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――とても大事な キミの想いは
無駄にならない 世界は廻る
ほんの少しの 僕の気持ちも
巡り巡るよ――


第3話 『Baby cruising Love』




それは、小さい頃住んでいた広島の家の、庭の情景だった。土の上に、ぺたんと座り込んでいる。左腕の中に、誕生日にもらったピンク色のうさぎのぬいぐるみ。たしか、「う~ちゃん」と名前をつけていた。
「あやちゃーん?」
うしろからお母さんの声が聞こえる。
「あら! あやちゃんダメでしょ。あやちゃんもうさぎさんも泥んこよ」
駆けてきたお母さんに抱きあげて立たされ、膝についた土を払われる。
――その感触。
手から滑り落ちたぬいぐるみの手触り。
春だったんだろうか、日ざしが背中にあたる、暖かさ。

……それらの中で、何かひとつ、小さな忘れ物をしているような……

                              ☆

ぱちっと目を開けると、すぐにうーんと伸びをしながら、あ~ちゃんはベッドから起き上がった。
――あれ、そういえば、珍しく夢を見た気がする。
「……なんだっけ?」

「へえ! あ~ちゃん夢見るんだあ」
「そりゃ私だってたまには夢見るよ~」
「でも中身全然覚えてないんよね?」
「そう~。せっかく久々の夢だったのにい……」
3人は今、テレビ局の控え室にいた。
2507年にヒット歌手の仲間入りを果たしたPerfumeは、その屈託なくあけすけなトークも受けて、いまやテレビにも引っ張りだこである。
2508年の4月からは、レギュラー番組も持つことになり、今日はその収録日だった。
「……う~んそれとももしかして、ほんまは夢見なかったんじゃろか?」
「え……」
「それじゃ今までの話は一体……」
2人が固まったところでちょうどスタッフが、スタンバイの声をかけに来た。

                              ☆

午後に大学に直行して、授業が終わったのはもう夕方だった。
最寄りの駅から家まで歩く頃には、もう辺りはうす暗い。神社のそばを通る道は、小高く土手のようになった境内の周りに、古木が生い茂っている。夜はちょっといやなかんじだ。
あ~ちゃんは、わざと鼻歌を口ずさみながら通り抜けようとした。
「♪前歯をなくしたうさぎは~耳も背中もうなだれて~♪」
そのとき、斜め上の木々のあたりから、ごそっと音がした。
「……だか~らもうすこし笑ってないで~♪」
ちらっとそっちを見ながら、ちょっと声を大きくする。歩みは止めない。
「たま~にきつく叱ってみせて~♪」
「うわあああああ!!」
「きゃーーー!!」
ずざざざあっという音、そして叫び声とともに、土手から何かがあ~ちゃんの頭上に落下してきた。あ~ちゃんはとっさにそれを飛んでよける。
何か四角い、1メートル四方くらいの箱と、それより小さい、ぼろ布みたいな……
と思った瞬間、そのぼろ布がむくりと起き上がった。
「み……水を……」
そう一言呟いて、それは、その場にばたりと倒れ伏した。
おそるおそる近づいて、その姿を確かめた瞬間、あ~ちゃんの記憶に、突然昨日の夢がよみがえる。
「……う~ちゃん?」


初めて「宇宙人」が地球に上陸したのは、100年ほど前のことらしい。あ~ちゃんにとっては、おばあちゃんさえ生まれていない頃の、歴史の教科書の中の出来事だ。
彼らは、明らかに科学技術を尽くした船で降り立ち、透き通る紫の肌こそは見慣れないものだが、二足歩行で、衣服をまとっていたという。
地球的な価値から見ても文化水準の高さが一目でわかり、地球は彼らを受け入れることとした。それから、地球の星間交易の歴史が始まったのである。
初めに降り立った宇宙人の言葉は、今や歴史上の名言のひとつである。
「こんな辺境に人が住んでいたとは……奇跡の発見だ」
たしかに地球は、隔離状態の辺境だったようだ。最初の宇宙人の飛来からしばらくすると、情報を聞きつけた様々な星から交易を求める宇宙人たちがやってきたのだ。

とはいえ、交易といっても商取引としては互いにたいしてメリットがないのが現実で、今では研究や観光目的の行き来がほとんどである。
あ~ちゃんたちが宇宙人を目にするのは、ツアー旅行客がぞろぞろ秋葉原や浅草を歩いているところか、大学の客員教授といったところだ。
……だから、こんなふうに、宇宙人を家に招く日がくるとは、想像したこともなかった。

