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『魔法少女まどか☆マギカ』のラストに提示された解決方法は、私にとっては、とても苦々しいものだった。

魔法少女というものは、基本的に大人の肩代わりをして犠牲になる存在。
それは、戦闘しないミンキー・モモなどの魔女っ子の頃からそうだ。
大人が解決すべきトラブルを魔法という優れた能力を持つ少女が代わりに片付けてくれる。戦闘少女が登場してからは、その残酷さがさらに顕著になった。
しかし、その歪んだ在り方のために溜め込まれていく怒り、悲しみ、それがまどマギでいう、ソウルジェムが濁るということだと思う。
なのに、戦うだけ戦わされて、その怒りは無かったことにされるのが解決方法だなんて。
まどか、なんてことをしてくれたんだと思った。


『戦姫絶唱シンフォギア』も、大人の肩代わりをして戦場に立たされる少女たちの話だ。
特に主人公・響のキャラクターはわかりやすい。
「人助けが趣味」。
多くの犠牲者を出した事件の生存者であるため、自分の生きる意味を強く求め、人を助けたいという気持ちが強い、という設定。
こういう少女は、現実にもいると思う。

普通に考えたら倫理的に許されないのだ。いくら少女だけが、敵と戦う能力を持ち得るからといって、彼女たちを戦士とするなんてことは。
けれど、その表現が象徴するような事は、日々起こっている。
正義感や優しさから周囲の期待に応え、平和の実現のために、本当は大人が行動しなければならない場面で子供が平和の使者のような役割を果たしてしまう事が。

シンフォギアでは、少女たちを戦場に立たせる大人たちの姿も描かれる。
風鳴弦十郎はその代表的存在だけれど、彼はたびたび「大人の責任」について言及する。

ストーリーの前半では、この特異災害対策機動部二課の人々も、少女たちに大人の責任を押し付けていることには違いない、と私は考えていた。
それは間違ってはいないと思うが、しかし、弦十郎の台詞を聞くうちに、私自身大人として、魔法少女のような役割を負ってしまう現実の少女たちのために何ができているのだろうか、と自問するようになった。
魔法少女たちを利用するシステムが出来上がってしまっている以上、できることなどほとんど無くて、弦十郎は傍にいてアドバイスすることで、既に魔法少女になってしまった彼女たちに大人ができる精一杯の支えを務めているのかもしれない、と。

しかし、響を、ひたすら「人助け」しひたすら「周囲の期待に応え」ようとし続ける在り方から解放したのが、未来の存在だ。
未来とは、何なのだろう。

“お姫様になれない女の子は、魔女になるしかない。”(『少女革命ウテナ』の影絵少女の台詞)

しかし魔法少女でない未来が、やがてお姫様になる存在かというと、そうではないように思える。
未来は「守られる」だけの存在であることを、やめてしまったのだから。

響に対する未来の思いの強さは、明示されはしないが、同性愛のように映る場面も多々あった。
守られる側の人間となって生きることは、少女たちにとって将来シンデレラ城の中に収まるための準備だ。
未来はそこから脱し、特別な力は持たなくとも響と共に戦う道を見つけ出し、自分自身の行動力を発揮していく。それは大人の代わりではなく、ただ響のために、未来が自分で起こした行動。
「役割」ならば代わりがきくが、未来の響への愛情は誰も代わることができない、未来だけのものだ。

他者の期待に応えるためにでなく、ただ自分の愛のために行動することにおいては、フィーネと未来とは、同じ原理の上にあるとも考えられる。いかにも「魔女」らしい表象のフィーネ=櫻井了子。彼女が魔法少女と対立する魔女なら、未来は魔法少女を助ける魔女なのではないか。

そう考えると、まどマギにも、未来のような少女が存在した。
世界の救済よりも、まどかのためだけに行動したほむら。
ほむらの目的は何度巻き戻す時間の中でも叶えられず、それでも彼女はあきらめず繰り返した。にも関わらず、まどかは自己犠牲を選んでしまった。ほむらの気持ちは届かなかった。

シンフォギアでは、未来は行動だけでなく言葉で響に伝えることができた。響自身も言葉にすることで人に伝わることを信じている少女だった。
未来と響の関係に限らず、この物語は基本的に「言葉で伝える」ということを信頼しているように思える。

そういえばフィーネの目的も、統一言語によって創造主に想いを伝えることだった。
けれど、問題は「言語」ではないのかもしれない。
向き合って言葉を交わすその時間や空間。自分のために思いを言葉という形にしてくれているというその行為。コミュニケーション。
それが未来にできて、ほむらやフィーネにできなかったことなのではないだろうか…。


私(たち)は現代の魔法少女たちのために、どんなコミュニケーションができるだろう。

「君たちを愛するよ」
「1人で背負わせないよ」
「強くならなくていいよ」

そういう言葉を伝えていくために……
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