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――(セラミックガール)恋をしたいから
  (say love me girl)テレパシー信じて
  (セラミックガール)この気持ちだけは
  (It's brave new world)作り物じゃないでしょ――


第5話 『Take me Take me』





「キノコの図鑑……なんで文学コーナーにあるんだろ」
かしゆかは呟くと、なんとなくそのアイコンをタッチした。

かしゆかは学校の図書館にいた。
データバンクから本に移す小説を探すためだ。小説なんてネットで簡単に探せるので、わざわざここに来る必要もないけれど、データの棚に囲まれて読みたい本を探し回るのが、かしゆかは好きだった。

クリックしたキノコの図鑑は、何も反応がない。
「あれ……やっぱりエラーかな?」
すぐ側に表示されている「エラー報告」のボックスにアイコンをドラッグしようとしたそのとき、何か指に弾けるような感覚が走った。
「きゃっ」
アイコンから何かが飛び出したように見えて、かしゆかはそれを目で追った。
……キノコが逃亡しようと必死で跳ねていた。しかし手足がないので、どうにも前に進めないようだ。
かしゆかはとっさにそれを両手で掴んだ。ちょうどうさぎやなんかの小動物くらいの大きさだ。
「はなせ~」
「うわ、しゃべった!」
「失礼な! しゃべりくらいするわ!」
くるっと手の中のキノコを裏返すと、ちゃんと目と口がついていた。
「……これはどうも」
「どうもじゃない! はなさんか! エラー処理なんてされてたまるか!」
「いやもうエラーとかいう次元じゃないような……」
「何? では見逃してくれるか」
「……でも、見逃すって言ったってあなた、どうするの? データから出てきちゃって、行くとこあるの?」
「お前が連れていってくれんか」
「どこへ?」
「東の地じゃ」
「……さっぱり意味が……わからないっ」
「わしは東の地で、永遠の命を手に入れるー!!」
興奮したキノコは手から飛び出し、跳ね回った。進む力はないのにジャンプ力だけは無駄にあるようだ。
と、キノコジャンプが書架の一角にぶつかった。棚が傾く。かしゆかの上に大量のデータが降り注いだ。

                              ●

かしゆかは、暗い森の中にいた。
「うへ……何……? これ……」
「どうやら本の物語の中に入り込んだようじゃい」
声のする方を見ると、キノコがまだ飛び跳ねていた。
「本の中?? だってデータの中に入り込んじゃうなんて、ありえん!」
「ここだ、さあ来い! 決闘だ!」
急に若い男の声が飛び込んできて、かしゆかとキノコは同時に振り向いた。
「来られないのか、やい、臆病者!」
声の主はすぐに見つかった。小柄で色の黒い少年が、一段と暗い木々の間に向かって呼びかけていた。声と姿が合っていない。
「あの……キミ、もしもし?」
「やい、おれの声についてこい!」
「もしもーし!」
かしゆかはその彼の目の前で、手をぱたぱたさせてみせるけれど、全く目に入っていないようだ。
「よーし、お次はもう一人の男の方だ」
少年は、急に子供の声でそう言うと、ぴょんと軽く跳ねただけで、1mほど先の木の枝に乗り移ってしまった。そのまま木から木へと飛び移って行ってしまおうとする。
「ま、待って、こんなとこに1人にしないで!」
「おい、1人じゃないだろ、私がいるんじゃぞ……」
キノコがぶつぶつ呟く。かしゆかは目で少年を追いかけたけれど速すぎて、すぐに見失ってしまう。
遠くで、また違う男の声で「ほら、臆病者、なぜ来ない?」という声が聞こえた。かしゆかはなんとなくそれが、あの男の子だと思った。もしそうじゃなくても、とりあえず今は人の声しか頼りがない。かしゆかはキノコを拾い上げると、歩き出した。
歩くほどに、闇は濃くなるように思えた。声もだんだん聞こえなくなった。
「なんかだんだん、暗すぎて何も見えなくなってきたよー……」
ところが突然、闇がぱっと途切れて、月明かりの差す開けた場所に出た。
2組の男女が、広場の隅と隅に1組ずつ分かれて横たわっている。なんだか死んでいるみたい、とかしゆかは思った。と、さっきの少年がかしゆかの頭上から跳んで現れた。4人の顔の目の辺りにそれぞれ、何かの草をすりつけている。
「あれ……?このシーンってもしかして……」
そのとき突風が吹きぬけて、かしゆかの髪を巻き上げ、木々の葉を勢いよく散らした。
「わあっ……!」

