どうも、ご無沙汰しております。
ここしばらく過重労働の毎日でしたが、日記も再開したいなあ、と思いつつ、今回は長めのやつ書こうと思います。

BiSのことです。
7月8日横浜アリーナでとうとう解散してしまったBiS。
結成当初よりのファンだった私は、解散するという話が出始めた頃からしばらくは、そんなあ、もっと続けてほしいな、と寂しく思っていました。
けれどここ1年くらいは、BiSが解散するという選択は、まぎれもなく正しいと思うようになりました。
それは、日本のアイドルが、というよりエンターテイメント全般が、急速に夢のないものになっていっている現状を把握し始めたから。

本当に、今の日本の芸能やテレビの雰囲気を見ていると、「日本の老若男女のほとんどが知っているアーティスト・芸能人」という人が、これから新たに現れるというのは、ほぼ不可能なんじゃないかと思える。おそらくPerfume、AKB48くらいまででそれが途絶えた。ミュージシャンがたくさん出演する歌番組のスペシャルを見ていると、みんな10年ほど前に発売した「代表曲」と、大衆にはあまりなじみのない新曲を抱き合わせで歌う。最近の曲で、「だれもが知ってる曲」って本当に少ないんだと驚かされる。

ミュージシャン・アーティストならば、日本のすべての人に有名にならなくても、食っていける程度に商業的に成功しつつ、意義のある活動をできれば、それは良いことだし、夢が叶ったといえるだろう。でも、アイドルは本来、「一世を風靡する」みたいなところを目指すものではなかったか。
きっと今、何年かのキャリアがあって、安定して良い楽曲とパフォーマンスを見せてくれているアイドル達、ライブアイドルの中ではトップクラスといえる人達は、そこを目指して結成しアイドルになったんじゃないかと思う。でんぱ組.incにしろ、バニラビーンズにしろ、Negiccoにしろ。もしかしたら、今現在もそういうものを目指しているかもしれない。でもそのモデルはもう現代にはない。
BiSの最後のメンバーであった6人、とくにBiS48から加入した3人は、加入直後から「BiSが面白くなくなった」と内外から言われて苦しむことになったけれど、それはBiSだけの問題ではない面も多分にあるんじゃないかと、私個人としては思っている。彼女たちが入った時期は、「アイドルがもう以前ほど面白くない」ことにアイドルファンたちが薄々気付き始めた時期とちょうど重なるんじゃないかと思うのだ。
近年ではももいろクローバーZが紅白出場をはたしたけれど、紅白出場すれば国民的歌手と呼べる時代はもう過ぎ去ったように見える。スーパーで買い物している中高年の人の、何割がももクロのことを知ってるだろうか。ある程度は知っているだろうけれど、もう松田聖子やピンクレディに、あるいは安室奈美恵に、SPEEDになれるアイドルなんて出るとはけして思えない。

このことは、別に完全に悪いこととも言い切れない。
みんなが同じものを見て楽しむ時代が過去になったということだ。みんなそれぞれに自分で好きなものを探すし、無ければ自分で作る人も昔よりずっと多い。みんなが同じ一つのものを見て熱狂するなんてオモシロクないよ、というのが広まってきたというのは、より自由な世の中になってきたと考えられるのかもしれない。
けれど、アイドルというのは本来そういう夢だった。日本を丸ごと巻き込んで熱狂させるのがアイドルだった。そういう夢が消えた現在、アイドルグループは、より限定された層を意識したサービスを志向するようになっている。アイドルを運営する人たちも、層を広げることよりも、「アイドルファン」という盛り上がっている層をターゲットに商売して、商業的に成功することを目標としているのではないかと思う。

その点において、BiSは変だった。愚直だったと言ってもいいかもしれない。
BiSの運営は手段を選ばない策略をいろいろと行ったことで一部では知られている。その手法が多く批判されているし、私自身も嫌なやつらだ、クソ運営め、と思ったことも多かった。けれど、手段を選ばず何をしようとしていたか、というところが、他の「悪徳運営」と呼ばれるところとちょっと違った。本気でBiSを「売ろうとしていた」、ヒットさせようとしていたのだ。
やってたことがムカつくのは変わらないけれど、BiSのメンバーと運営が、ある部分では対立し戦いながらも、ある部分では協力し合う仲間としてあり続けられたのは、その一点があったからじゃないかと思う。

