コミュニケーションに必要なことって、ひとえに
「自分の立場の強さを利用しない、相手の立場の弱さにつけこまない」
という気遣いだけなんじゃないか?と、最近思い至った。

いつも周りに人がいっぱいいて、「人と話すのが得意だ」と思っている人でも、これに気付けていなくて不用意に他人を傷付ける人はたくさんいる。
コミュニケーションにおいて強者であることは、けしてコミュニケーション能力が高いことではないと思う。
日本では弱者に気遣わない強者がコミュニケーションにおいて最善のように扱われることが多くて、一部の人がその態度に鼻白むという構図も多い。

同時に、「人と話すのが苦手だ」と思っている人がやってしまいがちな抑圧もあるな、と思う。
自分がコミュニケーション弱者だと思っていると、どんな場面でも自分が一番弱いと思い込んでしまう。そうすると、自分の立場が誰かにプレッシャーを与えるものになっていても、気付けなくなってしまう。

上下関係とか、その場での主導権において、実は相手の方が立場が弱くて、自分に対して緊張しているということは、誰にでもありうる。そんな時でも「自分はコミュニケーションが苦手だ、人見知りだ」と思って閉ざした態度を取っていると、相手を萎縮させストレスを与えてしまうということが起こってくる。
相手の立場が弱いほど、自分がコミュニケーションを拒否するのも簡単になる。それは相手の弱さにつけこんでいると言えないだろうか。

一見すれば相手の方が目上の人の場合でも、相手がこちらにとても細やかに気を遣ってくれているおかげで、自分が簡単にコミュニケーションを拒否することができてしまうこともあるだろう。その時自分は、相手より強い立場を手に入れて、それを利用してしまっていないだろうか。

人と人が出会う時に、どうしても立場の強さ弱さは生まれてしまうと思う。それに対してお互いに敏感になることこそが、「コミュニケーション」の本当の基本なんじゃないかな、と最近よく思う。
私の周りには、誰かが傷つくようなことが苦手で、心優しいタイプの「コミュニケーションが苦手な人」が多いのだけれど、そういう人は、

・自分の立場が強くなっていないか
・それを利用してしまっていないか

ということにだけ気をつけるようになれば、もう少しコミュニケーションというものが気楽になるんじゃないかな。
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