一瞬目を閉じたかしゆかが、ふたたび目を開けると、そこは森の中の開けた場所ではあるけれど、男女も少年もいなくなっていた。目の前には、コテージのような家が建っている。月の光は相変わらずうす闇を照らしている。
「あれっ? ここどこ?」
「また違う本に移ったようじゃな」
「ええー!」
家の門には表札がかかっていた。「N」とだけ書いてある。変だけど、誰か住んでいるのかもしれない。かしゆかはキノコを抱えたまま扉の前まで行って、ノックした。
しばらく間を置いて、扉がそろそろと開いた。こんな夜中に訪ねたから、不審に思っているのかもしれない。猟銃を抱えて静かに出てきたその姿を見て、かしゆかは声をあげた。
「のっち!」
「N」ってのっちのことだったの? と思っている間に、のっちは正面のかしゆかには目もくれず、「だれもいないなあ」と呟いてドアを閉めた。
「のっち、あたしのこと見えてない……?」
「どうやら物語の人物にわしらは見えんようだな」
「でものっちだった! それに、ノックの音は聞こえるの?」
「まあ、現実と物語が混ざることなんて、よくあることじゃ」
図鑑から出てきたキノコにそう言われると、信憑性があるんだかないんだかよくわからない。
「のっち! のっち!」
かしゆかはまたドアを叩いた。
のっちがまた恐る恐るといった様子で顔を出し、あたりを見回してドアを閉める。
「のっちったらぁ……ゆかだよー!」
かしゆかはさらに強く戸を叩いた。
「無駄じゃと思うがの……」
キノコが呟く。かしゆかは構わず、しばらくノックを続けた。のっちはもう出てくる様子がない。無視することに決めたんだろうか。
「お前さんもう、あきらめんか」
「だって他に何も手がかりがないじゃない……?」
2人はふーっとため息をついた。
「しょうがないか……ここはあきらめて、ちょっと歩いてみよう」
かしゆかはそう言うと、最後のダメ押しにトントンとやって、歩き出そうとした。
「はいってますよ」
中から、のっちの声がそう言った。
(の……のっち……! トイレじゃないんだから!)
かしゆがが思わず噴出しそうになったとき、目の前はいつの間にか暖炉のある室内に変わっていた。ベッドが置いてあるので、平屋で1室のみの家らしく、どうやらあのコテージの中のようだ。ベッドには、丸いショートヘアーの後ろ頭だけ枕に乗っているのが見えた。
「……『はいってますよ』って、そういうこと?」
かしゆかが呟いた瞬間、足元の床が突然消え去り落ちていくような感覚がして、目の前が真っ暗になった。

暗い部屋だった。中年か、初老に近いくらいの上品な身なりの男が、大きな机に手をついて立っていた。会社の中の、この男の仕事部屋のようだ。地位のある人なんだろう、社長かもしれない。しかし男は、ひどく疲れて悩ましい顔をしていた。
「愛する、ただひたすらに愛するということは、なんという行き詰まりだろう!」
彼は部屋の外の誰にも聞こえないくらいの低いかすれた声で、しかし吐き出すように言った。
「……要は彼らを永遠なるものにする……」
「永遠!」
キノコがかしゆかの手の中で飛び跳ねた。
「こやつ、いま『永遠』と言ったな!」
「う、うん、言ってたけど……」
そういえば、キノコは最初「永遠の命」がどうのとか言っていたんだっけ。
そのとき男が背を向けた反対側に、大きなスクリーンに映し出された、映像のようなものが現れた。何か遺跡の寺院のようなものだ。
「わあ、何これすごーい……」
かしゆかが見入っていると、背中からまた男の呟きが聞こえた。
「いかなる冷酷の、あるいはいかなる奇怪な愛の名において、古昔の民の指導者は、山上にあの寺院を築き上げるような苦役を負わせてまで、自らの永遠性を打立てる業を強いたのだろうか?」
「また言った! 『永遠』と言った!」
キノコは振り向こうとしたが、かしゆかはまだスクリーンを見つめていた。映像は少し変わって、遺跡の周りに古代の人々が集まり、にぎわっている。
と、急にまた映像が切り替わった。灰色と白が、右から左下へ流れている。その間から小さな飛行機の頭が現れた。これは、空の上だろうか。ずいぶん天候が悪い。
かしゆかは、その飛行機の操縦席に、まだ若い操縦士がいるのを見た。強く引き結んだ口元は、自分が生きて地上へ帰る難しさを覚悟しているようにも見える。その機体にさらに激しく雨が吹きつけた。
いつか、スクリーンと自分たちの立っている場所の境界は、判別できなくなっていた。
(あれは落とし穴だ……)
操縦士の心の声が、映画のように響いてきた。彼の目線の先を見ると、暴風雨の切れ目に、遠く小さな星が輝いているのが見えた。
(ああ……しかし……)
飛行機は、その星へと向かって高度をあげていく。
「あの飛行機は、東の地へ向かっている! あいつは『永遠の命』を得る気じゃ!」
キノコが急に叫んだ。
「……ちがう……ちがうよ、命なんかじゃなくてあれは……」
「待て、わしも行くぞ!」
キノコがかしゆかの手を飛び出した。かしゆかも、それを捕まえようとあわててジャンプした。

