――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第4話 『チョコレイト・ディスコ』





「非音声言語?」
見つめるあ~ちゃんとのっちに、かしゆかは、そう、と頷き返した。

木曜日の昼休みはいつも、大学のそばにある、地下の喫茶店に3人集合する。
ちょうど3人とも午後の授業がない日なので、仕事がないと誰からともなく集まろうか、ということになり、そのうちこの喫茶店が待ち合わせ場所になった。
構内で3人でいるとどうしても目立ってしまうけれど、一時代前の風情をそのまま残したようなこの店は、あまり学生が来ないのでちょうどいいのだ。近頃は、年末に初の紅白出演を遂げたことで一気に知名度がアップし、その分学校での注目度も格段に上がってしまったようだった。
「かしゆか、非音声言語講義なんてとってたの?」
「ううん、単位はとってない。ちょっと面白そうだったから見に行ってみただけなんだけど……」
そういえば先週かしゆかは、用事があると言って先に店を出たのだった。
「でもそれって、地球人はしゃべれんやつじゃろ?」
あ~ちゃんが問う。
「普通はしゃべれんけど、原理を勉強すれば翻訳装置で会話できるよ」
「えっ! 翻訳装置って勉強しなきゃ使えないの?」
のっちが目を丸くして言う。
「うんそう! 暗号解読みたいなのを自分でやるんよ! 超難しいの」
「ふえ~。かしゆかって難しいこと好きだよねえ」
のっちがため息まじりに言った。
「だって、もしかしてもしかしたら、潜在能力があってしゃべれるようになるかもしれんのよ? それに…」
「それに?」
2人がかしゆかの言葉を待って見つめる。
「…いひひ♪」

                              ★

約100年前、地球に最初に上陸した宇宙人であるガーネン星人は、音声言語を持たない種族だった。
もちろん地球の戸惑いは大きかったけれど、すでにガーネンでは他星と交流するための音声変換の技術が開発されていたため、コミュニケーションに支障はなかったそうだ。
彼らの「非音声言語」と呼ばれる伝達手段は、地球的理解でいうテレパシーみたいなもののようだ。ただ、いわく、気持ちが直接伝わるものではなく、「言語」であるとのことである。
ガーネン星人の他にもいくつかこの言語を操る種族がいる。地球でもその言語を学ぼうとする人はいたが、どうやら先天的な能力が必要らしく、ほとんどの地球人には話せないということが研究によってわかっている。まれに地球人の中にも、非音声言語の能力者がいるらしいが、その多くはESPや霊感があったりするそうだ。

「人が言語を理解する仕組みは、音声にしろ非音声にしろ、未だはっきりとした答えは明らかにされていません。
これに関する研究は、ガーネン星とアメジン星が約2000前に共同して行ったのが最初と言われています。音声言語と非音声言語の種族が互いに歩み寄った歴史的な出来事です。その研究から生まれたのが、現在使われている翻訳装置です。言語認識の仕組みを仮定的に簡易化し、数値データとして表すもので、おおまかな伝えたい内容はこれで伝達することができますが、あくまで仮定の理論を用いている、ということに注意が必要です。
さて、地球では500年ほど前にノーム・チョムスキーが我々の研究にかなり近い視点の言語学を展開しています。これについて地球の発展の遅さと捉える向きもありますが、非音声言語の存在すら知らない種族がここまで切り込んだ視点で言語学を展開していたことは、むしろ驚くべきことだと、私は思います」
そのときゴーンという、終業の鐘が鳴った。
「あら! もう終わりの時間ですか。では来週は、非音声言語学とチョムスキー理論の比較に入ります。ごきげんよう」

