、というのは、人と話してる時とか会議の時とかに、唇の皮とか、かさぶたとかささくれとか剥いちゃうっていうのくらいかな…。あとむかし一時期、抜毛してた時もあったけど…

とりあえずこれ、親に読んでもらってみようかな、と思いました。
スポンサーサイト

ピュア百合アンソロジー ひらり、 Vol.8ピュア百合アンソロジー ひらり、 Vol.8
(2012/07/28)
袴田 めら、磯谷 友紀 他

商品詳細を見る


やはり漫画そのものとしてのクオリティは百合漫画誌の中で一番高い気がする、「ひらり、」です。
少女向けをずっと扱ってきた新書館なので、芳文社・一迅社とはちょっと雰囲気違う感じします。
「萌え系」漫画って、全部がそうじゃないけど、「わざとストーリーの把握を妨害してるのか?」と思うような読みにくい作品が多い気がするんだけれど、私が慣れてないだけか?

BLでおなじみのユキムラさんが描いてておおっ!と思いました。
大正(?)くらいの女学校ものとか、ちょっと百合のイメージ硬すぎない?と思ったけれど、エロが絡んだときめきを入れてきたあたりは、百合初書き(だと思うたぶん)にしてはなかなかやるでないか~と

でもそろそろ百合=お嬢様パターンは飽きたな。
森島明子さんの、お嬢様女子校の実態を描くほのぼの日常系百合は良かったけど^^
こんなに1誌に何作もお嬢様が出てこなくてもいいんじゃないかなー

一番ぐっときたのは平尾アウリさん『やわらかな夜』かな。
百合はそろそろこの辺までつっこんでほしいな、というところにちゃんとスポットあててるのが。そして「間」のギャグが上手い作家さんは、シリアスシーンの繊細な心理描写も上手いんだなあ、と。
ひらり、コミックスではやく短篇集出してほしいな。

紺野キタさんの連載は、2人の気持ちを「罪」としたまま終わってしまったのがちょっともやもやしたけど、2人で朝食食べるシーンになぜかめっっちゃ感動した。なんでだろう?なんか、すごくよかった。
なんか昔の少女漫画の、夢みたいにいい感じな家で共同生活してる人たちの、日常っぽい何気ない描写なんだけど超絶うらやましい食卓風景…のようなイメージが一気にぶわっとよみがえりました。
こういう食卓風景の百合漫画もっと見たいなー!

青い花(7) (エフコミック) (Fx COMICS)青い花(7) (エフコミック) (Fx COMICS)
(2012/07/19)
志村貴子

商品詳細を見る


志村貴子さんの、人間ってこういう文脈だと汚くなるけど、こういう文脈の裏切り方はしなかったりするよね、みたいな、きちんと人間観察に基づいた描写が、信頼がおけて良いなあ、と思います。

たとえ恋愛であっても、フェアでない関係ってうまくいかないよね、という精神が貫かれている感じもして良い。
フェアでない恋愛ばかりだったふみちゃんは、今度こそあーちゃんと良い関係を築けるのかな。
あーちゃんもふみちゃんを尊重することを忘れてしまわないようにと葛藤しているようで、そういう葛藤のあり方っていいですねー。

ふみちゃんが、あーちゃんの気持ちが自分ほどではないことに悩んでいるのと同じように、あーちゃんも自分の気持ちがふみちゃんに追いついていない、本気ではないんじゃないか、と悩んでいる。
でもさー、ちくびすわれて、その後で舞台の本番前に「顔みときたかった」とか思っちゃうなんて、それはもう、アリだよ!アリアリだよ!w
あーちゃんの気持ちの動きがいい感じにきゅんきゅんしてきました。

映画、ヘルタースケルターを見てきました。

私は原作の漫画を読んだのがたぶん5、6年くらい前で、ほんとりりこ以外のキャラ全てうろ覚え、くらいの状態で見に行ったので、映画そのものからシンプルに受けたものと、原作と比べて感じたことの両方の感想を抱きました。
結局漫画もまた買ってきて読んじゃったんですけどね。


ということで、以下、原作漫画・映画ともにネタバレしてますんでご注意を。
続きを読む

甕のぞきの色 (秋田文庫)甕のぞきの色 (秋田文庫)
(1997/01)
山岸 凉子

商品詳細を見る


今まで山岸涼子の漫画であんまりフェミ的なことを意識したことはなかったんだけれど(僕の目が節穴だっただけかも;)
不倫男と別れる時に「じぶんだけを大切にして生きていけばいい」って言われて、女性の方は何と言われても「自分も相手も大切にできる生き方をする」って決意する話はすごかったな。
やっぱりこの世代の少女漫画大家はジェンダーとは切っても切れないとこがあるんだわ。