「……あのぉ~……」
「! 申し訳ない。あまりにも空腹だったもので」
「あ、いいです、食べちゃってください」
「それでは遠慮なく」
目の前で宇宙人が、がつがつとラザニアを食べている。
といっても、その姿はどう見ても、うさぎのぬいぐるみである。
――なんだか、う~ちゃんにすっごく似てる気がするんだけど……でも、う~ちゃんの姿もちゃんと覚えてないからなあ……

宇宙人は、ルーベライン星の者だと名乗った。あ~ちゃんの聞いたことのない星の名前だ。
宇宙で遭難し、地球の町中に墜落してしまったらしい。
とりあえず、ぼろぼろで行き倒れているのをほっとくわけにもいかず、あ~ちゃんは彼を家に連れ帰って、水と、お湯かけて3秒の即席ラザニアでとりあえずもてなしたのだった。

「本当に助かった。礼を言わせていただく。ありがとう」
かしこまって頭を下げるうさぎのぬいぐるみに、あ~ちゃんも、
「どういたしまして」
とていねいに返す。
「必ずこのお礼はさせていただく」
「いえいえ、お礼だなんて…それより、気になることがあるんですが」
「なんだね」
あ~ちゃんは、態度大きいなあ、と思いながら切り出す。
「あなた、密航者ではないんですか?」
うさぎの動きがぴたりと止まった。
「……」
「えっ! 密航者なんですかー!」
「こ、声が大きいぞ!」
「だめですよ。密航しちゃあ」
「いや、事故だったんだが……このままでは密航者扱いということに……なってしまうな……」
「事故?」
うさぎが顔を上げた。
「私は、調査団の一員として、船で太陽系レイルウェイに乗っていたんだ」

太陽系レイルウェイとは、太陽系を一周する用に作られた鉄道のようなもので、あ~ちゃんのお父さんやお母さんが、子供の頃にできたものだ。
そのライン上に乗ってしまえば、船の動力を用いなくてもベルトコンベアのように流してくれて、各星を巡れる。
地球周辺は宇宙人たちにとっては最近まで未開の地だったので、今でもたくさんの研究者が訪れる。太陽系レイルウェイはそんな彼らの調査ツアー専用列車のようなものだ。