あ~ちゃんとのっちのぽかーんとした顔の前で、かしゆかが手をふった。
「2人とも魂ぬけてる?」
「いっや~難しかった!」
あ~ちゃんが言い放つとのっちはむうーとうなった。かしゆかはきゃはは、と笑うと、
「でもさ、あの先生、素敵じゃない?」
「素敵ー!」
3人はさっきまで壇上で話していた女性を見た。学生と変わらないくらい若く見える彼女は、青紫の透き通った肌をしていて、髪と瞳は青くつややかに輝いている。
地球人には見慣れない風貌にも関わらず、明らかに美人で、笑顔が魅力的だ。
「ロイス先生、だっけ?」
「そう、ガーネン人なの」
「ええ、言葉ペラペラなのに~」
その時はっと、のっちは周りの様子に気がついた。はしゃぐあ~ちゃんの肩に手をかける。
「可愛いよね~まだ若いんだよ、25歳だって!」
「ねえねえ、話しかけてみてもいいと思う?」
「……それは……今度にした方がいいかも……」
のっちの言葉に2人も我に返ると、いつの間にか、講堂中の注目が3人に集まっていた。
「そ……そうじゃね」
「とりあえず出よっか」
そそくさと教室を出て、3人は一息つく。
「あのー……」
ああ、つかまった! と、3人は一瞬目をつぶった。
おそるおそる振り替えると、眼鏡をかけた、背の高い男の子だった。
「……もし、ロイス先生とお話したいんだったら、研究室に遊びに来ませんか?」
「……えっ?」

                              ★

「まあいらっしゃい! 来てくれて嬉しいわ」
まだ2年生の3人は、教授の部屋に入るのも初めてで、そわそわしている。笑顔で歓迎してくれたロイスは、思ったよりも小柄で線が細く、高校生くらいにも見える。
「あなたたちの曲、私よく聴いているのよ」
「ええー! ほんとですか!」
「地球の音楽は大好きよ。音楽だけは地球が最も多種多様に発展しているのだから、地球人って面白いわ。」
「あのう、いいですか」
のっちが挙手する。
「ガーネン星にも音楽ってあるんですか?」
のっちの質問に、かしゆかとあ~ちゃんも興味津々でロイスを見る。
「ええ、あるわよ。ただガーネン人の耳は、音程やリズムはある程度分かるのだけれど、発音がほとんど聞き分けられないの。地球の歌に意味の込められた歌詞が乗っているとは知らないで、曲を聞いているガーネン人もいまだに多いのよ」
3人は感心しきりで、ほお~とため息をつく。
「あの、じゃあなぜ先生は、そんなに日本語がしゃべれるんですか?」
今度はかしゆかが聞く。
「地球人の中にまれに非音声言語ができる人がいるように、私も小さい頃から先天的に発音を聞き取ることができたの」
「わあ、それで言語学を?」
「まあね。4歳のとき、母が地球の歌謡曲を歌うのを聞いて、歌詞が違うって指摘したんですって。それからはずっと言語学の英才教育よ。でも、おかげで大好きな地球の音楽の歌詞の意味がわかるようになったし、こうやって地球にも来られたわ」
「ほわ~天才少女じゃねぇ~」
あ~ちゃんが呟くとロイスは目を輝かせた。
「そうそれ! 〈方言〉というのよね? 今のは言い切りの「だ」が「じゃ」に置き換えられたパターン!?」
身を乗り出したロイスにあ~ちゃんは面食らって答えにつまる。
「あはは、すみません。先生は今方言の研究中なんですよ」
それまで側で黙って聞いていた、さっきの彼がフォローを入れた。青年は、ロイスゼミの院生らしい。ロイスは恥ずかしそうにちょっと下を向いて、なごやかな笑いが部屋を包んだ。そんな仕草をすると、若い容姿に輪をかけて少女のように見える。
「来週からここには入れなくなるけれど、終わったらぜひまた遊びに来てね」
「終わったらって、何が?」
のっちの問いに、ロイスは笑顔をで首をかしげながら言った。
「試験」
「あっ……!」
3人が同時に固まる。
「……君たち、まさか忘れてたの?」
院生の彼がおかしそうに言う。
「あ、いえ、年末ごろまで覚えてたんですけど……っ」
かしゆかが慌てて言うけれど、あまりフォローにはなっていない。しかし、年末年始のテレビ出演ラッシュ前に、早めに試験勉強を始めていたのは本当なのだ。仕事がやっとひと段落したところだったので、ほっとしたついでに3人とも、試験のことがすっかり頭から飛んでいた。
「あらまあ」
そう言いながら、ロイスは楽しそうに笑っている。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
かしゆかが時計を見て気がついた。
「すみません、私たちこれから仕事なんです」
「あらそうなの? ひきとめちゃったかしら」
3人は口々に、いえそんな、と手をぱたぱたさせる。その様子がおかしいのか、ロイスはまたくすくす笑った。
「私もちょうどデータバンクに用事があるから、そこまでご一緒しましょ」
そう言うと立ち上がって、小さな本を手に取ると、3人と共に部屋を出た。紙に限りなく近い画面にインク文字に近い形でデータを表示できる「文庫本」である。ネット上でもデータの出入力は可能なのだが、「図書館」のデータバンクに行くと専門的なデータ検索のオペレーションが優れていて、希少な研究資料も見つけやすくなっている。
「あ、先生、外寒いですよ。コート着ていってください」
青年が明るい水色のコートを持って出てきた。
「ちょっと行ってくるだけよ。それ目立つんだもの」
「そんなこと言って、また風邪ひきますよ」
彼は言うと、それをロイスの肩に羽織らせる。ロイスは渋々腕を通した。青い髪と肌のロイスにそれは、確かに目立ちそうだけどよく似合っている。
あ~ちゃんがこっそりのっちとかしゆかにささやく。
「ねえ、この2人って……」
2人もにっこり頷く。
図書館につくまでも、3人とロイスの会話はさらに弾んだ。
「コートは教授たちが歓迎のプレゼントってくれたの。私まだ、地球の冬の寒さに慣れなくって。でもちょっと人目を引きすぎるのよね……」
「ガーネンはあったかいんですか?」
「ええ。地球でいうと夏と春しかない感じね。夏はものすごく暑いの……懐かしいわ」
「いつまでこっちに住む予定なんですか?」
「ずっとよ」
のっちとかしゆかは、顔に疑問符を浮かべてロイスを見た。あ~ちゃんだけ、はっと何かに気がついた。
「……ずっと、帰らないの」