かしゆかは、列車の座席で目を覚ました。手の中にはちゃんとキノコがいた。ずいぶんレトロな列車だ。通路を隔てた反対側の座席で、小学生くらいの男の子が2人と、同じくらいの女の子が、立ち上がって窓の外を見ながら何か騒いでいる。窓には、赤い光が映っているのが見えた。
「お前さん、水を持ってないか……」
キノコがふいにかしゆかに言った。
「持ってないよ」
「喉が渇いて死にそうじゃ……。わしは湿ったところじゃなきゃ生きられんのだぞ」
「そんなこと言ったって……」
そのとき、女の子が話し始めた。
「蝎はいい虫よ。おとうさんこう言ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけど、とうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこう言ってお祈りしたというの。
ああ、わたしはいままで、いくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとらわれようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびだろうに。どうか神さま。私の心をごらんください。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、まことのみんなの幸いのために私のからだをおつかいください。って言ったというの。
そしたらいつかさそりはじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって燃えて、よるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるっておとうさんおっしゃったわ。ほんとうにあの火、それだわ。」
かしゆかはなるほど、と窓の向こうの赤い光をみた。それから、女の子の方をちらりと見ると、こちらを振り返った。かしゆかににっこりと微笑みかけたように見える、その顔に、驚いた。
「あ~ちゃん……?」
しかし、かしゆかが知っている、本当の小学生のときのあ~ちゃんとは違う。まるで今のあ~ちゃんがそのまま小さくなってしまったような顔をしている。
かしゆかが呆然としている間に、女の子と、彼女の連れらしい青年と小さい弟は、男の子2人に別れを告げて列車を降りるところだった。この駅で、ほとんどの人が降りるらしい。
「あ……あれは……もしや、『永遠』か……!?」
キノコが呟いて、その目線の先を追うと、列車を降りた人々が向かう先に、神々しい白いきものの人が彼らを出迎えるように手をのばしていた。女の子たちも、その人を目指して歩いていくのが見えた。
「あ~ちゃん、行っちゃだめ!」
かしゆかは思わず立ち上がった。追っていこうとするけれど、降りる人が多くて前へ進めない。
「ま、待て……あれは違う、『永遠』じゃないぞ……わしが求めたものではない……」
キノコが苦しげな息で言う。
「あ~ちゃん待って、死んだらいけん!」
かしゆかはやっとのことで列車を降りた。

足を下ろした先は、畳の上だった。ぜえぜえという息遣いが聞こえて、見ると、キノコはもう息も絶え絶えだった。
「み、水……」
なんだかこのままでは本当に、キノコは渇いて死んでしまいそうだ。そう思ったとき、
「もう死にます」
女の声がして、見ると、畳に敷かれた布団に髪の長い人が横たわっていた。だけど、枕もとの手前側には男が背中を丸めて彼女を覗き込んでいて、2人とも顔が見えなかった。
「そうかね、もう死ぬのかね」
「死にますとも」
2人はそんな、変な会話をしていた。
「死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね」
「でも、死ぬんですもの、仕方がないわ」
「じゃ、私の顔が見えるかい」
「見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんか」
そう言われると、男は枕から顔を離して腕を組んだ。女の顔が彼の肩越しに半分見えた。
「え……」
……女は、かしゆかの顔をしていた。
「ちょ、ちょっと待って、あたし死なないよ!」
2人はかしゆかを無視して、何か約束をしているようだ。「百年後」だとか、そんなことを言っている。
「待って待って、ゆかの顔して勝手に……」
女の目が、一瞬かしゆかを捉えた気がした。そしてぱちりと閉じる。その頬に一筋涙が流れた。
「水がっ……」
キノコが叫んで、かしゆかの手を飛び出した。
(ゆかが死んで、涙を流してるのに「水」だなんて!)
このキノコはなんてことを言うんだと、憤慨して捕まえようとした瞬間に、畳の上で足が滑った。