しかし世の中はBiSにとってどんどん厳しい状況になっていった。
BiSは大きな夢を目指すグループであると同時に、ビッグネームを痛烈に皮肉るグループでもあった。でも、皮肉るための「大きなもの」がどんどん消えていっていた。そうなった時に、大衆に共有されるものは「グロテスクなもの」「ショッキングなもの」。AKBは、明らかにそれを意識的にか無意識的にかわからないが察知して戦略を打ち出すようになっていっている。ビッグネームがやることをグロテスクに変換して皮肉るBiSの遊びは、大元がどんどんグロテスクになり、遊びが現実に負け始めてきていた。

BiSが横浜アリーナライブを目の前にした7月2日に敢行した、街宣車での喧伝と、新宿ステーションスクエアでのフリーライブ。「最後のお願い」と題し、メンバーが揃いの法被を着て行ったそれは、もちろん政治家の選挙運動のパロディだろう。けれどその前日、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定が行われた。そして数日前に、そのことへの抗議を演説する一人の男性が、自らガソリンをかぶって火をつけたのは、フリーライブを行ったのと同じ新宿だった。BiSの政治パロディに、思わずそのことがちらりと頭をかすめた。
こういうばかばかしいパフォーマンスを「不謹慎」と断じるのは好きじゃない。けれど、どうしても思い出して苦い思いにならずにはいられない。現実の方が強烈すぎて、パロディがかすんでしまう。つまり、サムイのだ。現実があまりにもグロテスクでショッキングになると、そのパロはサムくなってしまう。
しかし、新宿ステーションスクエアでのメンバーたちの演説は、それを自覚していることを感じさせる痛切なものだった。もうこのやり方を楽しめる世の中じゃなくなった、今の世の中で私たちは同じ夢を見続けられなくなった、ということを実感しているからこその悲痛な叫びを見て、実際に心を動かされて横浜アリーナに足を運んだ人もいるらしい。

ライブの数日前まで1万枚のチケットが余っていると言われていた公演で、最終的にほとんどの座席が埋まっていたのは、やっぱり奇跡的なことだと思う。なんであんなことが可能になったのかいまだによくわからない。しかし、キャンディーズ以来、意図的に解散を決定し、華々しく解散ライブを行って終わっていったアイドルグループなんていただろうか。アイドルというものは操り人形としての特性を持つがゆえに、誰の思惑だか運営の事情だかわからない解散や自然消滅の方が多い。まさに、アイドルにはありえない夢のような解散だった。しかも横浜アリーナいっぱいの観客を巻き込みながらという、力技のような奇跡も付加して。

解散ライブは、今までライブハイスでBiSと一緒になって遊び続けてきたコアなファンである「研究員」にとっては、不満もいくつか残るものだったようだ。けれど、アリーナ席で俯瞰で見ていた私は、こんなでかい会場で多くの人が見ている中でいつものようにBiSと研究員が遊んでいる姿に、驚くやら感動するやら、最終的には可笑しさばかりがこみ上げてきて、なんじゃこりゃと思っていた。
そりゃあ横浜アリーナという会場で、いつものライブハウスほどは思い切り遊べなかっただろう。でも君たち、横浜アリーナで遊んだんだぞ。BiSだけを見に来た大観衆の中で。異常事態だったよ、あれは。

BiSは大衆を巻き込み、理想的な解散を遂げるという、現代のアイドルにありえない夢を無理やり実現して終わった。だから、BiSの解散と共に、今まで残骸のように信じられてきたアイドルという夢はもう終わったと思っている。BiSはひとつの歴史を終わらせてしまって、解散によって確かに世界を作り変えてしまったんじゃないかと私は信じている。

なんて、私の中でBiSを大きくし過ぎているのかもしれないですけどね。
でも、もう数年したら、きっとこれが本当だったかどうか、答えが見えるんじゃないかなあ、と思っています。
それから元BiSメンバーたちの今後の進路については、「あ、大人と戦うのじゃなく、自分自身が大人として世界を変える段階に進んだんだな」と思いました。
おわり。
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