                              ★

「あ、あった! ガーネン星。直径約4千km、総人口4億3000万人……地球よりだいぶ小さい星じゃねえ」
休憩室の机に置かれたあ~ちゃんの携帯から光が空中に広がり、ウェブブラウザが映し出されている。検索結果のトップに出たタイトルをあ~ちゃんが指で触れると、くるくる回る惑星の立体イメージに切り替わった。
「どうどう?」
「なんて?」
2人が両肩に寄りかかってくるのをそのままにして、あ~ちゃんは画面を2度ほどタッチした。
「えっとねえ……地球までの距離は70pa。間の航行には、一般的に船上にして1ヵ月、地上にして8年を要する……」
「8年!?」
のっちが叫ぶ。
「じゃあ、ロイス先生がたった2ヵ月行って帰ってする間に、先生のお父さんお母さんたちは16年先に進んどるってこと?」
かしゆかの問いに、あ~ちゃんはこくりとうなずいた。
「しかもここ見て。……ガーネン星人の平均寿命は、68.7歳。延命手術は法によって禁じられている」
ここ数年で、地球の平均寿命は80歳以上をキープするようになった。日本では100歳を越える。しかしそれには、2年前に人間にも許可されるようになった延命手術によって、百数十年以上生きる人がごく少数出てきたために平均値が引き伸ばされた側面がある。被施術者を除けば、70代半ばくらいが地球全体の平均値だろうといわれている。
「えーっと……それじゃあ、帰ったとしても家族とまた会えるかわからんってこと?」
のっちがしょんぼり呟いた。
「それでロイス先生はずっと地球にいることにしたんじゃねえ……」
15歳の頃に、歌手デビューのため親元を離れて広島から上京して来た3人は、自分だったらと、重ねて考えずにいられない。同時に、彼女の決意がわかるような気もした。大切な人たちと別れても、手に入れたい夢というのは、あるのだ。
「それじゃったら、余計ロイス先生には彼とうまくいってもらわなきゃでしょう!」
あ~ちゃんが宣言するように言った。
「地球で恋人作って、いつかは家族も作って、地球で十分幸せになるんよ!」
「よーし、そう来たら、ロイス先生の恋を応援しちゃう~?」
のっちがにやりと2人を見る。
「応援、しちゃお!」
かしゆかが出した手に2人の手が重なった。
「がんばるぞ! おー!×3」

