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ミクシィの文芸創作コミュに面白いトピックが上がっていて、面白いので回答したら、2年くらい前のトピックで質問者はもうミクシィにいないらしいとのこと。

けっこう面白いことが書けたと思ったので、こっちに転載します。

さて、いま面白いって何回かいたでしょう?←しょーもなくてすんませ;



質問の要旨:
「文学の言語使用の特殊性」「言語化することの意味」を考えています。
皆さんはなぜ小説や詩を書こうと思いましたか? なぜ言葉にしようと思いましたか? 言語化する意味とは?



で、こう書いた。


人間は物語を必要とする動物であることは、とても不思議なことです。


「言葉」は、意味のないものに意味を与える、混沌とした物語のない(我々の元々の)世界に物語を与えるものです。
そのために筋道がなぞられ、混沌が切り捨てられる、または覆い隠されるために、「言葉」というものは表面的であるともいえます。

しかし人間は物語を求めるとともに、芸術に対しても貪欲です。
芸術は、人間が意味を与えることのできない混沌の世界を表現しようとします。


実は、小説など「物語」を書くことは、もともと物語を持った「言葉」を様々な方向から重ねることで、混沌を表現しようとする芸術の行動なのではないかと思っています。
「詩」においてはもっと直接的に物語を否定して言葉を重ねる行動になっている。


私自身は、まず詩から書き始めました。
人と関わることが極端に少なくなってしまった頃があって、そうすると人は自分がわからなくなるんですね。
言葉によって物語化して、救われていたんです。
思えばコミュニケーションも言葉による自身の物語化かもしれません。

そしてそれは、詩にすることによって再び物語のない混沌を目指す。
それは、自分の中にある「否物語」の部分を肯定してやる行為だったのかもしれません。

今は主に小説を書いています。
やはり、物語を書きながら、言葉に出来ない地平へたどりつきたいという気持ちがあります。
人に言葉を伝えたいのではありません。「否言葉」「否物語」の地平で人々と結びつきたいのです。




あ、あんまし面白くなかったっすか?
私は面白いんだけど(笑)
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