ああ、何から話したらいいだろう。

今日、心に決めていたことを一つ、無事に遂げました。
うれしいのと申し訳なさと切ないような変な気持ちでまだ混乱しています。


私にとってずっとコンプレックスは「恋愛」だったと思う。
今24歳、ことしの9月には25歳になるけれど、私はまだ恋をしたことがない。


最近、長崎の五島列島に3日間滞在する出張の仕事があって、それが意外と心労がきつい仕事で、「帰りたい」と心中で何度もぼやきながらなんとか仕事を終えて、五島から長崎市内へ戻る船に乗り込んだのですが。
もう少しで長崎港につくという時に、船中で眠っていた私は目を覚ましました。夢を見ていたかどうかは覚えていません。
でも、その時なぜか急に頭に考えが降りてきました。
「彼と別れよう」
と。

ゲイやレズビアンやFtM、MtFといった、色んな性のあり方が存在するように、「恋愛をしない」という性があってもいいじゃないかと、急に思えたのです。
私には、そういうセクシャルマイノリティーの人間として生きる道があるじゃないかと。
もちろん、いつか恋愛する可能性がゼロとはいわない(もしかして「恋愛しない自分」のままだれかと愛し合うことができる場合もあるかもしれないけど)。でもそれは、ゲイでも異性を好きになる可能性が0とは言い切れないのと同じことじゃないかと。私は私のこの状況を、一つの性のあり方と捉えても許されるんじゃないかと。

その時すごく感じたことは、「あ、これで生きていける」っていうことです。

つまり、今までは、恋愛できなかったら、歳をとってもずっと処女のままだったら「生きていけない」って、きっと私は思っていたんです。それが死ぬほど恥ずかしくて嫌なことだったんです。


付き合っていた恋人には、もともと私からアプローチして、告白しました。
「人として」一番好きな男性が彼だったからです。
その気持ちは今も変わらないし、むしろ付き合う中で、もっといいところをたくさん見つけてもっと好きになった。でも「ずっと一緒にいたい」とか「離れたくない」とか、「会えなくてさびしい」とか思うことができなかった。彼も、「人を好きになることがわからない」と言いつつ、私となら、と付き合ってくれた人だったので、1年と4ヶ月の間、全く2人は恋人らしい雰囲気になることはありませんでした。手もつないでません。

私は、「人として」好きになって付き合えば、そのうち本当の恋人になれると信じていた。
そうやって自分はきっと恋ができるんだと。
でも、そういうつもりで彼に告白したことを、彼自身に言えない時点で卑怯だったし、やっぱりそれじゃうまくいかなかった。


今日、長崎土産の鯨のさえずりと私の手料理を初めて一緒に食べながら、彼にそのことを全部話しました。
そして、私が私として、自分を肯定して生きるために、別れたいということを。
自分の問題ばっかりで、急に勝手なことを言ってごめんなさい、と。

そのときの彼の受け入れ方がすごかった。
これって、人によっては「意味がわからない」と言われてしまうようなことで、全然話が通じない心配も私はしていたんだけれど、話すそばから全部肯定してわかってくれた。
いや、たぶん全部私の言ってることわかる、というのではないんだろう。わからないところもあっても、それも含めて私が言いたいこと、やりたいことを肯定してくれたのだと思う。
たぶん動揺もしていたし、「驚いてるよ」とも言ってたけど、ただただ受け入れるその態度は一貫していて、私は今日また彼を本当に好きになりました。彼は、大好きな友達になってくれました。


ずっと、友達との間で恋愛の話をするときも、どこかで見栄をはっていて、彼のことを正直に話すことができなかったし、彼と会っても「今日は手をつながなきゃいけない」とか「もっと距離を縮めなきゃいけない」とか考えては実行できずに落ち込んでいた。
でも、今日、別れを切り出してから、いろんな話ができた。
関係あることもないことも、お互いの話、不思議なことに今まで聞いた事なかったような思いも今になって聞けて、付き合っていたときより近くなった気がした。

それでも彼と付き合って本当によかったと思う。
「私にも恋ができるかもしれない」というドキドキは、恋のときめきに似ているかどうかわからないけれど、とても楽しいものだった。
うまくいかなくて落ち込んだりいらだったりすることも、付き合わなきゃできなかった。その相手が彼でよかった。
本当に感謝。

それにきっと、ここまで頑張らなきゃ自分が「恋ができない」ということを認められなかったと思う。
でもそれは、私自身の弱さだ。他人の目を気にして、「私は恋に臆病でも、出会いに消極的でもない」と言い張れる自信がほしかったんだろう。ほんとはそんなものなくたって、どんな自分でも肯定していいはずなのに。

だから、私はこれから自分のこの、「恋をしない」性のあり方をいろんな人に知ってもらいたいと思ってます。
私は、いないことにされたくない。
「そんなことありえない」とは言われたくない。

きっとこれから色んなことを言われるだろうし、言われることはわりに予想がつく。私を「治そう」とする人もいるだろうし(私自身が試みたように)、ただの「淋しい女」が逃げ場としてセクマイを利用しているとも思われるかもしれない。「いつか恋ができる日がくるよ」とか、死ぬほど言われるんだろーな、とか。

でも、「自分も恋愛感情がないかもしれない」と悩んでいる人には、その人が私と同じかどうかはわからないけれど、言いたい。
「そんなことで人生の価値は下がらない」と。
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