3人の作戦は、試験後に実行に移されることになった。試験の終わるのは1月末。2月に入ればちょうどバレンタインがある。それまでにロイスと彼自身のモチベーションを上げさせ、14日にはムードあるイベントをPerfumeが用意して、最高の告白シチュエーションをプレゼントしようというのである。
――問題はそのイベントだ。
「……ライブでどうでしょう」
のっちが神妙な顔で言う。
「あっ、ライブは出会いの場……」
かしゆかが呟いた。するとあ~ちゃんがふいに、人差し指をつき出した。
「どうせなら、ライブよりディスコイベントにしない? バレンタインに、好きな人を踊りに誘えるイベントをやるの」
「それだ!」
のっちがあ~ちゃんの人差し指に自分の人差し指をぴっと合わせた。
実は少し前から、音楽を通じて知り合った友達のクラブ系ミュージシャンらに、ミックスやスクラッチのやり方を教わって練習していた。もしかしてこれは、ステージ初披露のチャンスかもしれない。
「……まさに、名付けて」
3人の顔が同じように輝く。
「……チョコレイト・ディスコ!」

                              ★

「や、やだ! 何言ってるの!」
ロイスは立ち上がって叫んだ。3人がいつも合流する喫茶店である。
「私が、呉くんと? まさか! まさか!」
3人はあの青年の名前が「クレくん」というのを初めて知った。
「まさかっていう割には、過剰反応じゃないですか?」
かしゆかが鋭くつっこむと、青紫色の頬を赤紫に染めて、ぺたりと座った。
「だってだって、私、見た目こんなんよ。地球の人から見たら、変でしょ」
「そんなことない。とっても素敵!」
あ~ちゃんが確信を持って言う。
「地球人から見たって美人ですよう」
のっちも付け加えた。
「ねえ、先生自身は、どうなんですか? 呉さんのこと好き?」
かしゆかが問う。
「わたしは……」
うつむくロイスに、3人の視線が集まる。
「だって…彼、最近彼女ができたみたいだもの」
「ウソ!?」
3人は目を丸くした。
「ほっほんとよ。いつも一緒にいる女の子がいるの」
「呉さんが彼女だって言ったんですか?」
のっちが問うとロイスは少し目をそらした。
「……わからない……ゼミの子じゃないみたいだし、遠くにいるのを見ていただけだから……」
「ロイス先生、彼のこと遠くから見てたんですね」
かしゆかが言うと、ロイスは「あっ」と口に手を当てた。と、突然あ~ちゃんがきっとロイスを見つめた。
「彼女がいるからって、諦める理由になりますか!」
「あっあ~ちゃん唐突じゃねえ」
かしゆかが一応ツッコミを入れる。
「バレンタインっていうのはねえ、彼女がいる人にも告白していい日なんですよ!」
「そうなの!?」
驚くロイスを見ながら、のっちとかしゆかは心の中で「そうだっけ……」と呟く。
「そうよ! じゃから、バレンタインまでに、先生に宿題。告白の仕方を考えてくること!」