                              ●

尻餅をついたところは、柔らかい土の上だった。キノコはやっぱり手の中にいたけれど、ずいぶんしわしわしてきた気がする。
「大丈夫!? まだ生きてる?」
「み……水……」
こんな状態なのに、怒って悪かったかも、とかしゆかは少し思った。
『ゆかちゃん』
それは聞き覚えのあるようなないような、不思議な声だった。声のした方を見ると、池のほとりのような場所がある。
「池!」
水があるかもしれない。かしゆかはキノコを抱えてかけて行く。
「水をっ……」
かしゆかは絶句した。水が涸れた池のあとだった。
『ゆかちゃん』
また声がする。1メートルくらい先、涸れた池の中に、小さな動物がちょこちょこ動いていた。
「……ハムスター?」
『ゆかちゃん、わかる?』
『僕らだよわかる?』
「もしかしてチョロちゃんとフーくんなの?……」
昔飼っていたあの子たち……そこまで考えてかしゆかは、わからなくなる。彼らはどうしたんだっけ? 今も飼っているんだっけ? いないんだっけ?
『ゆかちゃんが東を目指すなんて変だね』
『変だよね』
『もうそんなのずっと前だよね』
『もうとっくにその先に辿り着いたのにね』
「ね、ハムちゃんたち……」
『永遠なんだよ』
『永遠なんだよ』
「永遠……?」
『百年後に約束したからだよ』
『逢おうって約束したからだよ』
「わからない……」
そのとき、2匹を拾い上げる手があった。かしゆかは、その姿を見て言葉を失う。それは、10歳くらいの頃のかしゆかだった。
「永遠なんて、いつもどこにでもあるんだよ、私のように。ハムちゃんたちのように。」
少女のかしゆかが言った。
「永遠に続くことを願う? 未来へ進むことを願う?」
かしゆかは答えられない。
「なんだって、思い通りにできるよ」
「だったら……水をくれ!」
キノコが突然叫んだ。
その途端、雨が目の前をカーテンのように遮った。何も見えなくなる。不思議と体は濡れず、冷たくなかった。
バケツの水がなくなったみたいに、雨がぴたりと止んだ。
キノコは水の溜まった池に飛び込む。ハムスターと少女は姿を消していた。池の水面に、月が映る。満月だ。キノコが泳ぐ波で、黄色い光が睡蓮の葉っぱに飛び散り、なんだか夢を見ているような風景だ。
「……は……。わしはなんということを……」
キノコが、突然我に返った。
「永遠を手に入れられるところじゃったのに、手に入れられたのはただの水! わしはなんということを!」
「ううん……」
かしゆかが言葉をはさんだ。
「永遠なんかより、すごくいいよ。こっちの方がいいよ……」
それより、ここはどこ? かしゆかは辺りを見回して、背後に木造の古い建物があるのを見つけた。
「キノコさん!」
振り返ると、キノコの姿がない。
「あれ? キノコさーん?」
かしゆかは、キノコの姿を探しながら、建物を回りこむ。その建物はどうやら神社のようだった。木々の間を抜けると、正面に出た。

                              ●

お社の賽銭箱の前に立つ、その後ろ姿を見つけたとき、かしゆかは「あっ」と声をあげた。
そのおにぎり型のショートボブは、明らかに、あの人だ。

「のっち!」



第6話『シークレットシークレット』へ続く
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引用・参考文献
シェイクスピア『真夏の夜の夢』 三神勲訳 角川文庫クラシックス
星新一『ちぐはぐな部品』より「夜の音」 角川文庫
サン=テグジュペリ『夜間飛行』 堀口大學訳 新潮文庫
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』 旺文社文庫
夏目漱石『文鳥・夢十夜』より「夢十夜」 新潮文庫

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