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予定変更。
今回の「なぜアイドルなのか」ではCHIX CHICKSとキャンディーズを中心に、アイドルとしての完成度の高いパフォーマンスってなんなのかを語るつもりだったんですが、思いの外時間がかかりそうなのと、WaTの活動が動き出してるのもあって、こっちを先に出そうと思います。
テーマも予定していたものと変えます。



第三回「男性アイドルがアイコンとなりうるかは、WaTにかかっている」



現行の男性アイドルグループの多くはアイコン的でない、と私は思っているのです。
広義で男性アイドルを捉えた場合に、かろうじてEXILEが引っ掛かるくらいかと思います。
KinKi Kidsが昔少しアイコンぽかったけど、今のジャニーズは記号的なグループ自体いなくなっちゃったなあ。

※あくまでアイコン的であるかを基準に語っています。タレントとして魅力的かどうかは別の話です。


「アイコン」とか「記号化」とか「象徴化」とかって言葉、今まで定義しないで使ってきてしまったけど、ちょっとここで今さらちゃんと定義しようと思います。

基本的には
記号化+象徴化→アイコン
という構図を描いてます。

★記号化とは―
顔を取り去った「シルエット」や「デザイン」で想起される人物・グループとなること。
EXILEは1人の顔も知らなくても全体を見てEXILEだとわかるあたり、AKB48に良く似た記号化をしてると思います。

★象徴化とは―
その人物以上のイメージ(架空のキャラクターや世界観、物語、概念、信仰など)を重ね合わせたり、創造されたりする現象が起こること。
忌野清志郎がBossやKingやGodと呼ばれるのがいい例でしょうか。

記号化と象徴化は、互いに連鎖する関係になることがある。

Perfumeは髪型やルックスを明確にキャラクター分けすることによって、3人という数字を一種の記号として用いている。「3」のイメージは様々な形に派生し、例えば3つの「点」ですらデザインによって「Perfume」と思わせることができるだろう。アルバム「⊿」がいい例だ。
「3」にまつわる多種多様なイメージがPerfumeの先に想起される。
これは記号化から象徴化につながった例。

象徴化から記号化につながる例っていうと、清志郎がそうだと思う。
彼のパフォーマンスから、1人の人間である以上の、神々しいような迫力を感じるファンは多い。その死に際して(私もそうだったが)、「清志郎は死なないと思っていた」という人が本当に多かった。信仰の対象に近いイメージを抱かせるほどの確かさが、パフォーマンス中の清志郎にはあった。
彼は派手な色の化粧と服装がトレードマークだったけれど、あれだけならけっこう誰でもできるものではあるし、本人も「人と違うことをやろう」くらいの感覚で、最初から「トレードマーク」を作ることまで狙っていたわけじゃないだろうと思う。しかし、彼自身があまりにも唯一無二なイメージを持ったために、実はそこまで特異ではないあの派手な格好も、まるで唯一無二のものかのような印象で、「清志郎」の一種の記号となってしまった。

★こうして「記号化」と「象徴化」が互いに連鎖し合い同時に起こっている人物やグループを、ここでは「アイコン的な存在」と呼ぼう。


さて、女性アイドルではこのアイコン的存在は今までたくさんいたし、今も存在するのです。
ザ・ピーナッツからしてそうだったし、キャンディーズ、ピンクレディ、Wink、PUFFY……Perfumeを経て現在の「アイドル戦国時代」に至るまで。
しかし、男性アイドルではなかなかそういう存在が現れないこの不思議な現実。
むしろ清志郎のような、「天才」と呼ばれる人の方がアイコン的になることが多い。記号化までは多少いたようだけれど、先述のEXEILEも含め、象徴化の部分で弱いように感じる。

アイドルと呼ばれる人たちは、分かりやすい「才能」という看板を持たないがゆえに、記号化が先にあって象徴化が後押しされることが多い。
象徴化されるところには、畏敬に近い気持ちがあるだろう。
人間を超越した美しいイメージ、ファンタジックな物語、もしくは信仰心であったり。
ところがここに“「才能」の看板を持たない男性は象徴化されない”という、男性アイドルに立ちはだかる壁があるんじゃないだろうか。

これはちょっと恐ろしい話だと思う。

「男は天才でなければ超越した存在になれない」ということ。
女は超越できるのだ、天才的な能力によってではなく、その純粋さやひたむきさ、可愛らしさによって。

これ、私は書いていてけっこうぞっとしている。
男性が純粋だったりひたむきだったりするのを見て、出てくるのはせいぜい「頑張っている」「真面目」「えらい」などの言葉。その頑張っている姿の美しさに聖性を見いだし、象徴的なイメージに昇華させる人がどれだけいるだろう。
女性の「可愛らしさ」は神聖なものとさえ評価されるが、男性の「可愛らしさ」は多少印象を良くする以上の評価はされない。