                              ★

ディスコ会場に選んだアリーナ教室の使用許可は意外にもすぐに出た。アリーナ教室は受講希望者が多すぎる授業のために使われる、3千人収容のホールで、ここでスポーツ競技が行われることもある。
この巨大な教室ができたのは20年ほど前のことだ。その頃、大学の募集定員制廃止によって、どこの大学でも基準を満たすレポートを書いた学生は人数に限りなく受け入れられるようになったのだ。
冬休み中の2月は、レポートを書き終えた高校生たちがどこの大学に提出するか決めるため、学校見学に来る。
学校としては、優秀な学生にやはり入ってきてほしい。そのPRの一環としてPerfumeのイベントを認めてくれたのだった。
ただし、条件として、Perfumeの名前は一切出さないこと。出演もしないこと。芸能人の生徒を宣伝に使ったとなると問題だし、会場の混乱を考えると危険との判断だった。DJは、他の誰かに頼まなくてはならない。

「あーっ! ワクワクしてきたぁ!」
のっちが叫んだ。いつもの喫茶店だ。
「もうあと10日よ。ポスター作ってえ、メール回してえ、機材手配してえ」
「じゃあ、打ち合わせはこれくらいにして、ロイス先生に会いに行きますかー」
あ~ちゃんの言葉で3人は店をあとにした。
外に出ると、ぴゅうっと木枯らしが吹きつける。
「さむ~」
3人肩を寄せあったその時、かしゆかが何かに気がついた。
「ねえ…あれ、呉くんじゃない?」

2人の視線がかしゆかの指差す先へと集まる。
人で賑わう広い歩道を隔てた向こう側、大学の学生がよく利用する安くておしゃれなカフェチェーンの窓際の席に、その横顔があった。
向かいには、少し冷たい感じのするきれいな若い女性が座っている。
「あっ店から出てくる!」
店を出た2人は、学校と反対方向へ歩き出した。
「後つけよう!」
「ええ!?」
「おー!」
あ~ちゃんの言葉に、かしゆかはとまどいつつ、のっちはノリノリで従う。
どうやら呉くんとその人は、駅へ向かっているようだ。
「ねえ、もしかして今チャンスよ」
かしゆかが言った。
「さりげなく話しかけてさ、彼女かどうか聞いてみたらいいんじゃん?」
「そっか!」
「じゃあのっち聞いてくるね!」
2人が何か言うより早く、のっちは飛び出した。
「ちょ、ちょっとのっち!」
「待って!」
2人は焦る。のっちはこういう時、どうもまずいのだ。その背中を追って2人が駆けていくと、気づいて振り向いた呉くんに、のっちが人差し指を突きつけるところだった。
「あなた! どっちが好きなんですか! はっきり言いなさい!」
一体かしゆかの話を聞いていたのか、さりげなさの欠片もない。
「ちょっとのっち~!!」
「何言っちょるのあんたは~!」
追いついた2人がのっちを抑え込む。
「あれ? なんか間違ったか?」
「……えーっと君たち……?」
見ると、呉くんが顔に疑問符をいっぱい浮かべて半笑いしている。ふいに呉くんの隣に立っていた女性が口を開いた。
「では、私はここで失礼いたします」
……その声を聞いた瞬間、3人に違和感が走る。かしゆかはこの違和感に、覚えがあった。

