2013年最後の日となりましたが、この1年ではなく2週間のみを振り返る空気を読まないブログがこちらになります。









ヤマシタトモコさんの漫画は好きなんだけど、昔ほど好きじゃなくなったな、とも思ってる。
「普通」とか「世間の目」とか気にしてそれに従うのがいいと思ってる女の子がけっこう出てくるけど、なんか不自然で気になっちゃうんですよね。そういう価値観を持ってる子に、作家なりに寄り添おうとしてるんだろうけれど、寄り添うために結局「こっち側」に寄せた価値観を心の底では持ってることにしちゃったりするところが見える。

他者が自分自身の生き方とか身体とかをどうするのかってことをジャッジしたり馬鹿にしたりすることは、できる限り放棄しようと思ってから、読むものに対する気持ちもちょっと変わってきたかな。

あと、本美さん見てて思ったのは、親の方から完全に子離れするのは無理なんだなー、と。
あるところで、子どもの方が意識して親離れしなきゃ、親は帰ってきて様子がおかしい子どもに対して「どうしたの?」って声かけるのを自分からやめるのはできないよな。
毒親じゃなくても、多くの親はそういうところから抜け出せない部分はみんな持ってるんだと思ったり。



すべてのアイドルに対して、揺るがずこう思います。
自分のためになるか否かを判断する力を養うことが何より大事だな、と思います。ファンなんていっくら騙したっていいよ!わたくしの勝手な自論ですが。



ずっとやりたがっていた、WaTしばりの1人カラオケやってしまいました。
本当にいい歌詞のいい曲が多いんだよー。聴いてよー。そして歌詞に対してはもれなく妄想が加わります。











ちょっとツイートでは決定的なネタバレは避けようと思ってたんだけど、ここでは気にせず追記しようかなと。
かぐや姫が途中から都に連れてかれて都で育つのは、本人の意志にそわないことだったけれど、都の生活の中で田舎の山里での生活をどんどん理想化していくのは、地方格差の一種の図式になっちゃってて何とも残酷だな、と思った。
姫の作ったミニチュアの山の風景なんて、まるでマリーアントワネットのプチ・トリアノンだし、捨丸と再会して彼とだったら上手くいったと無邪気に言い切るのをほとんどの観客は疑問の目を持って見ただろう。田舎で暮らしていたのも事実だし、その地を愛していたのも事実なのに、姫の言葉は意図せず全部嘘になる。捨丸はそれを受け入れるけれど(このシーンは空想と混在して事実だったのかよくわからなくなっているが)、捨丸の好意も、守らなきゃならない妻子を置いて「2人で逃げよう」なんていう、姫は知らない「大人の男」の捨丸の、「突然表れた美しい女へのよろめき」みたいなものでしかないんだから、本当に残酷だ。

あともう一つ、かぐや姫が月の迎えのことを告白するシーンで、突然「月に帰りたくない!ここにいたい!」と言い出すの、精神錯乱した人が突然全然違うことを言い出すみたいで怖かった。映画では本当に月の迎えは来るんだけれど、あの時の姫の心情は「ここから逃げたい、この世界でもう生きていけない」というものだったように思う。もう生きていけないと感じているけれど、この世の生を捨て切ることには未練がある。「生きたくない」を告白するより先に、「死にたくない」を口にしている。そういう状態になる人っているなあ…と。それを意図して描かれたのかどうかは不明ですが。


さてー、今年もあと数時間になってきましたね。
来年は本をいっぱい読んで、運動をして体力つけるぞー!←失敗フラグすぎる
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