―私は、「可愛いこと」は、芸術的・文学的な価値であり、人間の本質的な美しさの1つだと思っている。
老若男女関わらず、どんな人間でも可愛さを持っている。
媚びることや、他人から求められて見せなきゃならない「可愛げ」なんかではない。
例えば、アンリ・ルソーの絵の美しさ、井伏鱒二の文学の美しさ。ユーモアとも近いものだと思う。
可愛さを失うことは、人間らしさを失うこと。
現代の日本で、男性は、人間らしさを美しいことと認められない窮屈さの中にいるんじゃないか。



下はWaTのライブ映像。涙ぐみながら歌う彼らの姿に、「可愛い」という言葉が浮かび、笑みが自然とこぼれる。



そして、容姿の美しさだけではなく、この光景や、彼らの存在そのものに対して美しいと思える。

感動して泣く姿に「可愛い」と微笑んでしまうのは、一種のからかいや、見下し、馬鹿にしていると捉える人もいるだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか。
心から感動しながらも、つい微笑んでしまう不思議な「ユーモア」があること、それはこの世で一番美しい「可愛さ」であり、「人間らしさ」だと思う。そんなふうに「可愛い」と言われるものを、「実力のないもの」「イロモノ」のように扱ってしまう風潮が現代にある。
私はそんな風潮が嫌だ。男も女も、実力なんか関係なく「可愛い」だけのアイドルの方がずっといい。


実際はアイドルたちは、優れた才能の代わりに、優れた容姿を持っている。
私は才能が認められることも、容姿が良いと認められることも同じようなことだと思っている。どちらも適正に合う場所を見つけられ、幸運だということ。
ただ、才能を存分に活かしている人が、どんなに人間の本質的な可愛さ、美しさで人を感動させたとしても、「やっぱり彼は天才だ」という能力評価に帰結してしまうことが多い。
アイドルは、現代社会で馬鹿にされている。「顔がいいだけ、実力がない」と言われている。だからこそ、アイドルは顔も実力もただの適正の一つでしかなく、本当に素晴らしいものは別にあることを人に認めさせる力があると思う。



実はWaTがアイコン的であるとはまだいえない。
ただ、その種はある。
元々の顔は似ていないのに、なぜか双子のように見える、表情によってはソックリに見えることもある2人の姿は、今後もっとデザインに活かしていけばWaTを表す記号になりうる。(これ、新曲のジャケットを見るとそれを狙ってるんじゃないかと思える雰囲気がある)
声質も似ていて(だんだん似てきた)、ハモっているとどっちがどっちのパートか聞き分けが難しいくらいなのも、その記号を後押しする要素になるだろう。

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ファンタジックな容姿については、ファンの方が昔から実感していたと思う。漫画のキャラクターに重ねられることも多い。とくに呼び声が高いのは、『BANANA FISH』のアッシュ(ウエンツ)と英二(小池)、『ポーの一族』のエドガー(ウエンツ)とアラン(小池)。
シリアスなキャラにウエンツを持ってくるイメージは、彼の素の明るくない表情(笑)を知っているファンならではだと思うけど。(ファンサイトにあった写真を携帯の壁紙にしてたら「ウエンツなんでこんな表情なの?」と言われたことがあるw)

天使や悪魔や妖精のような、西洋的なファンタジーのイメージに重ねることも容易いし、いろんなコスプレが似合いそう(笑)
何より、2人のまるで恋人同士のような友情(一応自重していますw)は重要なファンタジー的要素だと思う。むしろそこも、双子に近いのかもしれない。四六時中ぴったりくっついていても不自然じゃない関係。恋人よりも神秘的・超越的な絆。でも、飾らず屈託がない。

【2人の関係性・参考動画】

彼らは、わかりやすい「才能」という看板を持っていない。
そして、「男としてデキるところを見せよう」みたいな感覚も、現代日本の男性としては不思議なほどに、表に出ない。

それは1人1人の活動のときも同じだ。ウエンツは「先輩の胸を借りる」ことを意図的に武器にしているようなところがあるし、小池にいたっては、どんなに「男として俺は~」なんて力んでも微笑まれるだけだということを本人も知っちゃっていて、あきらめて逆に気楽になっているふしがある(ように見える)。

彼らなら、記号化されることを、自然に美しいこととして受け止め、発信していけるのでは。
発信する側が、実力主義を脱ぎ捨て記号的な美しさを受け入れなければ、象徴化されるほどまでには至らない。
本人とファンの相互に、実力を主張せずとも、矛盾を感じず感動できる承認があって、はじめてアイコンは完成する。

そういうしなやかさを持っていると感じる男性グループは、今のところ、WaT以外に私は見つけられないのです。
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