                              ★

「じゃあ、やっぱりあの人ロボットなんですか!?」
3人とテーブルひとつ挟んだ向こうで、呉くんは苦笑した。
「よくわかったね? 僕なんか全然人間と区別つかないよ」
「私たち、声を聞けばわかるんです」
呉くんは、「さすがミュージシャン……」などと呟いている。ここは、呉くんの馴染みの定食屋だそうだ。安くてうまいので、呉くんが学部生の頃ここは大学生の溜まり場だったそうだが、安いチェーン店がたくさん表通りにできたため、最近では院生や教授たちくらいしかいないという。
「でも一体、ロボットさんと何をしとったんですか?」
あ~ちゃんが口をへの字に結んで首をかしげる。
「……実は、あのロボットは、能力開発局の職員なんだ」
「能力開発局ってあの、政府が非音声言語能力者を探して、育成するっていう?」
かしゆかが言うと、小さく頷く。
「えっ! じゃあ呉さん非音声言語のっりょくさゃ……なんですか?」
長い言葉が苦手なのっちが、噛みながら尋ねると、くしゃっと笑い泣きのように顔を歪ませた。
「いや、僕は違ったんだ。全く……的外れな期待だったよ!」
ハハハ、と笑う乾いた声は、なんだかわからないが、かわいそうだ。
「……ロイス先生が、独り言を言うときがあるんだ。ガーネン語でね。その言葉が届くってわけではないんだけど……、なんとなくわかるときがあったんだ。ああ、今しゃべってる、ってだけ。彼女に聞いたら確かに独り言を言ってたって驚いてね。それで開発局に問い合わせてテストを受けてみたのさ。……まあ、結果、ただの勘違いだってわかったんだけどね」
そう言って呉くんは笑う。
3人は、顔を見合わせた。
「……ロイス先生の様子を見てて、しゃべってるってわかったんですか?」
「……ああ、うん。」
「ガーネン語、しゃべれるようになりたかったんですか」
「……まあ……研究の幅も広がるしね」
「……」
3人は黙っている。
「……あと、まあ、彼女に母国語で会話できる相手がいたら、心細くないだろうとも……まあ」
「あーっもうはっきり言いんさい! ガーネン語しゃべってロイス先生にアピールしたかったんじゃろ!」
あ~ちゃんがキレた。
「あっアピールだなんてそんな、彼女は教授なんだし、学者として雲の上の人なわけで」
「でも好きなんでしょう!?」
のっちがツッコむ。
「だから、能力がなくて、そんなに落ち込むんでしょ」
かしゆかも畳み掛けた。
「お、落ち込んでないさ、全く、気にしてなんか……」
呉くんの言葉はフェードアウトして、首をうなだれた。
「まったく~男のくせにしょうがないなあ」
のっちが頬を膨らませる。
「……ディスコ・パーティーのお知らせメールが届きませんでした?」
かしゆかが不意をつくように言って、呉くんは「へ?」と顔を上げた。
「バレンタインのパーティーに、ロイス先生誘っちゃえばいいじゃないですか」
のっちが「そーだそーだ!」と同調する。
「早くしないと、あんな素敵な美人、他の男にとられちゃいますよ!」
「えええ……!」
呉くんは情けない声をあげた。あ~ちゃんが、その目をじっと見据えた。
「ロイス先生に心細い思いさせたくないなら、頑張りんさいよ。自分のこと好きでいてくれる人が1人でもいると、めっちゃ心強いんですよ」
「……そうかなあ……脈、あるかな」
「それとこれとは別じゃ!」
あ~ちゃんが即答すると、呉くんがまた情けない悲鳴をあげた。