「自分を大切にする」ことをずっと奪ってきて、それでいて、彼女がそれを選ぼうとしたら「そうやって自分だけ大切にしてろ」って言うとか、いるいるこういう男。

あとワタシは全然霊感はないんだけど、一時期よく金縛りにあったことがあって、山岸先生の霊感話で「二度目が覚める」っていうのは完全に金縛り体験と一致しててゾクッとしました;

新装版 たのしいムーミン一家 (講談社文庫)新装版 たのしいムーミン一家 (講談社文庫)
(2011/04/15)
トーベ・ヤンソン

商品詳細を見る


みんなわりかし、他人のこと気遣ったりせずに自由にしてて、わがままと言ってもいいくらいなんだけれど、それでもお互い嫌にならずに暮らしていけるのは、「のんきでいられる安心感」に支えられてるような感じがしました。

そこでは、だれでもすきなことをやって、あしたのことなんか、ちっとも気にかけません。ちょいちょい、思いがけないこまったことがおこりましたが、だれもそんなことは、気にしないのです。
最近のBiSのPVがやばい。

最近の…というのは、具体的には『IDOL』と『PPCC』のことだけれど。
アイドルという現象の正体を暴いてしまうような、見方によればかなり危険なPVだ。

しかし私は泣きましたよ。
世の中の全てのアイドルが突きつけられているこの戦い。今までに一体、アイドル自身の表現として、彼女たちの過酷さと誇りを見つめ、こうして世間に知らしめるものがあっただろうか。

まず、IDOL。



その名も〈IDOL〉と銘打ったこの曲で見せたのは、磔にされた魔女を演じるBiSメンバーたちの姿だった。
アイドルである限り晒され続ける魔女狩りの罠。
その十字架を掲げて歩くエキストラは、なんとツイッターなどで募ったBiSのファン=〈研究員〉たち。
アイドルの過酷な運命を暗示すると共に、アイドルファンであること、アイドルを見る側の人間であることは、彼女らを十字架に架ける手のひとつになりうるということも、示しているようだ。

そしてPPCC。



ここでは、アイドルが背負うその運命に希望と覚悟の表情で立ち向かう、5人になったBiSが見られる。
戦う相手の「100人の不良」役には現役プロレスラーを前面に配したが、またもやこの中には〈研究員〉エキストラが多数加わっている。
IDOLからこの、過酷さも表現しながら希望の光が差すPPCCにつながったのは、けして予期して作られたものではないと思う。新メンバーの加入と共に、明るく、頼もしくなったBiS。彼女たち自身の変化があったからこそ描けたこの光景だ。


なぜBiSがこんな表現に辿りつけたのか、必然だったのか、偶然だったのか、もはや分からないけれど、最初からこういうことを意図して始まったわけではなく、しかしいつのまにか「新生アイドル研究会」の名にふさわしくアイドルの本質に迫っていた。
そこには、BiSだけが歩んできた道のりがあるはずだ。

さまざまな反感や関心をもって各所で語られる、BiSに対する世論を見ながら「こういうことだったのではないか」と考えていたことを、折しもBiSマネージャーでインディーズでのディレクターを担当した渡辺氏が話していた。

渡辺淳之介(BiSマネージャー) INTERVIEW

「仕掛ける」という言葉がこの場では使われているが、秋元康のプロデュース術のような、大衆心理を突いた「計算」や「狙い」とは見えない。

そこで起こる化学反応は、メンバーとファンとBiSを取り囲むものすべてが合わさってみなければわからない。「わからない」ということを良く知っているから、計算通りに事を進めようというつもりも、そもそもあまり無いようだ。
BiSが「仕掛ける」ということは、ただ、今のBiSと研究員、そして世の中に、化学反応を起こしそうなものに次々飛び込んでいく、ということのように思える。

私が「考えていたこと」というのは、BiSが、元々アイドルのことをよく知らないスタッフと、最近アイドルを好きになってアイドルになりたいと思った女の子たちとで、手探りで作り上げてきグループなんだろう、ということ。
そして、だからこそ「アイドルってこんな残酷なことだったのか」という事実に後になって直面してしまったのではないか、ということ。

アイドル自身の意志や不満や主張を尊重することと、「アイドルを作る」ということには元々矛盾が生じている。
「女の子の偶像」たるアイドルがアイドルであり続けるためには、操り人形となってその意志を封殺されるか、もしくは操り人形を演じるアーティストとして、セルフプロデュースの才能を発揮することで自らの意志を通すか。
前者の方法が絶対的になっているアイドルは今も多いが、最近でははっきり後者というタイプのアーティストがアイドルを名乗ったり、双方のやり方を取り入れつつバランスを取っているアイドルも多いかもしれない。