「我らの星は歴史の古い小星で、科学分野においては他星に大きく遅れをとっている……まあ地球ほどではないが」
ずいぶんはっきり言うなあ、とあ~ちゃんはちょっとひいた。けれど、宇宙人はいろいろ感覚とか習慣が違うと聞いているので、そういうもんかと流しておくことにする。
「豊富な農作物のおかげで星は富んでいたが、近頃では他星の科学農法作物との競争も激しくなった。科学の発達は我々の必須の命題なのだ。私は、その使命感に燃えていた。そして今回我々は、他星との差をうめるべく、人類未到の星雲の調査に踏みこむ計画を立てた。私は、そこへ派遣される小型船のパイロットに任命されたのだ」
「小型船?」
「……ああ。知らないのか? レイルウェイの通っていない場所には、小型船でしか進入できない決まりなんだ。それも3機までだ」
「へー……」
あ~ちゃんが知らないのも無理はない。地球の研究や技術は全くというほど他星に追いついていなくて、レイルウェイ外の場所を調査するようなことはまだないのだ。だからそんな規定も、ニュースにすらならない。あ~ちゃんのような女子大生で知っていたら、ちょっとしたオタクだ。
「3機が飛び立つことになっていた。だが……直前になって、星雲への経路に強力な磁場が見つかったのだ」
磁場が宇宙飛行に危険なことは、あ~ちゃんも知っていた。その危険回避の意味もあって、レイルウェイは作られたのだ。
「乗組員の多くは計画の中止を訴えたが、私ともう1人のパイロット、そして近しい何人かが決行を主張した」
「えーっ、どうして?」
「今後磁場を超えて先へ進むことを考えるなら、近くまで行って調査しておくべきだろうという考えだった。もしかしたら、そこで良い経路が見つかってすぐにでも星雲にたどり着けるかも知れない。……しかし本当のところは、パイロットの意地や虚勢が大きかったのだ……彼女は、それに気付いていた……」
「彼女……って?」
「3人目のパイロット。……そして、私の恋人だ」
あ~ちゃんはその言葉に、目を丸くした。この、偉そうな口調のピンクのうさぎは、恋人がいるらしい。
「……彼女さんもうさぎさんなんじゃろか」
「は? “うさぎさん”?」
「あ、えーとうさぎさん、知らないですか? ピョンピョン」
うさぎはいぶかしげに眉をひそめるだけである。
「……あ、すいません話続けてください」
うさぎは、ふん、とため息を一つついてから、話を再開した。
「彼女こそ、理解してくれると私は思い込んでいた。だから、中止派の意見に賛同すると言った彼女の気持ちが、私はわからなかった。裏切られたと思った。我々が周りの反対を押し切り出発を決めたとき、彼女は、私と共に行くと言ったのだ。だが、私は彼女が来ることを許さなかった」
あ~ちゃんはうさぎの丸い目が後悔に翳るのを見つめた。
「磁場の影響が、観測していたより40時間早く現れて、我々は操作を失った。もう1人のパイロットの船が軌道を遠く離れて飛ばされていくのを見た。おそらく彼は助からなかっただろう……。私はかろうじて、あの林に不時着し、助かった」
そう言うと、うさぎはうつむいた。その手が震えているのにあ~ちゃんは気付いた。
「……もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。……いや、予想はできたはずだ。私は思い上がって油断していたんだ」
(もう会えないって……? 助かったんだから、星に帰ったらまた会えるでしょ?)
あ~ちゃんは思ったけれど、なんとなく今のうさぎに声をかけられなかった。
「……いや、いや、いいんだ。つまらない話を聞かせて悪かった。水と食料、大変助かった。私は船へ帰るよ」
「もう平気なんですか?」
「ああ、体力さえ回復すれば大丈夫だ。船を置いてきてしまったことも気がかりだしな」
うさぎはもう一度礼を言うと、あ~ちゃんの家を後にした。背を向けたまま手を振る姿がうさぎなのに気障だった。

                              ☆

――もう会えないとわかっていたら、あんな風に別れたりしなかった。
なんだろう、この言葉。何か思い出しそうな……
――油断していたんだ
ずっと昔の、小さい頃……

「ねえねえ、あ~ちゃん、う~ちゃん遠くへ行きたいな」
そう、う~ちゃんが初めて、突然喋り出したとき、そんなことを言ったんだった……。
「う~ちゃんおしゃべりできるの?」
「あ~ちゃんが好きになってくれたから、しゃべれるようになったの」
「そうなんじゃ~」
「ねえねえ、わたし遠くへ行きたい」
「ダメだよ、あ~ちゃん小さいから遠くへ行けない」
「じゃあ、ひとりで行くね」
「ダメ! あ~ちゃんと一緒にいるの!」
あ~ちゃんはそれから、片時もう~ちゃんを離さないようになった。ご飯を食べるときも、寝るときも。そうしなきゃ、う~ちゃんがどこかへ行ってしまうと思ったから。
それでもう~ちゃんは時々、「大草原に立って、地平線に夕日が沈むのをみたい」とか、「陸地が全く見えない海の真ん中にボートひとつで浮かびたい」とか、あ~ちゃんのわからないことを言った。でもそれも、あ~ちゃんが離さずにいさえすれば、ひとりで遠くへ行ってしまうことはないと思っていた。
……それなのに、家族で動物園へ行くあの日、置いていってしまったのだ。ちょっとくらい、大丈夫だと思ったから。
「絶対絶対、ここから動いちゃだめだからね」
あ~ちゃんはクローゼットにう~ちゃんを入れた。
「ここ、暗くてやだよ」
「今日だけ。ここから出ちゃだめだよ」
「あ~ちゃんやっぱり、置いていっちゃうんだね。置いていかれたくなかったから、遠くへ行ってしまいたかったの」
う~ちゃんの言うことはよくわからなかったけれど、諦めたようなその顔を見ていると、なんだかあ~ちゃんは、悲しいような腹立たしいような気持ちになって、ばたんと扉を閉めた。
「なんでそんなこと言うの! もう、う~ちゃんなんか知らない!」
泣いているあ~ちゃんをお母さんが抱っこであやした。
動物園で遊んでいるうちに涙はすっかり乾いてしまった。――そして、帰ってきたとき、う~ちゃんがいなくなっていた。