                              ★

とうとう、バレンタイン前日。
3人はいつもの喫茶店にロイスを呼び出した。
「……それ、なんですか……」
「……これは……私の気持ち……」
4人の目の前には、レポート用紙のような、薄いパネルディスプレイが置かれている。
そしてそこに、大量の数字の羅列が映る。
「たとえばね、」
ロイスが言って、それを見つめる。3人もつられてそれを見る。数字が、別の新しい羅列に切り替わった。しばしの沈黙のあと、のっちがパネルを見つめたまま言う。
「……さっぱりわかりません。」
ロイスはあら、と顔をあげた。
「非音声言語にも、地球の書物のような記録媒体があるの。でも、それで記録されるものは地球人には感知できないの。
これは、その記録媒体と翻訳装置を組み合わせたもので、私の書いたことが即座に数値データに変換されるし、保存もできるのよ」
「ロイス先生……」
かしゆかがぷるぷるしている。
「……まさかこれで告白するつもりでは……」
「そうなの! 数値換算のプログラムを組むのが大変だったわ。いまだに頭が数字でいっぱいよ!」
ロイスは微笑む。3人の額に汗が浮かぶ。
「……数値を読むのって、呉さんはすぐにできるんですか?」
「そうね、彼はとっても優秀だから、1週間くらいで日本語訳できるんじゃないかしら」
3人は絶句する。せっかくバレンタインに告白するのに、相手にそれが伝わるのはただの2月21日である。
3人の様子に、さすがにロイスも気付いた。
「……あの、私、何か違ったかしら。……できる限り自分の言葉で伝えたいって思ったんだけど……」
しょんぼりするロイスに、あ~ちゃんが口を開いた。
「……うん、まあ、いいと思う! 素敵なバレンタインプレゼントよ!」
2人が目であ~ちゃんに、「いいの!?」と訴えている。あ~ちゃんも目で頷く。のっちがあごにこぶしを当てて、うなった。
「うーん、まあ確かに、こんな心も手間もかけたプレゼント、なかなかもらえないかも?」
「これも、先生らしいかもね」
かしゆかもロイスに笑顔を向けた。ロイスも笑顔になる。と、不意に入り口付近の客が、わっ、という声をあげた。4人も思わずそちらに目を向ける。
巨大な虫のようなものが羽ばたいている……と思ったらそれは、銀色の球体に薄い羽が4枚ついた小型ロボットだった。それは、まっすぐロイスのところまで近づいてきた。
「次回の定例調査が決まりました。今からご同行願います」
「今から……なんですか?」
「はい」
ロイスの顔が曇った。状況が飲み込めずにロボットとロイスを交互に見つめている3人に、ロイスはパネルを手に取って、差し出した。
「……ごめんなさい。明日、私は行けないわ。代わりにこれを……」
「ま、待って待って。どういうこと?」
あ~ちゃんが慌てる。
「ときどきこういう調査で、政府の方に行かなきゃならないの。地球には私の他に、音声言語をしゃべるガーネン人はいないから……」
「明日までかかるんですか?」
ロイスは静かに首を振ると、
「2週間帰れないわ」
と告げた。

                              ★

アリーナの中央に特設DJブースが組まれ、その周りにはもうすでに人が集まっていた。開演は5時。今はその10分前だ。会場には、呉くんの姿もあった。手には白い封筒を手にしていた。
「会場に来いっていったって……こんなに広い場所のどこで待ち合わせるんだ?」
呉くんは呟いた。封筒は今日届いたもので、中のカードには「ディスコ会場でロイス先生から預かっているものを渡します」とあった。差出人はPと書かれている。どう考えてもPerfumeのしわざである。
(結局、ロイス先生は政府の仕事で、ここに誘うのも無しになっちゃったしなあ……)

突然、ドオン……ッという重低音が鳴り響いた。
暗くなったホールで、DJブースだけが明るい光を放っている。そこに、シューーッという音とともに、地下から作業員のような白いつなぎを着た3人組が現れた。3人とも頭のてっぺんにニョキニョキしたお団子を結い、真っ黒いスノーゴーグルのようなものをつけている。
シューッという音はフェードで大きくなり、3人がターンテーブルについたところブレイクとともに弾けた。『ポリリズム』だ。会場全体が曲とともに揺れる。呉くんもすぐにその波に飲まれた。

「すごい! みんなめっちゃノリいい!」
お団子の1人が、あとの2人にこそっとささやく。
「ハンパない~」
「最高!」
2人も答える。……もちろんこの3人、Perfumeである。バレないように変装して、DJをやってしまうことにしたのだ。

