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最近のBiSのPVがやばい。

最近の…というのは、具体的には『IDOL』と『PPCC』のことだけれど。
アイドルという現象の正体を暴いてしまうような、見方によればかなり危険なPVだ。

しかし私は泣きましたよ。
世の中の全てのアイドルが突きつけられているこの戦い。今までに一体、アイドル自身の表現として、彼女たちの過酷さと誇りを見つめ、こうして世間に知らしめるものがあっただろうか。

まず、IDOL。



その名も〈IDOL〉と銘打ったこの曲で見せたのは、磔にされた魔女を演じるBiSメンバーたちの姿だった。
アイドルである限り晒され続ける魔女狩りの罠。
その十字架を掲げて歩くエキストラは、なんとツイッターなどで募ったBiSのファン=〈研究員〉たち。
アイドルの過酷な運命を暗示すると共に、アイドルファンであること、アイドルを見る側の人間であることは、彼女らを十字架に架ける手のひとつになりうるということも、示しているようだ。

そしてPPCC。



ここでは、アイドルが背負うその運命に希望と覚悟の表情で立ち向かう、5人になったBiSが見られる。
戦う相手の「100人の不良」役には現役プロレスラーを前面に配したが、またもやこの中には〈研究員〉エキストラが多数加わっている。
IDOLからこの、過酷さも表現しながら希望の光が差すPPCCにつながったのは、けして予期して作られたものではないと思う。新メンバーの加入と共に、明るく、頼もしくなったBiS。彼女たち自身の変化があったからこそ描けたこの光景だ。


なぜBiSがこんな表現に辿りつけたのか、必然だったのか、偶然だったのか、もはや分からないけれど、最初からこういうことを意図して始まったわけではなく、しかしいつのまにか「新生アイドル研究会」の名にふさわしくアイドルの本質に迫っていた。
そこには、BiSだけが歩んできた道のりがあるはずだ。

さまざまな反感や関心をもって各所で語られる、BiSに対する世論を見ながら「こういうことだったのではないか」と考えていたことを、折しもBiSマネージャーでインディーズでのディレクターを担当した渡辺氏が話していた。

渡辺淳之介(BiSマネージャー) INTERVIEW

「仕掛ける」という言葉がこの場では使われているが、秋元康のプロデュース術のような、大衆心理を突いた「計算」や「狙い」とは見えない。

そこで起こる化学反応は、メンバーとファンとBiSを取り囲むものすべてが合わさってみなければわからない。「わからない」ということを良く知っているから、計算通りに事を進めようというつもりも、そもそもあまり無いようだ。
BiSが「仕掛ける」ということは、ただ、今のBiSと研究員、そして世の中に、化学反応を起こしそうなものに次々飛び込んでいく、ということのように思える。

私が「考えていたこと」というのは、BiSが、元々アイドルのことをよく知らないスタッフと、最近アイドルを好きになってアイドルになりたいと思った女の子たちとで、手探りで作り上げてきグループなんだろう、ということ。
そして、だからこそ「アイドルってこんな残酷なことだったのか」という事実に後になって直面してしまったのではないか、ということ。

アイドル自身の意志や不満や主張を尊重することと、「アイドルを作る」ということには元々矛盾が生じている。
「女の子の偶像」たるアイドルがアイドルであり続けるためには、操り人形となってその意志を封殺されるか、もしくは操り人形を演じるアーティストとして、セルフプロデュースの才能を発揮することで自らの意志を通すか。
前者の方法が絶対的になっているアイドルは今も多いが、最近でははっきり後者というタイプのアーティストがアイドルを名乗ったり、双方のやり方を取り入れつつバランスを取っているアイドルも多いかもしれない。

BiSが始まった時、プロデュースサイドには、メンバーたちの意志を殺して操り人形化するスキルも、そういうことが必要だという認識もなかっただろう。そしてメンバーにも、ドール的な自己演出をするプロデュース能力もなければ、どんな自己演出をすれば良いかの方向性すらはっきりとは見えていなかったと思う。

だから、他のアイドル以上に互いに傷つき、その傷をファンに隠すことも上手くはできずに多くを露わにしてきた。
例えばもしも…プロデュース方針とメンバー個人の意志が対立するような場面が訪れたとする。そのたびに、いちいち衝突し、いちいち双方が悩んできたのだろう。

しかし、プロデュースサイドの人間とアイドル自身がここまで近い立場でぶつかったり共に悩んだりできる運営だったから、辿り着けた今があるのだと感じる。

「アイドル」と名乗った瞬間から、人々はそのアイドルに偶像を求め始める。
その求めに応えて偶像を形作ろうとすると、IDOLのPVで見たような残酷な光景が待っている。
BiSスタッフだって最初からその残酷さに自覚的だったわけではなく、彼らもきっと、メンバーたちを十字架上に掲げては「この人たちは人形ではなく生身の人間だった」と我に返ることを繰り返してきたのではないか。

だがそうやって我に返るセンスは、アイドルに関して手探りなこのグループだからこそ失われていない、麻痺していない感覚かもしれない。

そして、BiSはなぜか最初から、ケミストリーを信じていた。
そのことに関しては、他のアイドルグループに比べても抜群のセンスだったと思う。
実のところ、アイドルがぐっと面白くなるのは、予期せぬ化学反応が起こった時に他ならない。
そこでプロデューサーもアイドル本人も知らなかった、そのアイドルの魅力が発揮される。

だからきっと今後も、BiSは予測不可能な道を行くだろう。
avexというあまりに意外な大手企業からのメジャーデビューももう目前。
アイドルなのに、「アイドルの現実を直視してしまう」運命に至ったBiSは、とうとう戦う相手を見定めた。

人々の思い描く偶像と、そこに集まる欲望は、アイドルである限り――もっと言ってしまえば大衆の前で表現する人間である限り…さらに、年若い女性であればなお――どんな表現をしようとも終わらない。
どこまでも彼女たちの虚像は欲望され続け、その欲望はあの「100人の不良」のような暴力の化身を常に内に孕んでいる。
5人は今そこに、真っ向から戦いを挑んで行く。
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