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キンキーブーツ観てきたよ〜〜うおおお〜〜ヽ(;▽;)ノ

ドラァグクイーンのローラと出会い、ドラァグクイーン専用のブーツを作ることになる潰れそうな靴屋の跡取りチャーリーと、靴工場で働く人々の物語。

メインテーマとしては当然、ドラァグクイーンというマイノリティであるローラの存在を、みんながどう受け止め、差別を乗り越え成長していくかというドラマが描かれる。

けれど、それだけではないメッセージがこの物語の骨太な魅力になっている。
「男らしさとは何か?」という投げかけ。
男性が「男らしさ」として誇るもの、誇ろうとして手に入れようともがくものは、実は女性は全然求めていない肥大したプライドだったりする。

ドンのような男性は、ローラのような存在を嫌い、下に見ようとする。ローラが誇り高くあること、ローラが人から受け入れられることは、ドンが自分自身の価値だと思ってきたものを破壊するからだ。
そんなドンにローラが与える課題は、「あるがままの他人を受け入れること」。ドンは混乱して「どういう意味だ?」「それだけやればいいのか?」「誰に対して?(すべての人、とローラは答える)」と問う。書いてあるそのままの意味が、「男のプライド」にこだわって生きてきたドンにはすぐには理解できない。

靴屋の跡取りチャーリーは、基本的にとても優しい男だと思う。
腕力に自信があるようにはとても見えないのに、柄の悪い輩に絡まれている女性(だと思ったローラ)を助けようと間に入る。ローラの子どもの頃の話を聞き、父親への思いに共感し仲間になる。
そんなチャーリーにも、誰にも認められずくすぶっている「男のプライド」がある。社長の息子で優男で、自分の実力や才能を見てくれる人がいない中で、なんとか自分なりの道を見つけようともがいていた。しかしくすぶっていたチャーリーのわずかなプライドが、彼本来の優しさを妨げる。
このチャーリーの、本来の優しさと、プライドこじらせ具合のバランスを、小池徹平は表情や仕草で見事に表現していて、さすが憑依型俳優!という演技だった。

人が誰かに対して差別的な言動をする時、その言葉をぶつけた相手への偏見以上に、自分自身に対する自信のなさや、人と自分を比べてしまうこと、自分を大きく見せようとすることが起因しているのではないかと思う。

けれど、そんな間違いすらも受け入れて、もう一度大切なことを思い出し立ち上がる勇気を与えるのは、靴工場の人々、ローラ、エンジェルズといった仲間たち。
「仲間が支えてくれる」というのも、この芝居のひとつのテーマかもしれない。

落ちてても Let me raise you up
萎んでも Let me raise you up
錆びてても 引き上げて あげる

そう言ってくれる仲間を作ること、それがキンキーブーツが伝える、人生をより良く生きるコツのようなものかもと思う。

ローラ役の三浦春馬は若手ながら貫禄あるドラァグクイーンに成り切っていて、的確に人物を表現する小池徹平、キュートで芸達者なソニン、その他脇を固めるのも役者も実力派揃いで、最高にハッピーな空間を魅せてくれる。

ただ、訳詞が森雪之丞で、この人の作詞は私はとても好きなんだけれど、歌謡曲をずっとやっていた人だからか韻を踏んだり英語っぽい響きにしている歌詞が多くて、芝居の中だとどうしても聴きとるのが難しかったのがちょっともったいなかった。
せっかく重要そうなメッセージを歌っているところで聴き取れないのはけっこう悲しい。その分全曲の詞をパンフに載っけてくれてるのはありがたいけど!

しかし何より涙が止まらなかったのはラスト。観客も含めてお祭りだった!
観客の中にはセクシャルマイノリティのことを、何となく耳にはするけどよく知らないという人も、きっとたくさんいたと思う。だけどラストのあの雰囲気は、まるでプライドパレードのようで、いろんな意識レベルの人と一緒にパレードが出来ているような感覚に、号泣した。

こんな素晴らしいことが、これから日本でどんどん起こっていくといいな。ミュージカルはきっとそんなチャンスを与えてくれる場だと思う。そう思わせてくれたミュージカルだった。
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