Perfumeの曲の他にもメジャーからマイナー、古いものから最新のものまで様々な曲が重なったりカットインしたりしてつながっていく。時には大胆なスクラッチが観客を沸かせる。
1時間くらいしたところで、音がいったん、完全にやんだ。客がざわつく。
「よおし、いくよ……」
3人が目を見交わした。教室の天井がゆっくりと、真ん中から開いて、星空が現れた。途端に湧き上がる歓声。月明かりが差し込んで、会場の中が少し明るくなる。3人は隅々まで満足そうな表情の観客の顔を見て、思わず手を握り締め合った。
「……でも、この教室こんなに広かったっけ?」
「……うん、2万人くらいに見えるような?」
「うーん、まー、そんなことはどうでもいいっしょ!」
次の曲からは、少しスローなナンバーが中心となった。会場のあちこちで、いい雰囲気でゆったり踊るカップルの姿が見られる。
しばらくしたところで、3人が卓の前に出てきた。3人とも、片手に小さなキラキラするボールのようなものを持っている。そしてそれを、空にかざした。ボールから放たれた3本の光が結ばれたところで大きなスクリーンになる。そこに、不思議な数字の羅列が映し出された。
「なんだろう、あれ?」
「なんかかっこいい演出だね」
少しざわめく人の声が聞こえる。中にはそれが、非音声言語の翻訳装置によって吐き出される数値データだとわかる人もいるだろうが、即座にそれを読むことは誰にもできない。
だが、呉くんだけが違った。
「……言葉が……伝わったよ。ロイス……」
そう呟いた瞬間、スクリーンの真ん中から、何か青い蝶のようなものがこぼれ落ちた。驚きの声が会場を包む。
「何今の!?」
「鳥? ちょうちょ?」
「なんか天使みたいだったよ!」
呉くんの腕の中にしっかりキャッチされたその人は、ゆっくりと目を開いた。
「いっくよーーーー!!!」
あ~ちゃんの声とともに、観客の注意がブースに戻る。
『チョコレイト・ディスコ』のぴかぴかしたイントロが会場を支配していった。

                              ★

ケーキに立てたローソクの火を、あ~ちゃんは一気に吹き消した。
「わー! おめでとー!」
「ハッピバースデー!」
2月15日、今日はあ~ちゃんの20歳の誕生日である。
「も~こんなん用意してるって知らんかったあー……」
あ~ちゃんは、もうすでに泣きそうである。かしゆか、のっちと、なじみのスタッフ陣とであ~ちゃんには内緒で企画したサプライズだった。ウソの仕事を知らせて呼び出したけれど、今日は本当は完全オフだ。
ひとしきりの盛り上がりのあと、ファンクラブ用のカメラも切って、親しい人たちだけのまったりパーティーとなった。
のっちがふいに、「あ」と声を上げる。
「そういえば、昨日さ……、ロイス先生が降ってきたように見えたんだけど……」
「あ、ゆかも見たー!」
「ね! なんじゃろね、あれ? だってロイス先生は政府の施設にいるんでしょ?」
「昨日? 何かあったの?」
スタッフの1人に聞かれて、3人は慌てて「いえいえいえ……」と首を振った。イベントのことは、事務所やスタッフたちには内緒なのだ。絶対怒られるから。
「昨日っていえばさ、変なニュースが出てるの、知ってる?」
3人の焦りにはとくに気づかなかったようで、彼は話を変えた。
「すごい大規模のディスコイベントがあったらしいんだけど、参加した人たちは、いつの間にか会場にいたって言ってて、どこで誰が開催したのか全くわからないんだってさ。お団子の女の子3人組がDJやってたらしいんだけど……」
3人はぎょっとした。
「あ、私それ、参加しました!」
女性スタッフの1人が手をあげた。
「ほ、ほんとに!?」
のっちが声を裏返らせる。
「本当に、いつの間にかあそこにいたんですよ! 楽しかったな~」
「ほ、ほんとに!?」
かしゆかも叫ぶ。
「……しかもちょっと気になってた人と偶然会場で会っちゃって、仲良くなれちゃったんですよお」
「ほ、ほんとに!?」
あ~ちゃんが乗り出したところで、
「何、3人とも同じリアクションして」
と、みんなから笑われた。
「女の子3人組DJだったから、実はPerfumeなんじゃないか、なんて噂もあるんだよ。そんなわけないけどね~」

――Perfumeは、黙ってお互いの顔を見つめ合っていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第4話『チョコレイト・ディスコ』終
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