目が覚めた時、あ~ちゃんは頬に流れるつめたい涙に気付いた。
――こんどの夢は、ちゃんと覚えてるや。
あ~ちゃんは不思議な心地で涙をぬぐった。

その日は久しぶりに仕事も学校もお休みで、あ~ちゃんは、あのうさぎ宇宙人に会いに行くことにした。
――まだあの神社にいるかわからんけど……
地球人だったらちょっと空気読めないタイプだけど、こんな天気のいい日に、遠い星の話を聞きながら境内でお弁当を食べるには、素敵な相手だと思う。
お重に、ラザニアみたいな即席じゃなくてちゃんと作った手料理をつめた。
お弁当を手に白い帽子をかぶって出かけたら、ピクニック気分でうきうきしてくる。

                              ☆

うさぎは、雑木林の中で、じっと空を見つめていた。
その隣には、昨夜うさぎと一緒に落ちてきた四角い箱がある。暗い中ではわからなかったけれど、それはきれいなパールピンク色をしている。
「うさぎさーん!」
あ~ちゃんが声をかけると、うさぎはすぐにこちらを向いた。
「……その、うさぎというのはやめてもらえないか」
「あ、そういえばお名前聞いてなかったですねえ」
うさぎが自分の名前を名乗った。けれど、あ~ちゃんはぽっかり口を開けて固まった。
「……うぱっんっ…ぐるゅ……?」
「ああ、これは地球人には発音できない音だったかな」
「あっじゃあ、う~ちゃんって呼んでいいですか?」
「……「うさぎ」でいい……」
うさぎはため息まじりに言った。
「私のことは、あ~ちゃんって呼んでください」
「あ~ちゃん、か。地球人は不思議な名前をしているな。」
どっちが、と思ったのは口には出さず、あ~ちゃんはうふふっと笑った。
「それではあ~ちゃん、こいつで月に行かないか?」
うさぎはピンクの箱をぽんと叩いて言った。
「えっ月!?」
「お礼は必ずすると言っただろう?」

ピンクの箱は、うさぎが何かをなぞるように触れると、側面の壁が完全に消え、天井が上がって、ツーシートの座席が現れた。2人が乗り込むと、壁がまた覆う。目の前には外を映し出したモニター。うさぎのハンドル操作でふわりと浮かぶと、モニターは座標軸と点滅するポイントに切り替わる。点はぐんぐん地球を離れて月の方角へ飛んでいくようだ。
月の地下都市は、地球人の憧れの保養地である。そしてすべての宇宙人のオアシスでもある。
どの星の人間も、月では星籍も国籍も失って、月の法律のもと平等に扱われる。
昔、自星が消滅して放浪する民が、太陽系まで流れてきた。彼らは地下に住む種族で、その地下開発の技術を公共の利益に還元することを条件に、まだ所有者の決まっていなかった月への移住を認められたのだ。そうしてできたこの月の地下リゾートは、老人たちは余生をここで送りたがり、若者たちは一度でいいから遊びに行きたいと憧れる、理想の地となっている。

あ~ちゃんは、ふと、思ったことを聞いてみた。
「うさぎさん、もしかして、月に永住しちゃおうとか思ってませんか?」
するとうさぎは、はは、と自嘲っぽく笑った。
「だっ、だめですよ~! ちゃんとおうちの星に帰って彼女さんと仲直りせにゃあ」
「星に帰っても、私を待っている者は誰もいないさ」
「そんなこと……」
言いかけたあ~ちゃんをうさぎの手が制した。
「いや。本当に、待つ者は誰もいないのさ。……浦島太郎になってしまったからね」
あ~ちゃんはちょっと驚いた。
「えっ? 浦島太郎、宇宙人さんでも知ってるんですか」
するとうさぎは一瞬不思議そうな顔をしたが、ふいに納得したように、
「……ああ、そうかあれは、元は地球の神話だったな」
(……神話……? だったかな?)
「浦島太郎は、船乗りの間では宇宙中で有名だよ。まるで自分のことのようだと」
「自分のこと?」
「光速を超えた速さで飛ぶため、飛行中の時間は、地上の時間より遅く進む。私のルーベライン星から地球までは、船に乗る我々にとっては1ヶ月ほどだが、地上の時間にして15年にあたる」
「15年!」
「どこの星でも、多かれ少なかれ船乗りは浦島太郎になるんだ。星に帰り着く頃には30年は過ぎているな」
あっけにとられるあ~ちゃんをちらりとうさぎは見やる。
白い月面はもう目の前だった。地下へのエントランスの丸い屋根が遠くに小さく見えかけている。
「それでも、彼女と共にいたから、孤独ではなかった。しかし、もうそれも失った。私が磁場に巻き込まれ漂流している間に、計画どおりなら母船はもう帰路へついたはずだ。次の調査団が来るのは1年後……私が星へ帰り着く時は、ルーベラインでの何年後だろうか。元々寿命も長くて50年の種族だ。彼女はもう生きてはいまい。」
と、その時うさぎの瞳が止まった。そしてかたかたと震えだす。
「うさぎさん!? どうしたの」
ハンドルから手が離れて船が大きく傾いた。あ~ちゃんはとっさにそのハンドルを取る。
「君には……わからないのか……この音が……」
あ~ちゃんは本格的に運転席に乗り移った。うさぎは助手席で耳を押さえてうずくまりながら、驚いてあ~ちゃんを見る。
「う、運転できるのか?」
「なんとなく、わかる! 待ってて! マッハで月まで飛ばすから!」