BiSが始まった時、プロデュースサイドには、メンバーたちの意志を殺して操り人形化するスキルも、そういうことが必要だという認識もなかっただろう。そしてメンバーにも、ドール的な自己演出をするプロデュース能力もなければ、どんな自己演出をすれば良いかの方向性すらはっきりとは見えていなかったと思う。

だから、他のアイドル以上に互いに傷つき、その傷をファンに隠すことも上手くはできずに多くを露わにしてきた。
例えばもしも…プロデュース方針とメンバー個人の意志が対立するような場面が訪れたとする。そのたびに、いちいち衝突し、いちいち双方が悩んできたのだろう。

しかし、プロデュースサイドの人間とアイドル自身がここまで近い立場でぶつかったり共に悩んだりできる運営だったから、辿り着けた今があるのだと感じる。

「アイドル」と名乗った瞬間から、人々はそのアイドルに偶像を求め始める。
その求めに応えて偶像を形作ろうとすると、IDOLのPVで見たような残酷な光景が待っている。
BiSスタッフだって最初からその残酷さに自覚的だったわけではなく、彼らもきっと、メンバーたちを十字架上に掲げては「この人たちは人形ではなく生身の人間だった」と我に返ることを繰り返してきたのではないか。

だがそうやって我に返るセンスは、アイドルに関して手探りなこのグループだからこそ失われていない、麻痺していない感覚かもしれない。

そして、BiSはなぜか最初から、ケミストリーを信じていた。
そのことに関しては、他のアイドルグループに比べても抜群のセンスだったと思う。
実のところ、アイドルがぐっと面白くなるのは、予期せぬ化学反応が起こった時に他ならない。
そこでプロデューサーもアイドル本人も知らなかった、そのアイドルの魅力が発揮される。

だからきっと今後も、BiSは予測不可能な道を行くだろう。
avexというあまりに意外な大手企業からのメジャーデビューももう目前。
アイドルなのに、「アイドルの現実を直視してしまう」運命に至ったBiSは、とうとう戦う相手を見定めた。

人々の思い描く偶像と、そこに集まる欲望は、アイドルである限り――もっと言ってしまえば大衆の前で表現する人間である限り…さらに、年若い女性であればなお――どんな表現をしようとも終わらない。
どこまでも彼女たちの虚像は欲望され続け、その欲望はあの「100人の不良」のような暴力の化身を常に内に孕んでいる。
5人は今そこに、真っ向から戦いを挑んで行く。

少年アリス少年アリス
(1989/01)
長野 まゆみ

商品詳細を見る


静謐な描写にざわざわしました。
子供の頃の友情って、大人の友情よりもっと親子や恋人同士のような依存性をはらんでる感じで萌えるよなーと思った。


パーム (2) ナッシング・ハート (ウィングス・コミックス)パーム (2) ナッシング・ハート (ウィングス・コミックス)
(1985/02/01)
伸 たまき

商品詳細を見る


ジェームズのようなキャラって、誰にも愛されず誰も愛せず育った、みたいにされることが多いので、そうじゃなくってなんか嬉しかった。
漫画でもなんでも、一言感想でいいからちゃんとブログに記録しとこう~と思い立ちました。


かみなりソーダ (ディアプラスコミックス)かみなりソーダ (ディアプラスコミックス)
(2006/08/30)
依田沙江美

商品詳細を見る


なんか萌えたいなー、と思って、ちょっとブックオフで買ってきたBL。
依田沙江美さんの描く男の子の可愛さはハンパないっす。
この人の、子供みたいな、屈託の無い、ぽーっとした子とかって、すんごい萌える。
「子供萌え」の人ですな。
でも子供萌えって(実年齢が子供じゃなくても)だましてるっぽい罪悪感と隣り合わせなんだよね。。。



パーム (1) お豆の半分 (ウィングス・コミックス)パーム (1) お豆の半分 (ウィングス・コミックス)
(1984/07/01)
伸 たまき

商品詳細を見る


こないだお会いしたナガノハルさんからパームという超大作のことを聞いて、興味が湧いて読んでみた。
ジェイクくんとアンディくんの関係はすごいな。萌えの真髄ですな。
しかしデビュー作がこのお豆の半分で、以来20年以上かけて同シリーズを描き続けているっていうのはすさまじいものがあるなあ。
この主人公たちのいろんな話が1話ごとに展開されて全10話って感じなのでしょうか。この先も楽しみ。