エントランスの丸屋根に船が触れると、きゅーっと吸い込まれて、直後着陸した場所はもう地下施設の中だった。色々な形をした無数の小型船が、規則正しく並んでいる。
到着と同時に船の壁面が開き、あ~ちゃんはすぐに叫んだ。
「病人です! 助けて!」

                              ☆

「強い音波を大きな耳がキャッチしてしまったんでしょう。安静にしていれば、もう大丈夫ですよ」
ミルキーホワイトの髪と顔をした、初老の女医さんが言う。肌の色からしてムーンスン人かもしれない。
「それにしても、またルーベライン人ねえ……月のまわりにはルーベライン人しか感知できない音波があるのかしら」
2人は顔を見合せた。
「……またルーベライン人って……?」
「何日か前にもね、あなたとよく似たルーベラインの女性が、月のそばで音波にやられて墜落したのよ。幸い腕を骨折しただけだったけど、まだここに入院してるわ」
うさぎがベッドから飛び上がった。
「彼女だ……!」
「ちょっとあなた! まだ安静にしていなきゃ!」
女医さんが止めるのにもかまわずうさぎは走り出す。あ~ちゃんは慌ててそのあとを追った。
病室を出ると、透明のチューブのような、空中に伸びる廊下の突き当たりで、エレベーターに乗るうさぎの姿が見えた。
「うさぎさん!」
筒型の乗り物が音もなく下へ降りていく。あ~ちゃんはエレベーターに駆け寄って、うさぎが去った直後そこに現れた、同じ筒型の箱に乗り込む。
エレベーターも廊下と同じく、透明のチューブのような管の中を、箱が流れていくようになっている。チューブの外には遠く地上に、プールやテニスコートや、美しい人工の森が見えた。
(地上っていっても、地下の中の、空と地面なんよねえ……)
不思議な気持ちでそれらを眺めていると、やがて落下は止まり、チューブの前面が開いた。
目の前はどこまでも続く広い草原だった。さっき見えていた地上の風景とも違う。
(ここ……どこだろ……?)
ふと、遠くの緑にまじって、ピンク色が揺れたように見えた。
「うさぎさん?」
あ~ちゃんの呼び掛けにそれは振り向き、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
(やっぱりうさぎさんだ)
あ~ちゃんも同じように歩み寄った。
「うさぎさーん!」
「……あ~ちゃん……? あ~ちゃんなの?」
その声は、うさぎのものではなかった。
「あ~ちゃんだよね?……わたしよ、う~ちゃんよ」
――あ~ちゃんは、石になったみたいにぴたりと立ち止まった。
ピンク色のうさぎは、右腕を包帯で吊っていた。ふわりと飛ぶように駆け寄って、左手であ~ちゃんの手を取った。さっきまで一緒にいたうさぎ宇宙人より少し小さいけれど、その姿はそっくりだ。
「……あ~ちゃん……?」
あ~ちゃんは、声が出なかった。
「あ~ちゃん、あのね。う~ちゃん、本当はずっとあ~ちゃんと一緒にいたかった。でも、遠くへ行きたいなんていつも言っていたから、きっと罰があたったの。あ~ちゃんの家にいたはずなのに、いつの間にか、遠い遠い、どこか知らない星に来ていたの。そこには、う~ちゃんとそっくりな人たちがたくさんいた。でもわたし、どうしてもあ~ちゃんにもう一度会いたくて、調査団に入って地球に来たの。地球では会えなかったけど、まさかこんなところで会えるなんて…! ここで彼を待っていたから……」
「……本当に、う~ちゃん?」
「あ~ちゃんったら、もう忘れちゃったの? ……ちょっと見ないうちに、なんだか大人っぽくなったね。背も高くなった……」
「15年だよ」
「え?」
「う~ちゃんが航海している間に、15年経ったの。わたしもう、19歳なの」
「あっ……」
う~ちゃんは思い出したように、呆然とあ~ちゃんの顔を見つめた。
そのとき、ピピピッという音が2人の頭上で鳴った。見上げると、クレーンゲームのような形のロボットが浮遊している。
「ルーベライン人の聴覚と月周辺の超音波について、調査がありますので、ご同行願います」
ロボットが機械的な声で言う。
「でも……」
う~ちゃんが、あ~ちゃんを見る。
「ご同行を拒否する場合は公務執行妨害となりますが」
「そんな……!」
「いいよ、行ってきなよ! 話はまたあとでいいから」
あ~ちゃんがそう言うと、う~ちゃんは黙ってうつむいた。
「同意いただけたとみなしました」
ロボットのクレーンのような部分から透明のカプセルが降りてきて、う~ちゃんの体を包むと、ロボットごと一瞬で消えてしまった。

あ~ちゃんはそれからもう、う~ちゃんとも、うさぎとも会うことはなかった。
急いで病室に帰ったあ~ちゃんを待っていたのは、うさぎからの手紙だった。調査には数日かかるので、先に小型船で地球に帰っていてほしい、自分は彼女と一緒ならどこでも暮らせるから、心配しないでほしい、と書かれていた。

                              ☆

まん丸い、昼の月が空に浮かんでいる。
「あ~ちゃん、何見とるん?」
「うーん、月。」
「月かあ」
一緒になってぼんやりと月を見るのっち。少し遅れて車を降りたかしゆかは、2人して空を見ている光景にびくっと後ずさった。
「……早く中はいろーよ」
「「はーい」」
3人は、重大発表があると呼ばれて、久々に事務所を訪れていた。中へ入って待っていると、マネージャーのもっさんや、顔見知りのスタッフたちが集まってきた。
その頃には3人とも、周りの様子がいつもと違うのに気がついていた。短い前置きのあと、とうとうそれが、告げられた。
「……アルバム『GAME』、ウィークリー1位が決定しました!」
その言葉に、かしゆかは叫び、のっちはあんぐり口を開け、あ~ちゃんは呆然とした。そして、やがて3人の目に涙がにじんだ。ひとしきりの混乱と歓声と涙のあと、部屋には3人だけが残された。3人きりで噛み締めたい気持ちを、周囲も汲んだのだろう。
「……なんじゃろうね、もう、わけがわからない……」
「でも、お母さんたち、よろこぶねえ……」
「うわあ……1位だってえ~……」
こつこつ、とノックの音がして、もっさんがひょこっと顔を出した。
「ごめんちょっと…、あ~ちゃんに月からファンレターが来てたよ」
その言葉にかしゆかとのっちの方が先に反応した。
「えー! 月から!?」
「宇宙人ファン第一号かな??」


あ~ちゃんが手に取ったその封筒には、「いつもテレビで楽しく見ています」という短い言葉の書かれた、いまどき珍しい手書きのメッセージカード。
そして、ピンクのうさぎが2人よりそって微笑んでいる写真が添えられていた。



――これくらいのかんじで いつまでもいたいよね
  どれくらいの時間を 寄り添って過ごせるの?
  これくらいのかんじで たぶんちょうどいいよね
  わからないことだらけ でも安心できるの
  マ・マ・マ・マカロニ ――


第3話『Baby cruising Love』終
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コメント

Perfumeについてなんとなく調べていたら、ここにたどり着きました。
Perfume小説、一話から読ませていただいていますが、じわじわ感動が押し寄せてきて、この第三話でとうとう涙が出ました。
ただ通りすがるだけのつもりが、久々に文章を読んで感動しました。ありがとうございます。

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